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聞き分け
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「ねえねえおかあさん、今日さ、」
「まさき、宿題は終わったの?」
「終わってるよ!」
「明日の教科書はランドセルに入れた? 準備はもう全部終わったの?」
「それももう終わった!」
怒るように返されたまさきの声に、かよ子は釈然としないものを感じながらも、むう、と黙る。
あまりあれこれとうるさく言ってはいけないとわかっているが、まだ親の手助けが必要な年齢だ。
黙っていて完璧にできるわけでもない。
だからしばらくは黙って見守るものの、「終わった~!」とばかりにまさきが遊び出すと、ついつい怒ったような口調で追及してしまう。
どうせまだ何か終わってないんでしょう、と言わんばかりに。
毎日毎日のことで、つい心を配るのがおろそかになっているのだと思い知らされたのは、まさきがむっすりと口をつぐんでからのことだった。
「何よ、何で怒ってるのよ。あのね、明日の準備っていうのは大切なのよ。忘れ物があると、しっかり授業ができないし、先生や周りの人にも迷惑になるんだよ。大人になってからだって必要なことなんだから、今のうちからしっかりと」
「わかってるってば!」
「まさき、ちゃんと聞きなさい!」
「聞いてるよ! 聞いてないのはおかあさんの方じゃんか!」
言われて気が付いた。
もう小学生になった。しっかりやらせなければ。
そう考えて、あれこれと心を砕いていたのは「やるべきことをやらせること」ばかりだったことに。
さっきもまさきは何かを言いかけていたのに、聞きもせずに、かよ子は自分の言いたいことをまさきに押し付けたのだ。
「ごめん。そうだったね。おかあさんがまさきのお話を聞いてなかったね」
最後にまさきが学校の話をしてくれたのはいつだったろうか。
帰ってきてすぐは楽しそうな顔に溢れているのに、家に入った瞬間に、「まず手を洗いなさい!」「宿題が先!」「準備は終わったの? プリントは? おうちの人への手紙は配られなかった?」と、まさきの言いたいことを奪うように、かよ子の言いたいことばかりを覆いかぶせていた。
口をぎゅっとつぐんで尖らせているまさきを見れば、ぷっくりと小さな涙が浮かんでいた。
まだ親の手助けが必要な年頃だ。
だからこそ、まず話を聞いてやらなければならなかったのに。
「まさき、ごめんね。さっきまさきがおかあさんに話そうとしてくれたこと、教えてくれる?」
そう訊ねれば、まさきはこっくりと頷いてランドセルをぱかりと開いた。
「あのね、今日珍しいもの見つけたんだよ」
小さなポケットのチャックをじじじっと開けると、中からそっと何かを取り出して、掌に載せる。
「かまきり!」
「きゃーーーーーー!!」
ランドセルの狭いポケットから解放されて、やるせなくカマを振り上げているのは、やや力を失って見えるカマキリ。
「なんで?! なんでカマキリ?! ら、ランドセルにどうして――」
「ね、珍しいでしょ? 初めて捕まえたんだよ。ブランコの公園に行ってもバッタかとんぼばっかりだったからさー」
確かに珍しい。
けれど、まさか今、しかもランドセルの中から出てくるとは思わなかった。
「確かに珍しいね。うん。見つけたのも、捕まえたのも、すごい。だけど外のものは家に持ち帰らないってお約束したよね?」
「うん。だけどおかあさんに見せたかったんだよ。おかあさんも見たことないでしょ?」
この家に引っ越してきてから、いや大人になってから初めて生で見たかもしれない。
「そうだね。ありがとう。もうおかあさんも見たから、あとは元の場所に……って言っても今から学校へ行くのはもう暗いから、公園に放してあげよう。おかあさんも一緒に行くから」
「うん!」
まさきの話をきちんと聞いてよかった。
でなければ、ランドセルからカマキリのミイラを見ることになっていたかもしれない。
「まさき。もう一度お約束ね。外で見つけたものは、たとえ珍しくても持ち帰ってきたら駄目だよ。カマキリにもおうちがあって、家族がいるかもしれないし。見せてくれたのはとても嬉しいけど、おかあさんは、まさきの話を聞けるだけで嬉しいから。それで十分なんだ」
「うん、わかった」
そう言ってまさきは、にっこりと頷いてくれた。
久しぶりに見た、素直なまさきだった。
相手の話を聞かなければ、素直に聞いてはもらえない。
それは親子でも同じことだとかよ子は痛感した。
「おかあさん、今度ブランコ公園に虫を探しに行こうね! かまきりが増えてるかも!」
「うん。そうだね」
かよ子はふっと肩の力を抜いて笑った。
小学生になってもまだまだ、親と遊びたいと言ってくれる。
その時間を大切にしなければと、かよ子はまさきの頭をぐりぐりと撫でた。
「まさき、宿題は終わったの?」
「終わってるよ!」
「明日の教科書はランドセルに入れた? 準備はもう全部終わったの?」
「それももう終わった!」
怒るように返されたまさきの声に、かよ子は釈然としないものを感じながらも、むう、と黙る。
あまりあれこれとうるさく言ってはいけないとわかっているが、まだ親の手助けが必要な年齢だ。
黙っていて完璧にできるわけでもない。
だからしばらくは黙って見守るものの、「終わった~!」とばかりにまさきが遊び出すと、ついつい怒ったような口調で追及してしまう。
どうせまだ何か終わってないんでしょう、と言わんばかりに。
毎日毎日のことで、つい心を配るのがおろそかになっているのだと思い知らされたのは、まさきがむっすりと口をつぐんでからのことだった。
「何よ、何で怒ってるのよ。あのね、明日の準備っていうのは大切なのよ。忘れ物があると、しっかり授業ができないし、先生や周りの人にも迷惑になるんだよ。大人になってからだって必要なことなんだから、今のうちからしっかりと」
「わかってるってば!」
「まさき、ちゃんと聞きなさい!」
「聞いてるよ! 聞いてないのはおかあさんの方じゃんか!」
言われて気が付いた。
もう小学生になった。しっかりやらせなければ。
そう考えて、あれこれと心を砕いていたのは「やるべきことをやらせること」ばかりだったことに。
さっきもまさきは何かを言いかけていたのに、聞きもせずに、かよ子は自分の言いたいことをまさきに押し付けたのだ。
「ごめん。そうだったね。おかあさんがまさきのお話を聞いてなかったね」
最後にまさきが学校の話をしてくれたのはいつだったろうか。
帰ってきてすぐは楽しそうな顔に溢れているのに、家に入った瞬間に、「まず手を洗いなさい!」「宿題が先!」「準備は終わったの? プリントは? おうちの人への手紙は配られなかった?」と、まさきの言いたいことを奪うように、かよ子の言いたいことばかりを覆いかぶせていた。
口をぎゅっとつぐんで尖らせているまさきを見れば、ぷっくりと小さな涙が浮かんでいた。
まだ親の手助けが必要な年頃だ。
だからこそ、まず話を聞いてやらなければならなかったのに。
「まさき、ごめんね。さっきまさきがおかあさんに話そうとしてくれたこと、教えてくれる?」
そう訊ねれば、まさきはこっくりと頷いてランドセルをぱかりと開いた。
「あのね、今日珍しいもの見つけたんだよ」
小さなポケットのチャックをじじじっと開けると、中からそっと何かを取り出して、掌に載せる。
「かまきり!」
「きゃーーーーーー!!」
ランドセルの狭いポケットから解放されて、やるせなくカマを振り上げているのは、やや力を失って見えるカマキリ。
「なんで?! なんでカマキリ?! ら、ランドセルにどうして――」
「ね、珍しいでしょ? 初めて捕まえたんだよ。ブランコの公園に行ってもバッタかとんぼばっかりだったからさー」
確かに珍しい。
けれど、まさか今、しかもランドセルの中から出てくるとは思わなかった。
「確かに珍しいね。うん。見つけたのも、捕まえたのも、すごい。だけど外のものは家に持ち帰らないってお約束したよね?」
「うん。だけどおかあさんに見せたかったんだよ。おかあさんも見たことないでしょ?」
この家に引っ越してきてから、いや大人になってから初めて生で見たかもしれない。
「そうだね。ありがとう。もうおかあさんも見たから、あとは元の場所に……って言っても今から学校へ行くのはもう暗いから、公園に放してあげよう。おかあさんも一緒に行くから」
「うん!」
まさきの話をきちんと聞いてよかった。
でなければ、ランドセルからカマキリのミイラを見ることになっていたかもしれない。
「まさき。もう一度お約束ね。外で見つけたものは、たとえ珍しくても持ち帰ってきたら駄目だよ。カマキリにもおうちがあって、家族がいるかもしれないし。見せてくれたのはとても嬉しいけど、おかあさんは、まさきの話を聞けるだけで嬉しいから。それで十分なんだ」
「うん、わかった」
そう言ってまさきは、にっこりと頷いてくれた。
久しぶりに見た、素直なまさきだった。
相手の話を聞かなければ、素直に聞いてはもらえない。
それは親子でも同じことだとかよ子は痛感した。
「おかあさん、今度ブランコ公園に虫を探しに行こうね! かまきりが増えてるかも!」
「うん。そうだね」
かよ子はふっと肩の力を抜いて笑った。
小学生になってもまだまだ、親と遊びたいと言ってくれる。
その時間を大切にしなければと、かよ子はまさきの頭をぐりぐりと撫でた。
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