復讐の魔王と、神剣の奴隷勇者

猫正宗

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アベル19 断罪04 復讐の魔王

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 神殿内を慌ただしくひとが行き交う。
 そのなかに賢者モンテグラハの姿もあった。

「猊下! はやくお逃げください! かの化け物はもうすでに、そこまで迫ってきております!」
「ユミルを探すのが先じゃ! あの者がおらねば教国掌握というわしの野望が水泡に帰す!」

 ユミルとはモンテグラハが擁立した、傀儡の教皇候補である。
 モンテグラハはこの傀儡を通じて、聖スティピュラ教国の実権を、裏から握るつもりであった。

「猊下! そのように言っている場合ではありません! 事は貴方様のお命に関わるのです!」

 女大司祭がモンテグラハの腕を掴む。
 彼女なりに、彼を思ってのことなのだろう。
 だがモンテグラハはその手を乱暴に振り払った。

「ええい、離せ!」
「猊下! お戻りください! はやく逃げなければ!
 モンテグラハ枢機卿猊…………ぎゅぴぃゅ!?」

 女大司祭が奇妙な声を上げた。
 大聖堂にいるユミルの下へと走り出していたモンテグラハは、そのおかしな声に足をとめた。
 背後を振り返る。

「――ッ!?」

 賢者モンテグラハが息を呑む。
 さっきまで自分を呼び止めていた女大司祭が、頭部を失って棒立ちしていた。
 首をなくした彼女の死体が、どさりと崩れ落ちる。

「…………グルルルゥ……」

 首から大量の血が流れだした。
 その死体の向こう側。
 そこにある暗闇から獣の唸り声がした。

「な、な、な……なんなのじゃ!?」

 慌てふためくモンテグラハとは対照的に、その怪物はゆっくりとその身を暗がりから現した。

 全身に纏った黒い瘴気。
 瞳は縦長にきれ、長く伸びた犬歯をむき出しにしている。
 凶悪な鉤爪の生えた四肢からは、手足を動かすたびに黒い闇がもやのように尾を引いた。

「こ、これが……報告にあった、怪物なのか……?」

 モンテグラハは怪物の正体がアベルであることに気づかない。
 もはやその化け物の様相は、人間とは程遠いものだった。

「グルゥ……」

 怪物が賢者モンテグラハに何かを投げて寄越した。
 それは賢者のすぐ目の前に落ち、ごろごろと転がる。
 やがてモンテグラハの足下で止まった。

「こ、この首は!? この者は……!」

 モンテグラハが目を見開く。

「ユ、ユミル! ユミルぅううううううううう! うぉ! うぉおおおおおおおおお!!」

 転がされたものは、生首であった。
 モンテグラハが教国を掌握するため、手塩にかけて育てた傀儡。
 彼は生首を両手で掴んで叫ぶ。
 半生をかけて積み上げてきた野望が、音を立てて崩れていく。
 モンテグラハは怪物を睨みつけた。

「おのれ貴様ぁ! ゆるさぬ! 許さぬぞおおおおおおおおおおおお!」

 賢者モンテグラハ。
 魔王討伐の欺瞞の英雄が、漆黒の怪物に向けて聖杖を構えた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ついにモンテグラハを見つけた。

 最後の悪鬼。
 ようやくこいつを、八つ裂きにしてやれる。
 期待に全身が震えた。
 黒く染め上げられた魂が、歓喜に叫ぶ。
 だが、そのまえに……。

「グルゥ……」

 やつに生首を投げて渡した。

 これは大聖堂を壊しているときに見つけた、とある青年の頭だ。
 この頭部の持ち主は、助けを求めてモンテグラハの名前を叫んでいた。
 きっとやつに関係のある人間なのだろう。
 だから俺はこいつの首をねじ切り、悪鬼への土産にしてやったのだが、効果は覿面だったらしい。
 モンテグラハは生首を両手で掴んで、狂ったように喚き散らしている。

「許さぬ! 許さぬぞ貴様ぁ! 極大化マキシマイズ聖浄光ホーリーレイ!」

 やつの構えた聖杖から、極太の光線が放たれた。
 片手を前に突き出して受け止める。
 そのまま光を弾いた。
 この程度の魔法、もはや避けるまでもない。

「な、なんじゃとぉ!?」

 ああ。
 早く殺したい……!
 頭を吹き飛ばして、吹きだした暖かな血を全身に浴びたい。

 モンテグラハは懲りもせず、聖なる光を放ち続けている。
 今度はこちらの番だ。
 軽く一歩を踏み出して、拳をくりだした。
 だがその殴打が空を切る。

「……グルル……?」

 おかしい。
 いまの速度の踏み込みを、モンテグラハが回避できるとは思わない。
 首を捻っていると、頭上から笑い声がした。

「カカカ! わしを侮るなよ、化け物め! この古龍アウロラの竜翼でつくった『古龍の外套』があれば、僧侶職であるわしですら、圧倒的速度で動き回り、空を飛ぶことも可能!」

 見ればモンテグラハは、司祭服の上に真っ白な片マントを羽織っていた。

 アウロラ……。
 胸の奥で脈動する無限の闇が、早鐘のように鼓動を打ち始めた。
 殺意で目の前が真っ赤になる。

「グゥゥゥ……!」

 下衆が!
 唾棄すべき悪鬼!
 陵辱したアウロラを纏い、嬉々としてそれを使う賢者に、反吐が出る。

「……グルゥゥゥ……!」

 一瞬意識が飛びかけた。
 俺は魔王に乗っ取られようとしている。
 予感がする。
 きっとこの裏切り者を地獄に送り終えたとき、俺は俺でなくなるのだろう。
 だがまだだ。
 まだいまは、魔王ではなく、俺としてこの薄汚い裏切り者を始末しなければならない。

「グゥゥゥ!」

 胸元のアクセサリをそっと撫でた。
 胸当てを手で押さえ、背に担いだ剣に意識を向ける。
 そこにあるものは、裏切り者たちから回収して回ったアウロラの断片たち。
 まだ魔王に堕ちるわけにはいかない。
 アウロラ……。
 闇にのまれそうな俺を、きみに叱りつけてもらいたかった。

 古龍の瞳。
 古龍の剣。
 古龍の胸当て。

 俺は一度たりとも、回収したこれらの装備を使った試しはない。
 使うつもりなど、毛頭ない。
 アウロラを安らかに眠らせてやりたいのだ。

「カカカカ! どうした化け物! 空中からの攻撃には手も足もでまい!」

 モンテグラハが宙を飛び回りながら、魔法を放ってくる。
 室内とはいえここは神殿。
 部屋は講堂のように広く天井は高い。
 この状況下での頭上からの一方的な攻撃は、たしかに厄介と言える。

「ほぉれ、どうした化け物! 極大化マキシマイズ聖雷ホーリーライトニング!」

 聖杖から発せられた落雷が、激しく俺を撃った。
 だがしかし俺はそれを避けようともしない。
 怒りに気が狂いそうで、それどころではない。

 やつの羽織った古龍の外套を凝視する。
 アウロラの死後の安寧をすら穢す、薄汚い裏切り者めが……。
 いま貴様に地獄を与えてくれる!

「グルルルゥ……!」

 拳に力を込めた。
 破滅的な力が集まっていく。
 漏れ出した瘴気が吹き溜まりとなって、周囲を黒く染め上げていく。

「な、なんじゃあ!? この気配は!?」

 大気を揺るがす濃厚な魔の気配に、モンテグラハが慄いた。

「グルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 破壊の力を解放した。
 神殿の床に拳をぶつける。
 足下がグラグラと揺らぎ、穿たれたクレーター跡から建物全体へとひび割れが走っていく。

「ぐ、ぐわぁ! なんじゃ!? 神殿が崩壊する!」

 天井が落ちた。
 蚊トンボのように宙を飛んでいたモンテグラハが、落石に巻き込まれる。
 ガラガラと大地に轟く轟音を立てて、神殿が崩れ落ちた。



 足下の瓦礫を崩しながら、踏みしめる。

「……ぅ、……ぅう……」

 瓦礫の下敷きになったモンテグラハが呻いた。
 埋もれているその頭を掴み、乱暴に引きずり出す。

「ぐぎゃぁああああ!」

 瓦礫の上に放り投げる。
 どうやら崩れ落ちた神殿に挟まれて、右足が潰れているようだ。
 せっかくなので捥(も)いでやろう。
 足首を掴んで引っ張った。
 ひざ関節がゴキゴキとなり、次いで筋肉が千切れだした。

「ぎゃああああああ! ぎぃやああああああ!!」

 悲鳴が心地よい。

「グフゥ……」

 獣と化した口から、思わず愉悦がこぼれた。
 千切れた足を放り投げる。
 今度は肩に手を添え、肩肉を抉りながら片マントを奪い取った。

「いぎぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 モンテグラハが歯を食いしばり、口からぶくぶくと泡を吹いている。

 古龍の外套。
 アウロラの翼をつかった外套。
 ようやく……。
 ようやくこれで、彼女をすべて取り戻すことができた。
 アウロラ……。
 優しく外套を胸に抱く。

 彼女との日々を思い出した。
 だがこみ上げる懐かしさを、胸から湧き出した無限の闇が覆っていく。
 自我が薄れていく。
 思い出が、……消えていく。

「い、いやじゃ……。わしは死ねぬ……! 教国を、この手に掴むまでは……死ねぬ……!」

 賢者と呼ばれた男が、虫のように這いずりながら逃げていく。
 だが逃しはしない。
 横から腹を蹴り上げた。

「げぼぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 脇腹が吹き飛び、臓物が散らかる。
 赤く染まっていく景色に、俺が溶け出していく。
 残念だが、そろそろ限界のようだ。

「……グルルルゥ……!」

 もっと嬲ってやりたかった。
 血反吐を撒き散らす悪鬼を眺めて、そう思う。
 しかしもう終わりのようだ。

「グルゥ……」
「ま、待てぇ! 待つのじゃああ!」

 ああ……。
 ようやくすべてが終わる。

 拳を振り下ろした。
 卵でも潰すかのように軽い音をならして、モンテグラハの頭部が弾けた。

 俺はアベル。
 元神剣の勇者。
 すべてを奪われ、一匹の鬼として生まれ変わった俺は、自らに課した復讐の誓いを成し遂げ、誰にも知られずに消え去った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 聖スティピュラ教国、聖都ベルン。
 美しい都だったその聖都は、完膚なきまでに破壊され尽くしていた。

 天地が明滅する。

 空は瘴気で黒く澱み、大地は無数の死体から流れ出した血で赤く染まっていた。

 天の闇と、地の朱。
 それらが交わる一点。
 もとは荘厳なる神殿があった場所。

 瓦礫の山となったその地で、一匹の獣が産声をあげた。

 ――魔王アベル。

 復讐を終えた獣は自我すらも失い、天に向かって吠え続ける。

 いま、人類の歴史は暗黒の時代へと突入した。
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