復讐の魔王と、神剣の奴隷勇者

猫正宗

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アベル18 聖都蹂躙

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 気がつくと、街道の外れにいた。

「グルルゥ……」

 なんだか気分が高揚している。
 両手が血に塗れていた。
 獣の四肢のように膨れ上がった手のひら。
 そこに生えた強靭な鉤爪に、何者かの肉片が引っかかっている。

 いままで、なにをしていたのだろう。
 記憶を漁る。
 たしか最後の裏切り者、賢者モンテグラハを始末するため、俺は西の聖スティピュラ教国に向かっていたはずだ。
 国境を越え、検問所にたどり着いたことまでは覚えている。
 それからの記憶が曖昧だ。

「グゥ……!」

 ズキン、と頭が痛んだ。
 なにがあったか思い出せない。
 ただ想像はできる。
 心を満たすこの愉悦と、全身に浴びた返り血。
 おそらく俺は魔王の呪いに意識を奪われ、湧き上がる破壊衝動の赴くままに暴れたのだろう。

 これはまずい兆候だ。
 完全に魔王と化してしまえば、俺は復讐という目的すら見失い暴れ出す。
 その前に、モンテグラハのもとにいかなけば。
 俺が俺であるうちに……。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 山間やまあいから遠くの聖都を見下ろす
 西の大国、聖スティピュラ教国がほこる聖都ベルン。
 それは美しい都だった。

 都は高く分厚い石壁にぐるりと囲まれている。
 正門からは大広場を貫いて、真っ直ぐに大通りが走っている。
 通りの終着点は大聖堂だ。
 大聖堂の裏手、土地の高まった場所には神殿が建てられていた。

 モンテグラハはあの辺りにいるだろう。
 聖堂か、神殿かまではわからないが、どちらも潰せば問題はない。
 やつが聖都にいるとの情報は掴んでいる。
 逃がすつもりはない。

 ようやくここまでたどり着いた。
 ここが俺の復讐の旅、……その最果ての地。

「グァァアアア……!」

 急に全身が激しく痛んだ。
 黒く染まった俺の魂が、苦悶に喘いでいる。

「グゥゥゥルル……!」

 だが痛みがありがたい。
 この激痛を感じられているうちは、まだ俺は魔王に堕ち切ってはいないということだ。

 最近ではもう、こうして意識を取り戻せる時間すら、わずかになってきた。
 はやくモンテグラハを地獄送りにしなければ。

「グルゥ……」

 俺は獣と化した足を、聖都に向けて踏み出した。



 正面に高い壁が聳え立っている。
 聖都をぐるりと覆う堅固な壁。
 その上にはたくさんの兵がいて、絶え間なく侵入者を警戒している。

 これは身の危険を感じたモンテグラハの指示だろうか。
 この調子だと、おそらく都へと通じる正門も相当に警戒されているはずだ。
 なら門から入ろうが壁から入ろうが関係ない。
 そもそもモンテグラハで復讐は最後だ。
 もう姿を隠しながら裏切り者を始末する必要も、薄くなっているだろう。

「グルルルル……」

 闇を纏う我が身を、衆目に晒した。
 のそりのそりと歩き、壁に近づいていく。
 見張りの兵が、歩み寄ってくる俺に目を見張った。

「な、なんだ貴様!? そ、その異様な姿は!?」

 わらわらと兵が集まってきた。

「そこで止まれ!」
「壁に近づくな! それ以上近づくと矢をうつぞ!」

 何人かが弓に矢を番えた。
 ぎりぎりと弦を引き絞る。

「止まらぬか……。やむを得ん! 弓兵うてー!」

 矢が射かけられた。
 放たれた無数の矢が弧を描いて飛んでくる。
 だが俺は射られた矢にはまるで反応しない。
 ただゆっくりと、壁に向かって歩いていく。

「な、なんだと!?」
「ゆ、弓が効かない!?」

 矢は一本たりと俺に届きはしなかった。
 俺の全身から揺らぎ立つ瘴気。
 もはや質量すら備え始めたその瘴気が、触れた先から矢を黒く燃やしていく。

「あの黒炎はいったい!?」
「わからん! だがこいつは敵だ! 敵襲だぁ!!」
「だ、第二射! 構えぇぇえ!!」

 何度やろうとも同じこと。
 かの恐ろしき魔王シグルズと同質の闇を纏うまでに至った俺に、生半可な攻撃など、もはや通用しない。
 矢などいくら射かけても徒労に終わる。

 壁の前で足を止めた。
 拳を握って、振り上げる。
 固めた拳に破壊の力が漲っていく。

「グルルゥ……」

 俺にはわかる。
 拳に満ちた悪しき力は、これまでとは比較にもならない。
 この破滅的な力を解き放てばどうなるか。
 試してみたくなった。

「グルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 吠えながら、力を解放した。
 唸りをあげた俺の拳が、堅牢な防壁にぶつかる。

 聖都が揺れた。
 大地震でも起きたかのように、聳える壁が崩壊していく。
 直撃を受けた箇所だけではない。
 衝撃の余波で見渡す限りに破壊された壁が、轟々と音をたてて崩れ落ちていく。
 たった一撃で聖都をぐるりと囲んでいた壁は、その半分近くを消し飛ばされ、聖なる都は侵入者たる俺に丸裸を晒した。

「いでぇ……、いてえよぉ……」
「脚が! 脚が、抜けないっ!」

 石壁の大崩壊に巻き込まれて、多くの兵が倒れていた。
 血まみれになって呻く者もいれば、物言わぬ骸と化した者もいる。

「ひ、ひぃぁあ!? ば、化け物! 化け物だぁ!」
「助けて! 助けてくれぇ!」

 難を逃れた一部の兵が、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
 その後ろ姿を見送りながら、俺は悠然と足を踏み出す。
 瓦礫の山を登り、神殿へと顔を向けた。

「グルル……」

 あそこだ。
 あそこにモンテグラハがいる。
 はやくあの薄汚い裏切り者を引き裂きたい。
 俺は聖都に足を踏み入れた。



 美しい街並みを壊しながら、通りを歩く。
 俺の姿を目にした住人たちが、我先にと逃げていく。
 逃げ遅れた住民は殺した。
 破壊と殺戮に、たまらなく胸が踊る。

 やがて大広場に着いた。
 遠くに大聖堂がみえる。
 大きく深い堀に囲まれた聖堂は、神殿を護るように建立されている。

「ば、化け物め! そこで止まりなさい!」

 その広場には大勢の武装した人間たちがいた。
 俺を待っていたようだ。
 目算で、その数およそ一万。
 もうすっかりと俺を取り囲んでいる。

「止まりなさい! 止まれと言っている!」

 ヒステリックに叫んでいるのは、司祭服に身を包んだ女だ。
 こいつは遥か昔、まだ俺が人間だった頃にみた覚えがある。
 たしかモンテグラハの腹心だったか。

「グルルル……」
「止まりなさい! 止まれ化け物!」

 言うことを聞いてやる義理もない。
 気にせず歩み続ける。

「だ、大司祭さま! どうなさいますか!」

 問われた女大司祭は、顔を真っ赤にしていた。
 唾を飛ばしながら叫ぶ。

「この先は大聖堂、その後ろは神殿! これ以上この怪物を進ませるわけにはいきません! 都が戦場になるのは不本意ですが、仕方ない! 総攻撃をしてください!」

 司令官らしき男が頷いて、兵に指示を飛ばす。

 彼らはまず最初に矢を射かけてきた。
 先ほどとは規模の違う矢が降り注ぐ。
 数千、数万もの矢数だ。

 だが結果は同じこと。
 鏃(やじり)はただのひとつも我が身には届かず、黒い炎に焼かれて消し炭となった。

「くそ! なんて化け物だ! せ、戦車隊、前に!」

 兵を掻き分け、馬に引かれた戦車が姿を現した。

「ブルン! ブルルフゥ……!」

 荒々しく馬が息をはく。
 二頭立ての大型馬に引かせた戦車上には、戦斧や長槍、槍斧ハルバードを構えた重装兵が乗っている。

 はち切れんばかりの筋肉をフルプレートの鎧で覆った重装兵たちは、自信に溢れた顔をしている。
 威風堂々たる佇まいだ。

「戦車隊! 突撃ーー!!」

 号令とともに、百台からなる戦車隊が駆け出した。
 四方八方から襲い掛かってくる。

「ヒヒヒィィーーン!!」
「ぐわっははぁ! 我らは無双の戦車隊! 教国に仇をなす化け物よ! 相手が悪かったなぁ! 裁きの鉄槌を受けぇえい!」

 軽く腕を振るった。
 大型馬の首が消し飛び、何台もの戦車が転倒する。
 投げ出された重装兵が、石畳の広場に倒れた。

「な、なんだとぉお! 精強なる我ら戦車隊がっ!」
「フシュゥ……!」

 倒れた兵に歩み寄り、頭を踏みつける。

「ぎゃ!? やめ、げはぁ……!」

 ぐしゃっと気持ちのよい感触が伝わってきた。
 たまらない愉悦に胸が熱くなる。
 割れた卵のように脳症を飛び散らしながら、重装兵が絶命した。

「ゴァアアアアアアアアアア!」

 吠えながら、残った戦車に飛び掛かった。

「に、逃げろぉ! こんな化け物、敵うわけねぇ!」

 逃げ惑う戦車隊に、飛びつく。
 持ち上げて地面に叩きつけ、兵の頭を引っこ抜き、馬を真っ二つに引き裂いて回る。
 血の雨が降り注いだ。
 たまらなく愉快だ。

「ひ、ひぃぃ! 総員突撃! 突撃ぃいい! だだだ、誰でもいいから、その化け物を止めろぉ!」

 一万の兵が雪崩になって押し寄せてきた。
 最高だ。
 全員血祭りにあげてやる。
 噴き出す瘴気に嗤い顔を黒く染めながら、俺は舌なめずりをした。



 広場に死体の山が出来ている。
 どうやらまた意識を飛ばしてしまっていたようだ。

 周囲には肉片となった人間たち。
 こいつらは、なんと脆弱な生き物なのだろうか。
 まだ暖かい血を流す骸を踏みつけながら、大聖堂を眺める。

「グルルル……」

 待っていろモンテグラハ。
 もうすぐそこにたどり着く。

 血の海を掻き分けながら、俺はふたたび足を踏み出した。
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