復讐の魔王と、神剣の奴隷勇者

猫正宗

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マーリィ03 魔大陸踏破

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 わたしはとある峠道で立ち止まっていた。
 張り詰めた面持ちで、前方を眺める。

『マーリィよ、覚悟は決まったか?』

 頬を一筋、緊張の汗が伝った。

 ここは港へと向かう峠道。
 魔大陸カランディシュから、人類大陸カテルファーバに帰還するには、避けては通れない場所だ。

 しかしこの道を通るには、ひとつ大きな問題があった。
 この先には、殺戮アリキラーアントの大規模な巣があるのだ。

 殺戮アリはその名の通り、アリ型の魔物である。
 大きさは、わたしより少し小さいくらい。
 甲殻は堅く、強固なあごで岩すらも噛み砕く。
 そんなものが大挙して襲ってくるのだから、堪らない。

 わたしはこれから人類大陸に帰るところだけど、逆に人類大陸から魔大陸へと渡ってきた冒険者にとっては、ここは最初の試練となる場所だった。

『ほれ、どうした? いつまでも立ち止まっていても、仕方がなかろう』
「…………ん。やる」

 覚悟を決めて頷く。
 こんな所で足踏みしている暇は、わたしにはない。
 はやくアベルさまを、止めに行かないといけないのだ。

『なに、そう硬くなるな。特訓の成果は上がっておる。いまのお主の実力なら大丈夫じゃ。……たぶん』

 たぶんって何だ。
 そうは思ったが、言葉にして突っ込む余裕はない。

 まぁ実際、ここまでかなり無茶な特訓をしながら、魔大陸を横断していた。
 わたしだって、そこそこ強くなっているはず。

 神剣の柄を握りしめた。

「……いく!」

 わたしはアリの巣を突っ切るべく、駆け出した。



 全速力で駆ける。
 もし一匹のアリにも出くわさずに、このまま走り抜けることが出来れば、それがベストだ。

 しかしことはそう上手くは運ばない。
 前方に3匹の殺戮アリがいて、駆けてくるわたしに気がついた。

「ちっ……!」

 アリどもは、あごから生えた牙をカチカチと鳴らして、わたしを威嚇してくる。
 どうやら避けては通れないみたいだ。

「えやぁああああああああー!」

 神剣を振り被る。
 わたしの身の丈ほどもある剣を、大上段から振り下ろして、前方のアリの頭部に叩きつけた。
 硬い感触だ。
 力を込めて、無理矢理叩き斬る。

「キシャアアアアアアアアッ!」

 残りのアリが襲い掛かってきた。
 左右から2匹同じタイミング。

 咄嗟に右側からきたアリに、体ごと飛び込んだ。

「はぁあああああああああっ!」

 腹部を剣で貫き通してやる。
 それと同時に、わたしを激痛が襲った。

「ッ!? あうぅ!」

 左側のアリが、肩に食いついていた。
 肉を食い破られて、血が噴き出す。
 怪我のせいで、腕が持ち上がらない。

『マーリィ! 回復じゃ! 妾の力を使え!』

 アウロラさまの助言に従って傷を癒やす。
 神剣の力は絶大だ。
 すぐさま腕が動くまでに、肩の傷が回復した。

「キシィイイイイイイイイイッ!」

 わたしを噛んだアリが、また飛び掛かってきた。
 わたしは自分の体を支点にして、大きな弧を描くように剣を振り回す。

「このぉっ!」

 神剣がアリに直撃した。

「ギャッ!?」

 振り回した剣が左斜め下から、右斜め上方に抜け、殺戮アリの体を真っ二つに引き裂いた。

『うむ! 見事じゃ!』
「……はぁ、……はぁ」

 息を切らせて、大きく肩を揺らす。
 たった3匹相手でも、このザマだ。
 はやく、この道を抜けないと……。

『しかしなんじゃの。お主はなりは小さい割に、豪快な戦いかたをするのじゃなぁ』

 言われてみれば、アベルさまはもっと洗練された剣さばきで魔物と戦っていた。

 でもわたしには、そんな真似は出来ない。
 ひたすら神剣をぶん回し、敵を叩き斬るだけだ。

『おっと、追加の魔物がきよったぞ? 気をつけよマーリィ!』

 息を整える間にも、無数の殺戮アリが現れてくる。

 前から後ろから。
 右も左も。
 何匹ものアリに、周囲が包囲された。

「……はぁ、はぁ。……無理。殺される」
『いける、いける。お主には、この神剣アウロラがついておるのじゃ! 斯様なアリどもに遅れなど取らせぬわ!』

 殺戮アリたちは、あごをカチカチさせながら、わたしを威嚇してきた。
 いくつもの威嚇音が重なって、耳がおかしくなる。

『ほれマーリィ。構えをとれ。襲ってくるぞ!』

 泣き声を言っていても始まらない。
 こうなれば、やられる前に、やるしかない!

「てやぁああああああああああああああああっ!!」

 神剣を振りかざし、裂帛の気迫とともに魔物の群れに斬り込んだ。



「つ、疲れた……」

 よたよたしつつ、アウロラさまを杖にして歩く。
 わたしはぼろぼろになっていた。

『これマーリィ。妾を杖代わりにするでない』
「死ぬかと、思った……」

 どうにかこうにか道を抜けることは出来たけど、激戦だった。
 たぶん神剣の加護による回復力がなければ、3回くらい死んでいたと思う。

『な? 通れたじゃろ? 妾の言うとおり!』

 胡乱な目つきで剣をみる。
 このぼろぼろの姿が、分からないのだろうか。
 やっぱりアウロラさまの言うことは、いまいち当てにならない。

 そうこうしていると、遠くに港が見えてきた。
 これでようやく魔大陸とおさらばだ。
 嬉しくなって、小走りになる。

『相変わらず、小さな港じゃなー』

 わたしもそう思う。
 港には数軒の家と、小さな波止場がぽつんとあるだけだった。
 でも魔大陸に好き好んで定住する人間もいないだろうし、まぁこんなものなのかもしれない。

 波止場のすぐそばにある、船乗りの詰所に向かう。
 なかの男に声を掛けた。

「おい。おまえ」
「ああ? なんだ、小娘? お前だぁ? 目上のもんに対する、口の聞き方も知らねえのか?」

 いきなり凄まれた。
 短気な男である。

「って、ガキてめえ、誰かと一緒じゃないのか? こんな十歳やそこらの小娘が、魔大陸でひとり?」

 十歳?
 この男の目は節穴だろうか?

「わたしは十二歳。いいからはやく船をだせ」
「はぁ? 船だあ? 次の便は十日後だ。乗りたいならそれまで待て。あと金は持ってるんだろうな?」

 十日後……。
 そんなには待てない。
 どうしようか。

 とりあえず船乗りを脅してみることにした。
 神剣を男の首筋に突きつける。

「ひぃっ!?」
「すぐに出せ。……あとお金はない」
『これ! 妾を脅しに使うでない!』
「アウロラさまは、黙ってて」

 船乗りの男が、驚いて両手をあげた。
 神剣から放たれる圧力に怖じ気づいたのだろう。
 引き攣った笑みを浮かべている。

「な、なんなんだよ!? この間の死んだ目をした男といい、てめえといい、魔大陸から船に乗るやつは、こんなのばかりなのかよ!」
「……死んだ目をした男?」

 もしかしてアベルさまだろうか。
 でもアベルさまは、優しい目をしているから、人違いかもしれない。
 気になったから聞いてみると、特徴がアベルさまと合致した。

 黒い髪に黒い瞳。
 そんな珍しいひとは、アベルさまの他にはあんまりいないだろう。
 わたしも黒髪ではあるけど、瞳は赤い。

「あの死んだ目の男も、いきなり殴ってきやがるし、お前も会ってすぐ、剣を突きつけてきやがるし!」
「御託はいい。船をだす? ださない?」
「出す! 出せばいいんだろ! 出すからその剣を下ろしてくれ!」
「……わかればいい」

 神剣を下ろす。

『む、無茶苦茶じゃのう、お主……』

 なにを言うのか。
 わたしは急いで、アベルさまの下に行かなければいけない。
 なら手段なんて選んでいられない。
 要は目的さえ達成できれはいいのだ。

 こうしてわたしとアウロラさまは、無事船に乗り、人類大陸へと渡った。
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