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裏切り者03 聖騎士ラーバン

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 薄暗い地下室に、くぐもった声が響きわたる。

 椅子には年若い女性が、座らされていた。
 彼女は大きく脚を開いた姿勢で椅子に括り付けられ、裸に剥かれていた。
 全身傷だらけで、頭にすっぽりと布袋を被されている。

 グサリ、グサリ――

 柔肌に、何度も刃物が突き立てられる。
 その度に女は、ガタガタと椅子を揺らして暴れ、苦悶の叫びをあげた。

「くく……。くくく……」

 刃物を突き立てた男は、ラーバン・パーカー。
 オット・フット都市連合国の聖騎士で、魔王討伐の英雄である。

「んんんんんー! ん゛んんんんんんーーッ!!」

 汗と血と糞尿を垂れ流しながら、女が悶絶する。

 その姿を満足気に眺めて、聖騎士ラーバンは次の拷問器具へと手を伸ばした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ラーバンは、オット・フット都市連合国に属する都市のひとつ、宗教都市ルルホトの生まれである。

 彼の生家は代々聖騎士を生業としていた。

 ラーバンの父は自厳他寛じげんたかんを絵に描いたような男で、長年ルルホトに尽くしてきた彼は、市民からの厚い信頼を得た模範的な聖騎士だった。
 母は市議の娘で、我が子であるラーバンを大層可愛がった。
 一家は誰が見ても、裕福で幸福だった。



『人の役に立て、それが己の幸福につながる』

 これはラーバンの両親の口癖だ。
 ふたりは事あるごとにそう言い聞かせて、ラーバンを育てた。
 だがラーバンには、その意味がさっぱり理解できなかった。

 裕福な家庭に生まれ、溢れんばかりの愛情を注がれて育った彼。
 しかしラーバンは自分の人生に、一度も幸福というものを感じたことがなかった。

 実際には、幸福どころの話ではない。
 喜び、怒り、哀しみ、楽しさ……。
 彼には生まれつき、喜怒哀楽のあらゆる感情が欠落していたのだ。



 幼少の頃より自分の異常性を自覚し、それを隠して生活していたラーバン。

 だが彼はたったひとつだけ、わずかに自分の感情を刺激する行為があることに気づいていた。
 それは魔物を退治することだった。

 当時、聖騎士見習いだったラーバンは、よく父について魔物退治に赴いた。

 邪なる魔物。
 これを討つことは正しい行いだ。

 周囲にそう教えられてきたラーバンは、魔物を退治することにより得られる僅かな感情の揺れを、善行に対する高揚と思った。

 感情に起伏がなくとも、彼とて欲求はある。
 もっとこの高揚感を味わいたいと思ったラーバンは、精力的に魔物退治に励んだ。

 魔物の出現を耳にしては、率先して出向き、殺してまわる日々。
 魔物の脅威から都市を護り続ける彼を、ルルホトの市民たちは褒め称えた。

 ラーバンはあり得ない速さで聖騎士見習いから一人前の聖騎士に叙任され、さらに活躍し続けた。
 身を粉にして市民の安全の為に働く我が子を、彼の父や母も誇りに思っていた。



 転機は、ある事件をきっかけに訪れた。

 その日ラーバンは騎士の詰所で、装備の点検をしていた。
 そこに市民が飛び込んできた。

 彼は訴える。
 脱獄した犯罪者が、少女を人質に取った。
 建物に立て籠もっている。
 聖騎士ラーバンさま、どうかお助け下さい。

 ラーバンはすぐさま事件の現場に急行した。

 気配を消して建屋に侵入。
 ラーバンは隙をついて、脱獄犯から少女を救出した。

「な、なんだてめえ! ぶっ殺されてえのか!」

 男が喚き散らしながら突進してくる。
 その手には長剣を持っている。
 ラーバンは向かってくる男をひらりと躱し、躊躇なく首を跳ね飛ばした。
 それと同時にドクンと胸が脈動した。

 吹き出した鮮血が、ラーバンの体に降りかかる。
 頭部を失った男の体が、数歩歩いてからどさりと崩れ落ちた。
 それを眺めたラーバンは、自分にある変化が訪れたことに気が付いた。

「きゃあああああああああっ!」

 変化に戸惑い呆然とするラーバンを、少女の悲鳴が引き戻す。
 その声を聞きながら、彼は頬についた返り血を拭った。

 ラーバンは、はじめて人間を殺した。
 むせ返るような血の匂い。
 高鳴り始めた胸の鼓動。
 ラーバンは己のなかに生まれた、未知の感情に震えていた。
 それは、愉悦だった。

 凄惨な現場を目にした少女が、怯えて震えている。

「あ、あ、あ、あぁ……」

 少女がラーバンに縋り付いた。
 腰に抱きついて手を回し、救いを求めるように彼を見上げる。

「こんな、こんなことって……」

 呟く少女をラーバンが見つめ返す。
 彼は勃起していた。

 ラーバンは考えた。
 今まで自分は、数多の魔物を屠ってきた。
 そうして正義を成したことの高揚こそが、唯一自分が得られる感情のうねりなのだと思っていた。

 ……だが、本当にそうだったのだろうか。

 首から血を垂れ流し続ける死体を眺めた。
 胸が熱くなる。
 はち切れんばかりに猛った男根が、ビクンと震えた。

「うぅ……。もう、いやぁ……」

 ラーバンは縋り付いたままの少女を、突き放した。
 不安そうにする少女に向けて、聖剣を振り上げる。

「せ、聖騎士さま……?」

 ラーバンは少女を見つめ返した。
 まだ小さくて可愛らしい女の子だ。
 こんな悲惨な現場に巻き込まれて、可哀想にと思う。

 だが彼はこうも考えていた。
 試してみたい。
 さきほど感じた愉悦はなんだったのか。

 少女の頭部に、聖剣が振り下ろされた。
 ぐしゃと頭蓋が割れ、目玉が飛び出し、脳漿とともに血が噴き出す。

 感情が爆発した。
 ラーバンは胸の奥底から、愉悦が湧き出てくるのを感じる。
 彼は絶頂を迎えていた。

「く、くく……、くくく……くははははははは!!」

 ラーバンは狂ったように喜び続けた。



 ラーバンの狂気はエスカレートしはじめた。
 救いようもない非道な行いに、彼はようやく幸福を見出した。

 表向きは立派な聖騎士。
 裏ではサディスティックな快楽殺人者。

 ふたつの仮面を使い分け、ラーバンは人生を謳歌し始めた。
 世界が鮮やかに色づいて感じられる。
 彼は無辜な市民を捕まえては、自ら死を懇願するようになるまで痛ぶり、殺し続けた。

 だがこのような凶行、いつまでも隠し通せるものではない。
 知らない間に市民が消えている。
 その失踪の裏に、ラーバンがいることに彼の父が気付いた。

 問い詰めてくる父。
 ラーバンを庇う母。

 どちらもラーバンに殺された。
 拷問の末に両親をなぶり殺した彼は、適当な市民をさらって殺害し、罪をなすりつけた。

 市民は凶悪な犯罪により両親を失ったラーバンに、同情の目を向けた。

 ラーバンの両親は聖騎士と市議の娘。
 どちらも顔役である。
 告別式は、宗教都市ルルホトを挙げて大々的に行われた。

 告別のとき、多くの市民が見守るなか、ラーバンはたとえ両親を狂った殺人犯に奪われようとも、自分は変わらずあなた方を護るために働き続けると誓った。
 市民は熱狂的に、ラーバンを支持し始めた。



 いつまで経っても減らない市民の失踪。

 ルルホトの代表者たちは、ここにきてようやくラーバンの裏の顔に気付いた
 しかしもうその頃には、すでに手遅れだった。

 聖騎士ラーバンは、宗教都市ルルホトの誇りである。
 狂気の快楽殺人者は、そう市民の間で謳われるまでになっていた。

 もしラーバンの凶行が明るみに出れば、スキャンダルどころの話ではない。
 都市上層部の権力者たちは頭を抱えた。

 凶行を表には出せない。
 ならばラーバンを糾弾するよりも、彼に飴を与えてその人気を利用したほうが良い。

 そう考えた都市の権力者と深く結びついた聖騎士ラーバンは、もはや誰にも止めることの出来ない怪物と化した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 血の匂いで溢れかえった地下室に、獣じみた荒い吐息が反響する。

 もはや人間であった形すら失い、苦しみ抜いた末に絶命した女性に、ラーバンがのしかかっていた。

 死後の安寧すら陵辱し尽くす。
 その満足感に、ラーバンは恍惚とした笑みを浮かべる。

 行為が済んだ頃合いを見計らって、地下室に初老の男性がやってきた。
 司祭服に身を包んだその男が、地獄の釜が開いたかのような凄惨な様子に顔を顰める。

「こ、これはこれは。また随分とお楽しみだったようじゃな」
「……何の用だ?」

 裸になったラーバンは、遺体を抱きしめたままだ。
 振り向く素振りも見せない。

「これから大衆の前で演説をするのじゃが、ラーバンくんも一緒に来てくれんかね? きみがいると、市民の受けがいいでな」

 ラーバンが遺体を離す。
 ようやく彼から解放された女の残骸が、血の海にぼとりと落ちた。

「……待っていろ。水浴びをしてからいく」

 立ち上がった彼の表情は、狂人のものではない。
 すでにラーバンは、非の打ちようもない、聖騎士の微笑みを浮かべていた。
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