某国王家の結婚事情

小夏 礼

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ユリウスとエヴァリーナ 3(エヴァリーナ)

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自分にこんなことが起こるなんて思いもしませんでした。


王立学園に登校する馬車の中で、私はぼんやりとここ一週間のことを思いだしていました。最近、ユリウス様のご様子がおかしいのです。

まず、王太子としての公務をかなり熱心にされている。
これは、もともと頑張っておられたからおかしいわけではないのだけど、何と言えばいいのかしら……以前と比べて熱量が増えたというか、やる気が感じられるのです。周りの方からも、とても真剣に取り組んでおられるとお聞きした。

また、学園での授業が終わると、どこかへお出かけになることが増えた。
授業終了のチャイムが鳴り始めた途端に、席をお立ちになって、護衛のアドルフ様を引き連れて足早に教室から去ってしまうらしい。
一体何の御用なのだろう?
王太子というお立場上、そんなに気軽に城下へお出かけになれるわけでもないのに。

そして、一番おかしいのは、あんなに仲睦まじげにしていたリンダ様と一緒にいるところを見かけなくなったことです。最初は私が気づいていないだけで、どこかでお会いになっているのかと思ったのだけど、そうではないらしい。本当にぱったりと二人が一緒にいることが無くなってしまったのです。

一体、ユリウス様に何があったのでしょう?
最近は、リンダ様のことばかりお話になるユリウス様のお傍にいるのが辛くなって、遠ざかっていたために、よくわかりません。

もしかして、リンダ様と仲違いでもされたのだろうか?
それが一時的なことなのか、すでに修復不可能なレベルなのか。
何もかもがわからなくて、もやもやしてしまいます。

そして、私はどうしたらいいのかもわかりません。
お二人が相思相愛だと思ったからこそ、リンダ様を側室にと思っていたのに、ユリウス様のお心のありかがわからなければ、何もできやしないのです。

もう少し様子を見るべきなのでしょうけど、なんだか気分が落ち込みます。
そのため、はぁとため息まで零れてしまいます。

そんな風にいろいろ考えているうちに、学園に到着したようです。
いつものように降りて、いつものように周りの方々に挨拶をしつつ教室へ向かおうとしましたが、ここでいつもと違ったことが起こりました。


「エヴァ」
「……ユリウス様?」
なぜかユリウス様がおられます。
登校時に会いに来てくださることなんて、今までありませんでした。
嬉しいとは思えませんでした。
なぜなら、その……ユリウス様のお顔が今までに見たことが無いぐらい真剣な面差しで、正直嫌な予感がしたからです。
王妃教育で鍛えた表情筋のおかげで、顔が引きつることはありませんが、内心不安で押しつぶされそうです。

そんな私の傍に、ユリウス様はつかつかとやってこられます。
いつ見ても、その姿は優美だなと感じます。
そして、私の目の前にこられると、徐に頭を下げられた!?
「ユ、ユリウス様!?」
「エヴァ、すまなかった」
私はユリウス様の行動に驚いた声をあげましたが、さらに言われた言葉にも驚くことになりました。

え?今なんておっしゃった??
すまなかった?

「一体何を……それより頭をあげて」
くださいという言葉を私がつむぐ前に、ユリウス様が言います。
「私が愚かな所為で、ここ三か月の間、君の心に大きな負担をかけてしまった。本当にすまない。私が悪かった。どうか許してほしい」

びくりっと私の体が震えました。
ここ3か月の間というと、該当する出来事は一つしかありません。

「……そ、それはリンダ様とのことですか?」
声が震えることはありませんでしたが、代わりに小さな声になってしまいました。
それでも、ユリウス様にはきちんと聞こえたようです。

「そうだ」
「……何を謝る必要があるのでしょう?ユリウス様はリンダ様にお心を寄せておられるのでしょう?」
「……」
「私は……」
何と言えばいいのでしょう?わからなくて言葉がでません。

そんな私に対して、ユリウス様は言葉を重ねます。その口調は、外用の堅苦しい言い方ではなく、親しい人向けのくだけた言い方に変わっていました。
「確かに、エヴァにそう言ってしまったし、リンダを好きになったのは事実だよ」
そのお言葉に私の心はすっと冷たくなりました。
やはり、ユリウス様の心はリンダ様に……

「でもね、エヴァ。恋って一時的な気持ちなんだ」
「一時的?」
「うん。一生をかける気持ちじゃない」
「……」
「情けない話だけど、こうなるまで自分の本当の気持ちに気づかなかった。……僕がずっとそばにいてほしいと思うのは君だったんだ」
「……どういうことでしょう?」
ユリウス様が何を言っているのかよくわからず、私は首を傾げました。
その様子をご覧になって、ユリウス様は苦笑いされています。
それから、一度息を吐いてから、私の目を真っ直ぐに見ておっしゃいました。


「僕は、君のことを愛しているんだ」


本当に何を言っておられるのだろう?

「僕は、君以外の人と結婚する気はない。エヴァとしか考えられないよ。エヴァ、君を愛しているんだ。そのことに気づかないで、大切な君を傷つけた僕は愚か者だ。エヴァはこんな僕のこと嫌になってしまったかもしれない。……それでも僕は諦められないんだ」
そしてユリウス様は、いつの間にか後ろにいた護衛のアドルフ様から花束を受け取り、その場で片膝をついて、花束を私に捧げるように持ちました。


「エヴァリーナ嬢。あなたを愛しています。どうか僕の妃になってください」


ユリウス様の意外過ぎる言葉と行動に、私は反応することができません。
人は驚きすぎると動かなくなるのですね。
私だけ時間が止まってしまったようです。


リンダ様ではなく私を愛している?
私に妃になってほしい?


頭の中はその言葉がぐるぐる回り、なかなか理解できません。
しばらく経ってもまったく反応しない私に、ユリウス様がおずおずと声をかけてくれました。

「エヴァ……僕のこともう嫌いになった?」
今度は、ユリウス様の言葉がゆっくり頭に入ってきます。
私がユリウス様を嫌う?
そんなの

「……いいえ」
ささやくような声で答えました。
その答えに、ユリウス様はさらに言いました。
「今すぐ僕を好きになってくれとは言わないよ。でも、少しでも僕のことを気にかけてくれているなら、僕のこと受け入れてほしい。もうエヴァを傷つけるようなことはしないと誓う。王太子としても勤めもしっかり果たすよ。僕にはエヴァだけだ。どうか僕にチャンスをくれないか」

ユリウス様が持っている花束は、少し揺れています。
もしかして、緊張されている?
花束をよく見てみると、私の好きなお花がありました。
ユリウス様の瞳と同じ色の青い花。
以前一度だけ、このお花が好きだと伝えたことがありますが、そのことを覚えていてくださったの?今の季節では手に入れるのが難しいはずなのに、わざわざ探して?

「エヴァ」
切なげに私の名を呼ぶユリウス様。

その声に、凍ったように固まった私の体は、すこしずつ解けていきました。そして、ゆっくりと捧げられた花束に手を伸ばし、受け取りました。

「……はい」
それ以外は言葉になりませんでした。
返事としてはそっけないものになってしまいましたが、ユリウス様はそれはそれは嬉しそうに顔を緩ませて立ち上がり、私に抱きつきました。

「ありがとう、エヴァ」
「……ユリウス様」
「傷つけてごめんね。これからの行動で挽回するから見ていて。それでいつの日か僕のこと愛してほしい」
「私……」

私もユリウス様のことをお慕いしていると伝えようと思いましたが、止めました。
私とこれからも一緒にいるために、今までのことを素直に話し謝罪することで、私に対する誠意を示そうとしてくださった。その想いは本当だと感じたからこそ、花束を受け取りました。
ですが、やはりユリウス様が他の方に心を動かされたことはショックでした。その気持ちの種類はともかく。だから、その分の意趣返しはしてもいいですよね?

それに、言葉だけでは信じるには足りません。言葉と行動が一致してこそ、人は信じることができるもの。ユリウス様の先ほどの言葉が嘘ではないとしばらく見てから、私の気持ちをお伝えしても遅くはないでしょう。だから「はい、見ています」と返事をしました。



この後、私達がうまくいったことで、遠巻きに見ていた生徒達から歓声が沸きあがり、一時その場が騒然としたのですが、なんとか収拾をつけて、日常へと戻っていきました。

その後のユリウス様はというと、お言葉通り、王太子としての責務はしっかりこなし、周りの評判も良く、良き王になるだろうと期待されています。

そして私への態度は……激甘になりました。

いつもの二人だけのお茶会の席はもちろん、二人でいる時は、常に隣に座るようになりました。スキンシップも増え、気づけばどこか体の一部(大抵は手)が触れ合っているというのが当たり前になりました。言葉でも時々好意を伝えてくださいますし、そうでなくても、表情というか眼差しが温かいのです。私愛されているなぁと常々感じられます。以前とは大違いです。変わりすぎで、私の方が戸惑ってしまっています。

少し抑えてくださいとお伝えしても、ユリウス様は「だって、エヴァが大事だって気づいたんだし、もう悲しい思いさせたくないし。遠慮しなくてもいいでしょう?」と笑っておっしゃって、取り合ってくれません。

ユリウス様の態度が嬉しくないわけではありませんが、もう少しだけ抑えてくださると、私の羞恥心が刺激されなくてよいのですが……この分では無理でしょうね。

ユリウス様から恋心を聞かされた日には、私にこんな幸せな未来が待っているなんて、想像もできませんでした。ただ、愛されない悲しい未来しかないと思っておりましたから。


人生、何が起こるかわからないものですね。



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