某国王家の結婚事情

小夏 礼

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ユリウスとエヴァリーナ 2(ユリウス)

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「はい、ユリウス様。どうされたのですか?」

そう言って、優しく微笑みながら話を聞いてくれるエヴァとの時間が好きだ。



「最近、エヴァと会っていない……」
王立学園の生徒会室、生徒会長の机に突っ伏しながら言うと、二人の側近が反応した。

「ユリウス様、行儀が悪いですよ」
「うるさい、アドルフ。今は他の目がないんだからいいだろう」
護衛であるアドルフは、堅物でやや口うるさい。僕のためを思って言ってくれているとわかっているが、側近以外誰もいないところでは息を抜いてもいいだろう?

「エヴァリーナ嬢、王妃教育のために登城していたよね?その時に会っていたんじゃないの?」
僕の右腕のイゴルは、不思議そうに尋ねてきた。
イゴルは、独自の情報網を持ち、割と何でも知っている。頭も切れる男だ。
身分も公爵家で僕とは又従兄弟にあたるから、普段の口調も着易い。

「登城はしているけど、僕に会わないで帰ることが多くなったんだ」
最初は気づかなかったけど、だんだん僕と会う機会を減らしていき、気づいた今では、ほぼないといっていい。前までは週に一回は会っていたのに。

僕の婚約者である侯爵令嬢のエヴァリーナは、優しく賢い人だ。
とても勤勉で厳しい王妃教育も愚痴一つ言わずこなしているし、僕の取り留めもない話をいつも嬉しそうに聞いてくれる。
僕の親の所為で、彼女が十歳、僕が十二歳という幼い時に婚約したけど、僕は彼女が相手で良かったと思っている。

「エヴァ、どうしたんだろう」
こんなにエヴァに会えなかったことはなかったので、寂しく思う。
しょんぼりと言えば、二人の側近はお互いの顔を見合わせてから、おそるおそる僕に聞いてきた。

「ユリウス様、お心当たりないんですか?」
「ないよ」
「……本当に?」
「ないってば。……何?二人には僕にあるって言うの?」

僕が顔をあげて二人を見ると、二人は何とも言い難い顔をしていた。
何だよ、その顔。

「あー、ユリウス。お前さ、最近の自分の行動どう思っているの?」
「?最近の自分の行動??」
「三か月前ぐらいからの行動です」
「……なんかある?」
何を言われているのかさっぱりわからなくて、首を傾げると、二人は呆れたような顔をした。だから、何だよ!

「最近学園で、お前リンダ嬢と一緒にいるじゃないか。仲良さそうにしてさ」
急にリンダのことが出てきて、僕の顔が少し赤くなる。
「う、うん。そうだね」
子爵令嬢のリンダは僕が好きになった子だ。
恋なんて初めてで、なんだか浮かれていると思う。
ふわふわした気分で面白い。
最初リンダは僕が王太子だから恐縮していたけど、今では普通に話してくれるようになって、楽しい。

「それが原因じゃないか?」
「うん?僕がリンダと話しているのが?」
なぜそうなるのかわからなくて、僕は不思議そうな顔をした。

「エヴァリーナ嬢がお前に対してどんな感情を持っているのか知らないが、まあ面白くないだろうさ」
「でも、リンダのこと話してもいつもと変わらなかったよ」
「はぁ!?お前、エヴァリーナ嬢にリンダ嬢のこと話したのか?」
「うん、好きな子ができたって」

僕の言葉に二人は絶句している。
「お、お前……なんつーことを」
「ユリウス様……」
僕なんか変なこと言った?

婚約者として会うようになってから、エヴァには僕のこと何でも話した。
僕のこと知ってほしかったから。
僕が好きになったものも全部話していた。
僕の好きなお菓子のことも。
僕のお気に入りの場所のことも。
僕の好きな趣味のことも。
だから今回も同じようにしただけなのに。

僕の言葉に衝撃を受けたイゴルは、そのご自慢の髪を片手でぐしゃぐしゃにしながら話し出した。
「……最初聞いた時は冗談か何かだと思っていたけど、この分だとマジだな」
「何の話?」
「エヴァリーナ嬢だ」
「エヴァ?」

まだ衝撃から抜け出てないアドルフを無視してイゴルが言う。
「俺の親父から聞いた話だけど……内密だが、エヴァリーナ嬢がお前の気持ちが他の令嬢にあるようだから婚約破棄してはどうかと王に進言したそうだ」
「え!?」
「そんなのできるわけがない。エヴァリーナ嬢以上に王妃に相応しい令嬢なんていないからな」
「そ、そりゃそうだよ」
エヴァ以外に僕の王妃にふさわしい子なんていないよ。
というかエヴァ、何を考えているの?

「そこでエヴァリーナ嬢は、婚約破棄できないのなら、異例ではあるけれど、その令嬢に側室になってもらって子を生んでもらうようにしてほしいと言ったそうだ」
「な、なんで?」
「……お前がその令嬢ーリンダ嬢を好きだからだろ」
心底呆れたように言うイゴルに、僕はびっくりした。

え?僕がリンダを好きだから?
だからエヴァは僕のこと嫌になったの?

「というか、お前はなんでそんなに驚いていんの?」
「だって思ってもみないこと言われたから……」
「お前の頭の中が謎だが……言っておくけど全然意外なことじゃないからな!学園の生徒達はお前とリンダ嬢が良い仲だって噂しているから、本当にリンダ嬢が側室になってもみんな驚かないぞ?」
イゴルの言葉に、恋愛関係の噂なんて興味なさそうなアドルフでさえ、うんうんと頷いている。ということは、本当にみんなそう思っている可能性が高い。


「これは、もちろん、まだ決定事項じゃない。ただ、現状がエヴァリーナ嬢の言葉通りだと判断され、彼女が本当にそれを望んでいる場合、通る可能性が高いぞ」
「……なんで?」
「侯爵がそうするだろうからな」

エヴァの父親か。
侯爵は、王からの要請だから僕達の婚約をしぶしぶ認めたのだというのは、婚約式の時の表情を見たらわかった。たぶん、王家に対していろいろ思うことがあるのだろう。

「侯爵家は代々領地経営がうまくて繁栄しているから、中央での権力にそれほど興味を持っていない。今の地位で十分だと考えている。だから娘を王妃にすることに対して乗り気じゃなかった」
「うん」
「でもお前の両親の件があって、王家からぜひと打診されたから受けてくれたんだ」
「そうだね」
「侯爵は家族思いで有名だ。そんな大事な娘の今の状況を知ったら、侯爵はどう動くと思う?……絶対、娘の願いを叶えるだろうね」

確かに、あの侯爵ならエヴァの望みを叶えようとするのはわかる。

「ヘタすると、婚約破棄すらありえるかもな」
「え!?」
「侯爵は王家の件がなかったら、エヴァリーナ嬢を領地が隣の侯爵家に嫁がせたかったぽい。確か、あそこの侯爵家の嫡男の婚約者は一年前に病死していて、新しい婚約者はまだいない。侯爵家は中央の権力より領地の安定と繁栄を優先させたいし、何より他に好きな女がいる男に大事な娘を嫁がせるなんて嫌だろうさ。無理にでもお前との婚約を破棄して、向こうに嫁がせようと動くかもしれない」
「そ、そんな!」

イゴルの言葉に僕は愕然とした。
エヴァが僕との婚約を破棄したがっている?
エヴァが僕以外の人と結婚する?
今の今までエヴァが隣にいない未来なんて考えたことがなかった。もし、そんな未来が来たらと想像したら血の気が引いた。たぶん、今の僕の顔は真っ青だろう。
そんなの、そんなの……

そんな僕の様子を見て、再び側近二人が顔を見合わせてから、まずイゴルが聞いてきた。
「お前、なんでそんなにショック受けているの?」
「何でって」
「ユリウス様がリンダ嬢をお好きなら、エヴァリーナ嬢の提案はそんなに悪くないと思うのですが」
アドルフも聞いてくる。
「意味が分からないよ」
「そうか?立派な王妃であるエヴァリーナ嬢と好きな相手のリンダ嬢が手に入るんだぜ?万が一、エヴァリーナ嬢と婚約破棄したとしてもリンダ嬢は残るだろうし」
「それじゃあダメだ」
「何がダメなんですか?」
「それは……」


エヴァがいないとダメなんだ。


イゴルとアドルフと話していて、僕はそのことに気づいた。
僕は、エヴァが傍にいないとダメだと思っているんだ。

エヴァとは政略結婚だ。僕達がお互い望んで結んだものではない。
でも、エヴァと過ごす中で、エヴァの王妃教育に耐える精神の強さと頭の良さ、僕に対して優しく接してくれるところや笑顔が素敵だと感じていた。
それに、エヴァが傍にいるととても安心する。胸がぽかぽか温かくて、いつまでも一緒に居られる。
リンダとは違う。
エヴァには恋をしていない。
では、この気持ちは何だと言えばいいのだろうか?

「エヴァは僕に必要不可欠な人だから」
「それって……」
「王妃としての資質はもちろんだけど、それよりエヴァの隣は居心地がいい。ずっと一緒にいられるんだ。彼女の傍は安心できる。生涯を一緒に過ごすのは、エヴァ以外考えられないよ」
「ではリンダ嬢は?」
「リンダは傍にいるとドキドキしたり、ふわふわした気分になる。それがおもしろいけど、安心はできない。ずっと一緒にはいられないよ」

確かに僕はリンダに恋をした。
でも、それはずっと一緒に居たいという気持ちじゃない。
僕にとってずっと一緒に居たい人は、エヴァなんだ。

「僕の両親、どちらも評判悪いだろう?だから小さい頃から僕も『あの二人の子供』って色眼鏡で見られていた」
恋に狂った愚かな王と不出来な身の程知らずの王妃。これが僕の両親の評判。
周りの大人達は、そんな二人から生まれた僕がどう成長するか面白おかしく、もしくは冷めた目で観察していた。そしてそんな大人達を見ていた子供達の態度も似たようなものだった。誰も彼もが『あの二人の子供』と僕を見ていた。
「でも、エヴァは……エヴァだけはそんな風に僕を見なかったんだよ。最初に会った時から、僕自身を見てくれていた」
だから、エヴァの隣は居心地が良かった。

「でもやっぱり、僕も両親と同じで愚か者だったみたいだ」
初めて感じた恋に現を抜かして、本当に大切なものを傷つけてしまった。その結果、大切なもの—エヴァを失うかもしれない状態になった。どうしよう。どうしたらいい?


「お前の気持ちはわかった」
呆然としている僕にイゴルが言う。
「お前は、エヴァリーナ嬢とずっと一緒に居たいんだろう?」
「うん」
「だったら、やることは一つ。エヴァリーナ嬢に謝って許してもらえよ」
「エヴァ、許してくれるかな?」
「それはわからないが、それでもそこからしなくちゃダメだろう」
イゴルの言うことはもっともなので、頷いた。

「あの、少し気になったのですが……ユリウス様は、今までエヴァリーナ嬢に好意を伝えたことはあるのですか?」
「え?」
「いえ、エヴァリーナ嬢の行動を考えてみると、ユリウス様から想われているとは思っていらっしゃらないのではないかと」
だから婚約破棄したい、子供は生みたくないと考えたのではないかとアドルフが言った。

エヴァに好意を伝えることは……
「したことない」
「マジか!?」
「うん」
イゴルもアドルフも苦い顔をしたけど、これに関しては僕にだって言い分があるよ。
だって、そういうこと以前に、僕の妃になることがすでに決定されている女の子だったんだもの。ずっと一緒にいることは決まっていた。だからあえて言葉に出して好意を伝える機会なんてなかった。態度には出ていたと思うけど……たぶん伝わってなかったんだろうな。

「じゃあ、それも言った方が良い」
「エヴァに僕の気持ちを言うってこと?」
「そうだ。というかそうしないと、お前誤解されたままになるぞ」
「誤解?」
「ユリウス様が自分を引き留めるのはただ王妃になる存在だからで、そのお心はずっとリンダ嬢にあると思われてしまいますよ」
「そ、それは困る!」

エヴァが傍にいてくれるのはもちろんだけど、その心だって欲しいよ。
今は無理でも、いつか想い想われる関係になりたい。
そして、僕の子を生んでもらうんだ。

それにしても、僕が他人の気持ちに疎いというのはこういうところなんだろう。
ほんと2人が側近としていてくれて助かった。
その後も、何時言うかどんな風に伝えたらいいかを一緒に考えてくれて、どうするか決めることができた。あとは実行するだけだ。


エヴァ、僕が馬鹿だった所為で、君を傷つけてごめんね。
それでも僕はエヴァがいないとダメなんだ。
どうか、僕から離れていかないで。


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