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6 謎の事件と聖人候補
978 帝国の代理人のお仕事
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978
軍の建物は独特の匂いを持っている。
多くの兵隊が闊歩し、日常的に演習が行われ、いつも騒々しく、蒸れた革や土埃のような匂いが漂っている、そんな場所だ。サイデムはそんな前線の緊張感漂う場所が嫌いではない。
(ここは同じ軍の建物とはいっても、匂いからまったく違うんだよなぁ……)
シド帝国軍の作戦を考え指揮をとる上級の将校や事務方が詰めている参謀本部の雰囲気は、そうした軍の駐屯地や砦とは明らかに違った佇まいをしている。ここで土臭さとは無縁で、感じるのは木や紙の匂い、そして上質な靴の音がやけに響く静けさだ。皇宮と隣接する立派なその建物は一分の隙もない建築だが華美さは抑えられているため、例えるなら立派な図書館にいるような荘厳さが漂っている。
サイデムがきっちりと磨き上げられた参謀本部の中央玄関に到着すると、ドール参謀の部下である顔馴染みの将校が迎えてくれた。彼はサイデムとも顔馴染みで、現在は参謀長に昇進しているドール参謀が信用する優秀な男だ。
「サイデム子爵、この度はご足労いただき、ありがとうございます。遠きイスの地より……」
「スタン殿、私はここに商人として仕事にまいりました。貴族式の挨拶は無用といたしましょう」
サイデムが手で挨拶を制しながら笑みを浮かべると、スタンもまた微笑んだ。これもまたいつものやりとりだ。
「承知いたしました。では、ご案内を……」
スタンはサイデムを先導しながら、状況を説明していく。
サイデム到着よりだいぶ前から参謀本部の大会議室では、現場担当同士による品物の受け渡し準備が進められているが、なにせ今回引き渡される品物は数も量も膨大であるため、そう簡単には終わりそうもないらしい。
「〝帝国の代理人〟たるサイデム子爵から提供された品物でございますので、受け渡しの完了を待つまでもない、とドール参謀長より指示がございました。ですので、物品の受け渡し完了を待たずに、これよりお支払いのための手続きを行います。参謀長室にて書類をご確認ののちご署名をお願いいたします」
「その信頼に感謝申し上げるとともに〝サイデム商会〟の名にかけて、商品の品質は保証しよう」
「はい。みなさま、この度の迅速な取引を喜ばれております」
サイデムの評価を大きく上げることになった今回の資材調達だが、短期間でこれだけの品物を用意できたのには理由がある。簡単な話だ。ほとんどの品物はイスですでに用意されていたのだ。
巨大都市イスに何事かが起こった場合のことを、サイデムは自分がその首領と呼ばれるようになる前から常に考えていた。有事の際に必要とされる物資は事前に完璧な状態まで準備できていなければ何の役にも立たない。そのことを若いころの冒険者生活で、サイデムは心に刻んでいた。
(あのころは金もなかったしなぁ。準備不足のせいで、何度も死にかけた。事件や事故は突然だ。どんなに勘弁してくれと祈ったところで絶対に待っちゃくれねーんだよ!)
だから商人であるサイデムは準備をする。私財を投じてでも不測の事態に備えてきた。
そんなサイデムからすると、帝都であるパレスがあまりにも有事への準備不足だったことが信じられなかった。長年〝帝国の代理人〟と呼ばれた御用商人タガローサ家が購買に関する実権のすべてを牛耳っていたため、調達に関しては連絡係程度の貧弱な部署しかなく、国としての備蓄政策について研究立案する部署すら存在しない。
軍の補給に関してもその計画は軍の調達部に任せきりで、なんの提案もタガローサ側からはなく、実際の品物の授受の際にはしっかり利鞘だけを取るという状況のまま現在に至っていた。
自らがその立場となってサイデムもこの状況には呆れるしかなかった。もちろん、すぐに帝都保全のための調達管理委員会の発足を進言し、備蓄を進め始めたが、まずは正確な保有在庫を調べるところから始めねばならず、タガローサの杜撰なやり口に、サイデムは殺意さえ覚えた。
(っざけんなよ! お前らは私服を肥やす以外のことに興味なさすぎだろ! 本当にお前ら、この国のことをなにも考えずに金儲けだけの商売しやがって!)
今回の〝巨大暴走〟の前に〝帝国の代理人〟が交代していたことは、パレスにとってはとても運の良いことだった。おそらくタガローサでは、この状況での迅速な資材調達は不可能であっただろうし、国庫への負担も倍増していたことだろう。
サイデムを先導していたスタンも心の中で、サイデムが〝帝国の代理人〟でいてくれることに、心から安心し感謝していた。
(いまもタガローサがパレスを牛耳っていたらと思うと……背筋が凍るますね。頼りになる方がいてくれて、本当によかった)
軍の建物は独特の匂いを持っている。
多くの兵隊が闊歩し、日常的に演習が行われ、いつも騒々しく、蒸れた革や土埃のような匂いが漂っている、そんな場所だ。サイデムはそんな前線の緊張感漂う場所が嫌いではない。
(ここは同じ軍の建物とはいっても、匂いからまったく違うんだよなぁ……)
シド帝国軍の作戦を考え指揮をとる上級の将校や事務方が詰めている参謀本部の雰囲気は、そうした軍の駐屯地や砦とは明らかに違った佇まいをしている。ここで土臭さとは無縁で、感じるのは木や紙の匂い、そして上質な靴の音がやけに響く静けさだ。皇宮と隣接する立派なその建物は一分の隙もない建築だが華美さは抑えられているため、例えるなら立派な図書館にいるような荘厳さが漂っている。
サイデムがきっちりと磨き上げられた参謀本部の中央玄関に到着すると、ドール参謀の部下である顔馴染みの将校が迎えてくれた。彼はサイデムとも顔馴染みで、現在は参謀長に昇進しているドール参謀が信用する優秀な男だ。
「サイデム子爵、この度はご足労いただき、ありがとうございます。遠きイスの地より……」
「スタン殿、私はここに商人として仕事にまいりました。貴族式の挨拶は無用といたしましょう」
サイデムが手で挨拶を制しながら笑みを浮かべると、スタンもまた微笑んだ。これもまたいつものやりとりだ。
「承知いたしました。では、ご案内を……」
スタンはサイデムを先導しながら、状況を説明していく。
サイデム到着よりだいぶ前から参謀本部の大会議室では、現場担当同士による品物の受け渡し準備が進められているが、なにせ今回引き渡される品物は数も量も膨大であるため、そう簡単には終わりそうもないらしい。
「〝帝国の代理人〟たるサイデム子爵から提供された品物でございますので、受け渡しの完了を待つまでもない、とドール参謀長より指示がございました。ですので、物品の受け渡し完了を待たずに、これよりお支払いのための手続きを行います。参謀長室にて書類をご確認ののちご署名をお願いいたします」
「その信頼に感謝申し上げるとともに〝サイデム商会〟の名にかけて、商品の品質は保証しよう」
「はい。みなさま、この度の迅速な取引を喜ばれております」
サイデムの評価を大きく上げることになった今回の資材調達だが、短期間でこれだけの品物を用意できたのには理由がある。簡単な話だ。ほとんどの品物はイスですでに用意されていたのだ。
巨大都市イスに何事かが起こった場合のことを、サイデムは自分がその首領と呼ばれるようになる前から常に考えていた。有事の際に必要とされる物資は事前に完璧な状態まで準備できていなければ何の役にも立たない。そのことを若いころの冒険者生活で、サイデムは心に刻んでいた。
(あのころは金もなかったしなぁ。準備不足のせいで、何度も死にかけた。事件や事故は突然だ。どんなに勘弁してくれと祈ったところで絶対に待っちゃくれねーんだよ!)
だから商人であるサイデムは準備をする。私財を投じてでも不測の事態に備えてきた。
そんなサイデムからすると、帝都であるパレスがあまりにも有事への準備不足だったことが信じられなかった。長年〝帝国の代理人〟と呼ばれた御用商人タガローサ家が購買に関する実権のすべてを牛耳っていたため、調達に関しては連絡係程度の貧弱な部署しかなく、国としての備蓄政策について研究立案する部署すら存在しない。
軍の補給に関してもその計画は軍の調達部に任せきりで、なんの提案もタガローサ側からはなく、実際の品物の授受の際にはしっかり利鞘だけを取るという状況のまま現在に至っていた。
自らがその立場となってサイデムもこの状況には呆れるしかなかった。もちろん、すぐに帝都保全のための調達管理委員会の発足を進言し、備蓄を進め始めたが、まずは正確な保有在庫を調べるところから始めねばならず、タガローサの杜撰なやり口に、サイデムは殺意さえ覚えた。
(っざけんなよ! お前らは私服を肥やす以外のことに興味なさすぎだろ! 本当にお前ら、この国のことをなにも考えずに金儲けだけの商売しやがって!)
今回の〝巨大暴走〟の前に〝帝国の代理人〟が交代していたことは、パレスにとってはとても運の良いことだった。おそらくタガローサでは、この状況での迅速な資材調達は不可能であっただろうし、国庫への負担も倍増していたことだろう。
サイデムを先導していたスタンも心の中で、サイデムが〝帝国の代理人〟でいてくれることに、心から安心し感謝していた。
(いまもタガローサがパレスを牛耳っていたらと思うと……背筋が凍るますね。頼りになる方がいてくれて、本当によかった)
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