788 / 840
6 謎の事件と聖人候補
977 商人と貴族と
しおりを挟む
977
手にしっくりと馴染む……という感じがまったくしない装飾過多のティーカップで一服させられる。これも貴族の到着時の儀式のようなものなので、ただ黙々とサイデムは茶を口に運んだ。
給仕からうやうやしく供されたその高級紅茶は〝サイデム商会〟自慢の逸品だが、この器で飲まされることにサイデムは辟易していた。貴族専用控室のこれまた装飾重視で機能性がほぼ無視された高額なテーブルとソファーは、いまでは〝イス趣味〟と呼ばれる高品質ですっきりとしたデザインの提唱者であるサイデムには、なにも響かない。まったく合理性のない、ただ贅沢であるということだけに価値がある品物なのだ。
この数年でイスとパレスの美意識の差は顕著になっていたが、意外にも絢爛豪華を是とする貴族趣味パレスにも〝イス趣味〟を好意的に受け止める人が出始めていた。
それは一部の軍関係者、高級官僚などで、特にサイデムの盟友であるドール参謀は、いまでは仕事にまつわる部屋をすべて〝イス趣味〟の家具に変更し統一しているほどだ。ただし、家族の理解はあまり得られていないらしく、屋敷のインテリアに関してはドール参謀しか立ち入らない仕事関連の部屋だけに限られているという。
(そのうちメイロードが女性の好みそうな新しい家具を作り始めたら、また流れが変わるかもしれんな。とりあえず高級木材や腕のいい家具工房は押さえておくか)
そんなことを考えながら、サイデムは給仕を外に追い出すと仕事がしにくいテーブルに書類を広げて仕事を始めた。
(時間を無駄にはできんからな。見苦しくない程度に仕事は進めておこう。ああ、この机の装飾邪魔だな!)
こうしてどこにいても仕事を優先する日常の中で寸暇を惜しんで書類を片付けていく姿は、やはり貴族とはまったく違った振る舞いだと本人も自覚はしている。だが、嬉々として貴族である姿を振りかざし庶民を虐げ、暴利を貪りながら散財を重ねていたタガローサをみてきたせいか、こうして爵位を持つ身分を得ても〝ああはなるまい〟という気持ちがサイデムには強くあった。
(俺は商人だ! これでいい。爵位は仕事の役には立つが、それ以外の意味など要らんからな。できればもう陞爵は勘弁してもらいたいものだ)
実は今回子爵になったことで、サイデムはその祝賀行事を含む一連の貴族の行うべきことに多大な労力と金を使うことになっていた。
だが、幸か不幸か現在の帝都パレスは〝非常時〟だ。
数カ月のうちに起こることが確実な、パレス近郊のダンジョンを起点とした〝巨大暴走〟への対策が最優先される状況であり、日頃は社交に明け暮れている貴族たちもパーティーを控えるような日々が続いている。
(おかげでウチの催事部はパレスの仕事がめっきり減ったがな。まぁ、その分は他の地域で稼ぐとしよう)
それでなくとも今回の魔物大量襲来に対抗するためにパレスの防備を固め、軍部のさらなる補強と整備、冒険者をはじめとする市井の人々のための品物の流通管理、加えて問題のダンジョンの周囲への砦の建設に使用する資材や武器の搬入などなど、あらゆる品物の大量調達が必要となったパレスで、その全権が〝帝国の代理人〟であるサイデムに託されたのだ。
この多忙さもあったため、サイデム子爵のためのさまざまな祝賀行事はすべてこの騒動が片付いてからということになり、先ごろ慌ただしく皇帝陛下の御前での式典のみが行われた。
サイデムとしては、このまま有耶無耶になってやらずに済めば一番だと考えていたが、そうはいくまいとも思っている。
(貴族っていうやつは、形式を重じる生き物だからな。それを端折れば舐められるのだろうよ。いや、俺が舐められるだけならいいが、それはひいては俺を〝帝国の代理人〟に指名した皇帝陛下の顔を潰すことになる……まったく面倒なことだ。実際、もうすでにウチの〝催事部〟は水面下で祝賀会の準備にかかっているし、バカ高い予算も組まれているしなぁ)
「サイデム子爵、準備が整いました」
「わかった。すぐ向かおう」
二時間ほど待たされて、サイデムは高官たちの待つ参謀本部へと向かった。前後に十名の警備兵を連れご大層な馬車で、サイデム子爵は貴族専用の馬車道を進む。
「金払いのいい軍部との商談だ。しっかり稼がせてもらうさ」
そうつぶやくと、サイデムは馬車に揺れを感じながら、束の間の仮眠に入るのだった。
手にしっくりと馴染む……という感じがまったくしない装飾過多のティーカップで一服させられる。これも貴族の到着時の儀式のようなものなので、ただ黙々とサイデムは茶を口に運んだ。
給仕からうやうやしく供されたその高級紅茶は〝サイデム商会〟自慢の逸品だが、この器で飲まされることにサイデムは辟易していた。貴族専用控室のこれまた装飾重視で機能性がほぼ無視された高額なテーブルとソファーは、いまでは〝イス趣味〟と呼ばれる高品質ですっきりとしたデザインの提唱者であるサイデムには、なにも響かない。まったく合理性のない、ただ贅沢であるということだけに価値がある品物なのだ。
この数年でイスとパレスの美意識の差は顕著になっていたが、意外にも絢爛豪華を是とする貴族趣味パレスにも〝イス趣味〟を好意的に受け止める人が出始めていた。
それは一部の軍関係者、高級官僚などで、特にサイデムの盟友であるドール参謀は、いまでは仕事にまつわる部屋をすべて〝イス趣味〟の家具に変更し統一しているほどだ。ただし、家族の理解はあまり得られていないらしく、屋敷のインテリアに関してはドール参謀しか立ち入らない仕事関連の部屋だけに限られているという。
(そのうちメイロードが女性の好みそうな新しい家具を作り始めたら、また流れが変わるかもしれんな。とりあえず高級木材や腕のいい家具工房は押さえておくか)
そんなことを考えながら、サイデムは給仕を外に追い出すと仕事がしにくいテーブルに書類を広げて仕事を始めた。
(時間を無駄にはできんからな。見苦しくない程度に仕事は進めておこう。ああ、この机の装飾邪魔だな!)
こうしてどこにいても仕事を優先する日常の中で寸暇を惜しんで書類を片付けていく姿は、やはり貴族とはまったく違った振る舞いだと本人も自覚はしている。だが、嬉々として貴族である姿を振りかざし庶民を虐げ、暴利を貪りながら散財を重ねていたタガローサをみてきたせいか、こうして爵位を持つ身分を得ても〝ああはなるまい〟という気持ちがサイデムには強くあった。
(俺は商人だ! これでいい。爵位は仕事の役には立つが、それ以外の意味など要らんからな。できればもう陞爵は勘弁してもらいたいものだ)
実は今回子爵になったことで、サイデムはその祝賀行事を含む一連の貴族の行うべきことに多大な労力と金を使うことになっていた。
だが、幸か不幸か現在の帝都パレスは〝非常時〟だ。
数カ月のうちに起こることが確実な、パレス近郊のダンジョンを起点とした〝巨大暴走〟への対策が最優先される状況であり、日頃は社交に明け暮れている貴族たちもパーティーを控えるような日々が続いている。
(おかげでウチの催事部はパレスの仕事がめっきり減ったがな。まぁ、その分は他の地域で稼ぐとしよう)
それでなくとも今回の魔物大量襲来に対抗するためにパレスの防備を固め、軍部のさらなる補強と整備、冒険者をはじめとする市井の人々のための品物の流通管理、加えて問題のダンジョンの周囲への砦の建設に使用する資材や武器の搬入などなど、あらゆる品物の大量調達が必要となったパレスで、その全権が〝帝国の代理人〟であるサイデムに託されたのだ。
この多忙さもあったため、サイデム子爵のためのさまざまな祝賀行事はすべてこの騒動が片付いてからということになり、先ごろ慌ただしく皇帝陛下の御前での式典のみが行われた。
サイデムとしては、このまま有耶無耶になってやらずに済めば一番だと考えていたが、そうはいくまいとも思っている。
(貴族っていうやつは、形式を重じる生き物だからな。それを端折れば舐められるのだろうよ。いや、俺が舐められるだけならいいが、それはひいては俺を〝帝国の代理人〟に指名した皇帝陛下の顔を潰すことになる……まったく面倒なことだ。実際、もうすでにウチの〝催事部〟は水面下で祝賀会の準備にかかっているし、バカ高い予算も組まれているしなぁ)
「サイデム子爵、準備が整いました」
「わかった。すぐ向かおう」
二時間ほど待たされて、サイデムは高官たちの待つ参謀本部へと向かった。前後に十名の警備兵を連れご大層な馬車で、サイデム子爵は貴族専用の馬車道を進む。
「金払いのいい軍部との商談だ。しっかり稼がせてもらうさ」
そうつぶやくと、サイデムは馬車に揺れを感じながら、束の間の仮眠に入るのだった。
480
お気に入りに追加
13,141
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。