利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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6 謎の事件と聖人候補

977 商人と貴族と

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手にしっくりと馴染む……という感じがまったくしない装飾過多のティーカップで一服させられる。これも貴族の到着時の儀式のようなものなので、ただ黙々とサイデムは茶を口に運んだ。

給仕からうやうやしく供されたその高級紅茶は〝サイデム商会〟自慢の逸品だが、この器で飲まされることにサイデムは辟易していた。貴族専用控室のこれまた装飾重視で機能性がほぼ無視された高額なテーブルとソファーは、いまでは〝イス趣味〟と呼ばれる高品質ですっきりとしたデザインの提唱者であるサイデムには、なにも響かない。まったく合理性のない、ただ贅沢であるということだけに価値がある品物なのだ。

この数年でイスとパレスの美意識の差は顕著になっていたが、意外にも絢爛豪華を是とする貴族趣味パレスにも〝イス趣味〟を好意的に受け止める人が出始めていた。
それは一部の軍関係者、高級官僚などで、特にサイデムの盟友であるドール参謀は、いまでは仕事にまつわる部屋をすべて〝イス趣味〟の家具に変更し統一しているほどだ。ただし、家族の理解はあまり得られていないらしく、屋敷のインテリアに関してはドール参謀しか立ち入らない仕事関連の部屋だけに限られているという。

(そのうちメイロードが女性の好みそうな新しい家具を作り始めたら、また流れが変わるかもしれんな。とりあえず高級木材や腕のいい家具工房は押さえておくか)

そんなことを考えながら、サイデムは給仕を外に追い出すと仕事がしにくいテーブルに書類を広げて仕事を始めた。

(時間を無駄にはできんからな。見苦しくない程度に仕事は進めておこう。ああ、この机の装飾邪魔だな!)

こうしてどこにいても仕事を優先する日常の中で寸暇を惜しんで書類を片付けていく姿は、やはり貴族とはまったく違った振る舞いだと本人も自覚はしている。だが、嬉々として貴族である姿を振りかざし庶民を虐げ、暴利を貪りながら散財を重ねていたタガローサをみてきたせいか、こうして爵位を持つ身分を得ても〝ああはなるまい〟という気持ちがサイデムには強くあった。

(俺は商人だ! これでいい。爵位は仕事の役には立つが、それ以外の意味など要らんからな。できればもう陞爵は勘弁してもらいたいものだ)

実は今回子爵になったことで、サイデムはその祝賀行事を含む一連の貴族のに多大な労力と金を使うことになっていた。

だが、幸か不幸か現在の帝都パレスは〝非常時〟だ。

数カ月のうちに起こることが確実な、パレス近郊のダンジョンを起点とした〝巨大暴走〟への対策が最優先される状況であり、日頃は社交に明け暮れている貴族たちもパーティーを控えるような日々が続いている。

(おかげでウチの催事部はパレスの仕事がめっきり減ったがな。まぁ、その分は他の地域で稼ぐとしよう)

それでなくとも今回の魔物大量襲来に対抗するためにパレスの防備を固め、軍部のさらなる補強と整備、冒険者をはじめとする市井の人々のための品物の流通管理、加えて問題のダンジョンの周囲への砦の建設に使用する資材や武器の搬入などなど、あらゆる品物の大量調達が必要となったパレスで、その全権が〝帝国の代理人〟であるサイデムに託されたのだ。

この多忙さもあったため、サイデム子爵のためのさまざまな祝賀行事はすべてこの騒動が片付いてからということになり、先ごろ慌ただしく皇帝陛下の御前での式典のみが行われた。

サイデムとしては、このまま有耶無耶になってやらずに済めば一番だと考えていたが、そうはいくまいとも思っている。

(貴族っていうやつは、形式を重じる生き物だからな。それを端折れば舐められるのだろうよ。いや、俺が舐められるだけならいいが、それはひいては俺を〝帝国の代理人〟に指名した皇帝陛下の顔を潰すことになる……まったく面倒なことだ。実際、もうすでにウチの〝催事部〟は水面下で祝賀会の準備にかかっているし、バカ高い予算も組まれているしなぁ)

「サイデム子爵、準備が整いました」
「わかった。すぐ向かおう」

二時間ほど待たされて、サイデムは高官たちの待つ参謀本部へと向かった。前後に十名の警備兵を連れご大層な馬車で、サイデム子爵は貴族専用の馬車道を進む。

「金払いのいい軍部との商談だ。しっかり稼がせてもらうさ」

そうつぶやくと、サイデムは馬車に揺れを感じながら、束の間の仮眠に入るのだった。
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