利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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5森に住む聖人候補

817 縫合

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817

原始的で最先端の縫合法。それはちょっと面白いやり方だった。

元いた世界の医療現場で縫合のときに使われるようになってきていた医療用ステープラーを使った処置法。これは患部にホッチキスの針のようなものを打ち込み、傷口を両側から挟み固定するという方法なのだ。処置が手早く行え、また直接縫合する様子や針が見えないため、怖がる子供の小さな傷を塞ぐのにもとても効果的だった。うちの双子も転んで頭を切り二針縫ったことがあるが、そのときこのやり方で治療を受けた経験がある。

そして、この現代医療に取り入れられた方法と酷似した処置法が大昔にもあったのだ。

それは顎の発達した昆虫に傷口を噛ませて患部を塞ぐというもので、噛ませた小さな昆虫の顎がホッチキスの針の役割となる。つまりやっていることは医療用ステープラーのそれと同じなのだ。

前世で調べたときの知識では、この治療法では患部を噛ませたところで昆虫の首を残して切断するとされていた。写真では患部には昆虫の首がずらずら並ぶという、なかなかグロテスクな様子が写っていたのを覚えている。

だがこちらの世界の〝オオアゴアリ〟という名の昆虫の生態ならば、この残酷さを回避できる。まさにこの治療にうってつけなのだ。

〝オオアゴアリ〟は、危機を感じると大きな顎で敵を噛み、口から酸を注入することで敵を撃退する。その際、このアリは顎を取り外し敵の体表面に残した状態で逃げるのだ。彼らの顎は再生可能なので、こういうことができるらしい。
彼らと同じような大きさの昆虫には、この噛み付かれたままの酸攻撃は大変有効なのだが、ソーヤが好んで食べていることでもわかるように、このアリの使う酸は人体には無毒でむしろ傷の消毒になる成分のため注入されても問題がない。

(便利すぎる。まさに野生の医療用ステープラーね!)

私は処置のための用意ができると横になっているお父さんに声をかけた。

「これから腕の傷口を縫うための処置を行います。これ感じますか?」

そう言いながら、消毒したピンセットを使い、先程まで湿布を貼って固定していた腕の表面をキュッとつまんだ。これに先程の安眠薬入り薬草茶の影響で少し朦朧としているお父さんは、はっきりと首を横に振った。

「何も……感じない」

実は先ほどまで患部に貼っていた湿布状のものには皮膚に使うとしびれを感じさせる薬草が混ぜてあったのだ。これらの薬草を使うと簡易的な局所麻酔のような効果が得られることはハルリリさんから学習済みだったので使ってみたのだが、想像通りの効果が表れているようだ。

(これならおそらく痛みはないはず……よし!)

「これから縫い合わせる代わりに、この〝オオアゴアリ〟を噛みつかせることで深い傷口を塞いでいこうと思います。痛みはほとんどありませんし、これをすることで針と糸で縫うのと同じ効果が得られます。格段に治りも早いでしょう。はじめてもよろしいですか?」

「あ……アリ?」

お父さんは不思議そうな顔になったが、ここまでの治療の手早さから少しは信用してくれたのだろう。傷の治りが早いという私の言葉を聞くと、直ぐに頷いてくれた。

「では、始めますね」

私にとっても初めてのことだが、今更躊躇しても仕方がない。女は度胸だ。

ソーヤが採ってきてくれた生きた〝オオアゴアリ〟を一匹ピンセットで掴むとちょうど傷を挟むような位置にそれを慎重に誘導すると、本能なのかうまく噛みついてくれる。このアリは生きたまま殺菌効果が期待できる〝ポーション〟に浸けていたので、動きがとてもいい。

(〝ポーション〟って昆虫にも効果あるのかな?)

確認すると、元気なアリの顎はがっちりと皮膚に食い込み、傷口を左右から挟み込んだ状態になっている。
そこでピンセットを上に引き上げると少し抵抗を感じたところでプチっとその顎は抜けて傷口に残り、ピンセットには顎のない〝オオアゴアリ〟が残った。

(よし、これなら行けそう)

そこからは同じ作業の繰り返しだ。傷口に置いては噛ませてという作業は十四匹目ですべての傷口を塞ぐことに成功した。

綺麗に並んだ〝オオアゴアリ〟の顎は黒いホッチキスの針のようだ。

「はい、お疲れ様でした。これで処置は終了です。ではもう一度固定しますから、なるべく動かさないようにして安静にしましょうね」

私がもう一度薬草茶をお父さんに飲ませると、安心したのかすぐにお父さんは眠ってしまった。

処置は成功、あとは片付けだ。

「ソーヤ、この子たちは逃がしてあげてね。今回の処置を可能にしてくれたんだから」
「わかってますよ。〝ポーション〟まで飲ませてもらってるんですから、自慢の顎はすぐにまた生えてくるはずですよ」
「ふふ、そうだといいわね」

少年には傷はしっかり塞がったことを伝え、おそらくお父さんは今夜はここで休ませたほうがいいと伝えた。

「もしかしたら熱が出るかもしれないけれど、ここなら私が診てあげられるから」

「ありがとうございました。村には薬師様はいませんから、あのまま村に戻っていたらこんな手厚い治療を受けることはできなかったと思います。どうお礼をしたらいいのか……」

少年の話を聞くと、彼の住む村には医療系の専門職はおらず、病気のときは何人かの薬草の知識がある村人たちが対応するらしい。それもよく知られた薬草を煎じて飲んだり塗ったりするぐらいのものだそうで、基本は自然治癒力に頼っての放置に近い状況なのだという。

「お代にいくらお支払いすればいいかわかりませんが、親父と相談してできるだけ……」

そういう少年の言葉は少し緊張が見えてた。薬師への支払いとなれば、決して裕福とは思えない彼らには大きな負担に違いない。

「……えっと、今回は緊急事態でしたのでお助けいたしましたけれど、私もまだ修行の身ですので、お金はいりません。その代わり、私のことは村の方には言わないでくださいね。いまはここで静かに研究を続けたいので……ね」

そこからは払う払わないの話でしばらく揉めたが、最終的な落とし所として、お父さんの怪我が治ったら、そのあとに狩りへ出て手に入った肉を一年間無償で必要なだけもらえるということで決着した。

「毛皮も必要ならいってもらえれば用意します!」

「あ、ありがとう……助かるわ」

(律儀な猟師さんのおかげで、どうやら、カントリー調の家に毛皮の敷物もプラスされそうね)
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