利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

652 シルヴァン公爵家への制裁

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652

「ど、どど、どれぐらいのご猶予をいただけますのでしょうか……」

震える声でシルヴァン公爵は声を絞り出す。

「はは! なにを言う。仮にもわが縁戚、このシド帝国の公爵家が、こればかりの金額を出せないと申すか? もちろん、即刻支払ってもらわねば困るぞ。これはあくまでに国庫からシルヴァン公爵家に貸している国費だ。国の規範たるべき公爵家にこのような借財、その屈辱は耐え難かろう。即刻返したいだろうに、何の猶予が必要ぞ。のお、公爵?」

「くぅ……」

シルヴァン公爵は言葉に詰まる。この大騒ぎの責任を考えれば、この〝金さえ払えばとりあえず丸く収めてやる〟という正妃の態度は、とても温情のある解決策だ。だが、放蕩の限りを尽くし、領地運営も使用人に任せきりにしてきたせいでジリ貧の現在のシルヴァン公爵家が、その金を即金で支払うことは不可能だった。

(そうだ、タガローサになんとか金策を頼めないだろうか、そうすれば……)

そこで、公爵の心を読んだかのようにドール参謀がこう言う。

「ああ、そうであった。今回の騒ぎの発端、公爵様の第二夫人オクタビア夫人。あなたの生家であるタガローサ家にも、今回の件で軍の捜査が入っている。当然、現在タガローサ子爵家の資産も凍結中だ。いずれ何も落ち度がないとわかれば解除となるだろうが、それでなくとも蟄居中の身、しばらくは連絡も取れないでしょうな」

「え……兄の家にまで!! そんな、ああ……」

オクタビア夫人は公式な謁見室の中、多くの人の目があることも忘れて号泣し始めている。その妻の体面も何もかも放り出したような泣きようを見て意を決したシルヴァン公爵は、領地の現状を訴え泣き落としにかかる。

「わが領地は近年不作が続いており、その手当てにかなりの資産を使っておりまして……現金にゆとりがないのでございます……どうぞこの……」

「この期に及んで今度は民草を言い訳にするか……ほとほと呆れた。ドール、もう良い、後は任せる」

つくづく不愉快だ、という表情の正妃はこう言い置いて席を立った。

「この金額を返済せぬ限り、公爵家のパレスへの帰参は叶わぬと思え! もちろんこのことは皇帝陛下もご承知である。自らの態度を改めねば、シルヴァン公爵家の次代はないものと心得よ!」

その声は、決して大きなものではなかったが、氷のように冷たく鋭いものだった。そのまま踵を返し、振り向きもせずに去る正妃リアーナに、シルヴァン夫妻は声をかけることもできずに、青ざめ震えている。公爵たるシルヴァン家が、パレスでの社交を禁じられるどころか、パレスに住むことさえ拒否されたのだ。

これは、として、シルヴァン公爵家と皇宮とのつながりを無期限に断つという決定であり、彼らが中央での影響力を完全に失うことを意味していた。

ドール参謀は、青ざめるを通り越してシカバネのように蒼白になっているシルヴァン公爵夫妻に対し、極めて事務的にこれからの対応について語った。

「先ほどからのご様子ですと、お支払いの目処が立つまでだいぶ時間がかかりそうですな。

ですが、私には速やかに国庫にお貸しした金銭を戻す義務がございます。
しかし、このままでは……シルヴァン公爵様におかれましては、ご自身での資産管理は難しいご様子と判断させていただくしかございません。

誠に遺憾ではございますが、もしシルヴァン公爵様がこの支払いに即刻応じられない場合、これよりシルヴァン公爵家に国庫から貸し付けている全額を御返還いただくまで、その資産管理は帝国より派遣致します管財人が行うようにとの、皇帝陛下からの御命令です」

「ああ、そんな、どうしてそんなことを……あまりにも酷すぎますわ……」

財産を自由に使うことができなくなるという宣告に、豪華なドレスに身を包んだオクタビア夫人が夫の袖をギリギリとねじりながら泣き続ける。

「酷い? 領地へ帰ればあなた方には立派な城があり、何ひとつ生活に困るわけではないでしょう。そこで、領地のことを考え、自らが湯水の如く浪費してきた財産が、決して無限の資金ではなかったことをご自覚なさいませ。そうでなければ、公爵家はここまでです」

シルヴァン公爵は、血走った目をドール参謀に向け、こう叫んだ。

「ドール! お前は皇帝陛下の血筋たる私に、パレスを退けと申すか! それが……それが、どれだけシルヴァンの名をオトシめるか知って、なおそれを……言うか」

ドール参謀は、ひとつため息をついて、憐むようにふたりを見下ろした。

「ひとつお教えいたしましょう。今回あなた方が難癖をつけた〝カカオの誘惑〟の店主メイロード・マリスは、いまは自分の家を輿して伯爵となっていますが、シルベスター公爵家の縁戚、あなた方と同じ皇家に繋がる血筋です。

しかし彼女は今回マリス伯爵とは一切名乗らず、ただの店主として最後まで戦いました。それがなぜかわかりますか?
彼女は〝カカオの誘惑〟という店に誇りを持ち、投票行動に他の店主たちと身分で差がつくことがないよう、一切自らの出自について公表しなかったのです」

「〝カカオの誘惑〟の店主がマリス伯爵?……そんなことは……」

「ええ、彼女があの店を作ったときには、まだその出自は明らかになっていませんでしたし、爵位を受けた後は、即刻〝マリス領〟の改革のために奔走し始め、パレスへ来ることもほとんどありませんでした。それ以前に、彼女は進んで自分が〝カカオの誘惑〟の店主であることを公表していませんから、ごく一部の人間しか知らないことでしょうね。

だが、問題はそこではない。あなた方は自らの権力と地位を、自分たちの利益や欲のためにしか振るわない。

一方、民とともに先頭に立って働き、自ら店の前で道ゆく人たちに話しかけるマリス伯爵は、爵位など誇示しなくとも、あなた方の奸計に怯むことなく、権力にも媚びず勝つことができた」

そして少し悲しげに、諭すようにこう言葉を重ねた。

「シルヴァン公爵様……あなた方は学ぶべきだ。爵位だけではなにもできない、なにひとつ生み出せないことを。メイロード・マリス伯爵、あの子は……規格外の人物なので彼女のようにとは言わない。それでも、自分たちの財産を守り次世代につなぐためにすべきこと、すべき態度があることを知るべきだ。少なくとも、あなた方の息子、オットーはそれを知っていますよ」

キョトンとした顔で、シルヴァン夫妻は目を合わせた。

「オットー? あの出来損ないの名前が、どうして……」
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