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4 聖人候補の領地経営
651 謁見
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651
大忙しの〝パレス菓子博覧会〟から数日、パレスのあらゆる新聞はあるセンセーショナルな事件を伝えた。
〝パレス菓子博覧会で放火事件 犯人は第二席の菓子店!〟
ーー催しの二日目深夜に轟いた雷鳴は、出店していた〝カカオの誘惑〟を狙った放火に対し防御のために使用された魔法だったことが判明した。放火を行なったのは、同じくこの催しに出店していた〝金の小箱〟関係者三名であった。
この雷に打たれ動けなくなった犯人たちは、翌日早朝、警備にあたっていた帝国軍第一師団第五連隊により拘束された。すでに犯人たちはこの犯行について詳細に自供しており〝金の小箱〟店主セベルによる指示があったことを認めている。
この国家行事を汚した大罪に対し、帝国軍からは以下の処罰が決定されたことが発表された。
〝金の小箱〟の第二席の栄誉は剥奪。第三席の〝蜂の巣〟が第二席に繰り上げ、第三席は〝プララ亭〟となる。
本事件の実行犯三名および指示を出したとされる〝金の小箱〟店主セベルには、極寒の流刑地で監禁の上、鉱山での無期限の強制労働が科せられる。
犯行の理由については〝カカオの誘惑〟のあまりの人気にこのまま三日目を迎えれば勝てないと思い、凶行に及んでしまったとされているが、博覧会開催中の放火という大罪にまでセベルを駆り立てた背景については今後の調査が待たれるーー
「新聞の論調では黒幕がいるかもしれないとされているが、どうやらこの放火については、セベルの独断だったようだの。この勝負に負けてタガローサから受けることになる報復がよっぽど恐ろしかったのだろうよ」
コーヒーを飲みつつ新聞を読んでいたグッケンス博士が、少し気の毒そうにそう言った。
「処刑にまではならずに済んでよかったです。まぁ、未遂に終わっていますし、これで死なれるのも寝覚めが悪いですから……」
私は朝食の皿洗いをソーヤとしながら、そう返した。
「まさか、この小物どもを処分して終わりということはあるまいな」
「どうでしょう、リアーナ様はこのままにはしないとおっしゃっていましたが……」
グッケンス博士は、それを聞いて笑いながらこう言った。
「ならば、必ず与うべき罰が与えられるだろうよ。あの方はまさしく鉄の女王。ある意味皇帝陛下より怖いかも知れんぞ」
リアーナ様は、シド帝国に嫁がれるまで小国の年若い女王だったのだそうだ。遠い昔に精霊の加護を受けたというその小国の人々は長命で、しかも魔法力も多い人々が住んでいたが、人口はあまり増えることなく、長きにわたり人里離れた地でひっそりと暮らしていたそうだ。だが、時代はうつろい勢い著しいシド帝国は次から次へと周囲の国を飲み込み勢力を増していき、ついにその手は女王リアーナの小国まで及んだのだ。
そこで、女王は自らがシド帝国に嫁すことを決め、シド帝国に対し対等な条件での併合を提案する。
当時、シド帝国では次の皇帝の正妃にふさわしい高貴な家柄で、しかも大きな魔法力を持つ女性を探していた。もちろんそれを知っていた若き女王が、自らを対価に国民を守るというこの案を家臣たちに認めさせて提示したのだ。
そして、思惑通り女王リアーナの美しさと聡明さに打たれた当時まだ皇太子だった現皇帝は、喜んでこの申し出を受けたそうだ。
「あの方は民、そして国の安寧のためならば、なんの躊躇もなくその身を差し出せる肝の座った御仁だ。わしもあの方は敵に回したくはないのぉ……」
グッケンス博士が恐れるほどの女傑、それがリアーナ様らしい。
(自業自得とはいえ、シルヴァン公爵家……どうなっちゃうのかな)
私はサッと《風魔法》で乾かしたお皿を拭きながら、リアーナ様に怯えるシルヴァン公爵家の面々の顔を思い浮かべてちょっと気の毒に思っていた。
ーーーーー
「今回のこと知らなかったとはいえ、リアーナ様が、自ら名をつけられた菓子店の味を疑うという恐れ多いことをしてしまいました。誠に、誠に申し訳ございません」
大汗をかきながら釈明しているシルヴァン公爵の横で、第二夫人オクタビアは、ただただ目を伏せて震えている。
謁見室の中は異様な緊張に包まれていた。〝パレス菓子博覧会〟終了直後から、何度もシルヴァン公爵家から正妃リアーナに対し謁見の申し出がなされたが、数日間リアーナ妃はそれを無視し続けた。
そして十数回目の謁見の嘆願に、正妃はようやく応じた。
「この後に及んでも知らなかったと申すか……まぁ、もうそれは良い。汚名はすでに雪がれた。〝カカオの誘惑〟がパレス随一の菓子店であることは万民が認めたのだ」
「は、はい。誠にその通りでございます」
終始冷静な態度のリアーナ妃の様子に、シルヴァン公爵は恐れていたような怒りはないのではないかと、少し気を緩めた。
「だがな、公爵。そのほうたちから向けられた疑念を晴らすために、我が国は〝パレス菓子博覧会〟なるものを開かざるを得なくなった。軍部にも負担をかけ、会場の整備、菓子店の選定、運営そして警備とその費用も莫大なものになった……これは、公爵家が負うべき費用ではなかろうか? のう、公爵」
「え……、あっ、誠にその通りで……」
ひざまずくシルヴァン公爵を見つめたまま、正妃は横にいた今回の菓子博の責任者にこう問うた。
「その費用、いかほどだったのかの、ドール」
リアーナ妃の横に控えていたドール参謀は、軍を動かし、広い会場を急遽整えるためにかかった費用、出店者たちのために使われた経費、警備のための費用などが詳細に記された紙束を読み上げた。
「……以上、おおよそ百万ポルというところでございましょうか」
「おお、そんなものか。その程度の費用、公爵家が出せぬわけもあるまい。これを支払い、国にかけた迷惑を反省するならば、それでこの件は忘れよう」
婉然と微笑むリアーナの前で、公爵夫妻は真っ青になりながらへたり込んでいた。
大忙しの〝パレス菓子博覧会〟から数日、パレスのあらゆる新聞はあるセンセーショナルな事件を伝えた。
〝パレス菓子博覧会で放火事件 犯人は第二席の菓子店!〟
ーー催しの二日目深夜に轟いた雷鳴は、出店していた〝カカオの誘惑〟を狙った放火に対し防御のために使用された魔法だったことが判明した。放火を行なったのは、同じくこの催しに出店していた〝金の小箱〟関係者三名であった。
この雷に打たれ動けなくなった犯人たちは、翌日早朝、警備にあたっていた帝国軍第一師団第五連隊により拘束された。すでに犯人たちはこの犯行について詳細に自供しており〝金の小箱〟店主セベルによる指示があったことを認めている。
この国家行事を汚した大罪に対し、帝国軍からは以下の処罰が決定されたことが発表された。
〝金の小箱〟の第二席の栄誉は剥奪。第三席の〝蜂の巣〟が第二席に繰り上げ、第三席は〝プララ亭〟となる。
本事件の実行犯三名および指示を出したとされる〝金の小箱〟店主セベルには、極寒の流刑地で監禁の上、鉱山での無期限の強制労働が科せられる。
犯行の理由については〝カカオの誘惑〟のあまりの人気にこのまま三日目を迎えれば勝てないと思い、凶行に及んでしまったとされているが、博覧会開催中の放火という大罪にまでセベルを駆り立てた背景については今後の調査が待たれるーー
「新聞の論調では黒幕がいるかもしれないとされているが、どうやらこの放火については、セベルの独断だったようだの。この勝負に負けてタガローサから受けることになる報復がよっぽど恐ろしかったのだろうよ」
コーヒーを飲みつつ新聞を読んでいたグッケンス博士が、少し気の毒そうにそう言った。
「処刑にまではならずに済んでよかったです。まぁ、未遂に終わっていますし、これで死なれるのも寝覚めが悪いですから……」
私は朝食の皿洗いをソーヤとしながら、そう返した。
「まさか、この小物どもを処分して終わりということはあるまいな」
「どうでしょう、リアーナ様はこのままにはしないとおっしゃっていましたが……」
グッケンス博士は、それを聞いて笑いながらこう言った。
「ならば、必ず与うべき罰が与えられるだろうよ。あの方はまさしく鉄の女王。ある意味皇帝陛下より怖いかも知れんぞ」
リアーナ様は、シド帝国に嫁がれるまで小国の年若い女王だったのだそうだ。遠い昔に精霊の加護を受けたというその小国の人々は長命で、しかも魔法力も多い人々が住んでいたが、人口はあまり増えることなく、長きにわたり人里離れた地でひっそりと暮らしていたそうだ。だが、時代はうつろい勢い著しいシド帝国は次から次へと周囲の国を飲み込み勢力を増していき、ついにその手は女王リアーナの小国まで及んだのだ。
そこで、女王は自らがシド帝国に嫁すことを決め、シド帝国に対し対等な条件での併合を提案する。
当時、シド帝国では次の皇帝の正妃にふさわしい高貴な家柄で、しかも大きな魔法力を持つ女性を探していた。もちろんそれを知っていた若き女王が、自らを対価に国民を守るというこの案を家臣たちに認めさせて提示したのだ。
そして、思惑通り女王リアーナの美しさと聡明さに打たれた当時まだ皇太子だった現皇帝は、喜んでこの申し出を受けたそうだ。
「あの方は民、そして国の安寧のためならば、なんの躊躇もなくその身を差し出せる肝の座った御仁だ。わしもあの方は敵に回したくはないのぉ……」
グッケンス博士が恐れるほどの女傑、それがリアーナ様らしい。
(自業自得とはいえ、シルヴァン公爵家……どうなっちゃうのかな)
私はサッと《風魔法》で乾かしたお皿を拭きながら、リアーナ様に怯えるシルヴァン公爵家の面々の顔を思い浮かべてちょっと気の毒に思っていた。
ーーーーー
「今回のこと知らなかったとはいえ、リアーナ様が、自ら名をつけられた菓子店の味を疑うという恐れ多いことをしてしまいました。誠に、誠に申し訳ございません」
大汗をかきながら釈明しているシルヴァン公爵の横で、第二夫人オクタビアは、ただただ目を伏せて震えている。
謁見室の中は異様な緊張に包まれていた。〝パレス菓子博覧会〟終了直後から、何度もシルヴァン公爵家から正妃リアーナに対し謁見の申し出がなされたが、数日間リアーナ妃はそれを無視し続けた。
そして十数回目の謁見の嘆願に、正妃はようやく応じた。
「この後に及んでも知らなかったと申すか……まぁ、もうそれは良い。汚名はすでに雪がれた。〝カカオの誘惑〟がパレス随一の菓子店であることは万民が認めたのだ」
「は、はい。誠にその通りでございます」
終始冷静な態度のリアーナ妃の様子に、シルヴァン公爵は恐れていたような怒りはないのではないかと、少し気を緩めた。
「だがな、公爵。そのほうたちから向けられた疑念を晴らすために、我が国は〝パレス菓子博覧会〟なるものを開かざるを得なくなった。軍部にも負担をかけ、会場の整備、菓子店の選定、運営そして警備とその費用も莫大なものになった……これは、公爵家が負うべき費用ではなかろうか? のう、公爵」
「え……、あっ、誠にその通りで……」
ひざまずくシルヴァン公爵を見つめたまま、正妃は横にいた今回の菓子博の責任者にこう問うた。
「その費用、いかほどだったのかの、ドール」
リアーナ妃の横に控えていたドール参謀は、軍を動かし、広い会場を急遽整えるためにかかった費用、出店者たちのために使われた経費、警備のための費用などが詳細に記された紙束を読み上げた。
「……以上、おおよそ百万ポルというところでございましょうか」
「おお、そんなものか。その程度の費用、公爵家が出せぬわけもあるまい。これを支払い、国にかけた迷惑を反省するならば、それでこの件は忘れよう」
婉然と微笑むリアーナの前で、公爵夫妻は真っ青になりながらへたり込んでいた。
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