利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

612 そしてデザートへ

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612

「サガン・サイデム! は、ハンス・グッケンス!!」

そう叫んだ後、シルベスター公爵は暫し絶句した。それはそうだろう。皇帝を除けばシド帝国、いやこの世界で最も大きな財を築いている人物であろう名前がふたりも出てきたのだ。

(まぁ、破竹の勢いの現“帝国の代理人”とあらゆる名誉と報奨を受け続けてきたマスターウィザード……このふたりの資金力が底なしなのは、誰でも知ってるよね)

この両名が支援を約束しているということは、この領地の資金が切れることはないと言っているのと同じだ。そこに公爵の資金が入る余地はない。

ひきつった顔を少し青くしながらも、余裕を見せたいのか笑みを浮かべつつ、公爵は声までちょっと変に甲高くなってしまっているのに、それでも喜んでいる風を装った。

「そ、そうか、そうか。それは心強いことだな。わ、私も安心したよ」

さすがに資金の話はこれ以上しても無駄だと思ったのだろう。運ばれてきたプライムリブのステーキを頬張りながら、公爵は次の糸口を探して会話を始める。

(なかなか不屈だなぁ。あ、プライムリブよくできてる、オイシ!)

プライムリブのステーキ、とはいっても作り方はほぼローストビーフと変わらない。今回はハーブをじっくり揉み込んだグッケンス博士の牧場産特上牛の塊肉をゆっくりと低温のオーブンで焼き上げている。こうすると、お肉がしっとりと柔らかく仕上がるのだ。焼き上がった肉をしばらく寝かせてから、分厚くカットしてグレービーソースと一緒に供する。

この分厚く切られた肉の様子が、まさに漫画に出てくるようなステーキなので、見るたびにちょっと笑ってしまう。公爵も、ハイスピードでばくばく食べているところをみると気に入っているようだ。だが、先ほどまでのように、軽口を言いながらレシピを探ってくるような心の余裕はなくなっている。

(まぁ、聞かれても教えませんけど……)

公爵との会話は、貴族の生活といった話へと移っていった。

「メイロードは領主としての仕事だけで手一杯だというが、それは文化国家シド帝国の代表たる貴族としてはあまり良いことではない。皇帝陛下も、貴族すべてにあまねく高い教養を持つよう常日頃から言われているのだ」

「そうなのでございますね」

シド帝国は武力により多くの国を飲み込み大きくなった国だ。いまでも軍事には多くの人員と莫大な予算が割かれている。とはいえ、現状が戦乱の時代とはだいぶ隔たってきていることは確かだ。
シド帝国のあるイルガン大陸は、現在三つの大国による統治により安定してきている。戦争が遠くなってくるに従い、人々の心にも余裕が生まれ、〝蛮族〟と揶揄されてきたシドの皇族や貴族は、巨大な帝国に文化的な背景が希薄なことに気づき始めた。

そのため、この時代を生きる貴族の子弟は、あらゆる芸術や教養を学ばされているのだ。詩を読み、楽器を奏で、ダンスを優雅に踊り、ときに芸術家たちを庇護する。自らの教養を披露することもまた、貴族の仕事となり、その評価は昇進に結びつくほど重要になっている。特に女性には重要視されているそうで、芸術的な高い素養はより良い縁談に結びつくそうだ。

「私も一通り、いろいろなものを習わされたよ。わが家ではとても良い楽士も多く抱えているし、メイロードにふさわしい教育を授けられる教師もたくさん抱えているからな。そうだ! 君のために最高の芸術家たちを教師として派遣してあげてもいい」

食事は進み、デザートはクレープシュゼット。

オレンジの香りをつけたリキュールと砂糖とバター風味のクレープだ。このオレンジのリキュールは私のお手製。グランマルニエというリキュールを使うのが定番なのだが、これがなかったので作った。

マルマッジというシドではよく食べられる柑橘をたっぷり使用したこのリキュールもどき、《無限回廊の扉》の時短機能のおかげで熟成も十分で舌触りもまろやかないい風味に仕上がっている。本物には敵わないかもしれないが、香りづけのお酒として十分雰囲気は出ていると思う。

こういったリキュールに火つける演出はなかなか派手なので〝大地の恵み〟亭でもとても人気の一品だ。

クレープシュゼットのこの演出つきの仕上げはソーヤがしてくれた。流れるような素晴らしいパフォーマンス。味も最高だ。一生懸命練習した努力は褒め称えたいところだが、作ったクレープシュゼットはすべてソーヤが食べていたことを考えると、あれは練習というより満腹になるまで作ってみただけなのかもしれない……ともちょっと思う。

(でも、本当にうまくできてる! これ、大好きなんだよね。ん、いいね、いいね)

公爵もフライパンから立ち昇るリキュールの炎の演出と、マルマッジの香りとバターのコクに包まれた甘いクレープに話すことも忘れ、味わっている。

「マルマッジからこんなにも複雑で美味しい甘味ができるとは……実に、実に美味しいものだな、これは!」

「ありがとうございます」

私はクレープについて、生クリームをたっぷり塗って何枚も重ねたミルクレープや季節のフルーツやアイスクリームを巻いたデザート、それにソーセージやサラダを巻いたおかずクレープといったバリエーションを語りたい気持ちをぐっとこらえて、そう言うだけにとどめた。

(言っちゃダメ、いらないことは言っちゃダメ!)

そして、いよいよ食後のお茶の時間となったところで、私は最後のパフォーマンスに打って出ることにした。
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