423 / 840
4 聖人候補の領地経営
612 そしてデザートへ
しおりを挟む
612
「サガン・サイデム! は、ハンス・グッケンス!!」
そう叫んだ後、シルベスター公爵は暫し絶句した。それはそうだろう。皇帝を除けばシド帝国、いやこの世界で最も大きな財を築いている人物であろう名前がふたりも出てきたのだ。
(まぁ、破竹の勢いの現“帝国の代理人”とあらゆる名誉と報奨を受け続けてきたマスターウィザード……このふたりの資金力が底なしなのは、誰でも知ってるよね)
この両名が支援を約束しているということは、この領地の資金が切れることはないと言っているのと同じだ。そこに公爵の資金が入る余地はない。
ひきつった顔を少し青くしながらも、余裕を見せたいのか笑みを浮かべつつ、公爵は声までちょっと変に甲高くなってしまっているのに、それでも喜んでいる風を装った。
「そ、そうか、そうか。それは心強いことだな。わ、私も安心したよ」
さすがに資金の話はこれ以上しても無駄だと思ったのだろう。運ばれてきたプライムリブのステーキを頬張りながら、公爵は次の糸口を探して会話を始める。
(なかなか不屈だなぁ。あ、プライムリブよくできてる、オイシ!)
プライムリブのステーキ、とはいっても作り方はほぼローストビーフと変わらない。今回はハーブをじっくり揉み込んだグッケンス博士の牧場産特上牛の塊肉をゆっくりと低温のオーブンで焼き上げている。こうすると、お肉がしっとりと柔らかく仕上がるのだ。焼き上がった肉をしばらく寝かせてから、分厚くカットしてグレービーソースと一緒に供する。
この分厚く切られた肉の様子が、まさに漫画に出てくるようなステーキなので、見るたびにちょっと笑ってしまう。公爵も、ハイスピードでばくばく食べているところをみると気に入っているようだ。だが、先ほどまでのように、軽口を言いながらレシピを探ってくるような心の余裕はなくなっている。
(まぁ、聞かれても教えませんけど……)
公爵との会話は、貴族の生活といった話へと移っていった。
「メイロードは領主としての仕事だけで手一杯だというが、それは文化国家シド帝国の代表たる貴族としてはあまり良いことではない。皇帝陛下も、貴族すべてにあまねく高い教養を持つよう常日頃から言われているのだ」
「そうなのでございますね」
シド帝国は武力により多くの国を飲み込み大きくなった国だ。いまでも軍事には多くの人員と莫大な予算が割かれている。とはいえ、現状が戦乱の時代とはだいぶ隔たってきていることは確かだ。
シド帝国のあるイルガン大陸は、現在三つの大国による統治により安定してきている。戦争が遠くなってくるに従い、人々の心にも余裕が生まれ、〝蛮族〟と揶揄されてきたシドの皇族や貴族は、巨大な帝国に文化的な背景が希薄なことに気づき始めた。
そのため、この時代を生きる貴族の子弟は、あらゆる芸術や教養を学ばされているのだ。詩を読み、楽器を奏で、ダンスを優雅に踊り、ときに芸術家たちを庇護する。自らの教養を披露することもまた、貴族の仕事となり、その評価は昇進に結びつくほど重要になっている。特に女性には重要視されているそうで、芸術的な高い素養はより良い縁談に結びつくそうだ。
「私も一通り、いろいろなものを習わされたよ。わが家ではとても良い楽士も多く抱えているし、メイロードにふさわしい教育を授けられる教師もたくさん抱えているからな。そうだ! 君のために最高の芸術家たちを教師として派遣してあげてもいい」
食事は進み、デザートはクレープシュゼット。
オレンジの香りをつけたリキュールと砂糖とバター風味のクレープだ。このオレンジのリキュールは私のお手製。グランマルニエというリキュールを使うのが定番なのだが、これがなかったので作った。
マルマッジというシドではよく食べられる柑橘をたっぷり使用したこのリキュールもどき、《無限回廊の扉》の時短機能のおかげで熟成も十分で舌触りもまろやかないい風味に仕上がっている。本物には敵わないかもしれないが、香りづけのお酒として十分雰囲気は出ていると思う。
こういったリキュールに火つける演出はなかなか派手なので〝大地の恵み〟亭でもとても人気の一品だ。
クレープシュゼットのこの演出つきの仕上げはソーヤがしてくれた。流れるような素晴らしいパフォーマンス。味も最高だ。一生懸命練習した努力は褒め称えたいところだが、作ったクレープシュゼットはすべてソーヤが食べていたことを考えると、あれは練習というより満腹になるまで作ってみただけなのかもしれない……ともちょっと思う。
(でも、本当にうまくできてる! これ、大好きなんだよね。ん、いいね、いいね)
公爵もフライパンから立ち昇るリキュールの炎の演出と、マルマッジの香りとバターのコクに包まれた甘いクレープに話すことも忘れ、味わっている。
「マルマッジからこんなにも複雑で美味しい甘味ができるとは……実に、実に美味しいものだな、これは!」
「ありがとうございます」
私はクレープについて、生クリームをたっぷり塗って何枚も重ねたミルクレープや季節のフルーツやアイスクリームを巻いたデザート、それにソーセージやサラダを巻いたおかずクレープといったバリエーションを語りたい気持ちをぐっとこらえて、そう言うだけにとどめた。
(言っちゃダメ、いらないことは言っちゃダメ!)
そして、いよいよ食後のお茶の時間となったところで、私は最後のパフォーマンスに打って出ることにした。
「サガン・サイデム! は、ハンス・グッケンス!!」
そう叫んだ後、シルベスター公爵は暫し絶句した。それはそうだろう。皇帝を除けばシド帝国、いやこの世界で最も大きな財を築いている人物であろう名前がふたりも出てきたのだ。
(まぁ、破竹の勢いの現“帝国の代理人”とあらゆる名誉と報奨を受け続けてきたマスターウィザード……このふたりの資金力が底なしなのは、誰でも知ってるよね)
この両名が支援を約束しているということは、この領地の資金が切れることはないと言っているのと同じだ。そこに公爵の資金が入る余地はない。
ひきつった顔を少し青くしながらも、余裕を見せたいのか笑みを浮かべつつ、公爵は声までちょっと変に甲高くなってしまっているのに、それでも喜んでいる風を装った。
「そ、そうか、そうか。それは心強いことだな。わ、私も安心したよ」
さすがに資金の話はこれ以上しても無駄だと思ったのだろう。運ばれてきたプライムリブのステーキを頬張りながら、公爵は次の糸口を探して会話を始める。
(なかなか不屈だなぁ。あ、プライムリブよくできてる、オイシ!)
プライムリブのステーキ、とはいっても作り方はほぼローストビーフと変わらない。今回はハーブをじっくり揉み込んだグッケンス博士の牧場産特上牛の塊肉をゆっくりと低温のオーブンで焼き上げている。こうすると、お肉がしっとりと柔らかく仕上がるのだ。焼き上がった肉をしばらく寝かせてから、分厚くカットしてグレービーソースと一緒に供する。
この分厚く切られた肉の様子が、まさに漫画に出てくるようなステーキなので、見るたびにちょっと笑ってしまう。公爵も、ハイスピードでばくばく食べているところをみると気に入っているようだ。だが、先ほどまでのように、軽口を言いながらレシピを探ってくるような心の余裕はなくなっている。
(まぁ、聞かれても教えませんけど……)
公爵との会話は、貴族の生活といった話へと移っていった。
「メイロードは領主としての仕事だけで手一杯だというが、それは文化国家シド帝国の代表たる貴族としてはあまり良いことではない。皇帝陛下も、貴族すべてにあまねく高い教養を持つよう常日頃から言われているのだ」
「そうなのでございますね」
シド帝国は武力により多くの国を飲み込み大きくなった国だ。いまでも軍事には多くの人員と莫大な予算が割かれている。とはいえ、現状が戦乱の時代とはだいぶ隔たってきていることは確かだ。
シド帝国のあるイルガン大陸は、現在三つの大国による統治により安定してきている。戦争が遠くなってくるに従い、人々の心にも余裕が生まれ、〝蛮族〟と揶揄されてきたシドの皇族や貴族は、巨大な帝国に文化的な背景が希薄なことに気づき始めた。
そのため、この時代を生きる貴族の子弟は、あらゆる芸術や教養を学ばされているのだ。詩を読み、楽器を奏で、ダンスを優雅に踊り、ときに芸術家たちを庇護する。自らの教養を披露することもまた、貴族の仕事となり、その評価は昇進に結びつくほど重要になっている。特に女性には重要視されているそうで、芸術的な高い素養はより良い縁談に結びつくそうだ。
「私も一通り、いろいろなものを習わされたよ。わが家ではとても良い楽士も多く抱えているし、メイロードにふさわしい教育を授けられる教師もたくさん抱えているからな。そうだ! 君のために最高の芸術家たちを教師として派遣してあげてもいい」
食事は進み、デザートはクレープシュゼット。
オレンジの香りをつけたリキュールと砂糖とバター風味のクレープだ。このオレンジのリキュールは私のお手製。グランマルニエというリキュールを使うのが定番なのだが、これがなかったので作った。
マルマッジというシドではよく食べられる柑橘をたっぷり使用したこのリキュールもどき、《無限回廊の扉》の時短機能のおかげで熟成も十分で舌触りもまろやかないい風味に仕上がっている。本物には敵わないかもしれないが、香りづけのお酒として十分雰囲気は出ていると思う。
こういったリキュールに火つける演出はなかなか派手なので〝大地の恵み〟亭でもとても人気の一品だ。
クレープシュゼットのこの演出つきの仕上げはソーヤがしてくれた。流れるような素晴らしいパフォーマンス。味も最高だ。一生懸命練習した努力は褒め称えたいところだが、作ったクレープシュゼットはすべてソーヤが食べていたことを考えると、あれは練習というより満腹になるまで作ってみただけなのかもしれない……ともちょっと思う。
(でも、本当にうまくできてる! これ、大好きなんだよね。ん、いいね、いいね)
公爵もフライパンから立ち昇るリキュールの炎の演出と、マルマッジの香りとバターのコクに包まれた甘いクレープに話すことも忘れ、味わっている。
「マルマッジからこんなにも複雑で美味しい甘味ができるとは……実に、実に美味しいものだな、これは!」
「ありがとうございます」
私はクレープについて、生クリームをたっぷり塗って何枚も重ねたミルクレープや季節のフルーツやアイスクリームを巻いたデザート、それにソーセージやサラダを巻いたおかずクレープといったバリエーションを語りたい気持ちをぐっとこらえて、そう言うだけにとどめた。
(言っちゃダメ、いらないことは言っちゃダメ!)
そして、いよいよ食後のお茶の時間となったところで、私は最後のパフォーマンスに打って出ることにした。
365
あなたにおすすめの小説
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。
木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。
彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。
しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
教養が足りない、ですって
たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。