義務から始まる恋心、好きと素直に言えなくて

しろねこ。

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第12話 手回し

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 他部署の人が来たのかと視線がそちらに集中する。

 現れたのは何となかばさんだ。

「おはよう、皆」

「社長、おはようございます」

 課長の声がやや上擦っている。

 私もだけど、社長が来るなんて思わなかったのだろう。

「何か御用でしょうか?」

 突然来た社長に対してそう聞くのも当然だけど、何の用事かしら。

「ちょっとな」

 そう言うと央さんが私の方に来る。

「深春ちゃん、大丈夫か? 北杜から体調が悪いって聞いたから心配したよ」

「社長?」

 ここでは他人の振りをしてって頼んでいるのに、何故急にいつもの調子で話しかけられたのかしら。そう考えて思い至る。

(……北杜さんが先程していたわね)

 誰かに連絡してるとは思ったけれど、まさか央さんとは思わなかったわ。

 それにしてもすぐ来てくれるなんて、行動が早い。

「……ここでは私の事を名字で呼んで欲しいって頼んでましたよね」

 小声で確認すると、央さんは北杜さんを見る。

「北杜から、それなら全部解決したからもう隠す必要ないって言われたんだけど」

「北杜さん」

 もう驚きすぎて、頭も胃も痛い。

(これは本格的に具合が悪くなってきたかも)

 周囲がどんな表情をしているか、見るのも怖いわ。

「詳しい話は後でするよ。とにかく今は深春を休ませたいんだが、応接室を借りられるか?」

「準備してある、行こう」

 隠す気はもうないのだろう、北杜さんも央さんもいつもの調子で会話をしている。

 周囲の人は突然の事に戸惑っていた。

「深澤くん。悪いけど、今日は二人を休みにしてもらえるか? 人手が足りなければ誰か寄こすから、連絡してくれ」

「はい」

 課長の返事を聞いた後、私は二人に連れられ、廊下に出る。

 小心者の私にはこの状況に身がもたず、一気に力が抜けた。

 いっそ夢ならばと願ってしまう。

「深春ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫ですから」

 北杜さんと央さんが私を気遣うように両隣を歩いてくれるのだけど、威圧感はあるし先程の事もあるので、何だか居たたまれない気持ちだ。

「後は俺が深春に付き添うから、父さんは帰っていいよ」

「俺だって義娘が心配だ。それに北杜、話が違うじゃないか? 本当に深春ちゃんに全てを言ったのか?」

 私のガチガチな様子に気づいた央さんが、北杜さんを問い詰める。

「……今から言うんだよ。これからは素直になってもらうために」

 北杜さんが私の手を握る。

「こんなひどい顔色をして震えてるのに、本音も言ってくれない。これからパートナーになるのにこのままじゃダメだ」

(北杜さん、そんな風に思ってくれていたのね)

 私を気遣い、思い詰めた表情をしている北杜さんに、何と言っていいかわからない。

「だから二人で話をしたい。深春、急ですまなち。けれどこれ以上傷つけられるのを見ていられないんだ」

 その言葉にドキッとする。

「もしかして、やり取りを聞いていたの?」

 恐る恐る問えば、彼は首を横に振る。

「彼女が部屋を出ていったから何かあると思ったよ。あの子、深春を敵視していたから」

 それを聞いて央さんが目を吊り上げる。

「どこのどいつだ。うちの子にそんな真似をする奴がいるなんて、許さんぞ」

 今まで見たこともない怒気を孕んだ声。私が怒られたわけではないのだが、思わず一歩引いてしまう。

「その辺りも後で話すから、今は二人で話をさせてくれ。父さんの声で深春が怯えてる」

「あぁごめん、深春ちゃん。驚かせる気はなかったんだ。ただ意地悪してくる人がいたら、次からは隠さずに教えてくれよ。小父さんが何とかするからね」

 先程までのギャップに戸惑いながらも、優しい表情と声掛けに小さく頷く。

 そうしないともっと追及されそうだから。

 そして私と北杜さんは応接室にて二人きりとなった。

 てっきり向かい合わせに座るかと思いきや、隣に座られる。

 慌てて立とうとするものの腕を引いて止められてしまった。

「深春お願い。ここに座って」

「は、はい」

 いつになく切羽詰まった声に、私は北杜さんの隣に座り直す。

 それを見て安堵した北杜さんが、私を優しく抱き締めてきた。







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