王子に婚約を迫られましたが、どうせ私のスキル目当てなんでしょう?ちょっと思わせぶりなことしないでください、好きになってしまいます!

宮村香名

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番外編03サプライズ

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「お嬢様、大変よくお似合いです!」
「エルシー、かわいい!」

 それで、どうしてこうなった。エルシーは苦笑して首を傾げた。目の前には瞳をキラキラさせたユージンに、拍手を送ってくるアルマがいる。
 
 エルシーは困惑気味の表情で、二人から視線を逸らし、着せられたドレスを見下ろした。さっきまで確かにユージンの勉強を見てあげていたはずだった。
 
 それなのに、ユージンの勉強が終わった後、なぜかごっこ遊びに巻き込まれ、エルシーは服を着替えることになったのだ。
 
 用意されたドレスは、屋敷から着てきた簡素なドレスより煌びやかなもので、確かに可愛いのだが。

「着替える必要あります……?」
「あるよー! じゃあ、エルシーはお姫様の役ね! 僕は、お姫様を守る騎士の役! アルマは敵ね!」
「かしこまりました」

 ノリノリのユージンの様子に、アルマとエルシーは目配せしあって、微笑む。さっそく三人で遊び始めるユージンに付き合いながら時間を過ごした。

 しばらくすると、三人のいる室内にライナスが入ってくる。

「なんだかとても楽しそうだね?」
「あっ、お兄様!」

 ライナスに気づいたユージンが、一目散にそちらへ駆けていった。
 
 つられてエルシーが振り返ると、ライナスがユージンの頭を撫でている。

「ユージン、ちゃんと勉強したか?」
「はい!」
「さすがは私の弟だ」

 ユージンから視線を外し、ライナスはエルシーに微笑みかけた。
 
「エルシー、今日はありがとう」
「いえ、楽しい時間を過ごさせていただきました」
「それはよかった。さて、ユージン、エルシーを連れて行ってもいいかな」
「はい!」
「どこかにお出かけでも?」

 エルシーの質問に首を振って、ライナスは手を差し出す。エルシーはその手に自分の手を重ね、引かれるままに歩き出した。

「ありがとう! また勉強見てねー!」

 見送るユージンとアルマにもう片方の手を振って、その場を後にする。

「殿下、あの……移動する前に着替えましょうか?」
「いえ、その必要はありません。とてもよく似合っていますよ。青や緑もよかったですが、この桃色もいい」
「……殿下が選んでくださったんですか?」
「エルシーに贈る物は、基本的に全て私の選んだ物ですよ」
「ありがとうございます……?」

 特になんでもない日にドレスを贈られ、別に出かけるわけでもないとはどういうことだと手を引くライナスを横目で見上げる。
 
 まさか、またいつかのように何か特別なことがあるのを秘密にしてるのでは? でも、夜会は今は自粛中のはずだけど……などと、エルシーは頭の中で考える。
 
 そんな彼女を振り返ったライナスは、エルシーの胡乱気な視線に気づいて、笑った。

「そんな顔をしないで。もう少しで分かりますから」

 王城の一室の前に立つと、二人の後ろからついてきていたフィルが扉を開けてくれる。
 
 すると、室内には、トレイシーやカーティス、講師たち、そして、エルシーの両親までもが揃っていた。エルシーは驚きに目を見開く。

「これは……?」
「母上の件で、夜会は自粛になっているので、エルシーの労いの場として、ささやかな宴の時間を準備しました」

 ライナスは片目を瞑って、部屋に入るよう勧める。

「さあ、どうぞ」

 部屋に足を踏み入れたエルシーは、祝福を受けながら、準備されていた席に腰かけた。

 エルシーの着替えたドレスを見た参加者たちは、とても似合っていると口々に褒めてくれる。このための着替えだったことにエルシーは今、気づいた。
 
 参加者が揃うと、お茶やクッキー、ケーキなどのデザートも出され、賑やかな時間が始まる。

「エルシー、大きくなったなあ……!」
 
 ライナスとエルシーが隣り合って微笑み合う姿に、エルシーの父親が感極まって泣き出す。慌てて、エルシーは母親と一緒にまだ結婚式ではない! と笑いながら慰めることになってしまった。

 他にも、いつもは勉強の話ばかりだった講師たちと趣味の話で盛り上がったりと楽しい時間を過ごす。
 
 楽しい時間はあっという間で、夕暮れが近づいていた。宴はお開きになり、父親と母親は先に伯爵家の馬車で帰るとエルシーに伝えた。

「それなら、私も一緒に帰った方が……」
「エルシー」

 両親を引き留めようとしたエルシーの肩をライナスがふわりと抱く。

「少しだけ時間をもらえませんか」

 耳元で囁かれた言葉に、頬が熱をもつのを感じながら、ライナスを見上げる。

「クルック伯爵、エルシー嬢は王家の馬車で責任を持って屋敷まで送らせていただきます」
「かしこまりました、皇太子殿下」
「いいですよね、エルシー?」

 両親からの生暖かい視線に居た堪れない気持ちになりつつ、エルシーはこくりと頷いた。

 ◇

 使用人に手伝ってもらい、元々着ていた簡素なドレスに着替えたエルシーは、ライナスに連れられて執務室にやってきた。
 
 フィルが護衛として後ろをついてきたものの、それも扉の前までで、部屋には入らず、廊下で待機している。
 
 執務室の扉は、エルシーとライナスを二人きりにして閉め切られた。
 
 ライナスが振り返り、そっとエルシーの手を引いて自分の方へ引き寄せ、顔を覗き込んだ。

「……時間が欲しいという意味、ちゃんと分かっていますか?」

 エルシーだって、そこまで鈍感ではない。時間が欲しいというのは、恋人らしいことをする時間が欲しいという意味だとちゃんと分かっている。だから、小さく頷いた。

「お待たせしました……」
「待つのも楽しかったですよ」

 ライナスは、口元に笑みを浮かべて、とりあえず座りましょうと、ソファに腰掛ける。その隣に、エルシーも体を落ち着かせた。
 
 すると、ライナスの左腕がエルシーの腰を引き寄せる。エルシーはされるがまま、ライナスにもたれ掛かって、その肩に頭を預けた。
 
 自分の心臓がどくどくと激しく動いているのを感じて、エルシーはさらに恥ずかしくなってきた。
 
 それを紛らわすためか、頭の中ではこのソファはいつもカーティスが使っている方だなと今の状況と関係のないことを考え始めてしまう。

「エルシー?何か考え事してますか?」
「えっ」

 耳元でライナスの声が聞こえて、思わずびくりと肩を震わせると、ライナスがくくっと笑った。

「緊張しすぎですよ」
「誰のせいですか」

 エルシーは、少し体を離して、ライナスを恨めしげに見つめる。

「私のせいかな」
「分かってやってるんですね?」

 なぜか嬉しそうにするライナスに、エルシーはだんだんといつもの感覚を取り戻し始めた。
 
 そんなエルシーにライナスは微笑ましげな視線を向ける。そして、エルシーの胸元にあるネックレスの飾りを手に取った。

「ちゃんと付けてくれて、ありがとうございます」
「……お礼を言うのは私です。このネックレスも今日の宴も、ありがとうございました」
「どういたしまして」

 飾りから手を離し、エルシーの頬を包む。エルシーは一瞬瞳を伏せてから、覚悟を決めたようにライナスを見上げた。
 
 ライナスはこのエルシーの瞳が堪らなく愛しくて、思わず、息を止めて見入ってしまう。
 
 ただ見つめてくるだけのライナスに、エルシーはいたたまれない気持ちになってきた。

「……殿下?」
「……呼び方は?」

 あ、と思い出したような声を上げて、エルシーはこほんと一度咳払いをした。

「……ライナス」
「よくできました」

 幼子を褒めるようなその言葉が、今は妙に艶かしく聞こえる。ライナスは視線を合わせたまま、エルシーにゆっくりと顔を近づけて、小さな声で囁いた。

「改めて、これからも末長く、よろしくお願いしますね」
「はい。こちらこそ」

 エルシーが返事を言い終わると、ライナスは顔を傾けて、ふわりと口付けて少しだけ離れる。
 
 至近距離にある青い瞳に、頬を染めたエルシーが映っている。きれいだと見入る暇も与えず、今度はしっかりと口付けられた。
 
 エルシーは思わず息を止め、目を瞑る。唇にはっきりと柔らかい感触を感じた。
 
 ライナスの右手が、やさしくエルシーの襟足のあたりを撫でる。変に力んでいた体からふっと力が抜けていく。
 ライナスは一度、唇を離して、

「エルシー、鼻で息をして?」

 と囁いた。エルシーは、目を開けて、その言葉通りにゆっくりと鼻から息を吸う。ふわっとライナスの香水の香りがして、泣きたいわけでもないのに瞳に水の膜が張るのが分かった。
 
 その潤んだ瞳に気づいたライナスは、少しだけ微笑む。

「……あと一度だけいいかな」

 今日はこれで終わりにすると、自分の理性を総動員して、ライナスはうかがいを立てる。そうでもしないと、ずっと触れていたくなってしまうと思った。
 
 返事の代わりに、黙って瞳を閉じたエルシーに今日最後の口付けを贈る。
 
 合わせた唇同士が熱く、このまま溶けてしまいそうな気持ちになりながら、エルシーはそっと瞳を開けた。
 
 その気配に気づいたライナスも瞼を少し上げて、目が合いそうになったエルシーは慌てて瞳を閉じる。

「……目を開けて」

 キスの合間にライナスからそう囁かれ、エルシーはまた瞳を薄く開いた。
 
「そう、いいこだ。私を見て」

 きれいな青い瞳を見つめながら、エルシーは縋り付くようにぎゅっとライナスの服を握りしめる。
 
 襟足を撫でていたライナスの右手がまた頬に戻ってきて、それを合図にするようにライナスが体をゆっくりと離した。
 
 そして、緊張と初めてのキスで疲れ切ったエルシーを、腰に回していた左手で引き寄せ、自分の肩に寄りかからせる。

「大丈夫ですか?」

 ライナスの質問に、エルシーは頷きを返す。頭の中がふわふわして、それが精一杯だった。
 
 頬を染めたままのエルシーの額に、ライナスは軽くキスを落とす。

「エルシー、あなたが愛おしい」
「……私も、ライナスを愛しています」

 エルシーの顔の火照りが冷めるまで、二人は寄り添いあって過ごした。
 
 あともう少しだけ二人でいようと思いながら。
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