上 下
38 / 48

番外編02試験結果(2)

しおりを挟む
「……エルシー」
「殿下……」
「ここまでがんばってくれて、ありがとう」
「約束しましたから」

 エルシーはにっこりと笑い、ライナスを見上げる。会うのも、言葉を交わすのも久々で、なんだか少しだけ気恥ずかしい。
 
 ライナスはそんなエルシーの笑顔を見下ろしつつ、胸元から小箱を取り出した。ぱかりと箱を開け、中からネックレスを取り出す。空になった箱は、トレイシーがすかさず回収していった。
 
 ネックレスはゴールドのチェーンで、真ん中にライナスの瞳の色のような青い石が付いている。宝石から透けて見える台座には、王家の紋章がほどこされていた。

「エルシー、後ろを向いて」
「はい」

 エルシーがくるりと後ろを向くと、ライナスが後ろから腕を回してネックレスをつける。
久々のライナスの体温に胸の鼓動が騒がしくなって、少し指先がうなじに触れるだけで、そこがひどく熱い。
 
「正式な婚約者となった証に、これを送るよ。……よし、できた。こっちを向いて?」

 また、くるりとエルシーは体の向きを変えて、ライナスを見上げる。
 
 ライナスは、ネックレスをつけたエルシーを見つめて、満足気に頷いた。

「思ったとおり、よく似合ってる。これからは、肌身離さずつけていて」
「ありがとうございます、殿下」

 二人の様子に、周りにいた講師陣が拍手を送った。

 ◇

 試験に合格したとはいえ、まだまだ学ぶべきことはたくさんある。また、次の日からエルシーの王城通いが再開された。
 
 王城に到着して、馬車を降りると、とことこと足音が聞こえる。城の方を見やると、ユージンがこちらへと走ってきていた。その後ろから、女性が追いかけてきている。

「エルシー!」
「ユージン殿下!」

 エルシーは反射的に屈んで、走り寄ってくるユージンを抱き止めた。腕の中で、ユージンはひまわりのような笑顔でエルシーを見上げる。

「エルシー! おめでとう!」
「ありがとうございます。わざわざ、それを言いにここまで来てくださったのですか?」
「うん!」
「ユージン様! やっと追いつきました……」

 息を切らした年配の女性が二人を見下ろす。ユージンは女性のことを気にもせず、エルシーの腕の中で満足気にしている。
 
 エルシーは女性を見上げて、少しだけ困った顔をした。女性も眉尻を下げて、申し訳なさそうにしている。

「ユージン様、お嬢様が困っていらっしゃいますよ」
「……はーい」

 しぶしぶエルシーから離れたユージンを女性は自分の方へ引き寄せ、改めて礼をとった。
 
「申し遅れました。ユージン様の乳母を務めております、アルマ・クーデルと申します。お嬢様、此度のこと、お祝いを申し上げます」
「ありがとう」
「本日は、ユージン様とお嬢様のお迎えにあがりました」
「お迎え?」

 エルシーはアルマの言葉に首を傾げる。すると、ユージンが待ちきれない様子で口を開いた。

「今日は、エルシーに僕の勉強を見てほしいんだ!」
「ユージン様の勉強ですか?」
「ええ、実は、講師が所用でお休みになってしまいまして……困っていたところにライナス皇太子殿下が通りがかられて、お嬢様にお願いするようにと」
「お兄様にね、エルシーを頼むってお願いされたの!」

 エルシーにユージンを頼むではなく、ユージンにエルシーを頼むとはどういうことだろうと疑問を感じつつも、エルシーは2人について城へ入る。
 
 人の気配を感じて振り返ると、フィルが無言で後ろからついてきていた。

「フィル様……ごきげんよう」
「様は必要ありません、クルック嬢。本日は、殿下より、ユージン殿下とあなた様と行動を共にするように言い付けられております」
「そうなのですね……」

 上機嫌でエルシーとアルマの手を引くユージンと、いつも通り無口なフィルを見比べる。
 
 フィルがいれば、以前のように監禁されるような罠に嵌るようなことはないだろう。気を取り直して、エルシーはユージンの話に歩きながら耳を傾けた。
 
 しばらくして目的の部屋に着くと、ユージンはエルシーの手を離し、勉強の準備を始める。準備が終わるのを見守っていると、アルマがエルシーに近づいてきた。

「お嬢様、先ほどはユージン様を抱き止めていただき、ありがとうございました」
「そんな、大したことではないわ」

 エルシーは笑顔でアルマに答える。アルマは首を振り、悲しそうな顔をして、ユージンを見つめた。
 
「いえ、ラブキン卿や王妃陛下と慕っていた方々が次々に亡くなり、ユージン様はここの所、以前よりも落ち着きがないのです」
「……そうだったのね」
「私もなるべくおそばを離れぬよう注意しておりますが、お嬢様があたたかく迎えてくれたこと、きっとユージン様は嬉しかったことでしょう」

 エルシーは、ふと、いつかの王妃の言葉を思い出す。ダルネルが亡くなった時、悲しみふさぎこむユージンに、王妃はきっとこの経験を乗り越えてくれるだろうと話していたことを。
 
 ユージンのためになるならば、私に出来る限りのことをしよう。そう思いながら、エルシーはユージンの勉強を見るため近づいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸
恋愛
「リュドミーラ嬢、お前との婚約解消するってよ」 なろう様でも公開中です。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

巻き戻り令嬢は長生きしたい。二度目の人生はあなた達を愛しません

せいめ
恋愛
「アナ、君と私の婚約を解消することに決まった」  王太子殿下は、今にも泣きそうな顔だった。   「王太子殿下、貴方の婚約者として過ごした時間はとても幸せでした。ありがとうございました。  どうか、隣国の王女殿下とお幸せになって下さいませ。」 「私も君といる時間は幸せだった…。  本当に申し訳ない…。  君の幸せを心から祈っているよ。」  婚約者だった王太子殿下が大好きだった。  しかし国際情勢が不安定になり、隣国との関係を強固にするため、急遽、隣国の王女殿下と王太子殿下との政略結婚をすることが決まり、私との婚約は解消されることになったのだ。  しかし殿下との婚約解消のすぐ後、私は王命で別の婚約者を決められることになる。  新しい婚約者は殿下の側近の公爵令息。その方とは個人的に話をしたことは少なかったが、見目麗しく優秀な方だという印象だった。  婚約期間は異例の短さで、すぐに結婚することになる。きっと殿下の婚姻の前に、元婚約者の私を片付けたかったのだろう。  しかし王命での結婚でありながらも、旦那様は妻の私をとても大切にしてくれた。  少しずつ彼への愛を自覚し始めた時…  貴方に好きな人がいたなんて知らなかった。  王命だから、好きな人を諦めて私と結婚したのね。  愛し合う二人を邪魔してごめんなさい…  そんな時、私は徐々に体調が悪くなり、ついには寝込むようになってしまった。後で知ることになるのだが、私は少しずつ毒を盛られていたのだ。  旦那様は仕事で隣国に行っていて、しばらくは戻らないので頼れないし、毒を盛った犯人が誰なのかも分からない。  そんな私を助けてくれたのは、実家の侯爵家を継ぐ義兄だった…。  毒で自分の死が近いことを悟った私は思った。  今世ではあの人達と関わったことが全ての元凶だった。もし来世があるならば、あの人達とは絶対に関わらない。  それよりも、こんな私を最後まで見捨てることなく面倒を見てくれた義兄には感謝したい。    そして私は死んだはずだった…。  あれ?死んだと思っていたのに、私は生きてる。しかもなぜか10歳の頃に戻っていた。  これはもしかしてやり直しのチャンス?  元々はお転婆で割と自由に育ってきたんだし、あの自分を押し殺した王妃教育とかもうやりたくたい。  よし!殿下や公爵とは今世では関わらないで、平和に長生きするからね!  しかし、私は気付いていなかった。  自分以外にも、一度目の記憶を持つ者がいることに…。      一度目は暗めですが、二度目の人生は明るくしたいです。    誤字脱字、申し訳ありません。  相変わらず緩い設定です。

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

処理中です...