隣の席の一条くん。

中小路かほ

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隣の席で

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「さぁ、みんな!新しい自分の席に着いて~!」


ほら、先生だってああ言ってる。

早くしないと、1人だけ立っていて目立っちゃうじゃん。


「ねぇ…!ちょっと…!」


思いきって、一条くんの肩を揺すろうとして…気がついた。


まるで、金の糸のような細くて柔らかい前髪からうっすらと見える…つむった目。

うらやましいくらいに、まつげが長かったのが印象的だった。


…寝てる。

あのこわいイメージの一条くんが、…こんな無防備な顔をして。


と、その美しい寝顔を眺めようとしたときには、わたしの手は一条くんの肩に触れていた。


夢現にゆっくりと開いた一条くんの目とわたしの目が、一直線に重なる。


「…なに?」


それが、一条くんがわたしに発した最初の言葉だった。


表情を見る限りでは、気持ちのいい昼寝を邪魔されて、…少し不機嫌なのかな。

ちょっと睨んでいるように見えて…こわい。


で…でも、こんなことでへたるものか…!


「そっ…そこ、わたしの席なんだけどっ」

「…ここ?」

「一条くん、こっちの席じゃない…?」


わたしが隣の席を指差すと、黒板の座席表に目を移す一条くん。


「席がそっちだったとしても、俺の席はここなんだよ」

とか、

「お前、俺に逆らう気?」

とか、そんな言葉が返ってくると思ったから、それに備えて身構える。


…しかし。


「…あ、ほんとだ」


とだけ呟いて、一条くんはすぐに自分の荷物をまとめると、あっさりと隣の席に移動した。


何事もなく、無事に席替えができたことに拍子抜けしてしまう。



さっきまで一条くんが座っていた席に着く。


窓から、心地よい光が差し込んできて、ポカポカしていてなんだか眠たくなってくる。

一条くんが寝ていた理由もわかる気がする。


「ねぇ」


窓の外を眺めていると、急に声がした。

見ると、それは隣に座る一条くんからだった。


初めて、一条くんに話しかけられた…!


驚きと、少しのうれしさが入り混じりながら相づちを打つ。


「な…なに?」

「さっきさ、俺の名前呼んだよね。なんで名前知ってんの?」

「…えっ?」


そう言われて、思わずポカンとしてしまった。


なんでって、…このクラスになって1ヶ月。

さすがに、クラスメイトの顔と名前くらい覚えてるでしょ。


わたしがそう説明すると、なぜか一条くんは困ったように頬をかく。

そして、わたしの顔を見て、首を傾げる。


「…ごめんっ。俺、あんたの名前、知らないや」


…なっ……!


こんなことは初めてだった。


1ヶ月も同じクラスにいて、わたしの名前を知らないだなんて…。

この感じだと、クラスメイト全員覚えていない可能性が高い。


そもそも、わたしは芸能活動もしているから、覚えてもらえないことなんてなかった。


わたしが知らない人でも、向こうはわたしのことを知っている。

それが、これまでの生活だった。


芸能人として特別扱いされるのは好きじゃないけど、まるで空気のように初めからいなかったかのような対応をされるのも、それはそれでちょっと傷つく。


「…あんた、名前は?」

「わ…わたしは、花宮ひらり!」


自己紹介をすれば、「えぇ~!?もしかして、PEACEのひらりちゃん~!?」と聞き返されるのが、いつものパターン。


だけど、一条くんに関しては…。


「…花宮ひらり?変な名前っ。…まぁ覚えておくよ。忘れるかもだけど」


それだけ言って、また寝てしまった…!


わたしのことなんて、まったく興味ナシ!


…なんか。

思っていた感じと全然違う。


これまで隣になった男の子は、やたらとちやほやしてきた。


他の女の子にはしないようなことまで、わざわざしてくれたり。

無駄に優しかったり。


そんなことで気を遣われて疲れたりしたけど――。

一条くんは違った。


芸能人のわたしに特別扱いなんてしてこないし、そもそもわたしが芸能人ってことも知らないんじゃないかな?

この様子だとっ。


おそらく、隣がわたしじゃなくても、一条くんは同じような態度を取ったことだろう。


だから、特別扱いされないことが…かえって新鮮に思えて。

なんだかうれしくなってきた。


「これから隣同士だし、よろしくねっ」


こわいという第一印象もどこかへ消えて、わたしは自ら一条くんに話しかけていた。


だけど、一条くんからの返事はなし。


聞き耳を立てたら、机に顔を伏せる一条くんからわずかに寝息が聞こえてきた。


マイペースすぎて、思わず笑ってしまう。


仲よくなれるかはまだわからないけど、この席はわたしが思っていたよりも居心地は悪くはなさそうだ。



次の日。

登校したら、いつものくせで前の席に座りかけてしまった。


…違った、違った。

昨日席替えをして、わたしは窓際の一番後ろの席になったんだった。


そして、その隣は不良の一条くん。


今日は、まだきていないみたい。



「ひらり~!おはよー!」


わたしが自分の席で1限の用意をしていると、彩奈がやってきた。


「おはよー、彩奈」

「で、どうよ?一条くんの隣は?」


彩奈は、小声で話しかける。


「さすがの一条くんも、ひらりが隣でびっくりしてたんじゃないの~⁉︎一条くんの驚く顔とか、想像できないんだけどー!」


彩奈は、一条くんがわたしがPEACEのひらりだと知っているていで話している。

…だけど、実際は――。


「一条くん、そもそもわたしのこと知らなかったから、べつに反応は普通だよ?」

「…は⁉︎PEACEのことも知らないのっ⁉︎」

「うん。というか、わたしの名前すら知らなかったみたい」

「…信じらんないっ。テレビとかネットとか見ないの!?」

「さ~…。どうなんだろうね~?」


わたしは、苦笑いする。


これでも一応、新曲を出せば歌番組には出演しているし、PEACEのメンバーでお菓子のCMにも出ている。

テレビをつければ、どこかしらでわたしを見る機会はあると思うんだけど。


「でも、わたしのことを知らない人に出会うのは初めてのことだったから、なんかちょっと新鮮に感じちゃった」

「そっか~。興味本位でいろいろと聞いてこられると、だれだって疲れるもんね」

「うん。だから、それに比べて一条くんは――」


と、彩奈と話していると…。


「ひらりちゃ~ん♪」


廊下から声が聞こえて、反射的に振り返る。

すると、そこにいたのは隣のクラスの三好(ミヨシ)くんだった。


隣のクラスと言っても、去年までは同じクラスだった元クラスメイトだ。


「おはよ、ひらりちゃん♪」

「お…おはよっ」


男の子なのに、猫なで声で話しかけてくるから、実は苦手なんだよね~…。


わたしが軽く手を振ると、呼んでもいないのに三好くんが教室の中へ入ってきた。


「ひらりちゃん、昨日のクイズ番組見たよ!」

「ありがとうっ…」


三好くんは、会ったときからわたしのファンだと言っていた。

だから、出演する番組は欠かさず見ていて、録画までしてくれているんだとか。


「でも、おしかったね~…。あとちょっとで優勝できたのに!」


…あ。

と思ったときには、すでに三好くんは一条くんの席に座っていた。


「あの問題は、中学生じゃ無理だよな~。番組側もそれくらいわかって、出題してほしいよね~!」


三好くんの一方的な会話。


…ある意味、なんだか懐かしい。


去年も、こうして席替えで隣の席になったときには、休み時間の間は延々と話をされた。

そういうときは、いつも彩奈が助けにきてくれていた。


「ちょっと、三好~!ひらりに近づきすぎっ!」


そう、こういう風に。


だけど三好くんは、ちょっとやそっとのことじゃ離れない。


わたしも同級生とはいえ、“ファン”だと言ってくれている人を無碍にはできない。
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