【完結】ダフネはアポロンに恋をした

空原海

文字の大きさ
29 / 53
第二章 THE CRAP オブ・ザ・くず、バイ・ザ・くず、フォー・ザ・くず

01 ジョン・マシュー・バーガー

しおりを挟む


「キスはさっき、したでしょ。だから問題なし。って言わなくてもわかるか。もちろん、舌を入れるのも構わないわ」

「うん? 君にはスーパーコンピュータ並みの注意事項があるってこと? 俺は今、取扱説明書を読み聞かせられてる?」

「ええ、そうよ。取扱説明と、そして機能説明。続けていい?」


 男は首を傾げ、目を回して下くちびるを突き出す。
 そうやってアメリカ人らしく大仰に、威圧的に肩をすくめると、『やれやれ、仕方ないな』とでも言うように、「どうぞ」と先を促した。

 が削がれるのでも、一向に構わない。
 わたしはベッドに腰かけ、足を組んだ。
 くちびるを人差し指でなぞりながら、男の青い目を見れば、白い歯を見せて笑いかけてきた。
 それならば、と『機能説明と取扱説明』を続けることにする。

 男は見せつけるような仕草でジャケットを脱ぎ、わたしと目を合わせたまま、視線を外さずハンガーにジャケットをかけた。
 視線のやり場、動かすタイミング、手の動き、からだの魅せ方。
 面倒を持ち込まない男だろうと、確信に近づく。


「顔、首筋、乳首に脇の下、背中、へそ含めた腹回り、手の指、足の付け根にふともも、ふくらはぎまでは、あなたの望むように、気分の高まりのまま、舐めたり噛んだりする。
「縛ったり、締めたり、打ったり、垂らしたりは、要望に応じて。ただし玄人並みのものは期待しないで。負傷させない自信はない」

「これまでところ、君の機能はまさに、スーパーコンピュータ並みに素晴らしいように聞こえるね」


 からかうような調子の、男の軽口。
 加えて、ピュイッと響く、澄んだ音色の口笛もまた、無視して続ける。


「ただし。ソレと、オシリの穴と耳の穴、足の指は、なにがあろうと、舐めない」


 Tシャツを脱ごうとクロスさせた手で、裾を掴んだ格好のまま、固まる男。
 いったい何を言われたのか。
 脳みそが理解を受け付けていないかのように、キョトンと目を丸くする男に、猶予を与えず畳み掛ける。


「あなたも。顔、首、乳首を含めたおっぱい、脇の下、背中、腹回り、手の指、足の付け根にふともも、ふくらはぎまでは何してもいい。――ああ、何してもって言っても、噛みちぎったり殴ったりはしないでよ。痛いから。
「縛られたり、締められたり、打たれたり、垂らされたりするのが好きって趣味もない。舐めたり、軽く噛んだり、するくらいならオーケーってこと」


 つま先に意識をやりながら足を組み換えると、男の視線がソコに移った。
 そしてまた戻る。目が合う。


「だけどアソコとオシリの穴と耳の穴はいじらないで。舐めるのも、指をつっこむのもやめて。もちろんオモチャも。
「あなたがわたしのアソコにしていいのは、あなたのソレを挿れて動かすこと。それは大歓迎」


 男はTシャツを脱ぎ捨てた。
 清潔そうな白いTシャツ。LAっ子のクローゼットに一枚は必ず入っているだろう、ジェームスパースのTシャツ。
 それが音もなく、カーペットに着地する。
 薄手のTシャツがカーペットのダークブラウンと重なると、ジェームスパースらしい透け感がよくわかった。


「あなたがぶんには、わたしの足の指は勝手にしたらいい。ピルは飲んでるけど、ゴムはつけて。これでおしまい。飲み込んだ?」


 深く頷き、男はわたしの腰の両サイドに手をついた。
 ベッドがぎしりと音を立てる。
 そのままゆっくりと上半身を屈めてきて、耳元にくちびるを近づけると、そっと低い声で囁いた。


「つまり、君の言い分をまとめたところ、俺は君に糞尿をことは許可されてるってことだね?」

消え失せろファックオフ


 男は愉快そうに大きな口を開けて笑った。


「キュリアス・ジョンってよく言われるんだ。君みたいな子、おもしろくて惹かれるね」

「十字軍志望?」

「まさか! キング牧師になら、なってもいいよ」

「あなた、白人じゃないの」

「君は日本人だね」

「わかった。あなた、ムカつくってよく言われるでしょ」

キュリアス・ジョージおさるのジョージならぬ、キュリアス・ジョンなのさ」


 ため息をついて、男の頬に手を置いた。
 そのまま耳の後ろへ手を滑らせ、暗いトーンのブロンドを撫でる。
 見た目より固い髪。手のひらに馴染まず、ゴワゴワとしている。


「黄色い帽子のおじさんにはならないわよ」

「もちろん。ホームはまだ、要らないよ」


 言葉を交わしながらくちびるを重ね合わせ、ゆっくりとベッドに沈み込んだ。





 わたしの名前は結城ゆうき らん
 この名前と体と頭。
 両親から押しつけられて以降、それなりに愛着をもってメンテナンスして、使い続けているもの。
 他はぜんぶ捨てた。オーラル・セックス指南を含めて、ぜんぶ。
 つまり、わたしの両親はクソ野郎だったってこと。
 捨てた過去について、それ以上語ることは、何もない。

 それだから、さっさと次の話題へ移ろうと思う。
 キュリアス・ジョンについて。
 ジョン・マシュー・バーガー。金髪碧眼の美青年。
 簡単に言及する。
 めずらしく一夜限りで終わらなかった相手。フレンドウィズベネフィット。ファックバディ。
 いわゆるセックスフレンドだ。



 ジョンはニューヨーク州立大学バッファロー校を卒業したばかりのアメリカ人で、モデルをやりつつ、バンドを組んでいたらしい。
 優れた容姿を生かしてフロントマンでもやっていたのかと思いきや、リードギターと、たまのバッキング・ボーカルに徹していたそうだ。
 「俺が前に出なくても、ボーカルのルックスが悪くなかったからね」とは、本人の弁。
 ただし、カラオケボックスで一度、オフスプリングの『セルフエスティーム』を歌ってもらったところ、思わず眉根が寄ったので、理由はそれだけではなかったと思う。

 カラオケの選曲はジョンがした。
 ふざけ過ぎてて、大笑いした。

 惚れた女にいいようにあしらわれ、自尊心を粉々にされながら、それでも縋りつく、情けない男の歌。卑猥なスラングだらけの。
 どこを切り取っても、ジョンと共通するところが見当たらない。むしろ、その逆。

 ――そんなこと、させたことあった?

 ――それは、あなたもでしょ!

 本来の旋律から大いに外れた歌声に、やいのやいの茶々を入れると、ジョンは片眉をくい、と上げてウィンクで返した。



 それはともかく。
 卒業してしばらくは、モデル業とバンドをのらりくらりやっていくつもりだったジョン。
 だが、音楽性の違いを主張するボーカルの希望によって解散し、手持ち無沙汰になった。
 実際のところ、フロントマンたるボーカルが、ジョンの人気に嫉妬し、逆ギレして仲違いしたというオチらしい。


「まぁ、仕方ない。あいつもそれなりに見栄えはしたけど、俺は特別だから」


 それで、本人曰く、なんとなく日本に来た。
 なんとなく日本で外国人モデルをやっている。主に下着モデルとか。

 解散したバンドのリーダーが、ジャパニーズアニメを愛するギーク――ウィアブーではないらしい――で、ジブリ教を布教されていたジョンは『もののけ姫』の光景を期待して、来日した。


「サンはどこにいるんだろう?」


 わたしを見て、ジョンは首を振る。


「サンの年齢をわかってる? あなた、ウディ・アレンにでもなる気? それともロマン・ポランスキー?」

「俺、ドイツ系だよ。彼らの天敵だ」

「あらそう。それは失礼。でもどうかしら。ここにはクラークがいないわ」

「彼はアメリカ人ではなく、クリプトン人だからね。仕方ないよ。
「ラン、君はアメコミをもっと読むべきだ」

「最近のアメコミ映画ブームは飽き飽きしてるの」


 ジョンとの会話は楽しかった。
 その場限りで、ジョークと上っ面なデータだけのやり取り。
 深く追求せず、追求されず。
 わたしが知らないに触れても、声を荒らげて逆毛を立てたり、押し黙って軽蔑することはなかった。
 皮肉げに片眉をあげ、嘲るように冷笑することはあれど、その程度。
 さすがキュリアス・ジョン。
 わたしという異文化の女をおもしろがるがあった。


「さて。今日も俺はジミー・ハットを被らなきゃいけないのかな?」

「おイヤならどうぞ、お帰りになって」


 ツンと顎をあげて高慢に見下ろし、足を組みかえてドアを指し示すと、ジョンは「仰せのままに、日本のキャサリン・トラメル」と胸に手を当て、慇懃に礼をした。


「アイスピックの用意はないから、安心して」

「代わりに俺が、ラバーを被って君を刺してあげる」

「それはさすがにセンスがないわ」

「やっぱり?」


 ジョンとのセックスもよかった。
 まぁ、セックスがよくなければ、セックスフレンドにはならない。当然のこと。


「ラン。俺はそろそろ本国に帰る。君との時間は楽しかったよ」

「ええ。わたしも楽しかった。幸運を祈ってるわ」


 言うまでもなく、特別な愛は、お互い持ち合わせていなかった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...