ジョスィ系令嬢と気難しい婚約者の王子さまと、辺境伯領のステキな使用人たち

空原海

文字の大きさ
上 下
4 / 5

あやしと現世の交差点

しおりを挟む
「なにかしら。この……雪だるま?」

 新雪にすっぽりと覆われた、背丈は少女と同じ程の置物。
 一昨日、少女と侍女が森に訪れた際には無かったものだ。

 ひどい吹雪が終日続いた昨日。
 少女は大きな屋敷内で暇を持て余していた。
 夜が明け、侍女が目覚めの挨拶とともにカーテンを開け放ち、窓から眩しい日の光が差し込んだ時。
 少女は、陽光を反射する雪原より眩しい笑顔を、ベッドの上で浮かべた。







 金糸と銀糸で緻密な刺繍のほどこされた、しっとりとした深紅の天鵞絨ビロード
 その豪奢ごうしゃ外套がいとうの袖から、幾重に連なるフリルが表れ、更に其処そこより覗く、少しばかり節くれた手が、くだんの置物へと伸ばされる。

「お嬢様、なりません」

 侍女がそっと少女の手を取る。
 と同時に、八つある長い手足の一つを、目にも留まらぬ速さで素早く突き出した。

 鋭利に尖った爪。
 異形の者。東の国ではの様な形貌なりかたちの怪異を絡新婦じょろうぐもと呼ぶ。
 おぞましくも淫靡いんびな化物。顔はぞっとするほど美しい。

 侍女が爪を突き刺した衝撃で、どさりと雪が崩れ落ちる。
 そこに現れたるは。

「お肉……お肉だるま?」

 しし色一色の、だらしのない肉。その垂れ下がる醜悪な肉塊だった。







「ハアッ!」

 少女が勢いよく振り下ろした、逆手持ちの短剣。
 後頭部でまとめられた長い金の髪が舞い、汗が飛び散り、刃が白い陽をギラリとね返す。

 が、しかし。



 ぽよよ~ん。



「……本当に、傷一つつかないわね」

 肉塊がだぶだぶと体を揺らすのを前に、少女は安堵したような、それでいて悔しそうに眉尻を下げた。

 荒い呼吸、上下する肩。
 侍女は手足を器用に操って少女の汗をぬぐい、短剣を譲り受け、ピッチャーを傾けて柑橘水をグラスに注ぎ、手渡す。

「ありがとう」

 にっこりと微笑む少女に侍女は恍惚とする。

「あなたの言う通り。少しも斬れないのね。これ、真剣よ」
「アレはぬっぺふほふにございますから」
「わたくし、剣腕うでは立つ方よ」
「存じております」

 唇を尖らせる少女をなだめる様に、侍女はおもねった。

「時にお嬢様。彼方あちらに」

 侍女の鋭い爪の先。剣術指南役が此方こちらへ向かっていた。
 少女は肩をすくめたのちと肉塊に口の端を挙げる。

「いずれ一太刀ひとたち、ね」



 少女の後ろ姿が遠退とおのくと、絡新婦の紅い唇から、銀色に光る細い糸。

「よもや彼の御方をかどわかしに参ったなど申すまいな? そのようなこと、万に一つも口にしてみよ。其の真剣にも斬られぬ肉、わらわが頭からむさぼり喰らうてやるわ」

 肉塊は、ぽよよ~ん、と震えた。





 深い森の奥。其れはあやし現世うつしよの交差するところ
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

処理中です...