ジョスィ系令嬢と気難しい婚約者の王子さまと、辺境伯領のステキな使用人たち

空原海

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僕の助手にしてあげる(庭師視点)

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「初めて見る顔――顔はどこだ? いや、うむ。……はなんだ?」

 僕を見下ろす、威圧感のある少年。
 ジャケットは輝くばかりのオフホワイト。金銀の刺繍、ふさの垂れたエポレットに飾緒ちょくしょ、青染めの琥珀を金細工で囲ったカフス。
 顎をしゃくる手袋の外された手。その細い指に不釣り合いな程大きなリングには、沈み彫りインタリオほどこされたブルーサファイア。
 少年の横顔と文字が刻まれたインタリオは、お嬢様に届く手紙の封蝋と同じ紋様だ。

「ぬっぺふほふですわ、殿下」
「ぬっぺ……?」
「ぬ・っ・ぺ・ふ・ほ・ふ」
「……ぬっぺふ、ほふ」

 少年は復唱し、僕を見て頷いた。







 その日、お嬢様は絡新婦あばずれの提案に珍しく渋っていた。
 森へ虫捕りに行こうという、常ならば喜色満面で頷くもの。
 家庭教師の来訪予定も、剣術の稽古の予定も、茶会も、絡新婦ズベ公からは何も聞いていない。
 それなのに。

「昼食前には戻りましょう」
「……それなら」

 バスケットには昼食ではなく、柑橘水の入った瓶に林檎、チーズにビスケットを詰めて、二人は屋敷を出た。
 そして今。

「彼女はどこだ?」

 尊大な少年が彼の使用人と共に、王家の紋章入りの煌びやかな馬車で屋敷に到着した頃。お嬢様は絡新婦クソアマと森に虫捕りに出たまま、戻っていなかった。

 僕の言葉は人間には通じない。

 身振りで説明しようと腕を上げ、扉の外を指し示す。
 二の腕がぷるぷると震えた。

 少年が真っ青な瞳を大きく見開く。
 眉間に皺を寄せ、冷たく睥睨へいげいするばかりだった瞳。



「か、可愛い……っ!」



 それは、零れ落ちそうなくらい大きなまんまるの、キラキラと輝く本物のサファイアのようだった。








「僕の名前は ぬっぺっほー♪
 ぽよよ~ん ぽよよ~ん♪
 ぬっぺっほー♪」

 少年は繊細なボーイアルトで、音階にリズム、抑揚をつけて歌う。
 ゴツゴツと大仰な、彼の高貴な身分を表すインタリオリングを外す気遣いまで示し。
 下からすくい上げるように、垂れた肉を両手でやんわりと持ち上げ、そっと離す。

 ぽよよ~ん。

 その都度、僕のだるだるの肉が揺れる。

「はあ……。なんと愛らしい……」

 少年はうっとりと目を細め、ぽよよ~ん、ぽよよ~ん、と幾度となく肉を掬っては揺らす。
 気持ちいい……。

 お嬢様には恩がある。
 だけど、短剣で斬りかかり、矢を放つ的にし、背負い投げしてくるお嬢様より、この少年の方がずっと、僕に優しい。

 僕は決意した。
 少年がいつか婿入りする日には、彼を僕の助手にしてあげようと。
 そしてあの絡新婦しょうわるの魔の手から救ってやるのだ。
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