【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-

未来屋 環

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第14話 日曜日、再び(後篇)

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「――それにしても、この公園は広いですね。都会の中心とは思えない程緑も多くて、とても気持ちが良いです」
「えぇ、私も初めて来ましたが、1日ではとても回り切れなさそうですね」

 公式HPによると、上野公園は日本初の公園に指定された場所で、敷地は約53万㎡あるらしい。園内には博物館や美術館等の様々な文化施設があり、多くの人々が訪れる観光名所となっている。
 ――そして、今日の二人の目的地は、その広大な敷地の一番奥にあった。

「すみません、大人2枚でお願いします」

 入園券を購入してゲートをくぐり、パンフレットを眺めながら歩いていると甲高い声が前方から響いてくる。隣を歩くマークが「セツカさん」とこちらに顔を向けてきた。その瞳には高揚の色が浮かんでいる。

「今の声は、何の動物ですか?」
「恐らく、ゾウですね」
「ゾウ……調べてきました。早く観てみたいです」

 少しそわそわした様子のマークに、雪花は微笑まずにはいられなかった。

 ――そう、二人が今日足を運んだのは上野動物園だ。
 以前東京スカイツリーに行った際に、『滞在中にできる限り地球の文化に触れたい』と話したマークのリクエストに応える形で、雪花が企画したのだった。

 目の前には人だかりができている。その頭上に、ゆったりとゆらめくグレーの大きな耳が見えた。「おぉ……」とマークの視線が釘付けになり、雪花もその隣で少し背伸びをしながら覗き込む。
 すると、空に向かってするすると長い鼻が伸びた。同時にもう一度甲高い声がとどろいて、人々が嬉しそうにどよめく。
 雪花も久々に感じる動物園の雰囲気に、思わず頬を緩めた。

「身体だけでなく、鳴き声も大きいのですね」
 隣でマークが感動したように呟く。
「そうですね、ゾウは陸では一番大きい生物です」
「陸では?」
 思わず振り向いたマークの瞳は、好奇心できらきらと輝いていた。目の前の彼はまるで子どものようで、とても300年以上生きた火星人とは思えない。そんなマークに、雪花の心はほわりとあたたかくなる。
「はい。海には、ゾウよりももっと大きい生物が居るんですよ。クジラと言って、私もTVでしか観たことがないです」
「何と……地球には多様な生物が息衝いているのですね」

 マークが満足するまでゾウを眺めた後、二人は様々な動物達を見て回った。
 クマ、サル、アザラシにウマ――草をむウサギをガラス越しに眺めたマークが「何とも愛らしい……」と至極しごく真面目な表情で言い、雪花がその台詞せりふとのギャップに笑う。
 パンダ見物の行列に驚いたりしつつ、二人は動物園を満喫した。

「火星にも動物園ってあるんですか?」
 マークの体力を考慮して何度目かの休憩を取った時に、雪花はマークに問う。スポーツドリンクを一口飲んで、マークが口を開いた。
「えぇ、存在はします。ただ、地球に比べて動物の種類も限られていますし、ここまで大規模で一般の人々が観られるような場所はないです。私は幼い頃に一度行ったきりですね」
「そうなんですね。私も久々に動物園に来ましたが、思った以上に沢山の動物を観ることができて楽しいです。地球って、もしかしたら恵まれているのかも知れませんね」
 そんな雪花の言葉に、力強くマークが頷く。
「はい、地球は素晴らしい惑星です。こちらに来てから色々な経験をさせて頂きましたが、本当に地球に来ることができて良かったと思います」

 そして――不意にマークが雪花の方に顔を向けた。
 その眼差しは穏やかな熱をたたえていて、雪花は思わず口にしていたお茶のペットボトルを口から離す。

「セツカさん、色々と私のことを気にかけて頂いて、ありがとうございます。地球に来てから毎日が目まぐるしく過ぎていく中で、ふと色々と考えてしまうこともあるのですが――セツカさんの優しさにいつも救われています。本当にありがとうございます」
 そう言って、マークが頭を下げた。雪花は慌てて首を振る。
「そんな、マークさんの優しさに救われているのは私の方です。私はいつも余裕がないので……」
 雪花の言葉の途中でマークが顔を上げた。その真剣な表情の中には先程の熱がくすぶっていて、雪花は思わず言葉をうしなう。

 そのまま二人で見つめ合ったその刹那――それを遮るかのように突風が吹いた。

「ひゃっ」
 雪花は驚いて身を固くし、目を閉じる。木々がさざめき、遠くから鳥達の騒ぐ声がした。しかしそれは決して長く続かず、風は優しく頬を撫でながら次第に落ち着きを取り戻していく。
 風が止んだことを確認してから雪花がゆっくり瞼を開くと、目の前のマークは少しだけ困ったような顔をしていた。ふと視線を落とすと、その手には見慣れない小さな帽子が握られている。

「――それ、どうしたんですか?」
「今の風で飛んできたようです」

 そうマークが答えたところで「ねぇねぇ」とあどけない声がした。
 声の方に視線を向けると、小さな少女が一人でこちらをじっと見上げている。幼稚園児くらいだろうか。髪を二つにったヘアゴムには赤いビーズが付いていて、陽の光を反射してきらきらと光っている。

「ひろってくれてありがとう。それ、あおいのだよ」

 そう言って、あおいと名乗った少女は手を差し出してきた。マークが立ち上がって帽子を渡すと、あおいはもう一度「ありがとう」と頭を下げる。随分と礼儀正しい子どもだ。
 あおいは帽子を被り、しっかりとした足取りでベンチから離れて行った――が、その向かう先には誰も居ない。
「――セツカさん?」
 マークの声に答えず、雪花は立ち上がってあおいを追いかけた。

「あおいちゃん」
 あおいは振り向いて「なぁに?」と答える。雪花はしゃがんで、あおいの目線と高さを合わせて笑顔を作った。
「あおいちゃんのそのお帽子可愛いね。誰に買ってもらったの?」
 その言葉に、あおいは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「うん、これね、おとうさんがかってくれたの」
「そうなんだ、良かったね」
 そして、雪花は続けた。

「――ちなみに、お父さんは今どこに居るの?」

 雪花の問いかけに対して、あおいが首を傾げる。

「えっと――おとうさん、まいごになっちゃったみたい」

 ――やはり。
 追いかけてきたマークと雪花は、思わず顔を見合わせるのだった。


第14話 日曜日、再び (了)
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