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第8話 空の青さは(前篇)
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――そして、あなたと一緒に見るものはどれも、私にとって特別なものとなりました。
第8話 空の青さは
「うわぁ……高い」
窓の外の景色に思わず言葉が洩れて、はっと雪花は我に返る。引率者の自分が楽しんでどうするのか。雪花は慌てて隣に立つマークに視線を向けた。
傍らの火星人は雪花と同じように窓の外を見下ろしている。その眼差しはいつものように真剣だった。
雪花とマークは東京スカイツリーの『天望回廊』に居る。ここはスカイツリー内で一般客が立入可能な最高到達点、地上451.2mの世界を楽しむことのできる場所だ。
1機目のエレベーターで到着した『天望デッキ』からの眺めも十分に楽しめるものだったが、そこから別のエレベーターに乗り換え、更に100m高い位置にあるこの場所から見下ろす風景は正に圧巻である。
雪花が学生時代に社会科見学で行った東京タワーや、旅行先で立ち寄った展望台とは異なる世界が眼下に広がっていた。まるで航空写真のように都内の街が一望できる機会など、なかなかない。熱心に窓の外を眺めるマークを観ながら、雪花は思い切ってここまで来て良かったと思った。
不意にマークの視線がこちらを向いて、雪花はどきりとする。会社とは違う格好をしているせいだろうか――見慣れているはずの金色の瞳が、今日は何だか違う色を含んでいるように思えた。
そんな雪花の胸の内を知る由もなく、マークはいつものように口元を小さく緩める。
「――すごい高さです。こんなものを作ることができるなんて、素晴らしい技術力ですね。感動しました」
雪花からすれば火星の技術力の方がとてつもないものに思えるが、建築技術は地球の方が優れているのだろうか。いずれにせよスカイツリーを楽しんでいる様子のマークに、雪花はほっと胸を撫で下ろした。
ふと周囲に視線を向けると、最高到達点の柱の前で写真を撮っていた家族連れが歩き出したところだった。マークの写真をあそこで撮ったら喜ぶだろうか――そう思った矢先に、右手がすっと引かれる。驚いて振り返ると、マークが真面目な顔で雪花の手を取り、こちらを見ていた。
「セツカさん、あそこで写真を撮りましょう」
「――え、私も?」
「勿論です。記念ですから」
そう言われると、断れない。雪花はマークと一緒に柱の前に立つ。慣れない自撮りに苦戦しているのを見かねてか、近くに居た親子らしき女性達が撮影係を申し出てくれた。
「はい、チーズ」
カシャリという電子音に続いて「あっ……もう一枚撮りますね!」という台詞が撮影者の若い女性から飛び出す。「ほら、折角だから笑顔笑顔」と、その横の年配の女性が朗らかに言った。
笑っているつもりだがぎこちなく見えるのだろうか――恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになっていると、隣のマークが「セツカさん」と話しかけてきた。
「どうしました?」
前を向いたまま問うと、マークが続ける。
「何故『チーズ』なのでしょう? おいしいからですか?」
思いがけないその言葉に、雪花の顔から思わず笑みが零れた。
「あら、いい笑顔」
「撮りまーす!」
カシャリ、と鳴った音は、先程よりも明るく聴こえる。
丁重にお礼を言って受け取った雪花のスマホには、穏やかな笑顔で並んで佇む自分とマークが収められていた。
「マークさん、写真送りますね」
帰りのエレベーターを待ちながら、雪花はマークのスマホと写真を共有する。送られてきた画像を確認して「ありがとうございます」とマークが口元を緩めた。
「晴れて良かったですね。背景も青空で」
「ええ、本当に――綺麗な空の色です」
「火星の空と比べてどうですか?」
周囲に人が居ないのを確認して、雪花が小声で問う。すると、マークは雪花に視線を移し――少し逡巡した様子を見せてから、口を開いた。
「――火星の空は、昼間は赤い色をしているのです。夕暮れ時になると、この空のように青くなります」
初めて知る事実に、雪花は目を丸くする。マークの説明によると、どうやら惑星の大気の成分と太陽から発せられる光の波長の長さが関係しているらしい。
地球の大気では比較的低い層で波長の短い青色の光が散乱するため、空が青く見える。そして夕暮れに向かうにつれて、太陽の位置が変わることで青色の光が届きにくくなり、逆に波長の長い赤色の光が目に届きやすくなるのだという。
一方、火星の大気の成分は塵が非常に多く、火星に届く太陽からの光はその塵に当たることで赤色の散乱を起こし、空が赤く染まる。そして夕暮れには波長の長い赤色の光が届きにくく、塵の影響を受けにくい青色の光が届くようになるのだそうだ。
そこまで説明して「――と言っても、これはリサの受け売りです」とマークは眉を少し下げてみせた。
「私自身、火星の空を見たのは一度きりなので」
その言葉に、ふと雪花は以前マークから聞いた火星の話を思い出す。火星は大気が薄く気温が低い過酷な環境であるため、火星人達は地上ではなく地底の世界で暮らしていると。
変なことを訊いてしまった――そう雪花が謝ろうとした時、マークがスマホの画面を雪花に向けた。驚いてマークの顔を見ると、彼は穏やかに微笑んでいる。
「――だから、セツカさんと青空の写真を撮ることができて、とても嬉しいです」
雪花は言おうとしていた「ごめんなさい」を「ありがとうございます」に変換した。
マークの言葉はいつもまっすぐだ。こちらを気遣ってくれているとは思うが、そういう思惑よりも純粋な気持ちの方が先に届く。
向けられたスマホの画面を見つめると、自分達の背景を彩る青い空の色が、何だかとても綺麗なものに思えた。
第8話 空の青さは
「うわぁ……高い」
窓の外の景色に思わず言葉が洩れて、はっと雪花は我に返る。引率者の自分が楽しんでどうするのか。雪花は慌てて隣に立つマークに視線を向けた。
傍らの火星人は雪花と同じように窓の外を見下ろしている。その眼差しはいつものように真剣だった。
雪花とマークは東京スカイツリーの『天望回廊』に居る。ここはスカイツリー内で一般客が立入可能な最高到達点、地上451.2mの世界を楽しむことのできる場所だ。
1機目のエレベーターで到着した『天望デッキ』からの眺めも十分に楽しめるものだったが、そこから別のエレベーターに乗り換え、更に100m高い位置にあるこの場所から見下ろす風景は正に圧巻である。
雪花が学生時代に社会科見学で行った東京タワーや、旅行先で立ち寄った展望台とは異なる世界が眼下に広がっていた。まるで航空写真のように都内の街が一望できる機会など、なかなかない。熱心に窓の外を眺めるマークを観ながら、雪花は思い切ってここまで来て良かったと思った。
不意にマークの視線がこちらを向いて、雪花はどきりとする。会社とは違う格好をしているせいだろうか――見慣れているはずの金色の瞳が、今日は何だか違う色を含んでいるように思えた。
そんな雪花の胸の内を知る由もなく、マークはいつものように口元を小さく緩める。
「――すごい高さです。こんなものを作ることができるなんて、素晴らしい技術力ですね。感動しました」
雪花からすれば火星の技術力の方がとてつもないものに思えるが、建築技術は地球の方が優れているのだろうか。いずれにせよスカイツリーを楽しんでいる様子のマークに、雪花はほっと胸を撫で下ろした。
ふと周囲に視線を向けると、最高到達点の柱の前で写真を撮っていた家族連れが歩き出したところだった。マークの写真をあそこで撮ったら喜ぶだろうか――そう思った矢先に、右手がすっと引かれる。驚いて振り返ると、マークが真面目な顔で雪花の手を取り、こちらを見ていた。
「セツカさん、あそこで写真を撮りましょう」
「――え、私も?」
「勿論です。記念ですから」
そう言われると、断れない。雪花はマークと一緒に柱の前に立つ。慣れない自撮りに苦戦しているのを見かねてか、近くに居た親子らしき女性達が撮影係を申し出てくれた。
「はい、チーズ」
カシャリという電子音に続いて「あっ……もう一枚撮りますね!」という台詞が撮影者の若い女性から飛び出す。「ほら、折角だから笑顔笑顔」と、その横の年配の女性が朗らかに言った。
笑っているつもりだがぎこちなく見えるのだろうか――恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになっていると、隣のマークが「セツカさん」と話しかけてきた。
「どうしました?」
前を向いたまま問うと、マークが続ける。
「何故『チーズ』なのでしょう? おいしいからですか?」
思いがけないその言葉に、雪花の顔から思わず笑みが零れた。
「あら、いい笑顔」
「撮りまーす!」
カシャリ、と鳴った音は、先程よりも明るく聴こえる。
丁重にお礼を言って受け取った雪花のスマホには、穏やかな笑顔で並んで佇む自分とマークが収められていた。
「マークさん、写真送りますね」
帰りのエレベーターを待ちながら、雪花はマークのスマホと写真を共有する。送られてきた画像を確認して「ありがとうございます」とマークが口元を緩めた。
「晴れて良かったですね。背景も青空で」
「ええ、本当に――綺麗な空の色です」
「火星の空と比べてどうですか?」
周囲に人が居ないのを確認して、雪花が小声で問う。すると、マークは雪花に視線を移し――少し逡巡した様子を見せてから、口を開いた。
「――火星の空は、昼間は赤い色をしているのです。夕暮れ時になると、この空のように青くなります」
初めて知る事実に、雪花は目を丸くする。マークの説明によると、どうやら惑星の大気の成分と太陽から発せられる光の波長の長さが関係しているらしい。
地球の大気では比較的低い層で波長の短い青色の光が散乱するため、空が青く見える。そして夕暮れに向かうにつれて、太陽の位置が変わることで青色の光が届きにくくなり、逆に波長の長い赤色の光が目に届きやすくなるのだという。
一方、火星の大気の成分は塵が非常に多く、火星に届く太陽からの光はその塵に当たることで赤色の散乱を起こし、空が赤く染まる。そして夕暮れには波長の長い赤色の光が届きにくく、塵の影響を受けにくい青色の光が届くようになるのだそうだ。
そこまで説明して「――と言っても、これはリサの受け売りです」とマークは眉を少し下げてみせた。
「私自身、火星の空を見たのは一度きりなので」
その言葉に、ふと雪花は以前マークから聞いた火星の話を思い出す。火星は大気が薄く気温が低い過酷な環境であるため、火星人達は地上ではなく地底の世界で暮らしていると。
変なことを訊いてしまった――そう雪花が謝ろうとした時、マークがスマホの画面を雪花に向けた。驚いてマークの顔を見ると、彼は穏やかに微笑んでいる。
「――だから、セツカさんと青空の写真を撮ることができて、とても嬉しいです」
雪花は言おうとしていた「ごめんなさい」を「ありがとうございます」に変換した。
マークの言葉はいつもまっすぐだ。こちらを気遣ってくれているとは思うが、そういう思惑よりも純粋な気持ちの方が先に届く。
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