26 / 43
第25話 《意識しちゃう》
しおりを挟む
豊橋に追い出された利里と蒼柳は学生ホールに向かっていた。行く場所もなく、あてもないので帰ろうかという話にはなったが「俺は勉強してから帰るから」と言って学生ホールへ向かおうとした利里に、蒼柳も賛同したのである。
――利里はどうして蒼柳が自分と一緒に来るのかを不思議に思った。
というよりも、どうして自分を気に掛けるのかが分からない。理解不能だ。
鼻歌を歌っている蒼柳を尻目に、自分のなかで提示して回答を出す。
(こいつも変な奴なんだな~。まぁいいや、嫌われるより全然いいし)
などと思いながらも、いつもの場所に座って勉強に励むことにした。
今回は解剖生理の《内分泌系》を集中して勉強していくことにしたのだが……しかし。
「えっと、女性ホルモンにはエストロゲンが分泌されて、えっと……それで」
(どこを通って内分泌系に働くんだっけ?)
「視床下部から下垂体を通って卵巣にいくんすよ。そんで、視床下部からは性腺刺激ホルモン放出ホルモンが作られるんす。そっから2つに分かれて作用するんすよ~」
考え込んでしまうと、助け船のように蒼柳が答えていく。学習能力というか頭の良さに驚愕してしまった。それでも蒼柳は続ける。
「その2つのホルモンがなにわかるっすか?」
「……さっぱりデス」
「性腺刺激ホルモンと卵胞刺激ホルモンになるんす。ここら辺は基礎の母性看護でやるらしいから、今のうちに覚えた方がいいっすよ~」
「スミマセンね。理解力がなくて」
「なに言ってんすか~!」
拗ねたようにふて腐れる利里に、蒼柳はまた軽やかに笑って時計を見る。――時刻は18時前を指していた。
「そろそろ帰りますか? もうこんな時間だし、たまには息抜きした方がいいっすよ~」
「う~ん、そっか。……いや、やっぱりやるよ。俺はお前みたいに頭良くないし、バカだから、詰め込むだけ詰め込まないとみんなに追いつけないし」
集中力は切れかけているが、自分の理解力のなさに再度気がついて真剣にやろうとする。
(俺の努力が足りないから。足りないから留年なんかするんだ)
――だからできる努力はしないと。
そんなことを思って蒼柳が教えてくれた範囲を復習しようと教科書を開こうとして……その手を取られてしまう。
「なんだ?」と思っていると、蒼柳が盛大なため息を吐いて利里の邪魔をし始めたのだ。利里のリュックにノートや教科書類をどんどんしまい込み、チャックを閉めてしまう手早さに呆気に取られる利里だが、さすがに困惑と憤慨をしてしまう。
しかしそんなことなど蒼柳は承知している様子だ。
「そんなに詰め込みすぎたら逆に知識が入らないっすよ。こういうのはポイントと関連付けで覚えればいいんです。……ただ、闇雲に勉強をしても頭に入らないのなら自己満にしかならないっす」
「なぁ! 自己満って、お前には関係ないし――」
「関係があるから、こうやって言っているんすよ」
真剣みを帯びた黒い眼、鋭い視線が貫くように利里を見つめる。普段の柔和な態度と違う姿に利里は怯えて震えてしまいそうになった。
固まってしまい目を伏せようとする利里に、蒼柳は雪のように白く冷たい両頬を大きな手ですくい上げて、自分に向けるのだ。
――先ほどの戒めるような瞳は打って変わり、諭すような優しげな眼で丸くて大きな利里に向けて放つ。
「俺は乾さんと一緒に進級がしたいっす。そのためには俺の助けも必要かな、なんて思ったんす」
「……う、ん」
――ドクッドク……。
「今は時間がありますが、それだけじゃ進級なんてできないと俺は思います。たまには自分にご褒美でもあげないと、乾さんが……利里さんが潰れちゃう」
甘ったるい名前の呼び方に、利里は熱を浴びる。
(は、初めて名前呼ばれた。ちょっと驚いた)
――俺みたいな奴でも、名前を呼んでくれることがあるのか。
目を見張る利里に蒼柳はにこりと笑ってから、包み込んでいた両手をゆっくりと離していく。――どうしてだが名残惜しくて「もっと」とか反射的に言ってしまいそうになった。
「だから今日はこれでおしまい! また明日にしましょ!」
「うん……」
少し顔を下に向けてしまうのは不覚にも、ときめいてしまったから。だけどこんな気持ちを告げてしまったら去ってしまう、逃げてしまう、気味悪がられると思って……なにも言わないでいた。
だが蒼柳はなにも思っていないようで「じゃあ自販機でなんか買いますか~」なんて、間延びした様子で話しかける。
利里は火照った顔を見せぬようにずっと視線を下に向けて、大きく頷く。
蒼柳も利里もミルクティー缶を購入した。「プシュリ」と音を立てて、蒼柳は少しずつ飲み、利里は一気に飲み干してなぜか乾いている喉を潤した。
――はっきりとした甘さと冷たさは、今の利里に心地よさを与えた。
――利里はどうして蒼柳が自分と一緒に来るのかを不思議に思った。
というよりも、どうして自分を気に掛けるのかが分からない。理解不能だ。
鼻歌を歌っている蒼柳を尻目に、自分のなかで提示して回答を出す。
(こいつも変な奴なんだな~。まぁいいや、嫌われるより全然いいし)
などと思いながらも、いつもの場所に座って勉強に励むことにした。
今回は解剖生理の《内分泌系》を集中して勉強していくことにしたのだが……しかし。
「えっと、女性ホルモンにはエストロゲンが分泌されて、えっと……それで」
(どこを通って内分泌系に働くんだっけ?)
「視床下部から下垂体を通って卵巣にいくんすよ。そんで、視床下部からは性腺刺激ホルモン放出ホルモンが作られるんす。そっから2つに分かれて作用するんすよ~」
考え込んでしまうと、助け船のように蒼柳が答えていく。学習能力というか頭の良さに驚愕してしまった。それでも蒼柳は続ける。
「その2つのホルモンがなにわかるっすか?」
「……さっぱりデス」
「性腺刺激ホルモンと卵胞刺激ホルモンになるんす。ここら辺は基礎の母性看護でやるらしいから、今のうちに覚えた方がいいっすよ~」
「スミマセンね。理解力がなくて」
「なに言ってんすか~!」
拗ねたようにふて腐れる利里に、蒼柳はまた軽やかに笑って時計を見る。――時刻は18時前を指していた。
「そろそろ帰りますか? もうこんな時間だし、たまには息抜きした方がいいっすよ~」
「う~ん、そっか。……いや、やっぱりやるよ。俺はお前みたいに頭良くないし、バカだから、詰め込むだけ詰め込まないとみんなに追いつけないし」
集中力は切れかけているが、自分の理解力のなさに再度気がついて真剣にやろうとする。
(俺の努力が足りないから。足りないから留年なんかするんだ)
――だからできる努力はしないと。
そんなことを思って蒼柳が教えてくれた範囲を復習しようと教科書を開こうとして……その手を取られてしまう。
「なんだ?」と思っていると、蒼柳が盛大なため息を吐いて利里の邪魔をし始めたのだ。利里のリュックにノートや教科書類をどんどんしまい込み、チャックを閉めてしまう手早さに呆気に取られる利里だが、さすがに困惑と憤慨をしてしまう。
しかしそんなことなど蒼柳は承知している様子だ。
「そんなに詰め込みすぎたら逆に知識が入らないっすよ。こういうのはポイントと関連付けで覚えればいいんです。……ただ、闇雲に勉強をしても頭に入らないのなら自己満にしかならないっす」
「なぁ! 自己満って、お前には関係ないし――」
「関係があるから、こうやって言っているんすよ」
真剣みを帯びた黒い眼、鋭い視線が貫くように利里を見つめる。普段の柔和な態度と違う姿に利里は怯えて震えてしまいそうになった。
固まってしまい目を伏せようとする利里に、蒼柳は雪のように白く冷たい両頬を大きな手ですくい上げて、自分に向けるのだ。
――先ほどの戒めるような瞳は打って変わり、諭すような優しげな眼で丸くて大きな利里に向けて放つ。
「俺は乾さんと一緒に進級がしたいっす。そのためには俺の助けも必要かな、なんて思ったんす」
「……う、ん」
――ドクッドク……。
「今は時間がありますが、それだけじゃ進級なんてできないと俺は思います。たまには自分にご褒美でもあげないと、乾さんが……利里さんが潰れちゃう」
甘ったるい名前の呼び方に、利里は熱を浴びる。
(は、初めて名前呼ばれた。ちょっと驚いた)
――俺みたいな奴でも、名前を呼んでくれることがあるのか。
目を見張る利里に蒼柳はにこりと笑ってから、包み込んでいた両手をゆっくりと離していく。――どうしてだが名残惜しくて「もっと」とか反射的に言ってしまいそうになった。
「だから今日はこれでおしまい! また明日にしましょ!」
「うん……」
少し顔を下に向けてしまうのは不覚にも、ときめいてしまったから。だけどこんな気持ちを告げてしまったら去ってしまう、逃げてしまう、気味悪がられると思って……なにも言わないでいた。
だが蒼柳はなにも思っていないようで「じゃあ自販機でなんか買いますか~」なんて、間延びした様子で話しかける。
利里は火照った顔を見せぬようにずっと視線を下に向けて、大きく頷く。
蒼柳も利里もミルクティー缶を購入した。「プシュリ」と音を立てて、蒼柳は少しずつ飲み、利里は一気に飲み干してなぜか乾いている喉を潤した。
――はっきりとした甘さと冷たさは、今の利里に心地よさを与えた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる