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第24話 《軽い挨拶》
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医務室にて。利里は深く椅子に座り込んで、机に向かってうつ伏せになって盛大に息を吐きだした。
それはさきほどのひりついた空間から解放されたからなのか、もしくはテスト範囲が大幅に広がったからなのか。……両方ともあるとは思うが、うなだれている様子の利里に白衣姿のカウンセラーは書類に目を通しながら話していく。
「牧先生が厳しいのは今さらじゃないだろう? 失礼だがほかの生徒からも『牧先生が厳しいです……』とか聞いているぞ。風当たりが強いのはお前だけじゃない」
「知っていますよ~。牧先生が厳しいけれど優しい人なぐらい、でも……」
(それでも、怖いし恐怖の対象でしかないし)
言いたいがぐっと堪えて、顔を上げようとして……やめる。カウンセラーの豊橋からは「今日は来客が来るから放課後には帰れよ。勉強しろよ~」という指令も下ったが、今はそれどころではなかった。とりあえず、この気持ちを発散したかった。
――だから気づいていたら深い眠りについていたのだ。
――いぬいさん、いぬいさん!
あれ、この声。この低くてあたたかい声、――優しい声。
「乾さん! い・ぬ・いさ~ん! 起きてください~!」
ゆさゆさと揺すぶられて、俺は起きざるに起きることができた。だがまだ眠くて眠くて仕方がない。「ふわぁ~」なんて大きく口を開けて伸びをすれば、傍から「ふふっ!」と明るい声が聞こえてくる。
「ふふふっ! 乾さんおかしい~。ひな鳥が親に『エサが欲しいよ~!』ってねだっているみたいっすね~」
「……あお、やなぎ?」
横に目をやると、蒼柳がにこりと微笑んで俺と視線を合わせていた。いつも見下ろされているのに気づかなかったが、透き通るような肌の目元に小さなほくろがあった。そんな彼は、どうしてだが俺の頭を撫でては目元を緩める。
「先生から聞いたっすよ~。牧先生の無茶ぶりで疲れていたんすよね~? お疲れ様っす」
「あ、うん。というかどうしてここに俺が居ると?」
すると蒼柳はあたかも当然かのような自信ありげな表情を見せたのだ。
「だって、乾さんが学生ホールに居ないなら休みか医務室に居るなんて見当がつくっすよ~。さすがに1か月以上も経てば、乾さんの行動範囲なんて分かるっす」
(もう1か月。こいつと出会って、少しだけど……俺を分かってくれる人がいるんだ)
まだ俺の髪に触れて「髪の毛ふわふわだ~!」とかはしゃいでいる蒼柳にされるがままの俺ではあったが、そんな時に来客が現れた。
――ガチャリ……。
「失礼します~」
少し高めの声に聞き覚えがあって振り向くと、そこにはとんでもないほど疲弊を感じられる……慎さんが驚いた顔をして俺を見た。
「あれ、りっくん?」
「あ、慎さん!」
蒼柳の大きな手のひらを振りほどいて、俺は疲れた笑みを見せる慎さんに駆け寄る。今は縁眼鏡を掛けている彼に少し胸を高鳴りつつも、俺は彼へ心配の念を抱いた。
「慎さんもカウンセラー受けに来たの? 大丈夫?」
「あ~、まぁ、ちょっとね~。というより、そこのイケメン君は誰? りっくんの友達?」
蒼柳に興味を持ったようで俺は慎さんを紹介しようとするが……彼はどうしてだが、慎さんに警戒心を持つ目線で見つめていた。――さすがに俺でも分かったので、どうしてそんな訝しむような目線で見るのかを問いかける。
「蒼柳どうしたんだよ? 慎さんはなにもやっていないのに、そんな怒っているような目で見るなよ~」
「……すみません。親友さんが、どうして医務室に来たのか不思議に思っただけなので」
「医務室には来ても良いだろう?」
「……そうっすね」
なぜかふて腐れた顔をした蒼柳に慎さんはふと笑って、このように話したのだ。
「少し豊橋先生と話したいことがあるんだ。……君の邪魔をしたのならごめんね」
そう笑いかけた慎さんに、今度は豊橋が俺と蒼柳を追い出すように医務室から退出させた。
「まぁそういうわけで、俺は奈々切と話があるから。お前らは自習をするか、帰りなさい。じゃあまた」
――パタン。
医務室に『相談中』という看板が掛けられて、無機質に閉ざされたのであった。
それはさきほどのひりついた空間から解放されたからなのか、もしくはテスト範囲が大幅に広がったからなのか。……両方ともあるとは思うが、うなだれている様子の利里に白衣姿のカウンセラーは書類に目を通しながら話していく。
「牧先生が厳しいのは今さらじゃないだろう? 失礼だがほかの生徒からも『牧先生が厳しいです……』とか聞いているぞ。風当たりが強いのはお前だけじゃない」
「知っていますよ~。牧先生が厳しいけれど優しい人なぐらい、でも……」
(それでも、怖いし恐怖の対象でしかないし)
言いたいがぐっと堪えて、顔を上げようとして……やめる。カウンセラーの豊橋からは「今日は来客が来るから放課後には帰れよ。勉強しろよ~」という指令も下ったが、今はそれどころではなかった。とりあえず、この気持ちを発散したかった。
――だから気づいていたら深い眠りについていたのだ。
――いぬいさん、いぬいさん!
あれ、この声。この低くてあたたかい声、――優しい声。
「乾さん! い・ぬ・いさ~ん! 起きてください~!」
ゆさゆさと揺すぶられて、俺は起きざるに起きることができた。だがまだ眠くて眠くて仕方がない。「ふわぁ~」なんて大きく口を開けて伸びをすれば、傍から「ふふっ!」と明るい声が聞こえてくる。
「ふふふっ! 乾さんおかしい~。ひな鳥が親に『エサが欲しいよ~!』ってねだっているみたいっすね~」
「……あお、やなぎ?」
横に目をやると、蒼柳がにこりと微笑んで俺と視線を合わせていた。いつも見下ろされているのに気づかなかったが、透き通るような肌の目元に小さなほくろがあった。そんな彼は、どうしてだが俺の頭を撫でては目元を緩める。
「先生から聞いたっすよ~。牧先生の無茶ぶりで疲れていたんすよね~? お疲れ様っす」
「あ、うん。というかどうしてここに俺が居ると?」
すると蒼柳はあたかも当然かのような自信ありげな表情を見せたのだ。
「だって、乾さんが学生ホールに居ないなら休みか医務室に居るなんて見当がつくっすよ~。さすがに1か月以上も経てば、乾さんの行動範囲なんて分かるっす」
(もう1か月。こいつと出会って、少しだけど……俺を分かってくれる人がいるんだ)
まだ俺の髪に触れて「髪の毛ふわふわだ~!」とかはしゃいでいる蒼柳にされるがままの俺ではあったが、そんな時に来客が現れた。
――ガチャリ……。
「失礼します~」
少し高めの声に聞き覚えがあって振り向くと、そこにはとんでもないほど疲弊を感じられる……慎さんが驚いた顔をして俺を見た。
「あれ、りっくん?」
「あ、慎さん!」
蒼柳の大きな手のひらを振りほどいて、俺は疲れた笑みを見せる慎さんに駆け寄る。今は縁眼鏡を掛けている彼に少し胸を高鳴りつつも、俺は彼へ心配の念を抱いた。
「慎さんもカウンセラー受けに来たの? 大丈夫?」
「あ~、まぁ、ちょっとね~。というより、そこのイケメン君は誰? りっくんの友達?」
蒼柳に興味を持ったようで俺は慎さんを紹介しようとするが……彼はどうしてだが、慎さんに警戒心を持つ目線で見つめていた。――さすがに俺でも分かったので、どうしてそんな訝しむような目線で見るのかを問いかける。
「蒼柳どうしたんだよ? 慎さんはなにもやっていないのに、そんな怒っているような目で見るなよ~」
「……すみません。親友さんが、どうして医務室に来たのか不思議に思っただけなので」
「医務室には来ても良いだろう?」
「……そうっすね」
なぜかふて腐れた顔をした蒼柳に慎さんはふと笑って、このように話したのだ。
「少し豊橋先生と話したいことがあるんだ。……君の邪魔をしたのならごめんね」
そう笑いかけた慎さんに、今度は豊橋が俺と蒼柳を追い出すように医務室から退出させた。
「まぁそういうわけで、俺は奈々切と話があるから。お前らは自習をするか、帰りなさい。じゃあまた」
――パタン。
医務室に『相談中』という看板が掛けられて、無機質に閉ざされたのであった。
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