バイタルサイン

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)

文字の大きさ
上 下
25 / 43

第24話 《軽い挨拶》

しおりを挟む
 医務室にて。利里は深く椅子に座り込んで、机に向かってうつ伏せになって盛大に息を吐きだした。
 それはさきほどのひりついた空間から解放されたからなのか、もしくはテスト範囲が大幅に広がったからなのか。……両方ともあるとは思うが、うなだれている様子の利里に白衣姿のカウンセラーは書類に目を通しながら話していく。
「牧先生が厳しいのは今さらじゃないだろう? 失礼だがほかの生徒からも『牧先生が厳しいです……』とか聞いているぞ。風当たりが強いのはお前だけじゃない」
「知っていますよ~。牧先生が厳しいけれど優しい人なぐらい、でも……」
(それでも、怖いし恐怖の対象でしかないし)
 言いたいがぐっと堪えて、顔を上げようとして……やめる。カウンセラーの豊橋からは「今日は来客が来るから放課後には帰れよ。勉強しろよ~」という指令も下ったが、今はそれどころではなかった。とりあえず、この気持ちを発散したかった。
 ――だから気づいていたら深い眠りについていたのだ。
 ――いぬいさん、いぬいさん!
 あれ、この声。この低くてあたたかい声、――優しい声。

「乾さん! い・ぬ・いさ~ん! 起きてください~!」
 ゆさゆさと揺すぶられて、俺は起きざるに起きることができた。だがまだ眠くて眠くて仕方がない。「ふわぁ~」なんて大きく口を開けて伸びをすれば、傍から「ふふっ!」と明るい声が聞こえてくる。
「ふふふっ! 乾さんおかしい~。ひな鳥が親に『エサが欲しいよ~!』ってねだっているみたいっすね~」
「……あお、やなぎ?」
 横に目をやると、蒼柳がにこりと微笑んで俺と視線を合わせていた。いつも見下ろされているのに気づかなかったが、透き通るような肌の目元に小さなほくろがあった。そんな彼は、どうしてだが俺の頭を撫でては目元を緩める。
「先生から聞いたっすよ~。牧先生の無茶ぶりで疲れていたんすよね~? お疲れ様っす」
「あ、うん。というかどうしてここに俺が居ると?」 
 すると蒼柳はあたかも当然かのような自信ありげな表情を見せたのだ。
「だって、乾さんが学生ホールに居ないなら休みか医務室に居るなんて見当がつくっすよ~。さすがに以上も経てば、乾さんの行動範囲なんて分かるっす」
(もう1か月。こいつと出会って、少しだけど……俺を分かってくれる人がいるんだ)
 まだ俺の髪に触れて「髪の毛ふわふわだ~!」とかはしゃいでいる蒼柳にされるがままの俺ではあったが、そんな時に来客が現れた。
 ――ガチャリ……。
「失礼します~」
 少し高めの声に聞き覚えがあって振り向くと、そこにはとんでもないほど疲弊を感じられる……慎さんが驚いた顔をして俺を見た。
「あれ、りっくん?」
「あ、慎さん!」
 蒼柳の大きな手のひらを振りほどいて、俺は疲れた笑みを見せる慎さんに駆け寄る。今は縁眼鏡を掛けている彼に少し胸を高鳴りつつも、俺は彼へ心配の念を抱いた。
「慎さんもカウンセラー受けに来たの? 大丈夫?」
「あ~、まぁ、ちょっとね~。というより、そこのイケメン君は誰? りっくんの友達?」
 蒼柳に興味を持ったようで俺は慎さんを紹介しようとするが……彼はどうしてだが、慎さんに警戒心を持つ目線で見つめていた。――さすがに俺でも分かったので、どうしてそんな訝しむような目線で見るのかを問いかける。
「蒼柳どうしたんだよ? 慎さんはなにもやっていないのに、そんな怒っているような目で見るなよ~」
「……すみません。親友さんが、どうして医務室に来たのか不思議に思っただけなので」
「医務室には来ても良いだろう?」
「……そうっすね」
 なぜかふて腐れた顔をした蒼柳に慎さんはふと笑って、このように話したのだ。
「少し豊橋先生と話したいことがあるんだ。……君の邪魔をしたのならごめんね」
 そう笑いかけた慎さんに、今度は豊橋が俺と蒼柳を追い出すように医務室から退出させた。
「まぁそういうわけで、俺は奈々切と話があるから。お前らは自習をするか、帰りなさい。じゃあまた」
 ――パタン。
 医務室に『相談中』という看板が掛けられて、無機質に閉ざされたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...