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第38話 ※アレクシス視点(8):優しさのふり
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「おい、アレクシス! もう止めろって!」
ディオンに肩を掴まれてはっと我に返る。
気付けば辺りは疲れ果てて、地面に倒れ込んでいる部下たちでいっぱいだ。立っている数名も膝に両手をついて肩で息をしている。
「……なぜ皆、倒れているんだ」
「お前の指導が厳しすぎだからだろ!」
「ディオン、お前はお前でなぜここに。一緒に鍛錬する気になったのか?」
「なるか!」
ディオンが何気なく窓から見下ろしたら、訓練指導をしている私の姿が目に入ったらしい。ところが次々と倒れていく部下を見かねて慌てて走ってきたそうだ。
「ともかくこれ以上疲れ果てさせたら、いざというときに動けないだろ。本末転倒だ」
「そうか。それもそうだな。では本日の訓練はここまで」
身を翻すと背後で倒れるような音がしたが、振り返らずに歩き出す。
「おいおい。アレクシス。荒れてんな」
「荒れていない」
足早に進む私の歩調に合わせながらディオンは付いてくる。
「昨日は機嫌良かったのに、今日は一転して何なんだ? 奥さんと痴話ゲンカか?」
「けんかはしていない」
「じゃあ、何なんだよ」
更衣室まで入って来るディオンに少々うんざりしながらも着替えを始める。当の本人は椅子に腰掛けてこちらを見るばかりだ。
「お前はここにいる全てをまとめて指示する司令官なんだ。その人の上に立つべき人間が感情に揺れて行動するべきじゃないだろ。まして私情を仕事に持ち込んで」
ディオンは正論で私をたしなめるが追い込むことはせず、口調は柔らかい。それは友人という私情を持ち込んでいるのかもしれない。
「分かっている。……悪かった」
昨日、ブランシェの姉の話を切り出したのがまずかった。以前も思ったが、家族のことを話す彼女はいつも息詰まりそうな苦しい表情をする。触れられたくない部分なのだろう。それを分かっていながら無理に聞き出そうとしたから彼女は塞ぎ込んでしまった。
特に姉のことになると顕著だ。劣等感でも抱いているのか、彼女の話となると表情を強張らせて口数がぐっと少なくなる。
青白い顔と震えた唇が気の毒に思う程だ。
しかも今朝に至っては昨日の話がまだ響いているのか、いかにも作った笑みを見せて覇気が全くなかった。いつもより食が細かったところから見ても相当だろう。見送りの際も私から何歩も下がり、近寄らせようとはしなかった。おまけに贈った花飾りも髪に付けていなかった。
こんなことなら今朝は彼女が目覚めるまで部屋にいるべきだった。昨夜は互いに頭を冷やす時間が必要だろうと夜を別々にしたが、仕事を理由に一人にするんじゃなかった。そもそも話を切り出すべきじゃなかった。
やっと彼女と心を通わせることができたと言うのに。また彼女との心の距離が開いた気分だ。
「お前ってさ。闇属性も使えたっけ。空気がめちゃくちゃ淀んでいるんだけど?」
「……ああ、お前まだいたのか」
ディオンの言葉に振り返る。
着替え終わった私を見て彼は立ち上がった。
「いたよ。いて悪かったですね。――ったく。大丈夫かよ。仕事に支障を来さないだろうな」
「大丈夫だ。鍛錬したおかげで少し気分がすっきりした」
「すっきりした顔には見えないけどなあ。何にせよ、お前の気分転換に付き合わされた部下が気の毒なことだ」
苦笑いした後、少し肩をすくめた。
「あのさ。お前はお前なりの考えも順を追いたい気持ちもあるんだろうけど、聞かないことだけが優しさじゃないぞ。結婚してもいない俺がこんなことを偉そうに言うのもどうかと思うけどさ」
ディオンは気まずそうに頭を掻きながら前置きする。
「夫婦になったからと言って互いの全てのことをさらけ出す必要はないし、出せないとは思う。しかしそれでも見たくないものを見えていないふりをして、仮初の理想の夫婦だけ形作っていても意味がないと思う。そういうのは張り子みたいなもので、得てして脆いものだ。夫婦ならもっとちゃんと真正面から話し合うべきだ」
分かっている。
優しさのふりをして、ただ、彼女の口から真実を聞くのが怖かったから逃げていただけだということも。
「……ディオンの言う通りだ。今日の夜、彼女と話し合おうと思う」
「よし。それでこそ俺の親友!」
ディオンはにっと笑うと肩を組んできた。
親友は関係ないと思うが、指摘するほどでもないかと放置する。
「しかしだ、今日は日が悪い。今日は駄目だ」
「は?」
冗談ぽく始めた話だったが、彼は笑みを消して声を低くした。
「セントナ港の件だ。今夜、密輸取引があるとの情報提供を受けたらしくな。急で悪いが視察を兼ねて何名か応援に来てほしいとの連絡を受けたんだ。応援の人間は他にも派遣するが、現場を知るいい機会にもなるし今日行くべきだと思う」
「そうか。分かった」
この先、密告情報をたやすく入手できるとも思えない。この機会を逃す手はないだろう。
「そういうことで午後からは早速港に向かおう」
「いや。悪いが私は一度家に帰ってから準備を整えて向かう。現地で落ち合おう」
「ちっ。これだから家庭を持つ男というのは付き合いが悪くて困る」
ディオンは先ほどの応援してくれる態度とは違い、少しばかり妬みの気持ちが入った台詞を吐いた。
ディオンに肩を掴まれてはっと我に返る。
気付けば辺りは疲れ果てて、地面に倒れ込んでいる部下たちでいっぱいだ。立っている数名も膝に両手をついて肩で息をしている。
「……なぜ皆、倒れているんだ」
「お前の指導が厳しすぎだからだろ!」
「ディオン、お前はお前でなぜここに。一緒に鍛錬する気になったのか?」
「なるか!」
ディオンが何気なく窓から見下ろしたら、訓練指導をしている私の姿が目に入ったらしい。ところが次々と倒れていく部下を見かねて慌てて走ってきたそうだ。
「ともかくこれ以上疲れ果てさせたら、いざというときに動けないだろ。本末転倒だ」
「そうか。それもそうだな。では本日の訓練はここまで」
身を翻すと背後で倒れるような音がしたが、振り返らずに歩き出す。
「おいおい。アレクシス。荒れてんな」
「荒れていない」
足早に進む私の歩調に合わせながらディオンは付いてくる。
「昨日は機嫌良かったのに、今日は一転して何なんだ? 奥さんと痴話ゲンカか?」
「けんかはしていない」
「じゃあ、何なんだよ」
更衣室まで入って来るディオンに少々うんざりしながらも着替えを始める。当の本人は椅子に腰掛けてこちらを見るばかりだ。
「お前はここにいる全てをまとめて指示する司令官なんだ。その人の上に立つべき人間が感情に揺れて行動するべきじゃないだろ。まして私情を仕事に持ち込んで」
ディオンは正論で私をたしなめるが追い込むことはせず、口調は柔らかい。それは友人という私情を持ち込んでいるのかもしれない。
「分かっている。……悪かった」
昨日、ブランシェの姉の話を切り出したのがまずかった。以前も思ったが、家族のことを話す彼女はいつも息詰まりそうな苦しい表情をする。触れられたくない部分なのだろう。それを分かっていながら無理に聞き出そうとしたから彼女は塞ぎ込んでしまった。
特に姉のことになると顕著だ。劣等感でも抱いているのか、彼女の話となると表情を強張らせて口数がぐっと少なくなる。
青白い顔と震えた唇が気の毒に思う程だ。
しかも今朝に至っては昨日の話がまだ響いているのか、いかにも作った笑みを見せて覇気が全くなかった。いつもより食が細かったところから見ても相当だろう。見送りの際も私から何歩も下がり、近寄らせようとはしなかった。おまけに贈った花飾りも髪に付けていなかった。
こんなことなら今朝は彼女が目覚めるまで部屋にいるべきだった。昨夜は互いに頭を冷やす時間が必要だろうと夜を別々にしたが、仕事を理由に一人にするんじゃなかった。そもそも話を切り出すべきじゃなかった。
やっと彼女と心を通わせることができたと言うのに。また彼女との心の距離が開いた気分だ。
「お前ってさ。闇属性も使えたっけ。空気がめちゃくちゃ淀んでいるんだけど?」
「……ああ、お前まだいたのか」
ディオンの言葉に振り返る。
着替え終わった私を見て彼は立ち上がった。
「いたよ。いて悪かったですね。――ったく。大丈夫かよ。仕事に支障を来さないだろうな」
「大丈夫だ。鍛錬したおかげで少し気分がすっきりした」
「すっきりした顔には見えないけどなあ。何にせよ、お前の気分転換に付き合わされた部下が気の毒なことだ」
苦笑いした後、少し肩をすくめた。
「あのさ。お前はお前なりの考えも順を追いたい気持ちもあるんだろうけど、聞かないことだけが優しさじゃないぞ。結婚してもいない俺がこんなことを偉そうに言うのもどうかと思うけどさ」
ディオンは気まずそうに頭を掻きながら前置きする。
「夫婦になったからと言って互いの全てのことをさらけ出す必要はないし、出せないとは思う。しかしそれでも見たくないものを見えていないふりをして、仮初の理想の夫婦だけ形作っていても意味がないと思う。そういうのは張り子みたいなもので、得てして脆いものだ。夫婦ならもっとちゃんと真正面から話し合うべきだ」
分かっている。
優しさのふりをして、ただ、彼女の口から真実を聞くのが怖かったから逃げていただけだということも。
「……ディオンの言う通りだ。今日の夜、彼女と話し合おうと思う」
「よし。それでこそ俺の親友!」
ディオンはにっと笑うと肩を組んできた。
親友は関係ないと思うが、指摘するほどでもないかと放置する。
「しかしだ、今日は日が悪い。今日は駄目だ」
「は?」
冗談ぽく始めた話だったが、彼は笑みを消して声を低くした。
「セントナ港の件だ。今夜、密輸取引があるとの情報提供を受けたらしくな。急で悪いが視察を兼ねて何名か応援に来てほしいとの連絡を受けたんだ。応援の人間は他にも派遣するが、現場を知るいい機会にもなるし今日行くべきだと思う」
「そうか。分かった」
この先、密告情報をたやすく入手できるとも思えない。この機会を逃す手はないだろう。
「そういうことで午後からは早速港に向かおう」
「いや。悪いが私は一度家に帰ってから準備を整えて向かう。現地で落ち合おう」
「ちっ。これだから家庭を持つ男というのは付き合いが悪くて困る」
ディオンは先ほどの応援してくれる態度とは違い、少しばかり妬みの気持ちが入った台詞を吐いた。
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