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STAGE13-02
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結局ディアナ様と私の微妙な雰囲気は変わらないまま。
私たちの部隊はトールマン伯爵が治める一帯の中心都市・エリーゴに到着した。
「ここが、ディアナ様の故郷か……」
今までに通ってきた街と明らかに違うのは、周囲に張り巡らされた堅牢な外壁。
それこそ、私たちの故郷よりも頑丈な石の壁が、広い街の周囲をずらーっと取り囲んでいる。
……まあ、ここまで馬車で来た私たちも、その理由はわかっている。この領地、本っ当に魔物の出現率が高かったのだ。それはもう、『周囲の魔物を全部集めてきたのでは?』と疑いたくなるぐらいに。
幸い、私たちは戦闘が苦にならない集団なのでここまで普通に来たけど、一般人にはかなり大変な旅路だと思う。
ちょっと進んだらエンカウント、また進んだらエンカウント。まるで大昔のRPGのような、恐ろしい敵の多さだ。
ここがゲームではなく、現実だという証明でもあるのだけどね。
(そんな状態なのに、ディアナ様は私を戦わせてくれないんだもの。もしかしてディアナ様は、女性や子どもにまつわるトラウマでもあるのかしら)
王子様の言った通り『統治者の娘としての動き』だとしても、ここまで徹底されるのは異常だ。
そういえば少し前にも、外見が少年のカールを連れて行きたくないと言ってらっしゃったし。ただ騎士道精神を貫いている、というわけではなさそうよね。
(私はともかく、ディアナ様が心を痛めていらっしゃらなければいいのだけど……)
「あーっ! ディアナ様だ!! おかえりなさい!!」
そうこう考えつつ街の中を進んでいくと、通りの端から元気な声が聞こえてきた。
ジュードが馬車の速度を落とせば、道沿いの建物からおじちゃんおばちゃんや子どもたちがわらわらと私たちの一行に駆け寄ってくる。
「おかえりなさいませ! 王都でのお勤め、お疲れ様です!」
「うむ、今帰った。皆変わりはないか?」
「はい!」
最近はずっと張り詰めた雰囲気だったディアナ様も、穏やかな笑みを浮かべて対応している。
街の周囲は大変だったけど、この街そのものは活気もあるし栄えている印象だ。
(よかった。やっぱり故郷の人たちは違うわね)
近付いてくる人々の明るい様子に、私の頬もゆるんでいく。
実は今まで通ってきた旅路では、女性にしては体が立派すぎるディアナ様に対して、驚いたり困ったりする人がほとんどだったのだ。
二メートルを超える身長に、立派すぎて崇めたくなるような筋肉質な体。その上、軽装備が主なこの部隊で、唯一重装備の彼女はどうしても目を引いてしまったのだろう。筋肉の女神様に、世間はあまり優しくなかった。……ただの嫉妬かもしれないけど。
けど、この街の人々は違う。
今のディアナ様の姿を彼女の当たり前として受け入れて、労ってくれている。理解のある街でよかったわ!
「姐さん、道はこのまままっすぐで大丈夫?」
「ああ、そのまま進んでくれ。せっかくエリーゴに立ち寄ったのだ。大したもてなしもできぬが、今夜は我がトールマンの屋敷を使ってくれ」
「わあっ! ディアナ様のご実家に泊めていただけるなんて!」
思わず喜びの声を上げれば、私をふり返ったディアナ様が笑みを返してくれる。
よかった。戦わせてはもらえなかったけど、私のことが嫌いになったわけではなさそうだ。ディアナ様に嫌われてしまったら、割と本気で死ねるわ。
街の人たちが離れたのを確認してから、馬車は再び大通りを走り始める。
その間にもあちこちからディアナ様に向けた歓声が聞こえてきて、何だか私まで嬉しくなってしまう。
「人望があるね、ディアナさん」
「当たり前でしょう! あのお体を褒め称えるのはもちろん、ディアナ様はそのお心も騎士の中の騎士だもの! 誰もが憧れて当然だわ!」
「うん、ますます信者っぽくなってきたね、アンジェラ」
ジュードは私をからかいつつも、しっかりと手綱を操っている。
やがて馬車は長い通りを終えて、小高い丘に建つお屋敷に到着した。
貴族といえば大抵は家の華やかさにこだわるものだけど、トールマン伯爵邸は王都の騎士団の建物に近い質実剛健な造りのようだ。
ざっと見ただけでも無駄な装飾はないし、機能性と守りに力を入れているのがわかる。
屋敷の奥には訓練施設と思しき建物も見えるので、ここはそういう場所なんでしょうね。
「……貴族の屋敷っつーよりは、公共の避難所みたいだな」
「お師匠様、失礼ですよ!」
私が思っても言わなかったことをサラッとカールが口にして、弟子に窘められている。
確かに、公民館とか公共施設と言われたほうがしっくりくるかもしれない。
この領地の状況から察するに、多分本当に避難所の役割も担っていそうだしね。
馬と馬車を使用人さんに預け、ディアナ様の案内で屋敷の中へ入っていく。
やや華やかさには欠けるけど、トールマン邸はかなり広いようだ。エントランスだけでも、日本の一家族が暮らせそうな広さがある。
(ディアナ様の頭上に人一人分の余裕があるのも、お城を出てからは初めてね)
さすが生家はディアナ様の体格を考えてくれているわ。
旅の途中で寄った宿は天井があまり高くなくて、ディアナ様はよく窮屈そうにしていらっしゃったからね。
鋼の肉体は憧れだけど、維持するのは大変なのかもしれない。
「ここがディアナ様のご実家かぁ……」
屋敷の中も機能性重視の造りで、よく貴族が見栄のために飾る美術品などはほとんどない。
しかし、暖色で統一された室内はしっかりと掃除がいき届いており、清潔感がある。個人的にはギラギラ飾った屋敷よりもずっと好印象だわ。
「……おかえりディアナ。今回は騎士団の仲間じゃないんだね」
「――――っ!!」
色々と見学していると、私の耳に“よく知っている”声が聞こえてきた。
『アンジェラ』が知っている声ではなく、『かつての私』が知っている声だ。
耳ざわりが優しく、とても澄んだ男性の声。
(――ああ、そうだわ。クロヴィスの他にも、もう一人不参加のキャラクターがいたんだった)
アンジェラとなった私には、決して恋愛フラグが立たない男性。
領地を手伝っていると聞いていたけど、彼はディアナ様のご実家にいたのね。
「ハルト、今帰った。息災か?」
「うん、おかげ様でね」
廊下の奥から靴音を響かせて現れたのは、魔術師用の白いローブに身を包む……ただし、ウィリアムのように顔を隠したりはしていない、爽やかな印象の男性。
年は二十代半ばだろうか。私たち『アンジェラ組』よりも、年齢が高めに“設定”されていたから。
クロヴィスと同じく、部隊に参加しなかった男性にして――ディアナの【専用攻略対象】になる幼馴染キャラクター。
「初めまして、皆さん。ディアナがいつもお世話になっています。ハルト・イングラムと申します」
淡い水色の髪をふわっと揺らしながら、優男という言葉が似合う元攻略対象は、嬉しそうに微笑んだ。
私たちの部隊はトールマン伯爵が治める一帯の中心都市・エリーゴに到着した。
「ここが、ディアナ様の故郷か……」
今までに通ってきた街と明らかに違うのは、周囲に張り巡らされた堅牢な外壁。
それこそ、私たちの故郷よりも頑丈な石の壁が、広い街の周囲をずらーっと取り囲んでいる。
……まあ、ここまで馬車で来た私たちも、その理由はわかっている。この領地、本っ当に魔物の出現率が高かったのだ。それはもう、『周囲の魔物を全部集めてきたのでは?』と疑いたくなるぐらいに。
幸い、私たちは戦闘が苦にならない集団なのでここまで普通に来たけど、一般人にはかなり大変な旅路だと思う。
ちょっと進んだらエンカウント、また進んだらエンカウント。まるで大昔のRPGのような、恐ろしい敵の多さだ。
ここがゲームではなく、現実だという証明でもあるのだけどね。
(そんな状態なのに、ディアナ様は私を戦わせてくれないんだもの。もしかしてディアナ様は、女性や子どもにまつわるトラウマでもあるのかしら)
王子様の言った通り『統治者の娘としての動き』だとしても、ここまで徹底されるのは異常だ。
そういえば少し前にも、外見が少年のカールを連れて行きたくないと言ってらっしゃったし。ただ騎士道精神を貫いている、というわけではなさそうよね。
(私はともかく、ディアナ様が心を痛めていらっしゃらなければいいのだけど……)
「あーっ! ディアナ様だ!! おかえりなさい!!」
そうこう考えつつ街の中を進んでいくと、通りの端から元気な声が聞こえてきた。
ジュードが馬車の速度を落とせば、道沿いの建物からおじちゃんおばちゃんや子どもたちがわらわらと私たちの一行に駆け寄ってくる。
「おかえりなさいませ! 王都でのお勤め、お疲れ様です!」
「うむ、今帰った。皆変わりはないか?」
「はい!」
最近はずっと張り詰めた雰囲気だったディアナ様も、穏やかな笑みを浮かべて対応している。
街の周囲は大変だったけど、この街そのものは活気もあるし栄えている印象だ。
(よかった。やっぱり故郷の人たちは違うわね)
近付いてくる人々の明るい様子に、私の頬もゆるんでいく。
実は今まで通ってきた旅路では、女性にしては体が立派すぎるディアナ様に対して、驚いたり困ったりする人がほとんどだったのだ。
二メートルを超える身長に、立派すぎて崇めたくなるような筋肉質な体。その上、軽装備が主なこの部隊で、唯一重装備の彼女はどうしても目を引いてしまったのだろう。筋肉の女神様に、世間はあまり優しくなかった。……ただの嫉妬かもしれないけど。
けど、この街の人々は違う。
今のディアナ様の姿を彼女の当たり前として受け入れて、労ってくれている。理解のある街でよかったわ!
「姐さん、道はこのまままっすぐで大丈夫?」
「ああ、そのまま進んでくれ。せっかくエリーゴに立ち寄ったのだ。大したもてなしもできぬが、今夜は我がトールマンの屋敷を使ってくれ」
「わあっ! ディアナ様のご実家に泊めていただけるなんて!」
思わず喜びの声を上げれば、私をふり返ったディアナ様が笑みを返してくれる。
よかった。戦わせてはもらえなかったけど、私のことが嫌いになったわけではなさそうだ。ディアナ様に嫌われてしまったら、割と本気で死ねるわ。
街の人たちが離れたのを確認してから、馬車は再び大通りを走り始める。
その間にもあちこちからディアナ様に向けた歓声が聞こえてきて、何だか私まで嬉しくなってしまう。
「人望があるね、ディアナさん」
「当たり前でしょう! あのお体を褒め称えるのはもちろん、ディアナ様はそのお心も騎士の中の騎士だもの! 誰もが憧れて当然だわ!」
「うん、ますます信者っぽくなってきたね、アンジェラ」
ジュードは私をからかいつつも、しっかりと手綱を操っている。
やがて馬車は長い通りを終えて、小高い丘に建つお屋敷に到着した。
貴族といえば大抵は家の華やかさにこだわるものだけど、トールマン伯爵邸は王都の騎士団の建物に近い質実剛健な造りのようだ。
ざっと見ただけでも無駄な装飾はないし、機能性と守りに力を入れているのがわかる。
屋敷の奥には訓練施設と思しき建物も見えるので、ここはそういう場所なんでしょうね。
「……貴族の屋敷っつーよりは、公共の避難所みたいだな」
「お師匠様、失礼ですよ!」
私が思っても言わなかったことをサラッとカールが口にして、弟子に窘められている。
確かに、公民館とか公共施設と言われたほうがしっくりくるかもしれない。
この領地の状況から察するに、多分本当に避難所の役割も担っていそうだしね。
馬と馬車を使用人さんに預け、ディアナ様の案内で屋敷の中へ入っていく。
やや華やかさには欠けるけど、トールマン邸はかなり広いようだ。エントランスだけでも、日本の一家族が暮らせそうな広さがある。
(ディアナ様の頭上に人一人分の余裕があるのも、お城を出てからは初めてね)
さすが生家はディアナ様の体格を考えてくれているわ。
旅の途中で寄った宿は天井があまり高くなくて、ディアナ様はよく窮屈そうにしていらっしゃったからね。
鋼の肉体は憧れだけど、維持するのは大変なのかもしれない。
「ここがディアナ様のご実家かぁ……」
屋敷の中も機能性重視の造りで、よく貴族が見栄のために飾る美術品などはほとんどない。
しかし、暖色で統一された室内はしっかりと掃除がいき届いており、清潔感がある。個人的にはギラギラ飾った屋敷よりもずっと好印象だわ。
「……おかえりディアナ。今回は騎士団の仲間じゃないんだね」
「――――っ!!」
色々と見学していると、私の耳に“よく知っている”声が聞こえてきた。
『アンジェラ』が知っている声ではなく、『かつての私』が知っている声だ。
耳ざわりが優しく、とても澄んだ男性の声。
(――ああ、そうだわ。クロヴィスの他にも、もう一人不参加のキャラクターがいたんだった)
アンジェラとなった私には、決して恋愛フラグが立たない男性。
領地を手伝っていると聞いていたけど、彼はディアナ様のご実家にいたのね。
「ハルト、今帰った。息災か?」
「うん、おかげ様でね」
廊下の奥から靴音を響かせて現れたのは、魔術師用の白いローブに身を包む……ただし、ウィリアムのように顔を隠したりはしていない、爽やかな印象の男性。
年は二十代半ばだろうか。私たち『アンジェラ組』よりも、年齢が高めに“設定”されていたから。
クロヴィスと同じく、部隊に参加しなかった男性にして――ディアナの【専用攻略対象】になる幼馴染キャラクター。
「初めまして、皆さん。ディアナがいつもお世話になっています。ハルト・イングラムと申します」
淡い水色の髪をふわっと揺らしながら、優男という言葉が似合う元攻略対象は、嬉しそうに微笑んだ。
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