転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE12-05

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「人間が魔物を作れる……? 泥の魔物っつったら、一番弱い雑魚じゃねえか! 一体何がどうなってんだよ!?」

「ですから、今説明した通りなんですってば!!」

 魔物退治のために走ってきた通りを、今度は彼の家へ戻るために走る。
 道すがら簡単に【混沌の下僕】についてクロヴィスに話してみたけれど、やはりそう簡単には信じられないようだ。
 何せ、世界を揺るがす魔物を増やしているのが同じ人間だというのだから、その気持ちは大いにわかる。
 ……わかるけど、事実なのだから仕方ない。

(ああもう。なんだか、天気まで嫌な感じになってきたわね)

 街についた時にはカラッと晴れていたにも関わらず、先ほどの【バサン】と戦っている頃から曇り始め、今はもうかなり厚い雲が空を覆っている。
 まるで、私たちの気持ちを代弁しているかのようだ。

「――本当にサリィが、あの鶏の魔物を作ったっていうのか? なんでだよ……あいつらの家だって、同じ鶏を育てているのに……」

「私を信じていただけるのであれば、そうです。老いたものだけを“使っていた”のなら、目的は畜産業の妨害ではありません。……理由、わからないんですか?」

「わかんねえよ……わかるわけないだろ!?」

 荒々しく声を上げるクロヴィスに、一瞬ジュードが殺気立ったけど、すぐに止める。
 ここまで見てきたクロヴィスはまっすぐでハキハキとした典型的な体育会系……いうなれば、私と同じ脳筋タイプだった。
 ならばきっと、女性の心の機微になんて気付くはずがない。

 ……いや、違うか。意識している相手ならまだしも、心から大事に想う相手がもう決まっている彼が、他を見るはずがないのだ。
 彼には使命を捨ててでも守りたい相手が、もういるのだから。

(……それにしても、妙だわ)

 クロヴィスのことも考えなければならないけど……街の様子も、なんだかおかしい。
 彼らを慌てさせていた【バサン】は全て倒し終わったのに、人通りは全くないし、生活音も聞こえてこない。
 危機は去ったのだから、もっと活気があってもいいはずだ。日が沈むまでまだ余裕があったし、店終いには早すぎる。

「アンジェラ、警戒を解かないほうがいいよ。嫌な感じがする」

「やっぱり貴方もそう思う?」

 いつも通り隣をぴったりとついて走るジュードの顔は、戦場に居た時から戻っていない。鋭い目でじっと前を見据えており、いつでも抜けるように手も剣に添えたままだ。
 少し後ろを走る仲間たちも同様で、戦える状態のまま警戒しながら走っている。
 何ごともなければいい。そう皆が思っていたのに……

 その気持ちを嘲笑うように――――大通りを抜けた先の目的地は、出発した時とは全く違う姿に変わってしまっていた。

「な……なん、だよ……これ……」

 クロヴィスのかすれた声が、妙に辺りに響く。
 チョコレート色のレンガで作られた、とても可愛らしいデザインの二階建ての家。小さな女の子なら、きっと自慢したくなるような『愛しの我が家』は、


 真っ黒なコールタール状の泥に覆われた、魔窟と化していた。


「俺の、家が……俺の家族がッ!!」

「よせクロヴィス!!」

 駆けだそうとしたクロヴィスを、ダレンと王子様が背後からしがみついて食い止める。
 クロヴィスの顔色は、白を通り越して土気色だ。見開かれた目には、恐怖と絶望が色濃く映っている。

「放せダレン! 俺の家族が中に居るんだよ!! あいつらは、俺の命より大事な……!!」

「落ち着け!! 奥さんたちにはディアナ姐さんをつけてきただろ。あの人がやられるわけがねえよ!!」

 悲鳴をあげるクロヴィスに、答えるダレンもまた『そうあってほしい』と願うような声だ。
 ――ざっと見たところ、異様な家の中に人の気配はない。ここを捨ててどこかへ避難したと願いたいところだけど。
 
(……いや、考えるべきことは、それだけじゃないわね)

 家を覆いつくす泥に浮かぶ文字は、おびただしい量の【混沌の下僕】と【蠢く泥】だ。
 こんな量、一体どこから持ち込んだのかわからないけど――問題は数が多いだけではなく、名前に頻繁にノイズが入っていること。
 ……魔物が、別の名前へと変わろうとしている。それは、まずい。非常にまずい!!

「魔術師三人、雷の魔術は何分あれば撃てる?」

「程度による。まずい状況か?」

 なるべく焦りを押さえながら質問すれば、すぐ様カールが答える。声の高さに似合わず落ち着いた様子が、今はありがたい。

「なるべく急いでお願い。今は泥だけど、多分【いざなう影】が出ようとしてる。こんな街中でアレを出したくないわ」

 ……いつかのノアとカールの予想は、多分当たっている。泥と影は繋がっていて、上位種の影は泥の場所へ移動することができるのだ。
 そう、最弱の魔物がボスに変わるという恐怖の事態が、今目の前で起ころうとしている。

「第三進化体……小技じゃ通らねえな。ウィルに賢者、速読いけるか」

「もうやってます!」

 カールが言い切る前に、他の二人は強い魔術の準備に入ってくれている。
 そこに対抗するように、泥の中からもボコボコと“人の腕を模したそれ”が動き始めた。

 ……街の人間がいなかったわけだ。こんな奇妙なものが急に住宅地にわいて出てきたら、そりゃあ避難するに決まっているわね。
 こちらとしても、逃げてくれたならありがたいけど。

「一回戦ってはいるけど、連戦でアレとやるのは堪えるね」

「でも、やるしかないわよ」

 ため息を吐きつつも剣を構えるジュードに、私も並んでメイスを前へ向ける。
 何の気休めにもならないけど、城の中で戦った時よりはいくらかマシだ。今回はヤツに有効な魔術が使える人間がいる。
 気が遠くなるような戦いをしなくとも、詠唱の時間さえ稼げればいいのだから。

「……ディアナさんたちは、大丈夫かな?」

「あの方は、私たちよりもずっと強いわ……きっと大丈夫なはずよ」

 メイスの柄を握る手に、ぐっと力がこもる。
 大丈夫よ。大丈夫に決まっている。そう、自分に言い聞かせるように。

「……まずは、自分たちの心配をしなきゃ」

 あふれる泥の中から、手を模した塊がゆらりと鎌首をもたげる。
 激しく走るノイズの下で、【混沌の下僕】と【誘う影】の文字が混ざり合っている。これが完全にボス魔物の名に変わるのも、時間の問題だろう。
 ならば、一発でも多く攻撃しなければ。完全な『影』になる前に。

「クロヴィスさん、邪魔をするなら下がっていて。ジュード、行くわよ!!」

「応!!」

 私が上げた声に応えるように、真っ黒な泥が薄暗い空に舞い踊る。
 平和だったはずの街・ドネロンでの第二戦が、静かに幕を開けた。
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