転生しました、脳筋聖女です

香月航

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STAGE12-04

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 クロヴィスを先頭に、ディアナ様を除いた八人で通りを走り抜ける。
 周囲の景色から店や家が減っていくにつれて、大きくなってくるのは悲鳴のような声と何かがぶつかり合う音。
 ――聞き間違えるはずがない。それはすでに聞き慣れてしまった、戦闘の音だ。

「皆さん、下がってください!!」

 背中のメイスに手をかけながら声を上げれば、応戦していた男たちの顔に明らかな安堵が浮かぶのが見えた。
 くわや鉈などで戦っていた彼らは、本来はただの農業従事者だろう。大きな怪我はないものの、全身しっかり汚れているし、腰も引けてしまっている。

「ああ、クロヴィス……いつもすまない! それと旅の方、相手は鳥の化け物です! どうか、お願いします!!」

「おう、任せておけ!!」

 鼻をすすりながら逃げて行く彼らにクロヴィスが応え、入れ替わるように前へ出る。
 眼前に広がるのは、黄ばんだ色のずいぶんと濃い砂煙。……その奥には、壊れた木造の建物の残骸と、魔物の影。

「確認したわ! とりの魔物の【バサン】が群れでいる!!」

 煙の向こうに見えた名を口にすれば、皆走る足を一度止めて、それぞれの武器を構えた。
 この魔物は漢字で書くと『波山ばさん』であり、【ヤツカハギ】と同じく日本の妖怪から名付けられた種類だ。
 元ネタはニワトリの妖怪で、同じ名を持つこの魔物も鳥を素材として出現することが多い。
 ――ただし、魔物化したそれは、全長二メートルを超える“鶏もどき”であるが。

「この大きさ、これが食えたらいいのになあ……!」

「バカ言ってないで、とっとと片付けるぞ!!」

 クロヴィスの武器は一般的なロングソードのようだ。双剣を抜いたダレンが隣に並び、そのまま二人で斬り込んで行く。
 続いて、私とジュード、王子様もそのすぐ後に駆け込む。

 後衛組は、ノアが周囲に被害が出ないように結界を張って、攻撃特化のウィリアムとカールが広範囲を叩くために準備しているようだ。
 特に相談したわけでもないのに、即座にそれぞれの特性を理解して動いている辺り、さすがは世界を救うための部隊よね。

(……それにしてもこの煙、なんか色んな匂いが混じってるわね)

 鼻につく異様な匂いに、つい顔をしかめてしまう。
 周囲を覆う黄色っぽい煙は、どうやら土や砂だけではなく、鶏たちの抜けた羽や餌も混じっているようだ。
 視界を遮られるばかりか、乾燥した粉があちこちに張り付いて、なんとも嫌な感じだ。

「もおおっ!! これ邪魔!!」

 気持ち悪さを払うべくブンッとメイスをふり上げれば、ついでに手近な【バサン】を一体殴り飛ばしたらしい。

「あら」

 鈍い鳴き声を上げた魔物は、先頭の二人の頭上を超えて飛んでいった。意図したわけじゃないけど、私ったらナイスホームラン。

「……おい、ちょっと待て。あの修道女ちゃん、回復要員じゃなかったのかよ!?」

「残念だったなクロヴィス、彼女はうちの主戦力だ」

 何故か得意げに語るダレンの横で、初めて笑顔を消したクロヴィスが私を何度もふり返ってくる。
 せっかくなので自慢したいところだけど、残念ながら遊んでいる場合ではなさそうだ。

「倒せなくはないけど、ちょっと数が多いな……!」

 私のすぐ近くで一体斬り伏せたジュードが、短く息を吐く。
 【バサン】はものすごい強敵というわけではないけど、そこそこ手応えのある魔物だ。それがざっと見ただけでも二十体以上は蠢いている。さすがに何かの片手間に倒せるような数ではないわね。

「今日はずいぶん数が多いな。普段は出ても四、五体程度なんだが」

 別の一体と切り結びながら、クロヴィスがぽつりとぼやく。確かに、四・五体程度なら彼一人で十分事足りるだろう。
 しかし、今日のこの場には、すでにその何倍もの数が現れている。

「……普段からこの街に出る魔物は【バサン】なんですね?」

「ああ。名前は知らねえけど、うちの鶏が魔物になったコレだ。魔物ってのは、弱ってる動物が変身したりもするんだろ? だから、年寄りの鶏の分しか魔物にならなかったんだよ!!」

 強く言い切った語尾と共に、【バサン】の首の部分がすぱんと切り落とされた。
 ……なるほど、今までは年老いた鶏だけを〝使っていた〟ということか。

(お肉にしろ卵にしろ、老いた生き物は畜産業では使えなくなってしまう。それが魔物化したところで、すぐに倒せば農家に影響も少ないわ)

 そんなごく一部だけが違和感に、クロヴィスは気付かなかったのね。まあ、この辺りは魔物について調べていないとわからないか。
 この街にとっては都合が良いのだから、無駄なことを追及したりもしないでしょうし。

 ちなみに、今私たちが対峙している【バサン】は、恐らく若い鶏を素材としたものだ。羽もトサカもツヤツヤしていて、良い状態のままで魔物になっている。
 ……もうなりふりを構わなくなったのか。
 それとも、私に反応して勝手に増えたのか――『彼女』の意思に反して。

「……どうやら、アンジェラ殿は何かに気付いているようだね」

 盾を置いてきたので剣のみで戦っている王子様が、真横から刺突を繰り出しながら訊ねる。
 そういえば、上司たる彼の許可を取らずに、『騎士』を勝手に動かしてしまったのだった。彼としては、面白くないかもしれない。

「ディアナを置いてきたことも、関係あるのだろう?」

「もちろんです、殿下。ディアナ様だからこそ、きっとあの二人を守れるはずです。勝手なことをして、すみません」

「……そうか」

 金色の美丈夫はあえて詳しくは追及せず、そのままダレンたちの元へ駆けていく。
 今全部を話してもいいけど、できれば落ち着いてから話したい内容なので助かったわ。……決して、楽しい話ではないから。

(とにかく、ここの魔物を全部倒してから――――うげっ!?)

 なんとか見える範囲の魔物は倒せたと思ったのに、濃い煙の向こうにまた赤い文字が浮かんできている。
 ぞわぞわと増えていくそれは、考えるまでもなく群れの第二波だろう。

「まずいわ。ここで飼育してる鶏を〝使っている〟のなら、倒せば倒すほど被害甚大じゃない!!」

「そうは言っても、もう魔物になっちゃっているのなら倒さないと……」

 慌ててメイスを構え直すけど、周囲の仲間たちも戸惑いが見えて始めている。魔物は倒さなければいけないけど、どこかで食い止めないとこの飼育場は全滅してしまうのだ。
 せっかく美味しい鶏料理が食べられると思ったのに……いや、それはひとまず置いといて!

「――つまり、時間をかけずに一撃で片付ければ、追加は防げます!」

 濁った視界の中、背後からかけられたのはいつもより鋭い口調のウィリアムの声だった。
 続けて、やや高い少年の声……カールが告げる。

「時間稼ぎご苦労。全員下がれ!!」

「一撃って、貴方たち何を……!?」

 思わず質問してしまったけれど、何かを察したジュードが私の腰を抱き寄せて、道の端へと運んでくれる。
 一緒に戦っていた王子様やダレン、クロヴィスも同様に避けたようだ。

 ――そして、次の瞬間、

はしれ』

 二人の声が重なって聞こえたと思えば、耳をつんざくような轟音が響き渡った。

「きゃあああッッ!?」

 引き寄せられたジュードの胸元で、頭を低くして押さえつける。
 耳が痛いほどの、強烈な攻撃魔術だ。とっさに目を閉じたのに、まぶたの向こうには眩い白光が映っている。

(雷の魔術!? なんでもいいけど、やりすぎでしょ!?)

 上空からの轟音の後には、足元から地響きのような低い音。
 地震と錯覚しそうな振動を必死に耐えきれば、満足げな師弟コンビの笑い声が聞こえてきた。

「…………うっわ、何これ」

 恐る恐る顔を上げれば、視界を汚していた煙はすっかりなくなり――代わりに、辺り一帯の地面が黒焦げになっていた。
 当然だが、あちこちに転がる魔物だったと思しき『炭』は、ぴくりとも動かない。

「やりすぎでしょ貴方たち!! 私たちにまで被害が出たらどうするのよ!!」

「心配いらん。月の賢者が正確に範囲を指定してくれたからな」

 唖然と周囲を見回す私たち前衛組に、カールは得意げに笑って答える。
 さすが攻撃特化の魔術師チーム……なんてえげつないものをぶっ放してくれるんだ。それをサポートしたノアも、コンピューター並みの正確さで魔物が暴れていた部分だけを指定している。
 ……やだもう。うちの部隊って人間辞めてる人ばっかりじゃない。

「さあ偽聖女、仕事をしろよ。今ので片付いたか?」

「いちいち偽って言うんじゃないわよ。ちょっと待って」

 トンデモ火力に呆れつつも、もちろん私にしかできない仕事を怠るつもりはない。
 転がる炭たちを確認していれば……ああ、居た。重なったそれらの一番奥に、消滅直前の名前が見えている。

「【混沌の下僕】の消滅を確認。これでもう、魔物が増えることはないと思う」

「よし、討伐完了」

 しっかりと答えた私に、クロヴィスを除くメンバーも確信したようだ。
 この【バサン】の群れは“誰かが意図的に引き起こしたものである”と。

「混沌の……? おい、一体何の話だ?」

 唯一事情を知らないクロヴィスが不服そうに眉を吊り上げているが、今は詳しく説明している場合ではない。こっちを倒し終わったのなら、急いで彼の家へ戻らなければ。
 何せ、八人も戦闘員がいるこちらと違い、彼の家族の元にいるのはディアナ様のみだ。
 我が女神様なら心配ないとは思うけど、何かあってからでは遅い。特に、産まれたばかりの赤ちゃんを怖い目に遭わせるなんてとんでもない。

「……先に一つ確認させて下さい。クロヴィスさん、先ほどいらしたサリィさんとは親しいのですか?」

「親しい? サリィはシエンナの妹だぞ?」

「うわ、まさかの親族関係でしたか!」

 親しいのはクロヴィスではなく奥さんのほうだったのか。これはよくない状況だ。血縁なら、普通は油断してしまうだろう。
 ……あの女性がクロヴィス以外を見る目には〝よろしくない感情〟が宿っていた。それはもう、女だからこそわかってしまう種類の感情が。

「急いで戻らないと……ッ!!」

 ディアナ様がいるとわかっていても、焦りが胸を焼く。
 ……サリィこそが、この地の【混沌の下僕】のばら撒き手なのだから。
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