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18章-08
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「ディアナ様、ダレンさん、手伝って下さい! あの蜘蛛の足を超特急で落とします!!」
「うむ、任されよ!!」
「命削ってるって言われて、断るかよ!!」
スッと手を挙げれば、共に戦っていた二人も武器を掲げて応えてくれる。前回も【アラクネ】に対して最高の活躍をして下さったディアナ様はもちろん、虫嫌いのダレンも鬼気迫った顔つきだ。
聖女の『影』さえ問題なくなれば、【アラクネ】は今の私たちの敵ではないわ!
「くうっ……!」
聖女も先ほど半分削がれた足以外を厳重に覆っているようだけど、それよりもディアナ様の〝木こり力〟のほうが高い!
「ぬおおおおおおッ!!」
魔法をまとった斧が、真正面から【アラクネ】の足に向けられる。
長身のディアナ様の頭上高くに構えられた刃は、ふり払おうとした足に根本から深々と食い込んだ。
「ふんッ!!」
そのまま、鈍い音と水しぶきを上げて、足が丸々一本吹き飛ぶ。ジュードが落とした一節よりも深い傷に、【アラクネ】は悲鳴のような雄叫びをあげている。
「きゃああっ!?」
同時に斬り飛ばされた影は、聖女にもダメージを与えたのだろう。【アラクネ】の影からすぽんと飛び出た聖女は、よろめきながら【アラクネ】から後退していく。
よし、今が畳みかけるチャンスね!!
「一本は私が請け負うわ! 最後の一本そっちでよろしく!!」
「任せて!!」
ディアナ様のすぐ後ろに私が、最後の一本をジュードとダレンに任せる。【アラクネ】も抵抗しようとしているけど、半分しかない足では薙ぎ払いもできないだろう。
よたよたとバランスを崩している隙に、三人がかりで一気に挑む。
「せーのッ!!」
ゴリ、バキンと、硬いものが砕ける音と、同時にぬるぬるした水を撃つ感触。握った柄にぐっと力を込めて、相手を吹っ飛ばすイメージだけを浮かべる。
「いっけえええええ!!」
ふり抜いたメイスが空を切った瞬間、【アラクネ】の巨大な体は、片側の足だけでは支えきれずに傾いた。
間一髪で退避する私たちのすぐ近くに、ギョロリと光る赤い目が落ちてくる。
よし計画通り! 片側の足を全て失った【アラクネ】は、もう立つことができない。あとは、無防備に晒された弱点を撃ち抜くだけだ。
「さあ仕事はしたわよ! トドメ決めてよね!!」
「お任せを!!」
光るメイスを掲げて合図を送れば、私たちから離れた背後でバサッと布の翻る音。
外套を着ているノアかと思いきや――上着を脱いだのは、まさかのウィリアムだったらしい。
「おっ!?」っと驚く間もなく、彼の眼前に巨大な赤い魔術陣が浮かび上がり――、
「落ちろ!!」
無数の閃光の矢が、【アラクネ】の胴体に向かって降り注いだ。
「はっ!? ちょ、ちょちょ待っ……!?」
一瞬で私たちの視界は真っ白に染まり、息ができないほどの熱風が体に吹き付ける。
……爆音が何秒も遅れて聞こえてきたのは、それだけ攻撃が速かったということか。
「ッ!?」
ジュードがかばってくれた気配と、さらにその前にディアナ様の鎧の音。
それだけは感知できたけど、後はとにかく轟音に次ぐ轟音だ。音が大きすぎて、何も聞こえない……み、耳が痛い!?
「く、そ……っ! やりすぎだろ、破壊師弟!」
……ようやく音が落ち着いて、そろりと頭を上げれば、私をかばってくれた二人の前に呆れた様子でノアが立っていた。
恐らくいつも通り、彼は防壁を張って私たちを守ってくれたのだろうけど……それでも爆音、そしてとんでない熱風だ。
瞬きを繰り返しながら窺った先では、凶悪なボス魔物【アラクネ】が、炭どころか塵と化して崩れ落ちていた。
「えげつない……人外魔術師こっわ!!」
「お前が命を削るとか言うからだぞ、このバカ女! おかげであの師弟、途中から詠唱を一段格上の魔術に変えたんだ!」
「あ、そっちにも聞こえたのね」
慄く私に、ノアが荒く息を吐きながら答える。彼も額に玉のような汗がいくつも浮かんでいるし、無理をして守ってくれたのだろう。
それにしても、見事なまでのオーバーキルだ。さすがに蜘蛛に同情したくなるわね。
「……っ、うそ……あの魔物が、こんなに簡単に……ッ!?」
塵の向こうでは、聖女がかなり動揺した様子でこちらを睨んでいる。
【アラクネ】を守っていた影の分、彼女にもダメージは入っているだろうけど、それでもまだ彼女を守るようにコールタールの壁が渦巻いている。
さすが覚醒体の魔物、そう簡単には倒れてくれないわよね。
「……そうこなくっちゃ」
ジュードに手を借りながら姿勢を正し、再び聖女に向けてメイスを構える。
ラスボスがそう簡単に倒されてしまってはつまらない! ……まあ、命削ってる以上長期戦は困るけど、それでも派手に華麗に勝ちたいからね!
私の挑発に、他の皆も合わせるように武器を構える。白く輝くこの魔法の光は、闘志の現れも同然だ。絶対に負けるものですか。
「――うーん。二体程度じゃ、どうにもならないか」
と、ここですっかり存在を忘れていた穏やかな声が響いた。
ハッと視線を向ければ、聖女の背後に立つサイファが指揮者のような腕の動きをしている。
「また何か召ぶつもりか……」
ぽつりと落ちた警戒の声に呼ばれたかのように、渦巻くコールタールの影からズルリと這い出る白い何か。
魔物にしては細くて、小さくて、ずいぶんと隙間の多い……ああ、あれは
「人間の骨……」
人間の腕と足の骨。細くて、弱々しいそれが、軽い音を立てながらいくつも重なっていく。うぞうぞと、泳ぐように。踊るように。
その生え際には、肋骨と背骨を寄せ集めて作られた体。みっちりと隙間なく固まった骨の集合体――先端に空いた虚が、ゆるりとこちらに視線を向けた。
「……【葬列の帰還】か!!」
人骨で作られた、悍ましい百足。キュスターで戦ったあの墓地産のボス魔物が、よりはっきりとした姿で影から這い出てきている。
「はっ、本当にボスラッシュってわけ?」
「心の傷を抉ったほうが、ヒトは負の感情に陥りやすいからね」
中性的な柔らかい声で、サイファが微笑みながらスッと腕を広げる。
すると、骨の百足を守るようにコールタールの壁が形を変え始めた――爪の尖った、巨大な人間の女の手の形に。
「あれは、【誘う影】か!?」
「うわぁ、見事な思い出再現をありがとう」
今度の聖女は単に手駒を守るだけではなく、自身も攻撃手として仕掛けてくるようだ。
【誘う影】……あの女の手は、聖女の手だったってわけね。
「おいエルドレッド、守りはもういい。お前も百足に加勢しろ。【誘う影】は俺が引き受ける」
……ふいに、杖を構え直したノアが王子様に声をかける。やはり足を削ぎたい虫型魔物相手に、前衛が増えるのはありがたいけど。
「私は構わないけど、一人で大丈夫かい?」
「別に詠唱中も動けないわけではないからな。それに、俺は牽制役だ。大技はあっちの二人にもう任せる」
盾を下ろして王子様がこちらへ合流すれば、チラッと白銀が見つめるのは背後の二人――
「やらせるかよクソが……まとめて消し炭にしてやる」
「ぼくらは問題ありません。全てを塵に還すのみです」
「破壊師弟、殺意たっか!!」
どちらも可愛い顔の少年・青年だというのに、仲間の私たちもドン引きするような濃厚な殺意が揺らめいている。
子どもにはどうやっても無理な凶悪顔のカールに、ウィリアムも長い前髪をガッと全部かき上げて魔術を練っている。顔を隠したい属性はどこへ行った。
「……それだけ、君の命を削る魔法が衝撃だったんだよ」
「ジュード……」
ぽんと私の背を叩く彼の顔には、やはり血のような色の亀裂が刻まれている。恐らく私の顔も同じような感じなのだろう。
覚悟はして挑んだこの場だけど、それを皆が心配して戦ってくれるというのは――なんというか、くすぐったい感じだ。
「一度倒した魔物に遅れは取らないよ。いこう、アンジェラ」
「……そうね、ちゃちゃっと倒さないと。私はともかく、貴方を死なせるわけにはいかないわ」
「それはこっちの台詞」
こちらが改めて臨戦態勢に入れば、骨の百足も走り出す準備を終えたようだ。ドロドロと影を随伴させる三体目のボスに、皆もキチッと目標を定める。
さあ、次の魔物を召喚される前にさくっと倒してやりましょうかね!
「うむ、任されよ!!」
「命削ってるって言われて、断るかよ!!」
スッと手を挙げれば、共に戦っていた二人も武器を掲げて応えてくれる。前回も【アラクネ】に対して最高の活躍をして下さったディアナ様はもちろん、虫嫌いのダレンも鬼気迫った顔つきだ。
聖女の『影』さえ問題なくなれば、【アラクネ】は今の私たちの敵ではないわ!
「くうっ……!」
聖女も先ほど半分削がれた足以外を厳重に覆っているようだけど、それよりもディアナ様の〝木こり力〟のほうが高い!
「ぬおおおおおおッ!!」
魔法をまとった斧が、真正面から【アラクネ】の足に向けられる。
長身のディアナ様の頭上高くに構えられた刃は、ふり払おうとした足に根本から深々と食い込んだ。
「ふんッ!!」
そのまま、鈍い音と水しぶきを上げて、足が丸々一本吹き飛ぶ。ジュードが落とした一節よりも深い傷に、【アラクネ】は悲鳴のような雄叫びをあげている。
「きゃああっ!?」
同時に斬り飛ばされた影は、聖女にもダメージを与えたのだろう。【アラクネ】の影からすぽんと飛び出た聖女は、よろめきながら【アラクネ】から後退していく。
よし、今が畳みかけるチャンスね!!
「一本は私が請け負うわ! 最後の一本そっちでよろしく!!」
「任せて!!」
ディアナ様のすぐ後ろに私が、最後の一本をジュードとダレンに任せる。【アラクネ】も抵抗しようとしているけど、半分しかない足では薙ぎ払いもできないだろう。
よたよたとバランスを崩している隙に、三人がかりで一気に挑む。
「せーのッ!!」
ゴリ、バキンと、硬いものが砕ける音と、同時にぬるぬるした水を撃つ感触。握った柄にぐっと力を込めて、相手を吹っ飛ばすイメージだけを浮かべる。
「いっけえええええ!!」
ふり抜いたメイスが空を切った瞬間、【アラクネ】の巨大な体は、片側の足だけでは支えきれずに傾いた。
間一髪で退避する私たちのすぐ近くに、ギョロリと光る赤い目が落ちてくる。
よし計画通り! 片側の足を全て失った【アラクネ】は、もう立つことができない。あとは、無防備に晒された弱点を撃ち抜くだけだ。
「さあ仕事はしたわよ! トドメ決めてよね!!」
「お任せを!!」
光るメイスを掲げて合図を送れば、私たちから離れた背後でバサッと布の翻る音。
外套を着ているノアかと思いきや――上着を脱いだのは、まさかのウィリアムだったらしい。
「おっ!?」っと驚く間もなく、彼の眼前に巨大な赤い魔術陣が浮かび上がり――、
「落ちろ!!」
無数の閃光の矢が、【アラクネ】の胴体に向かって降り注いだ。
「はっ!? ちょ、ちょちょ待っ……!?」
一瞬で私たちの視界は真っ白に染まり、息ができないほどの熱風が体に吹き付ける。
……爆音が何秒も遅れて聞こえてきたのは、それだけ攻撃が速かったということか。
「ッ!?」
ジュードがかばってくれた気配と、さらにその前にディアナ様の鎧の音。
それだけは感知できたけど、後はとにかく轟音に次ぐ轟音だ。音が大きすぎて、何も聞こえない……み、耳が痛い!?
「く、そ……っ! やりすぎだろ、破壊師弟!」
……ようやく音が落ち着いて、そろりと頭を上げれば、私をかばってくれた二人の前に呆れた様子でノアが立っていた。
恐らくいつも通り、彼は防壁を張って私たちを守ってくれたのだろうけど……それでも爆音、そしてとんでない熱風だ。
瞬きを繰り返しながら窺った先では、凶悪なボス魔物【アラクネ】が、炭どころか塵と化して崩れ落ちていた。
「えげつない……人外魔術師こっわ!!」
「お前が命を削るとか言うからだぞ、このバカ女! おかげであの師弟、途中から詠唱を一段格上の魔術に変えたんだ!」
「あ、そっちにも聞こえたのね」
慄く私に、ノアが荒く息を吐きながら答える。彼も額に玉のような汗がいくつも浮かんでいるし、無理をして守ってくれたのだろう。
それにしても、見事なまでのオーバーキルだ。さすがに蜘蛛に同情したくなるわね。
「……っ、うそ……あの魔物が、こんなに簡単に……ッ!?」
塵の向こうでは、聖女がかなり動揺した様子でこちらを睨んでいる。
【アラクネ】を守っていた影の分、彼女にもダメージは入っているだろうけど、それでもまだ彼女を守るようにコールタールの壁が渦巻いている。
さすが覚醒体の魔物、そう簡単には倒れてくれないわよね。
「……そうこなくっちゃ」
ジュードに手を借りながら姿勢を正し、再び聖女に向けてメイスを構える。
ラスボスがそう簡単に倒されてしまってはつまらない! ……まあ、命削ってる以上長期戦は困るけど、それでも派手に華麗に勝ちたいからね!
私の挑発に、他の皆も合わせるように武器を構える。白く輝くこの魔法の光は、闘志の現れも同然だ。絶対に負けるものですか。
「――うーん。二体程度じゃ、どうにもならないか」
と、ここですっかり存在を忘れていた穏やかな声が響いた。
ハッと視線を向ければ、聖女の背後に立つサイファが指揮者のような腕の動きをしている。
「また何か召ぶつもりか……」
ぽつりと落ちた警戒の声に呼ばれたかのように、渦巻くコールタールの影からズルリと這い出る白い何か。
魔物にしては細くて、小さくて、ずいぶんと隙間の多い……ああ、あれは
「人間の骨……」
人間の腕と足の骨。細くて、弱々しいそれが、軽い音を立てながらいくつも重なっていく。うぞうぞと、泳ぐように。踊るように。
その生え際には、肋骨と背骨を寄せ集めて作られた体。みっちりと隙間なく固まった骨の集合体――先端に空いた虚が、ゆるりとこちらに視線を向けた。
「……【葬列の帰還】か!!」
人骨で作られた、悍ましい百足。キュスターで戦ったあの墓地産のボス魔物が、よりはっきりとした姿で影から這い出てきている。
「はっ、本当にボスラッシュってわけ?」
「心の傷を抉ったほうが、ヒトは負の感情に陥りやすいからね」
中性的な柔らかい声で、サイファが微笑みながらスッと腕を広げる。
すると、骨の百足を守るようにコールタールの壁が形を変え始めた――爪の尖った、巨大な人間の女の手の形に。
「あれは、【誘う影】か!?」
「うわぁ、見事な思い出再現をありがとう」
今度の聖女は単に手駒を守るだけではなく、自身も攻撃手として仕掛けてくるようだ。
【誘う影】……あの女の手は、聖女の手だったってわけね。
「おいエルドレッド、守りはもういい。お前も百足に加勢しろ。【誘う影】は俺が引き受ける」
……ふいに、杖を構え直したノアが王子様に声をかける。やはり足を削ぎたい虫型魔物相手に、前衛が増えるのはありがたいけど。
「私は構わないけど、一人で大丈夫かい?」
「別に詠唱中も動けないわけではないからな。それに、俺は牽制役だ。大技はあっちの二人にもう任せる」
盾を下ろして王子様がこちらへ合流すれば、チラッと白銀が見つめるのは背後の二人――
「やらせるかよクソが……まとめて消し炭にしてやる」
「ぼくらは問題ありません。全てを塵に還すのみです」
「破壊師弟、殺意たっか!!」
どちらも可愛い顔の少年・青年だというのに、仲間の私たちもドン引きするような濃厚な殺意が揺らめいている。
子どもにはどうやっても無理な凶悪顔のカールに、ウィリアムも長い前髪をガッと全部かき上げて魔術を練っている。顔を隠したい属性はどこへ行った。
「……それだけ、君の命を削る魔法が衝撃だったんだよ」
「ジュード……」
ぽんと私の背を叩く彼の顔には、やはり血のような色の亀裂が刻まれている。恐らく私の顔も同じような感じなのだろう。
覚悟はして挑んだこの場だけど、それを皆が心配して戦ってくれるというのは――なんというか、くすぐったい感じだ。
「一度倒した魔物に遅れは取らないよ。いこう、アンジェラ」
「……そうね、ちゃちゃっと倒さないと。私はともかく、貴方を死なせるわけにはいかないわ」
「それはこっちの台詞」
こちらが改めて臨戦態勢に入れば、骨の百足も走り出す準備を終えたようだ。ドロドロと影を随伴させる三体目のボスに、皆もキチッと目標を定める。
さあ、次の魔物を召喚される前にさくっと倒してやりましょうかね!
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