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18章-03
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「なんというか、格好も相まって魔王みたいねジュード」
「うーん、それは『悪魔』から昇格したのかな?」
あえて軽い口調で話しかければ、隣のジュードも同じ様子で返してくれる。
途端に反応した聖女は、眉をひそめて私たちを見下ろした。
「来てやったわよ、聖女様。貴女は人形遊びが好きなの?」
「失礼ね。彼は〝私のジュード〟よ」
「ジュード、ねえ……」
これみよがしに顔を鎧ジュードにすり寄せる彼女に、つい苦笑がこぼれてしまう。
頭以外を覆う黒い鎧に顔の半分まで前髪で隠した、ゲーム版の――もとい、かつてのジュード・オルグレン。
服装こそ違うけれど、わずかに覗く肌は褐色だし、引き結んだ唇の形もジュードだ。
――――だけど、彼はジュードではない。
「……ねえ聖女様。私は又聞きでしか貴女のことを知らないから、偉そうなことは言えないけどね。ただ、貴女が正しくあろうと頑張っていたことは、なんとなく察したわ」
「急に何よ、偽者さん」
「ええ、私は偽者だったわ。最悪な死に方をして、この世界に連れてこられた日本人。……だけどね、少なくとも貴女よりは、ジュードや皆と上手く付き合えた」
ニヤリと笑いながら挑発すれば、聖女はますます顔を歪めていく。彼女は多分、プライドの高い人なんでしょうね。
まあ、神様や神聖教会に〝選ばれた存在〟なのだから、仕方ないのかもしれないけど。
(自分の間違いを認められない人間が正しさを語ったところで、誰の心にも届かないわよ)
そんな『ご高説』私だってお断りだわ。たとえ語る人間が、神に選ばれた美少女でもね。
「貴女は清く正しい生き方を説いていたらしいけど、本当に仲間のことを見てそれを語っていた? 自信はある?」
「……どういうことよ」
「ジュードの目は、金色じゃないわよ」
強く、否定するように告げた言葉に、聖女も玉座のジュードも目を見開いた。
……前髪で隠していても、所詮髪の毛。ウィリアムが隠しきれていないように、玉座のジュードの目もよく見ればわかる。
この彼の目は金色だ。だけど、本物のジュードの目は真っ黒。はっきりと私を映してくれる、深く美しい黒色だ。
「貴女に優しかったカールや、あるいは王子様あたりの情報と混濁したんじゃないかしら? 貴女がそこの彼を作ったのなら、幼馴染の容姿すら正確に覚えていないということよ」
「――ッ!!」
聖女の顔が、今度は困惑と戸惑いを浮かべて歪んだ。
隣の本物のジュードも、困ったように聖女を見上げている。……一目瞭然の黒い目で。
「……だって、ジュードは私に顔を見せてくれなかった」
「そうかもしれない。でも、知ろうとしなかったのは貴女でしょう。相手を〝気遣っているふり〟で逃げていたのは、貴女も同じよ。……ちゃんと相手を見ずにテンプレを語ったところで、そんなの心に響かないわ」
「わ、私は……」
ついに聖女は目をきゅっと閉じて俯いてしまった。真っ白な礼装に、憂いの表情。仕草も女の子らしくて、正しく守りたくなる聖女様という感じだ。
……あまりの可憐さに、責める気もゆるんでしまう。
「本物は女子力高いわねえ……私と同じ顔がこんなに可愛いなんて。いや、むしろその容姿で補整がかからなかったって、本当にどういうパーティーだったんだか」
「まあ、顔だけは最高に可愛いな。言動がそれを台無しにするのだろうが」
「お前もだぞ」と続けたノアに、他の皆も頷いている。
ちょっと、顔だけってことは、中の『私』の部分は一切可愛くないということか!? 借り物の体だけ褒められても、私は全く嬉しくないんだけど!?
「……ジュード、少しはフォローしなさいよ」
「え、嫌だよ? 一番恋敵になりそうな賢者さんが自ら株を下げているんだから、むしろ便乗しないと。君のいいところは、二人きりの時にいっぱい語るからね」
「別に恋敵にはならんが……お前は本当にブレないな」
視線を私に戻して微笑んだジュードを見て、仲間たちは一歩後退している。さっきまでの真面目空気の喪失に、檀上の聖女まで困惑気味だ。
「ふっふふ……はははっ」
そんな中に、ふと穏やかな笑い声が響く。
笑っているのは、玉座のジュードだ。しかし、その声は中性的なテノールで、ジュードの声とは違う。
「……やっぱり貴方がそうか」
通路にいた他の人たちと違い、玉座の彼は目を開いていたからおかしいと思ったのよ。
私の呟きに応えるように、長い前髪をかき上げた彼の顔は――もうジュードではなかった。
神様の夢の中で見せてもらった、優しく人好きのする顔立ち。
褐色だった肌は雪のように白く、黒かった髪も不思議な光沢を持つ銀髪に変わっていく。
装いも黒から白銀へ、最後に金色の目が白金に変わったところで、彼はゆっくりと微笑んだ。
「お初お目にかかるわ、【無垢なる王】。それとも、サイファと呼ぶべきかしら?」
「どちらでも構わないよ。どちらにしても、今は君たちの敵だからね」
真逆の色合いへと変貌を遂げた〝ラスボス〟に、ふざけていた仲間たちも即座に身構えた。
あっさり肯定されて驚いたけど、とにかくこの男こそが魔物たちの創造主だ。
皆をのんびりと見下ろすサイファは、特に慌てることもなく聖女を抱き寄せて笑っている。
「あんまりわたしのアンジェラをいじめないでくれるかな、異世界の君。確かに彼女のやり方は間違っていたけれど、彼女だけが悪かったわけではないよ」
「……ええ、それはわかっています」
穏やかながら怒りを含んだ彼の声に、ジュードが静かに目を伏せる。
聖女のやり方は、独りよがりだった。だけど、かつてのジュードたちの対応もまた、おかしかったのは確かだ。
今私と共にいる仲間たちなら、彼女とももっと違う関係を結べたかもしれないわね。
……それよりも、今の彼から感じた『感情』に、また少し驚いた。
(〝怒っている〟わよね)
私に加護をくれている神様だって、話し方は平坦だったし、感情は見えなかったのに。
彼が聖女に触れる手つきは優しく、その目にはハッキリとした愛情が見える。
……つまりは、そういうことなのか。
「貴方、感情があるのね?」
「うん。君たちヒトから見たら、まだ未成熟なものだろうけどね。けれど、今のわたしは神が創った時とも、かつてアンジェラと出会った時とも違うよ。君たちが『心』と呼ぶものを、わたしもアンジェラからもらったんだ」
その目にも、その声にも、迷いは感じられない。
――これで、謎は全て解けた。
偏った魔物の増加。非効率な魔物【混沌の下僕】による、人間を巻き込んだ事件。そして、私という個人を狙ってくること。
ただ魔素ゴミを効率的に消したい程度の自我なら、これらは絶対に起こりえない。
しかし、サイファが『ヒト』であるなら、当たり前に起こることだ。
聖女が唆したのではなく、彼のほうが聖女のために動いているとしたら、なおさら。
「……参ったわね。私は魔物のラスボスを倒しにきたんだけど、まさか相手が『ヒト』だなんて」
「モドキだけどね。異世界の君は、ヒトを殺めたことはないのかい?」
「あるわけないでしょう。むしろ、『アンジェラ』がそんなことをしようとしたら、貴方が止めなさいよ」
「それは違いないね。わたしのアンジェラは、結局あの騎士を殺めることもできなかった、弱くて心の優しい子だもの」
あの騎士とは、もちろんクロヴィスのことだろう。サリィさんにはとんだ迷惑だったけれど、結果だけを見れば誰一人死ななかったものね。
そんな甘さも愛しいよ、とサイファは笑っている。全ての魔物の創造主が、本当に人間のように。
(神様が私たちを遣わせるわけだわ)
システムが心を持つなんて、ましてや人間の中で一番厄介な『愛』を知ってしまうなんて。管理者としては絶対に止めたい事態だろう。
(それも、愛した相手はサイファのために人間をやめている。彼にとって、今や人間は興味の対象ではなくなっているだろう)
――アンジェラを傷付けたから、殺してもいい存在。そんなところか。
背負ったメイスを掴めば、サイファの笑みに好戦的な色が混じる。落ち込んだ様子だった聖女の影も、いつの間にかゆらゆらと蠢き始めた。
「君たちも、遊びに来たわけじゃないだろう? そろそろ始めようか」
真っ白な美貌の中に、確かな狂気と殺意が煌めいた。
「うーん、それは『悪魔』から昇格したのかな?」
あえて軽い口調で話しかければ、隣のジュードも同じ様子で返してくれる。
途端に反応した聖女は、眉をひそめて私たちを見下ろした。
「来てやったわよ、聖女様。貴女は人形遊びが好きなの?」
「失礼ね。彼は〝私のジュード〟よ」
「ジュード、ねえ……」
これみよがしに顔を鎧ジュードにすり寄せる彼女に、つい苦笑がこぼれてしまう。
頭以外を覆う黒い鎧に顔の半分まで前髪で隠した、ゲーム版の――もとい、かつてのジュード・オルグレン。
服装こそ違うけれど、わずかに覗く肌は褐色だし、引き結んだ唇の形もジュードだ。
――――だけど、彼はジュードではない。
「……ねえ聖女様。私は又聞きでしか貴女のことを知らないから、偉そうなことは言えないけどね。ただ、貴女が正しくあろうと頑張っていたことは、なんとなく察したわ」
「急に何よ、偽者さん」
「ええ、私は偽者だったわ。最悪な死に方をして、この世界に連れてこられた日本人。……だけどね、少なくとも貴女よりは、ジュードや皆と上手く付き合えた」
ニヤリと笑いながら挑発すれば、聖女はますます顔を歪めていく。彼女は多分、プライドの高い人なんでしょうね。
まあ、神様や神聖教会に〝選ばれた存在〟なのだから、仕方ないのかもしれないけど。
(自分の間違いを認められない人間が正しさを語ったところで、誰の心にも届かないわよ)
そんな『ご高説』私だってお断りだわ。たとえ語る人間が、神に選ばれた美少女でもね。
「貴女は清く正しい生き方を説いていたらしいけど、本当に仲間のことを見てそれを語っていた? 自信はある?」
「……どういうことよ」
「ジュードの目は、金色じゃないわよ」
強く、否定するように告げた言葉に、聖女も玉座のジュードも目を見開いた。
……前髪で隠していても、所詮髪の毛。ウィリアムが隠しきれていないように、玉座のジュードの目もよく見ればわかる。
この彼の目は金色だ。だけど、本物のジュードの目は真っ黒。はっきりと私を映してくれる、深く美しい黒色だ。
「貴女に優しかったカールや、あるいは王子様あたりの情報と混濁したんじゃないかしら? 貴女がそこの彼を作ったのなら、幼馴染の容姿すら正確に覚えていないということよ」
「――ッ!!」
聖女の顔が、今度は困惑と戸惑いを浮かべて歪んだ。
隣の本物のジュードも、困ったように聖女を見上げている。……一目瞭然の黒い目で。
「……だって、ジュードは私に顔を見せてくれなかった」
「そうかもしれない。でも、知ろうとしなかったのは貴女でしょう。相手を〝気遣っているふり〟で逃げていたのは、貴女も同じよ。……ちゃんと相手を見ずにテンプレを語ったところで、そんなの心に響かないわ」
「わ、私は……」
ついに聖女は目をきゅっと閉じて俯いてしまった。真っ白な礼装に、憂いの表情。仕草も女の子らしくて、正しく守りたくなる聖女様という感じだ。
……あまりの可憐さに、責める気もゆるんでしまう。
「本物は女子力高いわねえ……私と同じ顔がこんなに可愛いなんて。いや、むしろその容姿で補整がかからなかったって、本当にどういうパーティーだったんだか」
「まあ、顔だけは最高に可愛いな。言動がそれを台無しにするのだろうが」
「お前もだぞ」と続けたノアに、他の皆も頷いている。
ちょっと、顔だけってことは、中の『私』の部分は一切可愛くないということか!? 借り物の体だけ褒められても、私は全く嬉しくないんだけど!?
「……ジュード、少しはフォローしなさいよ」
「え、嫌だよ? 一番恋敵になりそうな賢者さんが自ら株を下げているんだから、むしろ便乗しないと。君のいいところは、二人きりの時にいっぱい語るからね」
「別に恋敵にはならんが……お前は本当にブレないな」
視線を私に戻して微笑んだジュードを見て、仲間たちは一歩後退している。さっきまでの真面目空気の喪失に、檀上の聖女まで困惑気味だ。
「ふっふふ……はははっ」
そんな中に、ふと穏やかな笑い声が響く。
笑っているのは、玉座のジュードだ。しかし、その声は中性的なテノールで、ジュードの声とは違う。
「……やっぱり貴方がそうか」
通路にいた他の人たちと違い、玉座の彼は目を開いていたからおかしいと思ったのよ。
私の呟きに応えるように、長い前髪をかき上げた彼の顔は――もうジュードではなかった。
神様の夢の中で見せてもらった、優しく人好きのする顔立ち。
褐色だった肌は雪のように白く、黒かった髪も不思議な光沢を持つ銀髪に変わっていく。
装いも黒から白銀へ、最後に金色の目が白金に変わったところで、彼はゆっくりと微笑んだ。
「お初お目にかかるわ、【無垢なる王】。それとも、サイファと呼ぶべきかしら?」
「どちらでも構わないよ。どちらにしても、今は君たちの敵だからね」
真逆の色合いへと変貌を遂げた〝ラスボス〟に、ふざけていた仲間たちも即座に身構えた。
あっさり肯定されて驚いたけど、とにかくこの男こそが魔物たちの創造主だ。
皆をのんびりと見下ろすサイファは、特に慌てることもなく聖女を抱き寄せて笑っている。
「あんまりわたしのアンジェラをいじめないでくれるかな、異世界の君。確かに彼女のやり方は間違っていたけれど、彼女だけが悪かったわけではないよ」
「……ええ、それはわかっています」
穏やかながら怒りを含んだ彼の声に、ジュードが静かに目を伏せる。
聖女のやり方は、独りよがりだった。だけど、かつてのジュードたちの対応もまた、おかしかったのは確かだ。
今私と共にいる仲間たちなら、彼女とももっと違う関係を結べたかもしれないわね。
……それよりも、今の彼から感じた『感情』に、また少し驚いた。
(〝怒っている〟わよね)
私に加護をくれている神様だって、話し方は平坦だったし、感情は見えなかったのに。
彼が聖女に触れる手つきは優しく、その目にはハッキリとした愛情が見える。
……つまりは、そういうことなのか。
「貴方、感情があるのね?」
「うん。君たちヒトから見たら、まだ未成熟なものだろうけどね。けれど、今のわたしは神が創った時とも、かつてアンジェラと出会った時とも違うよ。君たちが『心』と呼ぶものを、わたしもアンジェラからもらったんだ」
その目にも、その声にも、迷いは感じられない。
――これで、謎は全て解けた。
偏った魔物の増加。非効率な魔物【混沌の下僕】による、人間を巻き込んだ事件。そして、私という個人を狙ってくること。
ただ魔素ゴミを効率的に消したい程度の自我なら、これらは絶対に起こりえない。
しかし、サイファが『ヒト』であるなら、当たり前に起こることだ。
聖女が唆したのではなく、彼のほうが聖女のために動いているとしたら、なおさら。
「……参ったわね。私は魔物のラスボスを倒しにきたんだけど、まさか相手が『ヒト』だなんて」
「モドキだけどね。異世界の君は、ヒトを殺めたことはないのかい?」
「あるわけないでしょう。むしろ、『アンジェラ』がそんなことをしようとしたら、貴方が止めなさいよ」
「それは違いないね。わたしのアンジェラは、結局あの騎士を殺めることもできなかった、弱くて心の優しい子だもの」
あの騎士とは、もちろんクロヴィスのことだろう。サリィさんにはとんだ迷惑だったけれど、結果だけを見れば誰一人死ななかったものね。
そんな甘さも愛しいよ、とサイファは笑っている。全ての魔物の創造主が、本当に人間のように。
(神様が私たちを遣わせるわけだわ)
システムが心を持つなんて、ましてや人間の中で一番厄介な『愛』を知ってしまうなんて。管理者としては絶対に止めたい事態だろう。
(それも、愛した相手はサイファのために人間をやめている。彼にとって、今や人間は興味の対象ではなくなっているだろう)
――アンジェラを傷付けたから、殺してもいい存在。そんなところか。
背負ったメイスを掴めば、サイファの笑みに好戦的な色が混じる。落ち込んだ様子だった聖女の影も、いつの間にかゆらゆらと蠢き始めた。
「君たちも、遊びに来たわけじゃないだろう? そろそろ始めようか」
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