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18章-02
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「皆、忘れ物はないわね?」
お腹に重たい朝食を終えて、身支度を整えた私たち八人は、閑散とした宿のエントランスに集合している。
まあ身支度といっても、必要なものは己の体と武器だけだ。アイテムを持ち込んだところで、通用するとは思えないからね。
「宿の者に馬車の引き取りも頼んでおいたよ。これで心置きなく戦えるね」
昨日は置いてきてしまった馬車と馬も、王子様がちゃんと手配をしてくれたようだ。
二時間で私たちが戻らなければ、宿の人と傭兵さんが回収しにきてくれるらしい。私たちはカールの転移魔術で帰ってこられるし、ヘルツォーク遺跡からなら最悪徒歩でも帰ってこられるもの。
――そのためには、〝勝つ〟ということが大前提だけど。
「殿下、ありがとうございます。それでアンジェラ、行き先は昨日の遺跡でいいんだね?」
「ええ。前回もそうだったんでしょう?」
「……まあね」
いつも通りに御者席に座ったジュードが、少しだけ眉を下げる。
ジュードたちの記憶が確かなら、遺跡の地下闘技場から別空間へ繋がるはずだ。聖女からも神様からも何の連絡もないということは、目的地は変わっていないだろう。
私ごとこの体を壊すと言っていた聖女が、今更居場所を隠すとも思えない。
(……もっとも、本当に私を殺したいだけなら、遺跡を崩壊させて生き埋めにするのが一番手っ取り早いのだけどね)
なのに聖女はそれをせず、わざわざ私の前に姿を現した。律儀というか何というか……きっと彼女は、人間をやめた今でも〝正しい聖女らしさ〟が抜けきっていないのでしょうね。
正々堂々と戦ってくれるなら、私としても願ったりだけど。
(とは言え、油断して勝てる相手でもない)
今の聖女は泥の魔物の覚醒体【無形の悪夢】……物理攻撃が一切効かない前衛殺しだ。幸い、この部隊には人間をやめた魔術師が三人もいるから、まだ希望はある。
……問題は、【無垢なる王】の動きがわからないことのほう。この旅の本当のラスボスは、どういう形で私たちに関わってくるのだろうか。
「……っと、いけない」
私がつらつらと考えている間に、皆は馬なり馬車なりに乗って出発の準備を済ませている。
……うん、ここで考えても仕方ないわ。わからないのなら、直接会ってから対策をすればいい。全てを殴って解決するのが、私のやり方だしね。
「アンジェラ、大丈夫? なんなら、先に婚姻届け出してこようか?」
「ジュード、死亡フラグをへし折る姿勢は認めるけど、届けの前に両親に挨拶よ」
「確かに!」
心配してくれたのか冗談なのかは知らないけど、御者席のジュードはニコニコしながら私を招いている。
『この戦いが終わったら~』フラグを折ってくれたのはありがたいけど、聖女に一番近かったジュードが、緊張のきの字も見られないのはいいのかしらね。
「今日は早めに済ませて、帰省の準備しないといけないね。ああ、先に報せを出しておいたほうがいいかな?」
「これから最終決戦かもしれないのに、貴方のその余裕はなんなの」
「余裕そうに見える? なら、よかった」
呆れつつ彼の隣にかければ、当たり前のように私の肩を抱き寄せてくる。
――その手は、かすかに震えていた。
「ジュード……」
「僕は、君との幸せな生活だけ考えていたい。前だけ向いていたい」
「……そうね」
肩をつかんだ彼の左手に、私もそっと手をそえる。……そうだ、決戦だからこそ、楽しいことを考えながらいこう。私たちらしく戦えるように。
「二人とも、準備はいいか?」
「君たちは本っ当に、イチャイチャしていないと死ぬ病気なんだな!」
馬車を先導するディアナ様とダレンの声に、私たちも笑顔を返して手綱をとる。
さあ行きましょう。かつての彼らとの決別の戦いに。
* * *
「……外観は変わっていないのね」
昨日ぶりの遺跡は、やはり街からほど近い場所に佇んでいる。
日干し煉瓦を積み上げた、変わった形の建物。この地下で巨大な蛇と戦ったというのに、遺跡が崩れた様子はない。もしかしたら、あの地下闘技場そのものが、異空間になっていたのかもしれない。
「外に魔物もいないが……ウィル、いつでも撃てるようにしておけ」
「やってます。任せて下さい」
カールが子どもの姿に不似合いな指示を飛ばせば、弟子は当たり前のように準備を済ませている。ノアもノアで、呪文詠唱をしながら周囲を警戒しているようだ。
【無形の悪夢】とは彼らをメインにして戦うしかないので、こうして先に身構えていてくれるのはありがたいわ。
「やっぱり地下ですね」
「そのようだ」
前衛組は皆で遺跡の周りをまわってみたけれど、姿どころか私の目に敵ネームも見えない。やはり昨日と同じ、地下闘技場に行ってみなければ始まらないようだ。
魔術師たちを皆で囲みながら、薄暗い石の階段を下っていく。ほどなくして見えてきた光景は、昨日のことが夢ではないと示していた。
「……改めて見ると、すごいね」
先頭を歩いていたジュードが、感心したようにこぼす。
そこにあるのは、砕けた床石と黒焦げになった岩壁。巨大な蛇を、ウィリアムが蒸発させた名残だ。爆撃でもされたかのような跡だけど……しかし、泥は一滴も落ちていない。
(聖女と会った時は、この闘技場一面が泥まみれになっていたのに)
やはりアレは泥ではなく〝影〟なのだろう。物理法則を外れたもの……まるで幽霊みたいだ。
「……あったな。おい、こっちだ」
焦げた風景を眺めていれば、別の方向を見ていたカールから鋭い声が聞こえる。
皆で近寄っていけば、何もないはずの空間がぐにゃぐにゃと歪んでいた。
「何これ、ちょっと気持ち悪い」
「別の次元に繋がっているからな。わかっているだろうが、進んだら戻れないぞ」
「そのようね」
加工されたCGのような奇妙な光景。ゲームなら〝いかにもイベントらしい入口〟だけど、生身で飛び込むには勇気がいるわね。
「アンジェラ殿、我が先導しようか?」
「……すみません、大丈夫です」
私が躊躇っていたら、スッとディアナ様が前に出てくれた。お心遣いは本当に嬉しいけど、聖女の標的は私なのだし、私からいくのがベストだろう。女神の手をわずらわせてはいけないわ。
「……そなたを、守らせてはくれぬのか」
「エリーゴでも言いましたけど、私の望みは一緒に戦うことですからね」
少しだけしょんぼりとしてしまったディアナ様に笑みを返して、ぐにゃぐにゃを見据える。
ここまできたんだもの、怖がっていても仕方ない。女は度胸、いざ参る!
「一番手いきます、すぐに追いかけてきてね!」
皆にしっかりと宣言してから、ぐにゃぐにゃに向かって足を踏み出す。
――瞬間、トプンと重たい水音とともに、お湯につかったような感覚が体じゅうに走った。
(変な感じ……だけど、害はなさそう?)
さっきまで見えていた黒焦げ風景はかき消えて、上も下も真っ白に染まる。
またこれか、と思いながらも待っていれば、数秒ほどで視界が開けてきた。
「……あ」
視界に飛び込んできた景色が眩しくて、目がチカチカする。……到着したのは、真っ白な石造りの建物だった。
お城のような装飾はないものの、頭上から降り注ぐ七色の光が美しい。よく見えないけど、多分天井がステンドグラスになっているのだろう。
「ここ、もしかして……」
右を見ても左を見ても、同じような風景がずっと続いている。足元には赤い絨毯が敷かれていて……私はこの造りをよく知っていた。
「神聖教会の、礼拝堂だ」
本来なら、信徒が座るための長椅子が並んでいるはずなんだけど。それがないだけでずいぶん広く、殺風景な印象になるものだ。
でも、窓枠には全て細工が入っているし、決して適当な建物ではない。〝神殿〟と呼んだほうが相応しいかもしれない。
「ここは……王都の礼拝堂だね」
「あ」
背後から聞こえた低い声にふり返れば、部隊の七人が全員そろって立っていた。よかった、私だけを引き込む罠ではなかったみたいだ。
「お待たせアンジェラ。君は行ったことがないんだっけ?」
「ええ。お城暮らしと旅の繰り返しだったからね。そっか、こんなにきれいな建物があったのね」
勝手な聖女任命のこともあって教会を遠ざけていたんだけど、ただ観光目的でいくのなら楽しいかもしれないわね。この旅が全部終わったら、王都の観光も考えておこうか。
「全員無事に入ったようだね。ディアナ、以前の私たちもここで戦ったのかい?」
「いいえ殿下。以前はあの地下闘技場と変わらぬ景色でした。何故このような建物があるのか……」
記憶のない組が困惑するのは当然だけど、どうやら記憶のあるディアナ様にもわからない状況のようだ。
……やはり、かつてとは向こうの対応が変わっている。なら、警戒を怠らないようにしないとね。
「…………ん?」
皆できょろきょろと見回していたら、ふと壁の端に人影が現れた。
頭上に敵ネームはないので、魔物ではなさそうだけど……その人影には、見覚えがあった。
「……もしかして、クロヴィスさん?」
ディアナ様に似た赤い髪と藍色の騎士団制服。このクロヴィスは、今ではなくかつての彼だ。聖女ともっとも仲違いしていた人物。
その彼が、何故か目を閉じたまま佇んでいる。
こんなところに本人がいるはずはないし……もしかして、等身大の人形か何かか?
「あ、あれ? 奥にも誰かいる……」
クロヴィス人形(?)を眺めていれば、そこから少し離れた場所にまた人影。
今度は白を基調としたローブ姿の男性……ハルトだ。彼もまたしっかりと目を閉じており、ただ静かに立っている。
「何故クロヴィスやハルトがここに? 本人ではなさそうだが」
「さあ……でも姐さん、奥に人影が増えてるのは気のせいじゃないよな?」
驚くダレンの声に応えるように、通路の奥に人影が増えていく。
ハルトの奥にはデザイン違いのローブを着たウィリアム、その奥にはノア、またその奥にはダレン。
いずれも、まぶたをしっかりと閉じたまま佇んでいる。……衣装のデザインが違うのは、おそらく〝かつての〟彼らだからだ。
(うわあ。作り物だとしても、なんだか気味が悪いわ)
皆小走りになりながら、礼拝堂を奥へ奥へと進んでいく。
ダレンの奥には王子様が。そして、その奥には私が『主人公だと思っていた』ディアナが立っている。筋肉量の足りない、ただの女騎士の彼女が。
「…………」
こちらのディアナ様はその姿を一瞥して、さっと先へ進んだ。
一番奥にはカールが立っていて、そこでぷつりと道が途切れた。ここまでで八人。私とジュードが足りない。
「なんなのよ、これ」
気味の悪さについ弱々しい声が出てしまう。自分の姿を見つけてしまった皆は、もっと気持ち悪いだろう。
聖女は、一体何の目的でこんなものを作ったのか――
「……アンジェラ、上だ」
ふいに、ジュードの低い声が私を呼んだ。
応えるべく顔を上へ向ければ――――なるほど、いたわ。
壁を削った空洞部分。本来なら、神様の像を飾るべき場所に、玉座のような立派な椅子が鎮座している。
椅子の隣には、もたれかかるように身を預ける白い礼装の聖女。
そして、椅子に座っているのは――黒い鎧に身を包んだ、ジュードだった。
お腹に重たい朝食を終えて、身支度を整えた私たち八人は、閑散とした宿のエントランスに集合している。
まあ身支度といっても、必要なものは己の体と武器だけだ。アイテムを持ち込んだところで、通用するとは思えないからね。
「宿の者に馬車の引き取りも頼んでおいたよ。これで心置きなく戦えるね」
昨日は置いてきてしまった馬車と馬も、王子様がちゃんと手配をしてくれたようだ。
二時間で私たちが戻らなければ、宿の人と傭兵さんが回収しにきてくれるらしい。私たちはカールの転移魔術で帰ってこられるし、ヘルツォーク遺跡からなら最悪徒歩でも帰ってこられるもの。
――そのためには、〝勝つ〟ということが大前提だけど。
「殿下、ありがとうございます。それでアンジェラ、行き先は昨日の遺跡でいいんだね?」
「ええ。前回もそうだったんでしょう?」
「……まあね」
いつも通りに御者席に座ったジュードが、少しだけ眉を下げる。
ジュードたちの記憶が確かなら、遺跡の地下闘技場から別空間へ繋がるはずだ。聖女からも神様からも何の連絡もないということは、目的地は変わっていないだろう。
私ごとこの体を壊すと言っていた聖女が、今更居場所を隠すとも思えない。
(……もっとも、本当に私を殺したいだけなら、遺跡を崩壊させて生き埋めにするのが一番手っ取り早いのだけどね)
なのに聖女はそれをせず、わざわざ私の前に姿を現した。律儀というか何というか……きっと彼女は、人間をやめた今でも〝正しい聖女らしさ〟が抜けきっていないのでしょうね。
正々堂々と戦ってくれるなら、私としても願ったりだけど。
(とは言え、油断して勝てる相手でもない)
今の聖女は泥の魔物の覚醒体【無形の悪夢】……物理攻撃が一切効かない前衛殺しだ。幸い、この部隊には人間をやめた魔術師が三人もいるから、まだ希望はある。
……問題は、【無垢なる王】の動きがわからないことのほう。この旅の本当のラスボスは、どういう形で私たちに関わってくるのだろうか。
「……っと、いけない」
私がつらつらと考えている間に、皆は馬なり馬車なりに乗って出発の準備を済ませている。
……うん、ここで考えても仕方ないわ。わからないのなら、直接会ってから対策をすればいい。全てを殴って解決するのが、私のやり方だしね。
「アンジェラ、大丈夫? なんなら、先に婚姻届け出してこようか?」
「ジュード、死亡フラグをへし折る姿勢は認めるけど、届けの前に両親に挨拶よ」
「確かに!」
心配してくれたのか冗談なのかは知らないけど、御者席のジュードはニコニコしながら私を招いている。
『この戦いが終わったら~』フラグを折ってくれたのはありがたいけど、聖女に一番近かったジュードが、緊張のきの字も見られないのはいいのかしらね。
「今日は早めに済ませて、帰省の準備しないといけないね。ああ、先に報せを出しておいたほうがいいかな?」
「これから最終決戦かもしれないのに、貴方のその余裕はなんなの」
「余裕そうに見える? なら、よかった」
呆れつつ彼の隣にかければ、当たり前のように私の肩を抱き寄せてくる。
――その手は、かすかに震えていた。
「ジュード……」
「僕は、君との幸せな生活だけ考えていたい。前だけ向いていたい」
「……そうね」
肩をつかんだ彼の左手に、私もそっと手をそえる。……そうだ、決戦だからこそ、楽しいことを考えながらいこう。私たちらしく戦えるように。
「二人とも、準備はいいか?」
「君たちは本っ当に、イチャイチャしていないと死ぬ病気なんだな!」
馬車を先導するディアナ様とダレンの声に、私たちも笑顔を返して手綱をとる。
さあ行きましょう。かつての彼らとの決別の戦いに。
* * *
「……外観は変わっていないのね」
昨日ぶりの遺跡は、やはり街からほど近い場所に佇んでいる。
日干し煉瓦を積み上げた、変わった形の建物。この地下で巨大な蛇と戦ったというのに、遺跡が崩れた様子はない。もしかしたら、あの地下闘技場そのものが、異空間になっていたのかもしれない。
「外に魔物もいないが……ウィル、いつでも撃てるようにしておけ」
「やってます。任せて下さい」
カールが子どもの姿に不似合いな指示を飛ばせば、弟子は当たり前のように準備を済ませている。ノアもノアで、呪文詠唱をしながら周囲を警戒しているようだ。
【無形の悪夢】とは彼らをメインにして戦うしかないので、こうして先に身構えていてくれるのはありがたいわ。
「やっぱり地下ですね」
「そのようだ」
前衛組は皆で遺跡の周りをまわってみたけれど、姿どころか私の目に敵ネームも見えない。やはり昨日と同じ、地下闘技場に行ってみなければ始まらないようだ。
魔術師たちを皆で囲みながら、薄暗い石の階段を下っていく。ほどなくして見えてきた光景は、昨日のことが夢ではないと示していた。
「……改めて見ると、すごいね」
先頭を歩いていたジュードが、感心したようにこぼす。
そこにあるのは、砕けた床石と黒焦げになった岩壁。巨大な蛇を、ウィリアムが蒸発させた名残だ。爆撃でもされたかのような跡だけど……しかし、泥は一滴も落ちていない。
(聖女と会った時は、この闘技場一面が泥まみれになっていたのに)
やはりアレは泥ではなく〝影〟なのだろう。物理法則を外れたもの……まるで幽霊みたいだ。
「……あったな。おい、こっちだ」
焦げた風景を眺めていれば、別の方向を見ていたカールから鋭い声が聞こえる。
皆で近寄っていけば、何もないはずの空間がぐにゃぐにゃと歪んでいた。
「何これ、ちょっと気持ち悪い」
「別の次元に繋がっているからな。わかっているだろうが、進んだら戻れないぞ」
「そのようね」
加工されたCGのような奇妙な光景。ゲームなら〝いかにもイベントらしい入口〟だけど、生身で飛び込むには勇気がいるわね。
「アンジェラ殿、我が先導しようか?」
「……すみません、大丈夫です」
私が躊躇っていたら、スッとディアナ様が前に出てくれた。お心遣いは本当に嬉しいけど、聖女の標的は私なのだし、私からいくのがベストだろう。女神の手をわずらわせてはいけないわ。
「……そなたを、守らせてはくれぬのか」
「エリーゴでも言いましたけど、私の望みは一緒に戦うことですからね」
少しだけしょんぼりとしてしまったディアナ様に笑みを返して、ぐにゃぐにゃを見据える。
ここまできたんだもの、怖がっていても仕方ない。女は度胸、いざ参る!
「一番手いきます、すぐに追いかけてきてね!」
皆にしっかりと宣言してから、ぐにゃぐにゃに向かって足を踏み出す。
――瞬間、トプンと重たい水音とともに、お湯につかったような感覚が体じゅうに走った。
(変な感じ……だけど、害はなさそう?)
さっきまで見えていた黒焦げ風景はかき消えて、上も下も真っ白に染まる。
またこれか、と思いながらも待っていれば、数秒ほどで視界が開けてきた。
「……あ」
視界に飛び込んできた景色が眩しくて、目がチカチカする。……到着したのは、真っ白な石造りの建物だった。
お城のような装飾はないものの、頭上から降り注ぐ七色の光が美しい。よく見えないけど、多分天井がステンドグラスになっているのだろう。
「ここ、もしかして……」
右を見ても左を見ても、同じような風景がずっと続いている。足元には赤い絨毯が敷かれていて……私はこの造りをよく知っていた。
「神聖教会の、礼拝堂だ」
本来なら、信徒が座るための長椅子が並んでいるはずなんだけど。それがないだけでずいぶん広く、殺風景な印象になるものだ。
でも、窓枠には全て細工が入っているし、決して適当な建物ではない。〝神殿〟と呼んだほうが相応しいかもしれない。
「ここは……王都の礼拝堂だね」
「あ」
背後から聞こえた低い声にふり返れば、部隊の七人が全員そろって立っていた。よかった、私だけを引き込む罠ではなかったみたいだ。
「お待たせアンジェラ。君は行ったことがないんだっけ?」
「ええ。お城暮らしと旅の繰り返しだったからね。そっか、こんなにきれいな建物があったのね」
勝手な聖女任命のこともあって教会を遠ざけていたんだけど、ただ観光目的でいくのなら楽しいかもしれないわね。この旅が全部終わったら、王都の観光も考えておこうか。
「全員無事に入ったようだね。ディアナ、以前の私たちもここで戦ったのかい?」
「いいえ殿下。以前はあの地下闘技場と変わらぬ景色でした。何故このような建物があるのか……」
記憶のない組が困惑するのは当然だけど、どうやら記憶のあるディアナ様にもわからない状況のようだ。
……やはり、かつてとは向こうの対応が変わっている。なら、警戒を怠らないようにしないとね。
「…………ん?」
皆できょろきょろと見回していたら、ふと壁の端に人影が現れた。
頭上に敵ネームはないので、魔物ではなさそうだけど……その人影には、見覚えがあった。
「……もしかして、クロヴィスさん?」
ディアナ様に似た赤い髪と藍色の騎士団制服。このクロヴィスは、今ではなくかつての彼だ。聖女ともっとも仲違いしていた人物。
その彼が、何故か目を閉じたまま佇んでいる。
こんなところに本人がいるはずはないし……もしかして、等身大の人形か何かか?
「あ、あれ? 奥にも誰かいる……」
クロヴィス人形(?)を眺めていれば、そこから少し離れた場所にまた人影。
今度は白を基調としたローブ姿の男性……ハルトだ。彼もまたしっかりと目を閉じており、ただ静かに立っている。
「何故クロヴィスやハルトがここに? 本人ではなさそうだが」
「さあ……でも姐さん、奥に人影が増えてるのは気のせいじゃないよな?」
驚くダレンの声に応えるように、通路の奥に人影が増えていく。
ハルトの奥にはデザイン違いのローブを着たウィリアム、その奥にはノア、またその奥にはダレン。
いずれも、まぶたをしっかりと閉じたまま佇んでいる。……衣装のデザインが違うのは、おそらく〝かつての〟彼らだからだ。
(うわあ。作り物だとしても、なんだか気味が悪いわ)
皆小走りになりながら、礼拝堂を奥へ奥へと進んでいく。
ダレンの奥には王子様が。そして、その奥には私が『主人公だと思っていた』ディアナが立っている。筋肉量の足りない、ただの女騎士の彼女が。
「…………」
こちらのディアナ様はその姿を一瞥して、さっと先へ進んだ。
一番奥にはカールが立っていて、そこでぷつりと道が途切れた。ここまでで八人。私とジュードが足りない。
「なんなのよ、これ」
気味の悪さについ弱々しい声が出てしまう。自分の姿を見つけてしまった皆は、もっと気持ち悪いだろう。
聖女は、一体何の目的でこんなものを作ったのか――
「……アンジェラ、上だ」
ふいに、ジュードの低い声が私を呼んだ。
応えるべく顔を上へ向ければ――――なるほど、いたわ。
壁を削った空洞部分。本来なら、神様の像を飾るべき場所に、玉座のような立派な椅子が鎮座している。
椅子の隣には、もたれかかるように身を預ける白い礼装の聖女。
そして、椅子に座っているのは――黒い鎧に身を包んだ、ジュードだった。
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