転生しました、脳筋聖女です

香月航

文字の大きさ
95 / 113
連載

18章-02

しおりを挟む
「皆、忘れ物はないわね?」

 お腹に重たい朝食を終えて、身支度を整えた私たち八人は、閑散とした宿のエントランスに集合している。
 まあ身支度といっても、必要なものは己の体と武器だけだ。アイテムを持ち込んだところで、通用するとは思えないからね。

「宿の者に馬車の引き取りも頼んでおいたよ。これで心置きなく戦えるね」

 昨日は置いてきてしまった馬車と馬も、王子様がちゃんと手配をしてくれたようだ。
 二時間で私たちが戻らなければ、宿の人と傭兵さんが回収しにきてくれるらしい。私たちはカールの転移魔術で帰ってこられるし、ヘルツォーク遺跡からなら最悪徒歩でも帰ってこられるもの。
 ――そのためには、〝勝つ〟ということが大前提だけど。

「殿下、ありがとうございます。それでアンジェラ、行き先は昨日の遺跡でいいんだね?」

「ええ。前回もそうだったんでしょう?」

「……まあね」

 いつも通りに御者席に座ったジュードが、少しだけ眉を下げる。
 ジュードたちの記憶が確かなら、遺跡の地下闘技場から別空間へ繋がるはずだ。聖女からも神様からも何の連絡もないということは、目的地は変わっていないだろう。
 私ごとこの体を壊すと言っていた聖女が、今更居場所を隠すとも思えない。

(……もっとも、本当に私を殺したいなら、遺跡を崩壊させて生き埋めにするのが一番手っ取り早いのだけどね)

 なのに聖女はそれをせず、わざわざ私の前に姿を現した。律儀というか何というか……きっと彼女は、人間をやめた今でも〝正しい聖女らしさ〟が抜けきっていないのでしょうね。
 正々堂々と戦ってくれるなら、私としても願ったりだけど。

(とは言え、油断して勝てる相手でもない)

 今の聖女は泥の魔物の覚醒体【無形の悪夢】……物理攻撃が一切効かない前衛殺しだ。幸い、この部隊には人間をやめた魔術師が三人もいるから、まだ希望はある。
 ……問題は、【無垢なる王】の動きがわからないことのほう。この旅の本当のラスボスは、どういう形で私たちに関わってくるのだろうか。

「……っと、いけない」

 私がつらつらと考えている間に、皆は馬なり馬車なりに乗って出発の準備を済ませている。
 ……うん、ここで考えても仕方ないわ。わからないのなら、直接会ってから対策をすればいい。全てを殴って解決するのが、私のやり方だしね。

「アンジェラ、大丈夫? なんなら、先に婚姻届け出してこようか?」

「ジュード、死亡フラグをへし折る姿勢は認めるけど、届けの前に両親に挨拶よ」

「確かに!」

 心配してくれたのか冗談なのかは知らないけど、御者席のジュードはニコニコしながら私を招いている。
 『この戦いが終わったら~』フラグを折ってくれたのはありがたいけど、聖女に一番近かったジュードが、緊張のきの字も見られないのはいいのかしらね。

「今日は早めに済ませて、帰省の準備しないといけないね。ああ、先に報せを出しておいたほうがいいかな?」

「これから最終決戦かもしれないのに、貴方のその余裕はなんなの」

「余裕そうに見える? なら、よかった」

 呆れつつ彼の隣にかければ、当たり前のように私の肩を抱き寄せてくる。
 ――その手は、かすかに震えていた。

「ジュード……」

「僕は、君との幸せな生活だけ考えていたい。前だけ向いていたい」

「……そうね」

 肩をつかんだ彼の左手に、私もそっと手をそえる。……そうだ、決戦だからこそ、楽しいことを考えながらいこう。私たちらしく戦えるように。

「二人とも、準備はいいか?」

「君たちは本っ当に、イチャイチャしていないと死ぬ病気なんだな!」

 馬車を先導するディアナ様とダレンの声に、私たちも笑顔を返して手綱をとる。
 さあ行きましょう。かつての彼らとの決別の戦いに。

   * * *

「……外観は変わっていないのね」

 昨日ぶりの遺跡は、やはり街からほど近い場所に佇んでいる。
 日干し煉瓦を積み上げた、変わった形の建物。この地下で巨大な蛇と戦ったというのに、遺跡が崩れた様子はない。もしかしたら、あの地下闘技場そのものが、異空間になっていたのかもしれない。

「外に魔物もいないが……ウィル、いつでも撃てるようにしておけ」

「やってます。任せて下さい」

 カールが子どもの姿に不似合いな指示を飛ばせば、弟子は当たり前のように準備を済ませている。ノアもノアで、呪文詠唱をしながら周囲を警戒しているようだ。
 【無形の悪夢】とは彼らをメインにして戦うしかないので、こうして先に身構えていてくれるのはありがたいわ。

「やっぱり地下ですね」

「そのようだ」

 前衛組は皆で遺跡の周りをまわってみたけれど、姿どころか私の目に敵ネームも見えない。やはり昨日と同じ、地下闘技場に行ってみなければ始まらないようだ。
 魔術師たちを皆で囲みながら、薄暗い石の階段を下っていく。ほどなくして見えてきた光景は、昨日のことが夢ではないと示していた。

「……改めて見ると、すごいね」

 先頭を歩いていたジュードが、感心したようにこぼす。
 そこにあるのは、砕けた床石と黒焦げになった岩壁。巨大な蛇を、ウィリアムが蒸発させた名残なごりだ。爆撃でもされたかのような跡だけど……しかし、泥は一滴も落ちていない。

(聖女と会った時は、この闘技場一面が泥まみれになっていたのに)

 やはりアレは泥ではなく〝影〟なのだろう。物理法則を外れたもの……まるで幽霊みたいだ。

「……あったな。おい、こっちだ」

 焦げた風景を眺めていれば、別の方向を見ていたカールから鋭い声が聞こえる。
 皆で近寄っていけば、何もないはずの空間がぐにゃぐにゃと歪んでいた。

「何これ、ちょっと気持ち悪い」

「別の次元に繋がっているからな。わかっているだろうが、進んだら戻れないぞ」

「そのようね」

 加工されたCGのような奇妙な光景。ゲームなら〝いかにもイベントらしい入口〟だけど、生身で飛び込むには勇気がいるわね。

「アンジェラ殿、我が先導しようか?」

「……すみません、大丈夫です」

 私が躊躇ためらっていたら、スッとディアナ様が前に出てくれた。お心遣いは本当に嬉しいけど、聖女の標的は私なのだし、私からいくのがベストだろう。女神の手をわずらわせてはいけないわ。

「……そなたを、守らせてはくれぬのか」

「エリーゴでも言いましたけど、私の望みは一緒に戦うことですからね」

 少しだけしょんぼりとしてしまったディアナ様に笑みを返して、ぐにゃぐにゃを見据える。
 ここまできたんだもの、怖がっていても仕方ない。女は度胸、いざ参る!

「一番手いきます、すぐに追いかけてきてね!」

 皆にしっかりと宣言してから、ぐにゃぐにゃに向かって足を踏み出す。
 ――瞬間、トプンと重たい水音とともに、お湯につかったような感覚が体じゅうに走った。

(変な感じ……だけど、害はなさそう?)

 さっきまで見えていた黒焦げ風景はかき消えて、上も下も真っ白に染まる。
 またこれか、と思いながらも待っていれば、数秒ほどで視界が開けてきた。

「……あ」

 視界に飛び込んできた景色が眩しくて、目がチカチカする。……到着したのは、真っ白な石造りの建物だった。
 お城のような装飾はないものの、頭上から降り注ぐ七色の光が美しい。よく見えないけど、多分天井がステンドグラスになっているのだろう。

「ここ、もしかして……」

 右を見ても左を見ても、同じような風景がずっと続いている。足元には赤い絨毯が敷かれていて……私はこの造りをよく知っていた。

「神聖教会の、礼拝堂だ」

 本来なら、信徒が座るための長椅子が並んでいるはずなんだけど。それがないだけでずいぶん広く、殺風景な印象になるものだ。
 でも、窓枠には全て細工が入っているし、決して適当な建物ではない。〝神殿〟と呼んだほうが相応しいかもしれない。

「ここは……王都の礼拝堂だね」

「あ」

 背後から聞こえた低い声にふり返れば、部隊の七人が全員そろって立っていた。よかった、私だけを引き込む罠ではなかったみたいだ。

「お待たせアンジェラ。君は行ったことがないんだっけ?」

「ええ。お城暮らしと旅の繰り返しだったからね。そっか、こんなにきれいな建物があったのね」

 勝手な聖女任命のこともあって教会を遠ざけていたんだけど、ただ観光目的でいくのなら楽しいかもしれないわね。この旅が全部終わったら、王都の観光も考えておこうか。

「全員無事に入ったようだね。ディアナ、以前の私たちもここで戦ったのかい?」

「いいえ殿下。以前はあの地下闘技場と変わらぬ景色でした。何故このような建物があるのか……」

 記憶のない組が困惑するのは当然だけど、どうやら記憶のあるディアナ様にもわからない状況のようだ。
 ……やはり、かつてとは向こうの対応が変わっている。なら、警戒を怠らないようにしないとね。

「…………ん?」

 皆できょろきょろと見回していたら、ふと壁の端に人影が現れた。
 頭上に敵ネームはないので、魔物ではなさそうだけど……その人影には、見覚えがあった。

「……もしかして、クロヴィスさん?」

 ディアナ様に似た赤い髪と藍色の騎士団制服。このクロヴィスは、今ではなくかつての彼だ。聖女ともっとも仲違いしていた人物。
 その彼が、何故か目を閉じたまま佇んでいる。
 こんなところに本人がいるはずはないし……もしかして、等身大の人形か何かか?

「あ、あれ? 奥にも誰かいる……」

 クロヴィス人形(?)を眺めていれば、そこから少し離れた場所にまた人影。
 今度は白を基調としたローブ姿の男性……ハルトだ。彼もまたしっかりと目を閉じており、ただ静かに立っている。

「何故クロヴィスやハルトがここに? 本人ではなさそうだが」

「さあ……でも姐さん、奥に人影が増えてるのは気のせいじゃないよな?」

 驚くダレンの声に応えるように、通路の奥に人影が増えていく。
 ハルトの奥にはデザイン違いのローブを着たウィリアム、その奥にはノア、またその奥にはダレン。
 いずれも、まぶたをしっかりと閉じたまま佇んでいる。……衣装のデザインが違うのは、おそらく〝かつての〟彼らだからだ。

(うわあ。作り物だとしても、なんだか気味が悪いわ)

 皆小走りになりながら、礼拝堂を奥へ奥へと進んでいく。
 ダレンの奥には王子様が。そして、その奥には私が『主人公だと思っていた』ディアナが立っている。筋肉量の足りない、ただの女騎士の彼女が。

「…………」

 こちらのディアナ様はその姿を一瞥して、さっと先へ進んだ。
 一番奥にはカールが立っていて、そこでぷつりと道が途切れた。ここまでで八人。私とジュードが足りない。

「なんなのよ、これ」

 気味の悪さについ弱々しい声が出てしまう。自分の姿を見つけてしまった皆は、もっと気持ち悪いだろう。
 聖女は、一体何の目的でこんなものを作ったのか――

「……アンジェラ、上だ」

 ふいに、ジュードの低い声が私を呼んだ。
 応えるべく顔を上へ向ければ――――なるほど、いたわ。

 壁を削った空洞部分。本来なら、神様の像を飾るべき場所に、玉座のような立派な椅子が鎮座している。
 椅子の隣には、もたれかかるように身を預ける白い礼装の聖女。
 そして、椅子に座っているのは――黒い鎧に身を包んだ、ジュードだった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。