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17章-幕間
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ねえ、神様。神様、聞こえますか?
[聞こえているよ、〝 〟わたしに何か頼みごとかい?]
頼みごとといいますか、ひとつ約束を破ることを許していただきたいのですが、可能ですか?
[……約束? 何か決めごとがあったかな?]
ええ、ありますよ。神様と『聖女』の約束です。
私が、貴方から加護をいただいた対価――もし必要になったら、それを破ることを許して下さいませんか?
[わたしは構わないけれど。その場合、君は――――]
……だとしても。私は、『アンジェラ』には負けられませんから。
たとえ、何を犠牲にしても。
* * *
――朝起きたら、イケメンの寝顔が目の前にあって、危うく心臓が止まりかけました。私です。
せっかくこれからの人生にも期待できるようになったというのに、いきなり死亡とかないわ。まあ、その相手は正に、目の前で眠っているこの異国風イケメンなのだけどね。
(……なんで、ジュードが私のベッドにいるのかしら)
しかもご丁寧に、左腕は枕として頭の下に、右腕は私の体を抱き締めている。こんなフィクションめいた甘い対応をさらっとやるから、この男は恐ろしいわ。
……昨日の夜、彼の想いを確かめたことは間違いない。
私もそれを心から喜び、受け入れたことも覚えている。ええ、死ぬほど恥ずかしいけど覚えているとも。しかし、その後に同衾した記憶はないのよね。
(だってあの後、ちゃんとジュードは部屋へ戻ったもの)
泣いてしまった私が落ち着くのを待ってから、彼は自分の客間へと戻った。一緒にいたら、我慢ができなくなりそうだから、と笑いながら。
その後、私は各個室に備わっている小さな浴室もどきで体を流してから、ちゃんと寝間着に着替えて寝た。扉にも鍵をかけて、一人で寝たはずなのだけど――だったら何故、ジュードが隣にいるのだろうか。
(移動したテーブルが見えるから、ここは私の客間だ。だとしたら、どこから入ったの?)
二人とも服は着たままだし、色事の形跡はない。昨日の今日なので甘い雰囲気に浸ってもいいけど、それよりも不信感のほうが強くなってしまう。
……とにかく、まずはジュードを起こして確認しなければ。何せこの男には、王城の客間の鍵を斬った前科があるからね。
「ジュード、起きて起きて」
「……ん、もう少し」
「このやりとりも何度目よ」
なんだかんだで、ジュードと同衾した回数が結構あることに、今更ながら驚いてしまう。
想いを通じ合わせる前からそんな感じだったのだから、そりゃあ周りはセット扱いをするわけだわ。
「もう、ジュードってば!」
「僕が君を起こすのと、回数は同じぐらいじゃない?」
ゆっくりと開いた黒い目が、そのまま嬉しそうに細められる。
毎回思うのだけど、目つきだけでも色っぽいってどういうことだろう。何を食べたらそんなフェロモンを生成できるのか、全くもって謎だわ。
「……目が覚めたら、隣に好きな人がいるのって、いいよね。朝起きた瞬間から、幸せになれる……毎日こうならいいのに……」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、そうじゃなくて! ああこら、寝るな!」
うっかり見惚れていたら、その隙に彼のまぶたがまた閉じてしまった。慌ててくっついた体をゆすれば、くすくすと低い笑い声が響いてくる。
……ああ全く、まるでお手本のような『恋人同士の朝のやりとり』ね。
「ふふ、アンジェラは可愛いなあ……こんなに可愛い子が僕のものだなんて、夢みたいだ」
「あーもうッ! 朝から甘ったるい!! あと、まだ貴方のものになった覚えはない!!」
恥ずかしい台詞の嵐に耐えきれず、彼の右腕をのけて起き上がる。
今日は曇り空なのか、部屋の中は温かくないけど、朝からお砂糖に埋もれるよりはマシだ。
少し乱れた襟元を整えれば、ジュードの長い指先がスッと部屋の中央をさし示した。
……なんとも言えない空気の中で、ぽつんと浮かんでいるまん丸いあの子を。
「今回は鍵を壊していないし、合鍵も使ってない。だけど、とても便利な移動方法があるだろう? 君の質問は、これで合ってるかな?」
『……なあ、偽聖女。俺が言うのもおかしいが……お前、本当にそいつでいいのか?』
「――若干後悔しているわ」
いつもよりしょんぼりしているおばけちゃんを労いつつも、私のプライバシーの権利は一体どこへいったのかなんて、空しいことに思いをはせる。どいつもこいつも、年頃の乙女の部屋に侵入しすぎだろう。
だいたい、カールもカールだ。超高等技術の転移魔術を、しょーもないことに使うんじゃないわよ! シリアスを返せ!!
『先に言っておくが、俺はそいつを送っただけで、何もしていないからな。目覚ましに使い魔を向かわせたのはつい五分前だし、その間のことで俺に責任を問うなよ?』
「まずジュードを送るんじゃないわよ」
『だったら最初から一緒に寝ろ。俺たちを巻き込むな』
「ちょっと、今の状況をわかってる!?」
本当に、最終決戦前に何を言っているのだ、この年齢詐欺師は。
これから挑む相手は、貴方が大事に想ってきたアンジェラだろうに!! 色事にふり回される仲間がいたら、そこはまず止めなさいよ!!
「ジュードも! ……き、気持ちは確かめたのだから、私のベッドに侵入する理由はないじゃない。全部終わるまでは我慢するんでしょう?」
「そう思ってたんだけどね。ほら、十年以上も片思いしてたからさ」
のそのそとベッドから起き上がったジュードが、そのまま私にもたれかかってくる。部屋の温度は少し寒いぐらいなのに、彼の体はやっぱり温かい。
「……もう離れたくなかったんだよ。アンジェラが気になって、眠れなさそうだったし」
「ジュード、色々と重い……」
愛を確かめた翌朝に、選択を後悔させるって相当だぞ、我が幼馴染よ。昨夜のときめきやら何やらを返して欲しい。
もっとも、〝私のもの〟は何もない偽者の私には、これぐらいの重さがちょうどよいのだろうけど。
「ごめんね? だけど、逃がしてあげない」
「逃げないわよ、ばか」
『はいはい。起きたのなら、支度を始めろよ?』
発する声が全部甘いジュードに呆れたのか、カールことおばけちゃんは、どこか疲れた様子で部屋を去っていった。
二人きりになってしまえば、途端に彼は髪やら手やらに口づけを落としてくる。
「っ!? ジュード!!」
「少しぐらいは許してよ。……大丈夫。やるべきことはわかっているし、手を抜くつもりもないよ」
「ほ、本当に?」
「アンジェラ」
ちゅ、と。ひときわ大きなリップ音を立てて、彼の鋭い目が私を見つめる。
今は何もしないとわかっているのに、まるで追い詰められた獲物の気分だわ。
「今の僕に、後悔することは何もない。今度こそ、禍根の欠片も残さずに終わらせるよ」
「……うん」
「だから、アンジェラは覚悟を決めておいてね。……愛してるよ」
「なっ……ちょ、ちょっと!?」
蕩けるような笑みを浮かべて、ジュードはベッドから去っていく。
……果たして、最終決戦に挑む覚悟が、こんなに甘ったるいものでいいのかしらね。
(……まあ、らしいと言えばらしいのか)
恋愛要素なんて、私には関係ないと思っていたけど。始まりが『乙女ゲーム』のプレイヤーの意地なら、終わりが愛でも相応しいのかもしれない。
「本当にもう、恥ずかしい男……だけど、戦う気力はわいたわ」
ジュードが完全にいなくなったことを確認してから、寝間着のボタンに手をかける。
さあ、新しい一日を始めよう。この旅の、最終章の幕開けだ。
[聞こえているよ、〝 〟わたしに何か頼みごとかい?]
頼みごとといいますか、ひとつ約束を破ることを許していただきたいのですが、可能ですか?
[……約束? 何か決めごとがあったかな?]
ええ、ありますよ。神様と『聖女』の約束です。
私が、貴方から加護をいただいた対価――もし必要になったら、それを破ることを許して下さいませんか?
[わたしは構わないけれど。その場合、君は――――]
……だとしても。私は、『アンジェラ』には負けられませんから。
たとえ、何を犠牲にしても。
* * *
――朝起きたら、イケメンの寝顔が目の前にあって、危うく心臓が止まりかけました。私です。
せっかくこれからの人生にも期待できるようになったというのに、いきなり死亡とかないわ。まあ、その相手は正に、目の前で眠っているこの異国風イケメンなのだけどね。
(……なんで、ジュードが私のベッドにいるのかしら)
しかもご丁寧に、左腕は枕として頭の下に、右腕は私の体を抱き締めている。こんなフィクションめいた甘い対応をさらっとやるから、この男は恐ろしいわ。
……昨日の夜、彼の想いを確かめたことは間違いない。
私もそれを心から喜び、受け入れたことも覚えている。ええ、死ぬほど恥ずかしいけど覚えているとも。しかし、その後に同衾した記憶はないのよね。
(だってあの後、ちゃんとジュードは部屋へ戻ったもの)
泣いてしまった私が落ち着くのを待ってから、彼は自分の客間へと戻った。一緒にいたら、我慢ができなくなりそうだから、と笑いながら。
その後、私は各個室に備わっている小さな浴室もどきで体を流してから、ちゃんと寝間着に着替えて寝た。扉にも鍵をかけて、一人で寝たはずなのだけど――だったら何故、ジュードが隣にいるのだろうか。
(移動したテーブルが見えるから、ここは私の客間だ。だとしたら、どこから入ったの?)
二人とも服は着たままだし、色事の形跡はない。昨日の今日なので甘い雰囲気に浸ってもいいけど、それよりも不信感のほうが強くなってしまう。
……とにかく、まずはジュードを起こして確認しなければ。何せこの男には、王城の客間の鍵を斬った前科があるからね。
「ジュード、起きて起きて」
「……ん、もう少し」
「このやりとりも何度目よ」
なんだかんだで、ジュードと同衾した回数が結構あることに、今更ながら驚いてしまう。
想いを通じ合わせる前からそんな感じだったのだから、そりゃあ周りはセット扱いをするわけだわ。
「もう、ジュードってば!」
「僕が君を起こすのと、回数は同じぐらいじゃない?」
ゆっくりと開いた黒い目が、そのまま嬉しそうに細められる。
毎回思うのだけど、目つきだけでも色っぽいってどういうことだろう。何を食べたらそんなフェロモンを生成できるのか、全くもって謎だわ。
「……目が覚めたら、隣に好きな人がいるのって、いいよね。朝起きた瞬間から、幸せになれる……毎日こうならいいのに……」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、そうじゃなくて! ああこら、寝るな!」
うっかり見惚れていたら、その隙に彼のまぶたがまた閉じてしまった。慌ててくっついた体をゆすれば、くすくすと低い笑い声が響いてくる。
……ああ全く、まるでお手本のような『恋人同士の朝のやりとり』ね。
「ふふ、アンジェラは可愛いなあ……こんなに可愛い子が僕のものだなんて、夢みたいだ」
「あーもうッ! 朝から甘ったるい!! あと、まだ貴方のものになった覚えはない!!」
恥ずかしい台詞の嵐に耐えきれず、彼の右腕をのけて起き上がる。
今日は曇り空なのか、部屋の中は温かくないけど、朝からお砂糖に埋もれるよりはマシだ。
少し乱れた襟元を整えれば、ジュードの長い指先がスッと部屋の中央をさし示した。
……なんとも言えない空気の中で、ぽつんと浮かんでいるまん丸いあの子を。
「今回は鍵を壊していないし、合鍵も使ってない。だけど、とても便利な移動方法があるだろう? 君の質問は、これで合ってるかな?」
『……なあ、偽聖女。俺が言うのもおかしいが……お前、本当にそいつでいいのか?』
「――若干後悔しているわ」
いつもよりしょんぼりしているおばけちゃんを労いつつも、私のプライバシーの権利は一体どこへいったのかなんて、空しいことに思いをはせる。どいつもこいつも、年頃の乙女の部屋に侵入しすぎだろう。
だいたい、カールもカールだ。超高等技術の転移魔術を、しょーもないことに使うんじゃないわよ! シリアスを返せ!!
『先に言っておくが、俺はそいつを送っただけで、何もしていないからな。目覚ましに使い魔を向かわせたのはつい五分前だし、その間のことで俺に責任を問うなよ?』
「まずジュードを送るんじゃないわよ」
『だったら最初から一緒に寝ろ。俺たちを巻き込むな』
「ちょっと、今の状況をわかってる!?」
本当に、最終決戦前に何を言っているのだ、この年齢詐欺師は。
これから挑む相手は、貴方が大事に想ってきたアンジェラだろうに!! 色事にふり回される仲間がいたら、そこはまず止めなさいよ!!
「ジュードも! ……き、気持ちは確かめたのだから、私のベッドに侵入する理由はないじゃない。全部終わるまでは我慢するんでしょう?」
「そう思ってたんだけどね。ほら、十年以上も片思いしてたからさ」
のそのそとベッドから起き上がったジュードが、そのまま私にもたれかかってくる。部屋の温度は少し寒いぐらいなのに、彼の体はやっぱり温かい。
「……もう離れたくなかったんだよ。アンジェラが気になって、眠れなさそうだったし」
「ジュード、色々と重い……」
愛を確かめた翌朝に、選択を後悔させるって相当だぞ、我が幼馴染よ。昨夜のときめきやら何やらを返して欲しい。
もっとも、〝私のもの〟は何もない偽者の私には、これぐらいの重さがちょうどよいのだろうけど。
「ごめんね? だけど、逃がしてあげない」
「逃げないわよ、ばか」
『はいはい。起きたのなら、支度を始めろよ?』
発する声が全部甘いジュードに呆れたのか、カールことおばけちゃんは、どこか疲れた様子で部屋を去っていった。
二人きりになってしまえば、途端に彼は髪やら手やらに口づけを落としてくる。
「っ!? ジュード!!」
「少しぐらいは許してよ。……大丈夫。やるべきことはわかっているし、手を抜くつもりもないよ」
「ほ、本当に?」
「アンジェラ」
ちゅ、と。ひときわ大きなリップ音を立てて、彼の鋭い目が私を見つめる。
今は何もしないとわかっているのに、まるで追い詰められた獲物の気分だわ。
「今の僕に、後悔することは何もない。今度こそ、禍根の欠片も残さずに終わらせるよ」
「……うん」
「だから、アンジェラは覚悟を決めておいてね。……愛してるよ」
「なっ……ちょ、ちょっと!?」
蕩けるような笑みを浮かべて、ジュードはベッドから去っていく。
……果たして、最終決戦に挑む覚悟が、こんなに甘ったるいものでいいのかしらね。
(……まあ、らしいと言えばらしいのか)
恋愛要素なんて、私には関係ないと思っていたけど。始まりが『乙女ゲーム』のプレイヤーの意地なら、終わりが愛でも相応しいのかもしれない。
「本当にもう、恥ずかしい男……だけど、戦う気力はわいたわ」
ジュードが完全にいなくなったことを確認してから、寝間着のボタンに手をかける。
さあ、新しい一日を始めよう。この旅の、最終章の幕開けだ。
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