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2 人殺しのキス

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 雨は上がって、雲の隙間から眩しい太陽が顔を出していた。

 僕はカーテルという女性に手を引かれて、路地裏をぽつぽつと歩いている。

「あの……っ」

「ん?」

 僕の声掛けにカーテルは振り向かず、ねっとりとした女性の声で返した。僕は息を呑んで彼女に問う。

「僕の、殺しを見てたんですか」

「うん」

 臆することなくイエスと答える彼女は、僕から見てとてもとても恐い存在であるはずなのだ。
 けれど、どうしてだか、僕は安心あんしんしてしまった。僕の本能が彼女を理解したのかもしれない。

 彼女『人殺し』なのだ、と。

 僕の返り血で穢れた手を、彼女の返り血で穢れた手で包んでいる。それは血みどろの先であろうとも、とても暖かく感じた。少なくとも、ずぶ濡れになって、肌に張り付いている服よりは確かに。


 彼女の足が止まる。見上げると、目の前には寂れた石造りの建物。二段ばかりの階段があって、その先には木製のドアが閉じていた。

 カーテルは僕の方へ振り向いた。

「いらっしゃい」

 彼女は薄く微笑んで階段を上がった。そして僕を引っ張る。
 僕の体はとても軽く感じて、彼女に釣られて階段の上まで飛んでいくようだった。

 彼女は僕をまた階段の一番上で抱きしめると、それから木製のドアを開けた。開けた途端にカビの臭いが漂ってきた気がしたけれど、それは全て彼女の香りにかき消された。

 靴のまま家にあがっていく。
 リビングに着いたところで、ソファの上で寝転がり新聞を読んでいる人影を見つけた。

 警戒する僕のことなどつゆ知らず、彼女は僕の手を引いたまま、その人物へと近づいた。
 その人物は彼女が近づく音に気づいたのか、新聞紙をどっかにほっぽりなげて体を起こす。

 それは紫色の短髪をした女性だった。恰好は短パンに白い下着のようなシャツ。まさにずぼら、という言葉が似あうような容姿だ。

「誰だそいつ」

「拾ったの。今からお風呂、借りるわね」

 その紫髪の女性は銀色の瞳で僕を値定めするかのように見る。その視線に背筋が凍るようなものを感じた僕だったが、すぐにカーテルの姿が視界に被ったおかげで、その恐怖から逃れることができた。

 僕はカーテルに手をひかれて、そのままリビングを後にして廊下に入る。
 薄暗い廊下で、カーテルはくすりと笑って僕に言った。

「どう? 怖かったでしょ?」

 身もふたもないことだ。僕は素直にうなずく。するとそれを見たカーテルはまたくすりと笑った。

 それからカーテルは個室に僕を連れて入る。入ってからすぐに戸を閉めると、僕の手を離した。

 しんと冷たい雰囲気。ガラス越しに見える浴槽の扉。リビングでカーテルが言った言葉。
 そして決定打となったのは、服を脱ごう手をカーテル。僕は思わず声を上げた。

「ぼ、僕は出ますから!」

「何言ってるのよ。ずぶ濡れなのは貴方もでしょう」

 そう言って、再びカーテルは僕を抱きしめた。それでも僕は、それを振り解き大声で抗議する。

「ダメです! 僕だって、その……!」

 自分でも僕の顔が真っ赤になっていることを知っていた。よくよく見れば、カーテルの服も僕ほどにないにしろ濡れていて、ちょっと透けている。

 思わず視線を逸らす僕をカーテルは少しの間じっと見つめたあと、再び妖美にほほ笑むと、僕の顔を両手で包み込み、正面を向かせる。

「私のこと、見たくないの?」

「み……たくないです!」

「そう……」

 僕は目をつぶって、力の限りに小さく絞り出すように答えた。その返答に残念そうな声をあげたカーテルだが、それだけでは終わらなかった。

「――」

 唇が柔らかいもので塞がる感覚。
 構内で動く生暖かい何か。それは僕の舌を探していて、見つけ出したらすぐに僕の舌に絡んできた。

「――ッ!」

 顔が一気に沸騰する。僕がどれだけ幼稚であろうとも、この行為がなんなのかぐらいなら分かる。驚いて僕は思いっきり目を開けると、目の前でカーテルの綺麗な瞳が僕をじっくりと見つめていた。


 数秒、数十秒、数分が経っただろうか。

「っはぁ」

 彼女と僕の口が離れて、僕は尻もちをついた。はあはあ、と息切れを起こしながらも、確かに胸の鼓動はいままでにないほど加速していた。

 カーテルはそんな僕と合わせるように、その場でしゃがむとにっこりとほほ笑んで言う。

「これ以上は、いいの?」

 僕はカーテルの微笑みを見る。そして何か悪いことに感情が傾いてしまう前に、決断した。

「いいです……」

「……そう」

 カーテルは残念そうな顔を見せると、立ち上がって廊下に出ていった。

 ぴしゃりと閉まる戸の音。僕はその場で真っ赤に茹で上がった頬で、小さくうずくまったのだった。
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