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御三家子息の隠し事
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しおりを挟む病院で治療を受ける宗鷹の様子を見届け、大成が館に戻ったのは夜も明ける頃だった。
思い出したように体が疲労感を訴えて、さして勾配のない館までの坂道ですら持ち上げる足が重い。
玄関の灯りはついていた。
「ただいま」
と少し躊躇いながら告げ、靴を脱ぎ框に足を乗せたあたりでリビングの方の廊下から蓮が少し不安気に顔を覗かせた。
八百万町で異能者が命を落とすことも怪我をすることも頻繁ではないが珍しくもない。常にそれは身近にあるものだ。皆それをわかっている。
それでも自分の身近な者に降り掛かれば、心中穏やかではいられないのだ。
「死んでない。大丈夫」
大成は疲れから言葉を探す気力もなく、ただそれだけを伝えた。蓮は何も言わないが、その視線はさらに詳細な情報を求めているようだ。
「骨折れたり、傷縫ったりしたけど、何日か入院して、後は自宅で安静にって感じ」
能力が高い異能者ほど頑丈で回復も早い。
大成は言いながら、蓮の脇をすり抜けてリビングへと向かった。
夜通し待っていたのだろう、部屋の電気はついたまま、コタツに足を入れるとすでに暖かかった。
「てか、蓮ちゃん」
大成は自分の後に続くようにリビングに入ってきた蓮に声をかけた。
「背中に子泣き爺ついてるけど」
先ほどから蓮の背中にひしとしがみついて顔を上げない子泣き爺……旺仁郎だ。
「ああ、うん。なんか、帰ってからずっとこのまんまでさ。まあ、可愛いからいいんだけど」
蓮は背中に旺仁郎をくっつけたまま、コタツに入らず(多分入れない)ソファに腰を下ろした。背中に子泣き爺がいるので少し斜めの変な座り方だ。
「おいこら、旺仁郎。俺になんか言うことないのか」
大成はコタツから手を伸ばし、蓮の背中にしがみついた旺仁郎の肩のあたりを突いてやった。その体はぴくりと震えるが、頭はぐりぐりと蓮の背中に潜っていく。
大成は疲労も相まってかなり深いため息をついた。目の奥がすでにじわりと重かったが、昨夜の出来事を無かったことにはして置けない。
宗鷹を抑え込むほどの妖を丸呑みにした旺仁郎。大成以外にもいく人もの異能者がそれを目撃し、皆戦々恐々と顔を見合わせていた。
そんな中で、訳知り顔で宇井家の三男が旺仁郎を抱えて逃げるかのようにその場を去ったものだから、尚更町はざわめいていた。
大成は旺仁郎の肩をもう一度つつく。しかし、旺仁郎はやはり顔をあげなかった。
「旺仁郎、俺が怒ってると思ってんのか?」
また肩がぴくりと動き、たぶん微かに頷くような仕草があった。
確かにあの時、旺仁郎が宗鷹をも食おうとしていると気がついた大成は少々乱暴な言葉と行動でその動きを制した。
「もう大丈夫」と言った蓮の様子を見て、自分は知らなかったが蓮は知っていた、そして最近の様子から察するにおそらく宗鷹も知っていたのではないかと、大成は思った。自分だけが知らなかったということは、確かに気に入らないが、それは別に怒っているという感情とは違う。
「なあ、おい。別に怒ってねぇよ。怒ってねぇから顔上げろ」
残念ながら優しい声音は出なかった。大成のぶっきらぼうな物言いに、躊躇いながらも旺仁郎は蓮の背中から僅かに目元を覗かせて、伺うように大成を見上げた。
目元が赤く、腫れている。
「別に今更、俺はお前のこと嫌いにならねぇよ。あの気持ち悪いの食べる前も食べた後も、旺仁郎は旺仁郎だろ?」
大成の言葉に旺仁郎はもう少しだけ顔を上げる。大成は旺仁郎の前髪を指でそっと分けてみた。想像していたよりも眉が不安げに下がっている。
あまり今は問い詰めるべきではないな、と大成は思った。自分が疲れていたこともあるが、後で蓮か、もしくは宗鷹に聞く方がいいかもしれない。
大成は聞かずとも、川でのあの光景が何を意味するのかだいたいの予想はついていた。単に珍しい能力を持った異能者なのであれば、蓮や宗鷹がそれを隠す必要もない。つまり、そういうことだ。
だから、これ以上旺仁郎を問い詰めて、あのメモに自分が妖だと綴らせてしまうことは、とても酷なことに思われた。
「旺仁郎、お腹すいた。なんかねぇ?」
大成は声音を少しだけ明るくし、吐く息と一緒に旺仁郎にそう聞いた。
それを聞いた旺仁郎は、ゆっくりとその表情に安堵とあと何かもう一つ、喜びのような感情を微かに浮かべ、蓮の背中から体を起こした。
「お……」
一文字発して旺仁郎はしまったと口を塞いだ。
「お?」
初めて声を聞いたが一文字だけだ。もっと喋ってみてはくれまいかと大成は聞き返してみたが、旺仁郎は口を塞いだままそわそわとしている。
蓮が気がつき、コタツの上にあったメモを手に取り旺仁郎に手渡してやる。
『おにぎり あるよ』
「おお、いいじゃん」
『お味噌汁 豚バラ入れた』
「いいね、食べたい」
そう言うと、旺仁郎は使命を授かったかのように、立ち上がって頷いた。
「俺も食べたい」
蓮の言葉にも頷き、そそくさとキッチンに消えていく。
子泣き爺から解放された蓮は、するりとソファから滑り降りるようにコタツに足を突っ込んだ。
「蓮ちゃん」
その名を呼んでみると、うん?と若干気のない返事が返ってくる。
「どうすんの」
大成の漠然とした質問に、蓮はただうーんと唸るように声を発する。
「よりにもよって御三家が匿ってるのって、やっぱちょっとまずいよね」
「バレなきゃ平気って思ってたんだけどね」
言うと蓮はコタツの天板に手のひらを乗せ、その上に背中を丸めて顎を乗せた。目を閉じて、そのまま居眠りでもするような体勢だ。
「バレちゃったからなぁ」
つまりこの後のことは、蓮の頭の中にもまだないと言うことなのだろう。
大成の思考は限界だった。
ごろんと体を横に倒すと、床に溶けていくかと言うほど眠気で体が沈んでいく。
空腹と眠気のどちらともがあるのだが、意識が落ちていくと空腹は薄れていくのだなと大成はこの時初めて気がついた。
瞼を閉じて、キッチンで自分と蓮のために味噌汁を温める旺仁郎の姿を想像した。
膳を用意してこちらに来た時、自分が寝ていたらガッカリするかもしれないと思ったものの、大成はどうしても押し寄せる眠気に抗えないのであった。
◇
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