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番外編・アメリカ留学編

なりすまし

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 今やネットでの出会いは珍しくない。
 そこから交際、結婚に至るカップルも多い。
 だがどうしてもインターネットは電子機器を通じての交流になる。画面の向こうにウソをつくことが容易い。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
【Erika】
“HENTAIな日本人です。
ONS(一夜限りの相手)もしくはFWB(セフレ)募集中
無理やり襲われるシチュエーションが好き:-)
誰か淫乱な私を襲って!!”
ーーーーーーーーーーーーーーーー

 ここにも怪しげな書き込みが一つ。
 顔写真と学校のアドレスを貼り付けたらものすごい勢いで返信がやってくる。この胡散臭い書き込みを目の当たりにしている人間が一人二人と引っかかっていく。連絡先の交換を求める輩もいた。
 
 ──なりすましでそれを仕込んだ人物は液晶の向こう側でニヤリとほくそ笑んだのである。


■■■■■


『掲示板見たよ……一人じゃ満足できないビッチなんでしょ…』
『はぁ?』

 私は学校の外で変態と遭遇した。
 お腹の出た典型的なアメリカ人と言うか……知らない男からビッチ呼ばわりされた私は呆然としていた。
 ハァハァと荒く息を吐きだすその相手は明らかに興奮した様子で、私は恐怖で固まっていた。

『ホアター! アチョッ』

 しかし一緒にいた笙鈴が秒で相手をノックダウンさせたので大した被害はなかった。…助かった。
 それにしても……掲示板? 一人じゃ満足できないって何? なんのこと?

『ありがとう笙鈴』
『何かしらね、気持ち悪い』

 いい汗をかいたとばかりに額を拭う笙鈴が気絶した男を見下ろして顔をしかめていた。
 頭のおかしい変態かなと2人で首を傾げながら、その男をその場に放置した。ドラッグでもキメてる頭のいかれた奴かなと決め込んでその時は放置したのだ。

 …だけど。

『Erikaでしょ? 掲示板見たよ』

『可愛い顔して大胆だねー』

『来いよ、沢山泣かせてやるから』

 おかしい。
 何かがおかしい。
 訪れる変態共は揃って私の…エリカちゃんの名前を知っている。そしてみんな言うのだ。私が変態であると。
 強引に犯されるのがお好みだとかとんでもない誤解をされ、度重なる襲撃を受けてようやく何かがおかしいと気づいた私はなるべく明るい時間に人通りの多い道を選んで帰っていた。
 こんな事が起きているのだと慎悟に相談すると、警察に相談してくれて近辺をパトロールしてくれることになった。日本にいる二階堂パパママにも相談したら、ストーカーかもしれないから知り合いの弁護士に連絡して調査を依頼すると言ってくれた。

 これで少しは落ち着くかな…と思ったけど、得体のしれない何かが陰で動いているようでどうにも気持ち悪かった。



『この女だ』
『早く連れて行けよ』
『私に触らないで!』

 ──まただ。
 突如現れた知らない男たちに路地裏へ引きずり込まれそうになったのを力任せに振り払った。今日は二人組で来たか…!

『なんだ? 追いかけっこか?』

 私が走って逃げると、ニヤニヤと愉快そうに笑う男たちが追いかけてくる。
 度重なる襲撃だが、慣れない。
 とにかく貞操の危機で恐ろしい。
 なぜ私を狙うのか。私の名を知っているのか。それが何もわからないから恐ろしくてたまらない。

 走って走って路地をぐるぐる巡る。
 慎悟が学校まで迎えに来てくれるって言うから通りで待っていただけなのに……!
 
『待てっ…このっ!』
『!』

 後もう少しで追っ手に捕まるという時だった。

「笑さんっ!」

 どこからか息を切らせた慎悟が飛び込んできた。それに驚いた男たちが手を伸ばしたまま固まっている。 

「逃げるぞ!」

 慎悟のほうが判断が早かった。私の手を掴むとすぐさま走り出した。私は走りすぎてクタクタだったけど、慎悟に引っ張られてなんとか足を動かせた。恐怖で本領発揮できなかったけど、慎悟がここに現れたことで余力が出てきたのだ。
 慎悟の手が私の手をしっかり掴んで離さない。私は彼の手を力強く握り返した。

 視界が涙で滲んで前が見えない。それは慎悟が来てくれた安心でもあるが、一番大きいのは恐怖である。
 怖い。なんでこんな目に合わなきゃいけないの。

 肺が痛い。足も痛い。苦しい。
 心も苦しい。
 
 走って走って、私が先程までいた場所に戻ってくると、慎悟が助手席を開けて私を車の中に入れた。そしてすぐさま運転席でエンジンを掛けていると、サイドミラーに追っ手の姿が映った。
 私が恐怖で「ヒッ…」と声を漏らすと、ブゥゥン! とエンジンを噴かせて慎悟らしかぬ乱暴な発進の仕方で車を発車させた。シートベルトを着けかけだった私はその反動で前のめりになってしまったが、慎悟が腕で庇ってくれたのでダッシュボードにゴツンはしなかった。

 その場に取り残された男たちがなにか騒いでいたが、何を言っているのかはわからない。
 とにかく私は恐怖で震えていたからそれどころじゃなかった。
 日本人にもガタイのいい男はいる。だけど外国人はそれ以上だ。囲まれて捕まりそうになって私は恐怖を感じた。
 男の手、襲われた恐怖。自分が殺された時の記憶とごっちゃになる。男たちの目的は恐らく私を乱暴することだ。だけど私の中では殺されるのと同等の恐怖だ。

 借りているマンションの駐車場に車が停まると、慎悟が「着いたぞ、降りれるか?」と声を掛けてきた。気遣うようにかけられたそれに、私の涙腺はとうとう我慢の限界を超えた。

「怖い…」

 怖くて怖くてたまらないの。
 震えが止まらない。私の心の奥深くに埋めてあったトラウマが蘇ってくるようで恐ろしくてたまらない。
 どうして私を狙うのだ。
 思い当たらない。怖い。怖いのだ。

 私はまた殺されるのかと。

 怯えて震える私を慎悟が抱っこして運んでくれた。私はもう成人したというのに、幼児戻りしたかのように体を丸めて慎悟にしがみついていた。
 慎悟が離れてくと不安で、私は彼からピッタリくっついて離れなかった。一人になるとまた襲われてしまうって恐怖がぶり返すのだ。

「…このマンションのセキュリティの頑丈さを知ってるだろ? 大丈夫。もう怖くない」

 慎悟は柄になく震えて泣き続ける私を抱きしめてキスして、一晩中抱きしめてくれた。優しく「大丈夫」と囁く声に縋るように、私は彼にしがみついて怯えていた。
 怖くてその日は眠れなかった。


■□■


 TRRRRR…!
 鳴り出した着信音に私はビクリと震えた。
 一晩中私を抱きしめてくれていた慎悟がベッドサイドテーブルに手を伸ばして、着信中のスマホを手に取る。
 通話をはじめると慎悟は起き上がり、私の頭をポンポンと撫でてベッドを降りた。そのままパソコンのあるデスクに近づくと、電源を付けていた。

 私は身体が鉛のように重くて動けなかった。単純に眠れなくて疲れが取れていないのだ。目を閉じてもまんじりともせず、朝を迎えてしまった。慎悟の寝息を聞きながら朝を待っていたのだ。

『…掲示板…?』

 電話口の相手と話している慎悟の口から出てきた単語に私は首を動かした。どうしたんだろう…相手は誰だろう…?
 慎悟が座っているデスクからカタカタとタイピング音が。続いて、カチンとマウスをクリックする音が聞こえた。

「……これは……」

 険しい声だった。慎悟は背中を向けているので彼の表情は窺えない。胸騒ぎがしたので身体を無理やり起こして、慎悟のもとに近づく。
 彼の視線の先にあるのはパソコンのモニター。
 パソコンのモニターの先には……

 なぜか、私の…エリカちゃんの姿をした私の写真がネット上に載せられていたのである。

「……なに、それ…?」

 私の声に反応した慎悟が振り返る。
 彼の表情は険しかった。ゆっくり席を立つと、私の視界を塞ぐようにその腕に抱き込んできた。
 だけど私は見てしまったのだ。

 慎悟が相手方と早口でやり取りしている。だけど私の耳にはその会話が入ってこなかった。
 なぜ私が掲示板のような所に載っているのか。
 …それも、アダルト目的の出会い掲示板みたいなサイトに……


 電話口の相手となにか約束を取り付けて通話を終えた慎悟は私をベッドに連れ戻すと、私を座らせた。
 そして私の手をニギニギしながら、言葉を探すように慎重に説明してくれた。

 二階堂夫妻のツテを使って相談していた弁護士から連絡が来たこと。
 ストーカーの疑いがあったのと、不特定多数の男たちの襲撃というのが引っかかったので、エゴサーチ含めてネットをくまなく調べると、“エリカ”が遊び相手を募集しているかのような書き込みを発見したそうだ。そこにはエリカちゃんの姿をした私の写真と、私の通う語学学校の住所、性的嗜好など……性的嗜好に至っては、無理やり襲われるのが好きだと嘘八百が書かれていたそうだ。

 その募集掲示板には見ず知らずの男たちからの卑猥な返信が殺到しているらしく、弁護士がすぐに削除要請、ネットに散らばった情報も専門業者に依頼して全て削除処理してくれるそうだ。
 そしてこの掲示板で私になりすました犯人を特定するために今から警察と裁判所に掛け合ってくるという弁護士さんからの連絡だったそうだ。

 慎悟はその問題になっている掲示板のページを読ませてくれなかった。
 見ないほうがいいと言われた。

「笑さんがあぁいう略語混じりな下品な文章を書くとは思っていない。あんな卑猥な募集するわけがない…ちゃんと犯人見つけ出してやるからな」

 俺に任せて今日は休んでろと私を寝かしつけようとしてくれたが、私は寝る気分にはなれなかった。

 誰だ、一体誰なのだ。
 ネットに載ったらそれが一生つきまとうというのに…
 昨日の強襲者も怖かったが、ネット掲示板になりすましで晒されていたという新たな事実に私は恐怖を感じた。
 誰かが私を陥れようとしている。明らかな悪意だ。下手したら私はまた殺されるのかもしれない。

 じわりと目元が熱くなった。
 滲んでくる涙を慎悟がキスして優しく宥めてくれるが、恐怖は一向に和らいでくれなかった。
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