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お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

雛子と都【後編・三人称視点】

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 恋人を姉に略奪される。
 そんな目に遭った都だが、高校ではいい友人に恵まれていた。友人たちが都を守り、支えてくれたので彼女は立ち直れた。
 都を裏切り、姉に鞍替えしたことで、校内での彼の評判はガタ落ち。都もその程度の男だったとさっさと見切りをつけ、校内ですれ違っても華麗に無視できるまでになった。

 しかし都の女性としてのプライドはずたずたになっており、恋に臆病になっていた。親が決めた相手と適当に結婚すればいいかと投げやりになっていた。
 その後も沢山の男性たちから愛の告白を受けるも、都はその全てが信用できなくなっていた。この人達もどうせ裏切るのだと。
 裏切られるのであればもう恋などごめんだ。どちらかが我慢しないといけない関係など私には必要ないとその全てを断り、学業に専念する毎日を送っていた。



 時は流れ、都は大学生になった。交流のある大学の合同サークルにて、彼女は運命の人と出会う。始めは引き気味だった都だが、彼の一途なアプローチに結局折れ、お付き合いを始めたのだ。
 似ている俳優はいるかと言われたら首を傾げてしまう、印象で言えばメガネの一言。彼はメガネにこだわりがあるのか、気分によってメガネを変えていた。
 コロコロ変わるメガネ。メガネ収拾が趣味なのだろうと、誕生日にメガネのフレームを贈った際は歓喜してそれを壊れるまで大事に使用したというエピソードもある。

 彼は溺愛が度を過ぎていてたまに鬱陶しく感じたが、自己肯定感の低かった都にはちょうどよかった。
 その相手との出会いが都の人生を大きく変えた。彼は都の姉と遭遇しても眉1つ動かさず、都にだけ愛をささやき続けた。
 雛子がどんなに贈り物をしても、接近しても、色仕掛けをしても、メガネの彼はなびかなかったのだ。

 ようやく、雛子が【妹から奪えない存在】が現れたのだ。
 

 結婚は都のほうが早かった。学生時代に婚約していた都と彼は卒業とともに結婚した。
 出産の方は雛子の方が若干早かった。出来ちゃった婚だったのだ。そのため、妹の都が結婚式を予定通り挙げるとなった時にひどい引き止めにあって大変だった。
 姉に恥をかかせるなと理由をつけて妹の結婚を遅らせようとしていたが、メガネの彼が「早く彼女と一緒になりたいんです!」とゴリ押しして都の結婚は予定通り行われたのだ。

 姉の結婚は計画する前から頓挫していた。妹に負けない盛大な挙式だったが、なんと言っても出来ちゃった婚である。ドタバタ準備したので、細かいところにまで気を使えなかったし、式の内容や着用するドレスにも制限があり、雛子の満足行くような式が挙げられなかったそうだ。
 子どもが大きくなった今でもそれを引き合いに出して、文句をつけ、何かに付けて競ってくる雛子は昔と変わらない。
 

 都が大人になって、子どもを産んで母親になってしばらくして理解したことがある。
 姉は両親の愛を独り占めしたかったのではないかってことだ。2年遅れで生まれた妹に両親の愛を全て奪われると必死だったのだろうかということ。

 結婚すれば、子どもを産めば変わるかもと思っていたけど、いくつになっても姉は競ってくる。
 それが更にエスカレートして、自分の子を使って、息子の慎悟に危害を加える様になってからは、都もなりふり構わず苦情を訴えた。甥を捕まえて注意することもあったが、流石はあの姉の息子である。…都は何度も手を焼かされた。
 さすがにそれには鈍感な両親も異変を感じて、その度に彼らを叱責していたが、反省の色はない。ここまで来てしまえば雛子はもう変われないと都は諦めた。

 そして一人息子の慎悟を守るために、姉と甥が参加する集まりには不参加に徹するようになった。両親はひどく寂しがったが、息子を守るためだったのだ。


 以降、都は彼らとしばらく会わずにいたが、そうは行かなくなった。何故かと言うと都の父、慎悟にとっての祖父が病に倒れたと連絡を受けたのである。駆けつけた病院で雛子達と久々に再会したのだ。
 …だけど彼らは変わらなかった。あのまま歳を重ねただけのように見えた。期待していたわけじゃないが、ますます失望してしまった。

 都の父はもう少し発見が遅ければ植物状態だったであろうとのことだった。間に合ってよかったと都は安堵のため息を吐いた。
 病院のベッドでは管に繋がれた父…しばらく見ないうちに老年に差し掛かった父が静かに眠っている。一緒にお見舞いに来た慎悟は老け込んだ祖父に近づいてその姿をじっと見つめていた。
 付添いの母が看護師と話をすると言って席を外すと、雛子はそれを見計らったかのように話しかけてきた。

『ねぇ都、うちの子が今度進学するのよ。進学にも色々お金が掛かるから…わかるわよね』
『…は?』

 久々に会った妹に対していきなり金の話。都は顔を顰めて姉を見返した。
 何の話だと聞き返したかったが、都はなんとなく察してしまった。

『私は姉なのよ? ずっと不義理を働いていたあなたと違って、私はお父様に頻繁に会いに行っていた。あなたは空気を読んで遺産を辞退するのが筋合いでしょ?』 
『こんな時に何を言ってるの…』

 こんな時に金の話。
 直ぐ側で実父が眠っていると言うのに、遺産の話だと。
 父は遺言書を用意しているであろう。平等に行けば母親が二分の一、姉妹は四分の一ずつ相続するが、都は今までの不義理もあるため、母に自分の分を全て渡そうと考えていた。
 姉は自分の取り分だけを好きに扱えば良い。それで相続の話は終わりだと思っていたのに。

『あの家と土地は立地が良いから高く売れるわよね、私には介護とか無理だから、お母様はあなたのところに置いてあげてね』

 いつかは話し合わなきゃいけない話だっていうのはわかっている。それが今だったのだと都は自分に言い聞かせた。姉の言っていることは一理ある。雛子のほうが現実的に先を見据えているのだろうと。
 だけど父が倒れてしまった一大事にまで、姉の強欲さを目の当たりにしてしまい、都の目の前が真っ赤になった。

 金でこの姉と姉妹の縁が切れたらいいのに。
 都は激高を抑えきれそうになかった。

『あなたって人は…!』
『…母さんも、伯母さんも…お祖父様の前でそんな話をして恥ずかしくないのですか』

 静かに止めたのは、ベッドで横になって眠る老人の手を握る慎悟だ。
 彼はここに来てずっと無言であったが、久々に再会した祖父が管に繋がれた状態であることに心痛めている様子であった。
 息子の言うとおりだと都は自分を恥じた。せめて場所を変えるべきだったと反省していると、慎悟のその発言が気に入らなかったらしい、都の甥である泰弘が鼻で笑っていた。

『ふん、なにいい子ぶってんだよ』
『…悪ぶりたい年頃ですか? 相変わらずですね、泰弘兄さん。…俺は間違ったことを言っていますか? 常識と礼儀に則った発言をしているつもりですが』

 泰弘の挑発に慎悟は慇懃無礼に返した。
 幼い頃は感情的に従兄に反発していた慎悟はいつの頃からか、従兄弟たちの仕打ちに我慢して耐えるようになっていた。  
 …あの頃の慎悟は幼い頃の私と同じだ。押さえつけられて、苦悩して諦めて…我慢していた。私は息子が苦しんでいることに気づいていたようで、全く気づけていなかったのかもしれない。
 もっと早くこの親子との関わりを絶っていればよかったと後悔しても、もう遅い。

 都は過去の自分の行動を悔いたが、慎悟はもうあの頃の幼い子供ではない。
 中学2年生なのに、大人びた考えを持つ息子はしっかり者で、加納夫妻自慢の息子だ。…今はまだ、都と身長がそう変わらない慎悟は幾分か背の高い泰弘を見上げていたが、その瞳に恐れはない。

『…ご、しん…ご、か…?』

 ここで口論が始まるのかと思われたが、目覚めた祖父の声に慎悟は即座に反応した。
 ぼんやりとしているが、久々に再会した孫息子のことはすぐに分かったようなので、都はホッとした。 

『お父様、お医者様とお母様を呼んでまいります。安静にしていてください』

 流石に目が覚めた当人の前で遺産の話をする気はないのか、雛子たちは席を外すことで誤魔化していたが……先程の話はしっかり父の耳に入っていたらようだ。
 「弁護士に遺言書を任せている。勝手なことはさせん」と雛子は念押しされていた。おおらかな父親でも流石に聞き流せなかった話のようだった。
 完全に身から出た錆だと言うのに、いい年して親に叱られた雛子は「お前のせいだ」と言わんばかりに妹を睨みつけていたのである。


 その年から様子伺いも兼ねて、定期的に実家に帰るようになった都。孫息子の慎悟に会いたがる父の希望に沿って、いつも慎悟と一緒に訪問していた。
 中学生が年寄りと一緒にいても共通の会話が見つからないであろうに、慎悟は祖父のために話題を見つけては楽しませようとしていた。祖父もそんな孫息子をいたく可愛がった。
 一時は危ない状態に陥ったものの、ゆっくり時間を掛けて徐々に良くなった彼は、慎悟と一緒に趣味の神社・仏閣巡りに出かけたりするようになったのだが、そんな様子を面白く思わない人間がいた。

 言わずもがな、雛子と泰弘である。
 多分彼らは、苦労せずに何かを得たいのであろう。慎悟と都は見返りが欲しくて動いているわけじゃないのに、彼らにはそう見えるらしい。
 
 彼らはきっと奪う側の人間なのだろう。
 どんなに対話を求めても、わかり合うことは決してない。きっとそれが生きがいになってしまっているだろうから。
 ──人を変えることは難しい。
 苦手な人と遭遇した場合、出来ることといえば……自分が変わるか、距離を置いて離れるかしか解決方法はない。

 いくら肉親であろうと、合わないものは合わないのだ。血がつながっていても別の人間なのだ。
 肉親だからと搾取されなきゃいけない道理などない。あるはずがない。


 あの日、プールで死の淵をさまよった息子を思い出して都は苦い思いに襲われた。
 あの日までは、都は甥の泰弘を不憫に思っていた。泰弘は実母である姉の見栄に振り回されて、ちゃんとした愛情を受け取っていないと感じたから。
 母親同士の確執は子どもには関係ない、叔母である自分が彼としっかり向き合って言い聞かせればきっと息子と仲良く出来ると思っていたが……それはあの日潰えた。
 従兄弟同士である彼らは、都達姉妹と同じようにこれからも分かり合える日は来ないであろうと。

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