53 / 55
続編・私の王子様は今日も麗しい
逆恨みも大概にしてください。
しおりを挟む立て続けに起きるモートン家の礼を失する行為の数々には、ステフだけでなく、フェルベーク公爵家とブロムステッド男爵家もおかんむりだった。
それに加えて今回の水没事件は彼らを本気で怒らせてしまった。
正式な抗議だけでなく、モートン侯爵一家が出席する場には参加しないとあちこちに公言しているそうだ。
そのせいで、モートン侯爵一家に近づく人はいないらしい。もともと負債で首が回らなくなった時点で、遠巻きにされるようになっていたそうだが、ここに来て彼らはぎりぎりの崖っぷちに立たされていた。
フェルベーク公爵家は色んな場所へ圧力をかけて経済制裁したとか。
ブロムステッド男爵家は、それ以上の制裁を加えた。
ブロムステッド領には、生活に必須のなくてはならない主要産業があって、それが欠けたらかなり生活に影響の出るものばかりだ。
それを別のところで購入する手もあるけど、割高で質が落ちる。金銭的に困窮しているモートン家には厳しい制裁だろう。
普段は穏やかな伯父様伯母様だけど、怒らせたら怖いのである。
娘のやらかしで立場がなくなったというモートン家の当主は平伏して謝罪してるけど、許せる限度を超えているため当然のことながら門前払いだ。
マージョリー嬢は現在、王城の地下にある貴族専用の牢へ収容中で、少なくとも無罪にはならないだろうって話だった。
でもやっぱり貴族という特権階級があるから、どこか甘い処分になるだろうなと私は思っていた。
意図的に悪意を持って傷つけたにも関わらずに、侍女さんには怪我を負わせたのに、私を殺そうとしたのに、だ。
◆◇◆
今となってはお城の中が1番安全なのかも。
そんな気分でのほほんと中庭を侍女・護衛さんたちとともに歩いて散歩していた私は、平和を噛み締めていた。
──パリーンッとなにかが割れる音と、興奮した獣の鳴き声が聞こえるまでは私は平和を謳歌していた。
「何事だ!?」
異変を察知して即座に警戒してみせた護衛騎士たちは私を背中へ庇う姿勢を見せた。すると、がさがさっと茂みが動き、それらは飛び込んできた。
「フシャーッ!」
「うわぁっ!?」
見た目は愛らしい猫のはずなのに、その猫の目は明らかにイっていた。鋭い牙の生えた口を大きく開けて騎士の頭へ飛びつくと、ガブリと噛み付く。
「いてぇぇ!」
細く鋭い牙が首の柔らかい皮膚に喰い込んだようで、現在進行で被害に遭っている騎士が悲鳴を上げる。
「お、おい大丈夫か」
「ゥナァァン!」
「な、なんでここに猫が」
まさかの刺客に騎士も戸惑いを隠しきれない。
しかもその猫は図体も大きく、凶暴なのだ。他の騎士が引き剥がそうとするも、猫が爪を立てており、なかなか剥がれない。
「私におまかせを。こう見えて、私は猫の扱いに慣れて…」
「ミギャアアアーッ!」
「きゃあっ!?」
自信満々に猫の処理を買って出た侍女だったが、さらなる刺客が彼女を襲った。彼女の背後から飛びついてきた影が、彼女の腕に噛み付いてきたのだ。
「いたぁぁい!」
侍女は涙目で悲鳴を上げた。いくら猫の扱いが得意でも、痛いもんは痛いだろう。
突然出現した猫たちはやけに攻撃的で、騎士や侍女を混乱させていた。
お腹が空いているとかそういう雰囲気はない。敵意を持って襲ってきた風に見えるが、私達は猫になにかしたわけでもない。
猫たちの勢いは収まる気配はなく、血の味に興奮したのか余計に凶暴化しているように見えて、どこか異様だった。
ここで丸腰のまま手を出しても、私まで怪我をする流れだ。
なにか大きな布かなにかで猫の視界を奪ったら捕獲できるだろうか。私はくるりとあたりを見渡した。
そういえば、庭師さんが植物に霜がつかないように大きな布を使用していたことがある。道具置き場にあるかもしれない。
運良くここから距離も近い。ちょっと拝借して猫を引き剥がしてしまおう。
「…むっ!?」
そう思って私は歩を進めたのだが、にゅっとどこからか伸びてきた腕に口元を塞がれて、そのまま別の場所へ引きずり込まれてしまった。
◆◇◆
年がら年中、一定の温度に保たれている温室内に連れ込まれた私は、そのまま地面に投げ捨てられた。
「…ぃたっ!」
どしゃりと地面に体を叩きつけられた私は痛みにうめいた。なんという乱暴な。誰だこんなことをするのは…!
顔を上げた先には見覚えのある危険な実をつける植物が立っていた。
あっ、ミフクラギ。
「本当に目障りな女だ。レオーネ・フェルベーク」
嫌味なその声。
それを確認するために振り返らずとも、相手が誰だかわかる。
私は素早く立ち上がると、相手から距離を取るために後ろへ下がった。
この温室へ私を連れ込んだのは、モートン兄だった。
彼は何故か苛立たしそうに首元のクラバットを緩める仕草をしながら、私を睨みつけていた。
「格下の子爵家との縁組は私としても反対だったから、マージョリーと王族の縁を結ばせるつもりが失敗したよ。……それだけでなく、フェルベークとブロムステッドが圧力をかけてきて、我が家は大変なことになってしまった」
それは、私のせいだと言いたいのか?
だがそれはとんでもない勘違いだぞ。なぜ今になってもそれがわからないのか。
「病弱で役に立たない、そのうち消えるだろうと言われていた第3王子がここまで頭角をあらわにするとは思わなかったよ」
私が黙って睨みつけていると、モートン兄はステフの話をし始めた。
「あの王子に取り入ろうにも警戒されて、なかなかうまくいかなかった。仲良くしてやろうと声をかけてやってるのに、それを無視する」
それは貴族らしい打算と逆恨みも含まれているように聞こえる。相手にしてもらえないのがよほど気に入らなかったらしい。
相手は王族だ。それなのにモートン兄はステフを格下のように見ているようだ。
その態度は不敬に値するし、彼はどこまでいっても上から目線すぎた。
「…気に入らない。この私をコケにしてくれたんだ」
そう言って私に近づいてきた男の目は、興奮した獣のような目をしていた。
身の危険を感じた私はすっと片足を引いていつでも攻撃を交わせるように身構えた。
「あなたが彼を見くびって見誤っていただけでしょう。相手にされないのは、相手にする価値がないと判断されたからでしょう。あなたが打算で相手を判断するようにステフだって同じことをしただけじゃない」
ステフにだって私的に誰と交流するかを選ぶ権利はあると思う。
もちろん、彼には公的な立場もあるから、社交として付き合わなきゃいけない部分もあるだろうけど。
それはそれとして、私的な交流を断られたからって逆恨みが過ぎるんじゃないだろうか。貴族だってみんながみんな仲良しってわけじゃないでしょ? 仲の良くない人とは衝突しないように距離を置くのが一番平和な過ごし方だと思う。
それなのに、彼はそれが認められないみたいだ。ステフに拒絶されたのがよほど嫌みたい。
──最初にステフを拒絶したのはモートン兄妹なのに。
「仲間外れされて、悔しがっている小さな子供みたいなことを言っている自覚はある? そんなんだからステフに嫌われるのよ!」
「貴様、この私に向かって生意気な口を…!」
カッとなったモートン兄は顔を真っ赤にして私に向けて腕を伸ばしてきた。
殴られるのかと思ったら、その腕は胸元を掴んできたではないか。ぐっと力を込められ、ドレスの布地がびりっと嫌な音を立てる。
「私に逆らったんだ。その分のツケは払ってもらうぞ。…お前は顔だけはいいからな。十分楽しめるだろう」
ニヤリといやらしい笑みを浮かべるモートン兄。
私は嫌悪感を隠さずに相手を睨み付けた。
45
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
中将閣下は御下賜品となった令嬢を溺愛する
cyaru
恋愛
幼い頃から仲睦まじいと言われてきた侯爵令息クラウドと侯爵令嬢のセレティア。
18歳となりそろそろ婚約かと思われていたが、長引く隣国との戦争に少年兵士としてクラウドが徴兵されてしまった。
帰りを待ち続けるが、22歳になったある日クラウドの戦死が告げられた。
泣き崩れるセレティアだったが、ほどなくして戦争が終わる。敗戦したのである。
戦勝国の国王は好色王としても有名で王女を差し出せと通達があったが王女は逃げた所を衛兵に斬り殺されてしまう。仕方なく高位貴族の令嬢があてがわれる事になったが次々に純潔を婚約者や、急遽婚約者を立ててしまう他の貴族たち。選ばれてしまったセレティアは貢物として隣国へ送られた。
奴隷のような扱いを受けるのだろうと思っていたが、豪華な部屋に通され、好色王と言われた王には一途に愛する王妃がいた。
セレティアは武功を挙げた将兵に下賜されるために呼ばれたのだった。
そしてその将兵は‥‥。
※作品の都合上、うわぁと思うような残酷なシーンがございます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※頑張って更新します。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。
※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。
元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。
破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。
だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。
初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――?
「私は彼女の代わりなの――? それとも――」
昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。
※全13話(1話を2〜4分割して投稿)
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる