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運命の相手と言われても、困ります。
私の家族と住んでいた街を紹介します。
しおりを挟む私の初恋の相手だと判明したステファン王子からのプロポーズを受けた私は、彼とともに一旦故郷へ帰ることになった。
いわゆる私の両親への結婚の挨拶のためである。
前もって連絡をしていたので、久々に再会した両親は一張羅を身に纏って腰低めに応対していた。歳が離れた弟はむっすりしながら王子を右から左から観察していた。
「はじめまして、クアドラさん。私はステファン・フレデリク・クランツと申します。本日はお時間を頂き誠にありがとうございます」
「ようこそ我が家へ。ステファン王子殿下、この度はご足労いただきありがとうございます」
「どうぞどうぞ狭苦しいところですが」
王子が挨拶をすると両親はぺこぺこ頭を下げながら、家の中に案内してきた。客間に通されてお茶を出されると、挨拶もそこそこにして彼が私との結婚を許してくださいとお願いして、両親がうろたえながら「ふつつかな娘ですが」と前のめりで差し出すという流れがあった。
もうちょっと何かないのかなと不満には思うが、両親はこの結婚に賛成のようである。私が運命の花嫁として選出されたと前もって連絡を受けていたからすでに覚悟を決めていたのだろうか。
「それにしてもレオーネ、すっかり変わったのね。どこからどう見ても貴族の娘だわ」
しんみりした顔でお母さんに全身を見られて、私は少し落ち着かない気分になる。
「変な感じね。私は貴族であることを捨てたのに、娘のあなたが王族の男性の元へ嫁ぐことになるなんて」
そう寂しそうに笑うものだから、私までなんだか寂しくなってしまった。
私は結婚適齢期真っ最中だから、近い未来に結婚して家を出ることが確定していたけど、いざその話が本決まりになると家族と離れるのが辛くなる。
「幸せになるのよ」
「うん、きっと」
お母さん知ってる? 彼は私の初恋の相手だったんだよ。弟の出産後の体調が戻ってこっちに戻る前に、私が家に戻りたくない、ブロムステッドにいたいと泣きわめいていた時のこと憶えてるかな?
私、初恋の人と再会したの。彼を再び好きになったんだよ。
それを言おうかと思ったけど、すぐ側に本人がいるからやめておこう。なんか恥ずかしいし。
テーブルではお父さんが王子とふたりで真面目な話をしていた。これからの流れとか、私の身分のこととか、私が貴族社会に馴染めるかとか、他の貴族たちから攻撃を受けないかとか、お父さんは心配事を王子に投げかけていた。
攻撃に関してはいろいろ受けたから今更かな。今でもどこかに毒とか暗殺の罠とかが転がってそうで恐ろしいけど、周りの人が守ってくれるから、私もしっかりしなきゃね。王子と周りの使用人や騎士たちが守ってくれなきゃとっくの昔に死んでたと思う。
「姉ちゃん、まじで結婚すんの?」
ずっと不機嫌そうに黙っていた弟がぶすくれた顔で聞いてきた。
「苦労するぜ、絶対に」
歳の離れた弟のセリオはあまり賛成じゃないみたいだ。
彼の言うことは一理あるので、私は苦笑いを浮かべる。
「でも私、彼と一緒に行くよ」
苦労するだろうなってのは承知の上だ。
私はいつの間にか彼を愛してしまっていた。今となっては彼から離れようとは思えない。彼以外の男性の元へ嫁ごうなんて考えられない。
それに思うのだ。
これからやってくるであろう苦労以上に彼は私を愛して、守ってくれるって信頼感があるのだ。だから私は彼を信じる。これから先の人生、彼に寄り添って私に与えられた責務を果たしていくつもりだ。
弟は私の顔を見上げてぐっと歯を噛み締めていた。そして大きな音を立てて部屋を飛び出してしまった。
「お姉ちゃんを取られて悔しいのよ。そっとしておきなさい」
王子とお父さんの話し合いが大方終わると、私は育った家を後にした。その時、弟はお見送りに来てくれなかったけど、彼がそっと教えてくれた。2階の窓からこっそり見送っていたよって。
「それを君に教えようとしたら、セリオ君は引っ込んでしまったから」
「すみません、弟はまだまだ子どもなもので」
私が代わりに無礼を謝罪すると、彼は「いいんだよ、お姉さんを私に取られたみたいで悔しいんだろう」と笑って返した。
最初から最後まで王子のこと睨んで気に入らなそうにしていた我が弟よ、相手がこの人じゃ無かったらただじゃ済まなかったかもしれないんだぞ……
再会した当初は怖い人な印象しかなかったけど、ステファン王子本人はそこそこ寛容な人なんだよ。彼の優しさに感謝せねば。
彼が差し出した腕にそっと手を回すと、私たちは細い路地を歩きはじめた。あぁ、変な気分だ。以前まではこの辺を一人で駆け回っていたのに、今の私はレディのようにしずしずと歩いている……
私を知っている人がこれを見たら驚くだろうな。
平民が住まう街に現れた豪華な馬車の周りには少し空間を開けて人だかりが出来ていた。
珍しいもんね、こんな高そうな馬車。ここの領主が来たんじゃないかと物珍しい気持ちで集まっているのかもしれない。
「えっ……ちょっと、あの子って……」
「嘘でしょ、誰あの美形……!」
「最近姿見せないと思ったら」
ひそひそひそっと陰口になっていないそれを叩く声も何だか懐かしい。私がちらりとそちらを見たら、同年代の女の子集団がこちらを凝視していた。
あぁ、彼女たちの悪口もこれで聞き納めかなと思うと少し寂しいような、スッキリするような……
「久しぶり」
悪口言われるだけで全然仲良くなかったけど、一応挨拶くらいはしておこうと話しかけると、「やっぱり! レオーネ!」と誰かが興奮した様子で叫んだ。
私だとわかると、彼女は町娘の気安さで私の腕をべしんと叩いてきた。
「なにその格好!」
「誰なの、この人!」
彼女たちは私が逃げられないように腕を掴んで拘束すると、唾が飛んできそうな勢いで尋ねてきた。
「この方は隣国の第3王子ステファン殿下よ。近々彼と婚約するの。今日は家族に婚約前の挨拶に来たのよ」
私の腕をギリギリと掴むその子には好きな人がいるはずなんだけど、それでも他の男の人に興味が沸くものなんだろうか。
これまでずっと、彼女の好きな人が私に話し掛けて来ただけで、「尻軽女」と他の女子と結託して聞こえるように私の悪口を言っていたはずなのに。今はその好きな男子とはどうなったんだろう。
「お、王子と?」
彼女は顎が外れそうなほど口をぱっかり開けていた。衝撃に耐えられないらしい。周りにいた彼女の友人たちも同様だ。拳一つ入りそうなくらいぱっくり口を開けている。
彼女たちへは詳細を事細かに話す必要はないだろう。直接関係ないことだから。
「彼はいずれ公爵位を継承する予定なの。私も親戚の公爵家へ養女に入って、彼の元へ嫁ぐの」
私の母が元男爵令嬢だったのはここの人は知ってるだろう。その為、親戚に貴族がいるのは当然のことで。
今は公爵夫人になるために必要なことを色々習っているのだと言えば、彼女たちは立ったまま気絶していた。なんて器用な真似をするんだろう。
「嘘だぁぁぁー!」
「騙されてる! その男に騙されてるんだレオーネ!」
その端では顔見知りの男の子たちが一目憚らずに大泣きしていた。
「レオーネ! 目を覚ますんだ、今なら間に合う!」
彼らの必死の訴えに私は引いた。まるで私が結婚詐欺にあっているみたいな言い方して……この人本物の王子様だよ……失礼なことしたら不敬罪になっちゃうんだから。
人聞きの悪い事を言われた王子は私を腕に囲って逃げ出さないように拘束してくる。私の耳元で「私がレオーネを騙すわけがないだろう」とつぶやくのが聞こえた。
そして女の子たちは石化から未だに解けていない。
なんだ、これ。
「レオーネちゃん、幸せになるんだよ」
「それにしてもいい男つかまえたねぇ」
近所のおばちゃん達は心配してそうな様子だったが、私の幸せを願ってくれた。
「レオーネちゃんは市井にいるにはもったいない位の美女だから、収まるところに収まった感じだね」
「街の男の嫁になるにはもったいなさすぎた」とおばちゃんが言うと、男の子たちの嘆く声が更に増して喧しくなった。おばちゃん、火に油を注ぐのやめてください。
「てっきりビセンテ様の所に嫁ぐかと思ってたけど、連れて帰ってきた相手が王子様とは恐れ入ったよ」
近所のおじさんがポロッと漏らした言葉に即座に反応したのは王子だった。
「……誰のこと?」
翡翠の瞳を眇めてこちらを疑いの眼差しで睨みつける彼。
前までなら私はそれに怯えていたところだけど、今はそれが私を好きすぎる故に眼光鋭くなってしまうのだと、わかっているから一々怯えたりしない。
「この領地で一番の大富豪様です。前々から沢山の縁談を頂いてて、一番幸せになれる所に嫁がせようと母が話に乗り気だったんですが……」
私とビセンテ様との年の差が15歳。歳が離れてるのがなぁとお父さんが心配して、保留になってたんだよね。
私よりも、ビセンテ様とお父さんの歳が近いんだもの。心配するのは仕方ないと思う。ちなみにお父さんは38歳になったばかりだ。
ビセンテ様が誰かと聞かれたので教えてあげたのに、彼はむっすりする。まるで子どもみたいにいじけるんだから。
仕方のない人だな。
「あなたのプロポーズを受けたのに、今更他の人の元へ行くわけがないでしょう。あなたを愛しているからその手を取ったのに」
宥めるために彼へ愛を囁くと、王子の目がギラリと光った。
──そして、大衆の前で私の唇を奪ったのだ。
「キャーッ!」
「やめろー俺たちのレオーネを汚すなー!」
「許すまじー! 王子だがなんだか知らねーけど絶対に許さん!」
黄色い声を開ける女性陣の声が掻き消されるくらいの怒声を上げたのは男の子たちである。
「──うるさいな。誰のって私のレオーネなんだけど」
「殿下、もう行きましょう。これ以上騒ぎになるのは私が耐えられません」
王子殿下が庶民に対抗しないでほしい。
彼の胸板を押し返して口づけを拒むと、彼は私のおでこにコツンと自身のおでこをくっつけて瞳を覗き込んできた。
「君がこれまで無事だったことに感謝しなくては」
私が彼の瞳の美しさに見惚れている間に再度唇を奪われ、男の子たちの絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。
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