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最終章 Side:愛梨
23話
しおりを挟む扉が閉まるパタンという音が聞こえた気がして、浅い眠りからふっと意識が浮上する。うっすらと目を開けると、そこは自分のベッドの上だった。仄暗い室内で視線を動かすと、扉を閉めた人影がベッドの傍に近付いてきた。
「……ユキ…?」
「あぁ、愛梨。起きた?」
声を発すると、雪哉も愛梨の目覚めに気付いたらしい。パチ、と音がしてベッドの傍にあったスタンドライトにオレンジ色が灯ると、雪哉がそっと顔を覗き込んできた。
「身体辛い?」
「え、いや……大丈夫、だけど…」
体調を確認されてぼんやりと答える。手を動かすと一応布団が掛けられているが、その下は何も身につけていない状態だと気付く。
そこでようやく自分が置かれている状況を思い出した。自分のベッドに裸で入ったことなどあるはずもなく奇妙な羞恥心を感じたが、雪哉が
「恥ずかしい?」
と笑いながら耳元に問いかけてくるので、急激に先程の体験を思い出して一気に覚醒した。
雪哉との行為の最初から最後までを映像付きで高速再生した愛梨は、ぼんっと発火した顔を両手で慌てて包み込む。
(ユキは恥ずかしくないの……?)
愛梨は顔から火が出そうなほど恥ずかしかったのに。あんなに近くで雪哉の体温と香りを感じて、本当の意味では知らなかった雪哉の『15年間』をまざまざと教え込まれて、もういっぱいいっぱいだったのに。しかも雪哉も、苦しそうな顔までしてたのに。
普通に立って歩いてる。愛梨は……多分、今はまだ立てないと思うのに。
「あれ? ユキ、服が違う…?」
ベッドに腰掛けて顔を覗き込んでくる雪哉の服装が記憶と異なる。確か先程までは裸で、その前まではスーツを着ていた筈なのに、今は見たことがない薄手のロングシャツとスウェットを身に着けている。
「ああ、勝手に鍵借りてごめん。1回、着替え取りに家に帰ったから」
あっけらかんと言う雪哉に驚きはしたものの、結局『はぁ』と気の抜けた返事をする。どうやら愛梨が眠っている間に、この部屋の鍵を施錠して一旦帰宅し、着替えて必要なものを手にし、またこの部屋に戻って来たようだ。言われて時刻を確認すると丁度日付を跨いだところ。愛梨が眠っていたのは2時間程らしい。
「そのまま帰ったらよかったのに…」
もう週末だし、雪哉も疲れているはずだ。新聞受けから中に鍵を入れて、メッセージでも残して置いてくれればそれでよかったのに。なんて考えていると、雪哉の指先が愛梨の頬をむにっと摘まみ上げた。
「愛梨? それ、彼氏に対して言う言葉?」
にっこりと意地悪な笑顔を浮かべた雪哉だが、怒っている様子はない。むしろ嬉しそうだ。
(彼氏……ユキは、彼氏、なんだ……)
その顔を眺めながらぼんやりと思う。ごく自然に『彼氏』だと主張してくる雪哉には一切の迷いも淀みもない。甘い関係へ色変わりした響きを胸の奥に掴まえ、愛梨は1人でこっそりと照れた。
思い出すと、また恥ずかしくなる。散々『初めては痛い』と周りに笑って脅され、実際確かに痛かったが、思ったよりは、気持ちよかった。と思う。でもそれ以上に恥ずかしかった……。
「勝手にシャワー借りたけど、何かすごい甘い香りがする」
照れに照れを上塗りしていると、雪哉が腕を動かして自分の身体の香りを確かめ出した。どうやら一旦自宅に赴き、風邪を引かないように戻ってきてからこの部屋でシャワーを浴びたようだ。よく見ると雪哉の黒髪はまだしっとりと濡れている。
「ほんとだ……ユキから甘い匂いがする」
雪哉の手を取って香りを確かめると、愛梨の好きな花の香りが広がった。SUI-LENでは洗顔料とボディーソープの取り扱いはあるが、シャンプー類の開発が進んでおらず使用しているのは自社製品じゃない。
愛梨が気に入って使っているシャンプーはフローラルな甘い香りがするので、男性はあまり好まないのかもしれない。
ユキはこの香り嫌い?
鼻先に近付けていた雪哉の手を離しながら、そんな事を訊ねようと顔を上げると、熱を含ませた視線がまたじっと愛梨を見下ろしていた。
「もう1回しようか、愛梨」
「え、え……!?」
何を、と言うのは聞かなくてもわかる。ベッドに乗り上げて上に跨ってきた雪哉が、愛梨の身体をシーツの上に押し戻してくる。そのまま顔の横に両肘をつき顔を近付けられた。
「いや、無理無理無理」
「無理って言わないの」
甘美な視線で誘う雪哉の片腕が顔の隣から外され、そのまま下に降りていく。そして裸の肌をゆっくりと撫でられると、布越しに触れた場所が、またほんのりと熱を持つ。
「俺は、何回しても全然足りない」
まだ15年分の感情を表現しきれていなくて、15年分の愛梨の感覚を取り戻していない。
そう言って首筋に舌を這わせる雪哉の力には適わず、愛梨はまた甘い声を上げさせられ、夜の長さを味わった。
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