73 / 113
21
第20楽章 僕らの行く末
しおりを挟む空気に春の気配が混じり、ノートヴォルトが寒さに文句を言う日も減ってきた。
短い春休みのあとは、コールディアも2年生に上がる。
2年に上がりすぐに学生が悩むのが、進路の決定だ。
2年から授業内容はより専門的になり、卒業後に就く職業のための科目を取ることになる。
コールディアはグラスハープが楽しかったために漠然と魔奏科に入り続けてしまったが、進路となると悩ましい。
それなりにいい仕事に就かないのなら、実家の農業を手伝うことになるのだから。
王立に通っているのに、それはもったいない。
演奏のプロの他に、魔奏科から進める道はなんなのかを真剣に考える時が来たのだ。
週末、ノートヴォルトのやや散らかった部屋を片付けながら次の週には始まる学校を前に、彼女はどうしたものか悩んでした。
「溜息多すぎ。どうしたの」
珍しくピアノの前ではなく、ローテーブルの上の本の山を前にノートヴォルトが聞く。
彼女は棚の埃を拭く手を止めると、進路について話した。
「魔奏科って、どんな進路があるんです?」
「普通入学前に決めない?」
「いや、グラスハープやりたいなって思ったら自然とですね…」
「奏者じゃだめなの?」
「うーん、なんか違うんですよね。趣味っていうわけでもないけど、奏者ってわけでもない…なんか入学の時と随分気持ちが変わってしまった気がします。勿論グラスハープは今も好きだし弾きたいんですけど」
「王立を出ていれば学科に関係なく割と仕事はあるよ…好きな内容かは別だけど。まあ魔奏科のセオリーとしては演奏家、楽器の講師、あとは音楽の教師ってのも多い」
コールディアは拭き掃除を再開すると「それはわかってますよー」と言った。
「そのどれもしっくりこないんですよ。なんか急に目標見失った感」
「じゃあ科に関係なくしたいと思うことはないの?」
コールディアは考える。
本当に自分がしたいこと。
本当に自分がなりたいもの。
今1番強く思うのは、1つしかない。
可能かどうかを考えないでいいのなら、ノートヴォルトを支える何かになりたい。
「念のため聞きますけど、先生のお嫁さんていう馬鹿げた回答は…」
「君ね…」
「はい冗談です冗談てことにしてください」
ノートヴォルトの所有者の刻印は一生付きまとうのだろうか。
ずっと“兵器”を続けることはできないだろう。
兵器としての役目を終えるのはいつなのか。終えた時彼はどうなるのだろうか。
もし自由を得ることができたのなら、本当は彼は何になりたかったのだろう。
それとも、そんなことすら考えることは許されなかったのだろうか。
「聞いていいですか」
「馬鹿げたことじゃなければ」
「先生って、もし自由な身だったら何がしたかったんですか?」
「僕? …考えたこともなかった」
やっぱりそうなんだ、と少し寂しい気持ちになる。
自分の未来すら自由に想像できない人生を思うと、切なくなってくる。
「あまり変わらないかもしれない」
少ししてからノートヴォルトが言った。
「変わらない?」
「自由な身ということは、連れてこられなければということだろう? どちらにしろピアノには夢中になっていたし、音楽の道に進む可能性は高かったんじゃないかな。ただあの村にいたらそれも難しかったろうけど」
彼は「つまりね」と続ける。
「僕はこの音楽教授という仕事自体は気に入っているんだ。あの学院は僕にとって檻だけど、同時に居場所でもある。何もなければ、このままでもいいと思ってしまうくらいには」
掃除の手を再び止めたコールディアは、ソファの隣に腰を下ろした。
「先生が全てを悲観しているわけじゃなくてよかったです」
そう言って柔らかな手を本の上に乗せたままになっている彼の手の上にそっと重ねてくる。
「君にも――」
――出会えたしね。
そんなことを言ってどうするのだろう。
こんなに惹かれてしまってどうするのだろう。
僕も好きなようにずっとピアノを弾いて、君に「気持ちよかった」と言われる演奏が続けられたら、どんなによかったことか。
好きと言えなくても、好きと思うことは許されるのだろうか。
愛し愛される資格はなくても、愛しく想うことは罪ではないのだろうか。
重ねられた手を、ぎゅっと握ってしまう。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】
ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。
「……っ!!?」
気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
オークションで競り落とされた巨乳エルフは少年の玩具となる。【完結】
ちゃむにい
恋愛
リリアナは奴隷商人に高く売られて、闇オークションで競りにかけられることになった。まるで踊り子のような露出の高い下着を身に着けたリリアナは手錠をされ、首輪をした。
※ムーンライトノベルにも掲載しています。
【R18】幼馴染な陛下は、わたくしのおっぱいお好きですか?💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に告白したら、両思いだと分かったので、甘々な毎日になりました。
でも陛下、本当にわたくしに御不満はございませんか?
下品な男に下品に調教される清楚だった図書委員の話
神谷 愛
恋愛
クラスで目立つこともない彼女。半ば押し付けれられる形でなった図書委員の仕事のなかで出会った体育教師に堕とされる話。
つまらない学校、つまらない日常の中の唯一のスパイスである体育教師に身も心も墜ちていくハートフルストーリー。ある時は図書室で、ある時は職員室で、様々な場所で繰り広げられる終わりのない蜜月の軌跡。
歪んだ愛と実らぬ恋の衝突
ノクターンノベルズにもある
☆とブックマークをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる