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第20楽章 僕らの行く末

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 空気に春の気配が混じり、ノートヴォルトが寒さに文句を言う日も減ってきた。
 短い春休みのあとは、コールディアも2年生に上がる。

 2年に上がりすぐに学生が悩むのが、進路の決定だ。
 2年から授業内容はより専門的になり、卒業後に就く職業のための科目を取ることになる。

 コールディアはグラスハープが楽しかったために漠然と魔奏科に入り続けてしまったが、進路となると悩ましい。
 それなりにいい仕事に就かないのなら、実家の農業を手伝うことになるのだから。

 王立に通っているのに、それはもったいない。
 演奏のプロの他に、魔奏科から進める道はなんなのかを真剣に考える時が来たのだ。

 週末、ノートヴォルトのやや散らかった部屋を片付けながら次の週には始まる学校を前に、彼女はどうしたものか悩んでした。

「溜息多すぎ。どうしたの」

 珍しくピアノの前ではなく、ローテーブルの上の本の山を前にノートヴォルトが聞く。
 彼女は棚の埃を拭く手を止めると、進路について話した。

「魔奏科って、どんな進路があるんです?」

「普通入学前に決めない?」

「いや、グラスハープやりたいなって思ったら自然とですね…」

「奏者じゃだめなの?」

「うーん、なんか違うんですよね。趣味っていうわけでもないけど、奏者ってわけでもない…なんか入学の時と随分気持ちが変わってしまった気がします。勿論グラスハープは今も好きだし弾きたいんですけど」

「王立を出ていれば学科に関係なく割と仕事はあるよ…好きな内容かは別だけど。まあ魔奏科のセオリーとしては演奏家、楽器の講師、あとは音楽の教師ってのも多い」

 コールディアは拭き掃除を再開すると「それはわかってますよー」と言った。

「そのどれもしっくりこないんですよ。なんか急に目標見失った感」

「じゃあ科に関係なくしたいと思うことはないの?」

 コールディアは考える。
 本当に自分がしたいこと。
 本当に自分がなりたいもの。
 
 今1番強く思うのは、1つしかない。
 可能かどうかを考えないでいいのなら、ノートヴォルトを支える何かになりたい。

「念のため聞きますけど、先生のお嫁さんていう馬鹿げた回答は…」

「君ね…」

「はい冗談です冗談てことにしてください」

 ノートヴォルトの所有者の刻印は一生付きまとうのだろうか。
 ずっと“兵器”を続けることはできないだろう。
 兵器としての役目を終えるのはいつなのか。終えた時彼はどうなるのだろうか。

 もし自由を得ることができたのなら、本当は彼は何になりたかったのだろう。
 それとも、そんなことすら考えることは許されなかったのだろうか。

「聞いていいですか」

「馬鹿げたことじゃなければ」

「先生って、もし自由な身だったら何がしたかったんですか?」

「僕? …考えたこともなかった」

 やっぱりそうなんだ、と少し寂しい気持ちになる。
 自分の未来すら自由に想像できない人生を思うと、切なくなってくる。

「あまり変わらないかもしれない」

 少ししてからノートヴォルトが言った。

「変わらない?」

「自由な身ということは、連れてこられなければということだろう? どちらにしろピアノには夢中になっていたし、音楽の道に進む可能性は高かったんじゃないかな。ただあの村にいたらそれも難しかったろうけど」

 彼は「つまりね」と続ける。

「僕はこの音楽教授という仕事自体は気に入っているんだ。あの学院は僕にとって檻だけど、同時に居場所でもある。何もなければ、このままでもいいと思ってしまうくらいには」

 掃除の手を再び止めたコールディアは、ソファの隣に腰を下ろした。

「先生が全てを悲観しているわけじゃなくてよかったです」

 そう言って柔らかな手を本の上に乗せたままになっている彼の手の上にそっと重ねてくる。

「君にも――」

 ――出会えたしね。
 そんなことを言ってどうするのだろう。
 こんなに惹かれてしまってどうするのだろう。

 僕も好きなようにずっとピアノを弾いて、君に「気持ちよかった」と言われる演奏が続けられたら、どんなによかったことか。
 
 好きと言えなくても、好きと思うことは許されるのだろうか。
 愛し愛される資格はなくても、愛しく想うことは罪ではないのだろうか。

 重ねられた手を、ぎゅっと握ってしまう。
 
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