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一章 猫又とおばあちゃん

一章 2

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「マルセル、なんでもいいから酒を作ってくれよ。おまえも好きなの飲んでいいからさ。お嬢ちゃんもどうぞ」
 蘇芳の言葉の意味がわからず、毬瑠子はマルセルを見上げた。
「お客様が我々に一杯ごちそうすると言ってくださったんです。一番高いのを飲んでくださいね、店の売り上げになりますから」
 蘇芳にも聞こえているのに、マルセルはいけしゃあしゃあと言う。
「ソフトドリンクで一番高いもの、とは」
 毬瑠子は眉を寄せる。
 マルセルがカクテルの準備をし始めた。
 シェイカーにジンと絞ったライムをメジャーカップで計りながら入れ、カリブシロップと氷も入れると、蓋を閉めてシェイカーを振った。シェイカーの中で氷がぶつかる気持ちのいい音がする。
 貴族然としているマルセルが姿勢よくシェイカーを振る姿に、毬瑠子は目を奪われた。まるで映画のワンシーンのようだ。いつまでも見ていたいと思ったが、すぐに終わってしまった。
「ギムレットです」
 マルセルはカクテルグラスに注いで蘇芳の前に置く。薄い緑色の美しいカクテルを見て、蘇芳は「またこれかよ」とうな垂れた。
「なんだか蘇芳さんがガッカリしているようだけど」
 毬瑠子の視線にマルセルが肩をすくめた。
「ギムレットには、“長いお別れ”という意味があるんです。レイモンド・チャンドラーの小説で有名になりましたね。まあ、さっさと帰れということです。なぜそういうストレートなメッセージがカクテル言葉にないのでしょうね。とても汎用性があると思うのですが。不思議です」
「おまえは俺に優しくするべきだと思うんだけど」
「厄介事を持ってこなくなったら考えます」
 また雲行きが怪しくなってきた。
「クロくんはなにを飲むの?」
 毬瑠子は猫又に話を振った。
「クロでいいにゃ。ボク、オレンジジュースが欲しいにゃ」
「あれ、猫ってジュースはダメなんじゃ……」
「猫又は猫ではありませんよ」
 マルセルに指摘される。
「クロも困りごとがあるのですか?」
 マルセルがクロの前にジュースを置きながら尋ねた。クロはうなずく。
「どうしてわかったの?」
 毬瑠子は驚いてマルセルを見上げると、苦笑を浮かべていた。
「蘇芳は悩みを抱えているあやかしを連れて来ては、厄介事をわたしに押しつけて楽しむ趣味があるんです」
「客を連れて来てるのになんて言い草だ。それに俺は優しいから、困ってるヤツを放っておけねえんだよ」
「ならばここに連れてこないで、あなたが相談にのってさしあげればいいでしょう」
「それは無理」
 蘇芳はニヤリと口角を上げる。
「ごめんにゃ。ボク、頼る人がほかにいないにゃ」
 クロは肩を落として、膝小僧に両手の拳をのせて瞳を潤ませている。
「すみません。あなたが厄介なわけではありません。すべてこの男が悪いんです」
「おい、おまえな」
「話してください、クロ」
 蘇芳の抗議を無視して、マルセルはクロに先を促した。
「ボクのおばあちゃんの血を吸ってほしいにゃ」
「……どういうことですか?」
 クロは、老婦人との出会いを話し出した。
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