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三章 央都也の居場所

三章 央都也の居場所 その2

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「ここが今日紹介する事故物件。引き受けてはみたんだけど、荒廃しすぎていて、ぼくが住むくらいで買手がつくのかわからないよね。たとえばこの事故物件の隣りの家、空き家なんだよ。こっちも殺人事件が起きてから住んでいた人が引っ越して、それからずっと空いてるんだって。反対隣りは住んでいるみたいなんだけど、事故物件側は昼間も雨戸が閉まりっぱなし」

《近所でも有名な事故物件なんだろうな》
《そりゃ殺人じゃあねえ。ニュースにもなっただろうし》

「ガレージには、壊れたタンスや自転車が何台も重なって倒れてる。家主のものなのか、不法投棄なのかわからないね。おそらく、相当ゴミが投げ込まれていると思うよ」
 央都也は懐中電灯で照らした。

「ポストとインターフォンにはガムテームが貼られて、「空き家」と黒のマジックで書いてあるね。ドアの一角には、小さな皿がある。たぶん盛り塩用の皿だったのかな。塩はないね」

《ヤバい家っぽい》
《ペケくん、そこに塩入れたほうがいいんじゃないの》
《普通にお化け屋敷だよね》

「さて、そろそろ家に入ろうか」

 錆びついた黒い門扉を開けると、耳の奥を引っ掻くような音が響いた。建て付けが悪くなった玄関のドアも床に擦れ、蝶番が軋み、不快な音を立てる。それは全てのドアや床に言えることなので、央都也がドアを開けるたび、歩くたびに不協和音を浴びせられることになった。

「すごく埃っぽい。むわんと、むせるような、濃厚な埃やカビの匂いがするよ。本当はマスクをしたほうがいいんだろうけどね」

《マスクをしていいんだよ》
《変な病気にかからないでね》

 央都也を心配するコメントが流れた。
(体調不良って、この埃のせいだったのかな)
 チラリと央都也は考えた。やっぱり霊とは関係なかった。悪寒も気のせいだろう。

「この家は土足オーケーなんだ。五年分の埃が積もっているからね。ぼくが寝泊まりする部屋だけ綺麗にしてもらったけど、そのほかの部屋は五年前から手つかずだから」

 廊下は土のような埃が積もっていて、線が書けるほど厚みがある。玄関には潰れた靴がいくつもあった。若い女性がはくようなヒールもあれば、メンズのスニーカーもある。幼児用の靴もあるようだ。

《よくそんなところに泊れるな》
《ねえねえ、電気つかないの? ずっと懐中電灯だけ?》
「点くけど、暗いほうが雰囲気あるかなと思って」
《点けて! 怖すぎ!》
《部屋が見えづらいしね》
《目が疲れるぅ》

「そっか。じゃあ明るくしよう」

 央都也は廊下の電気をつけて、懐中電灯を尻のポケットにしまった。すぐ近くのダイニングキッチンに入って、こちらも電気をつける。片隅はゴミ袋が溜まっていて、テーブルや冷蔵庫などが置いてあった。割れたマグカップ、重なってほこりまみれになった布団、大きな段ボール箱や鞄などが散らばっている。

 話に聞いていたが、本当に当時のままのようだ。本気で土地を売るつもりはあるのだろうか。さっさと更地にしてしまったほうがいい気がする。

 もっとも、更地にするのもただではないので、それをして買い手が見つかなければ大赤字だという計算かもしれない。

《冷蔵庫を開けてみようよ》
《えっ、やめて、食べながら動画を見てるのに》
《グロいときだけ、ペケくんが閲覧注意をすればいい》

「そうだね、見たい人も多いようだし」

 央都也は淡々と、すすけたような薄いブルーの冷蔵庫に素手で触れた。「ギャー」などと阿鼻叫喚のコメントが勢いよく流れていく。
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