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終章
終章 3
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「本日、小藤を元の世界に戻す」
「光仙さま」
小藤は思わず奴袴ごしの光仙の膝に手をのせた。
「私はもう光仙さまに会えないのですか?」
「わたしはいつでもここにいる」
「でも、光仙さまを見ることも、話すこともできないのですよね」
「そうなるな」
光仙は膝の上にある小藤の手に大きな手を重ねた。
「見えずとも今までどおりだ。わたしはいつでも小藤を見守っている」
「嫌です」
小藤の瞳から大粒の涙があふれた。光仙の手を両手で握る。
「光仙さまに会えなくなるなんて嫌です。阿光や吽光に会えなくなるのも嫌です。私をこのままここにいさせてください」
光仙は困惑した表情を浮かべた。
「お願いします、光仙さま。私はもっと役に立つようになってみせますから」
「小藤、よく考えなさい。それでは本当に生身を捨てることになる」
「かまいません」
小藤は即答して強いまなざしで光仙を見返した。
光仙は空いているもう一方の手を小藤の肩に置いた。
「日課にしている散策で、まったく足を向けない場所があることは、神使の二人に聞いている。おまえ一人だけが抜けている家族を見るのがつらいのだろう。やっと家族のもとに帰れるのだぞ」
小藤はどきりとした。
家族のことは大好きだ。両親も妹も弟も愛おしい。
しかしこの二か月、自分は死んだものと思って来たのだ。今更生きているのだと言われても実感がわかない。
それに家族も小藤のいない生活に慣れたことだろう。戻れば歓迎してくれるとは思うが、妹も弟も、小藤がいたころよりもずっと逞しくなったはずだ。もう小藤が世話を焼く必要もない。
心残りなど、なにもないのだ。
「……心残り」
いや、あった。
自分は死んだものと思い、諦めていたことが一つある。
「光仙さま、私は生きているのですね」
光仙は微細な仕草で肯定した。
「ならば、私を身代わりにしてください」
「……兄か」
光仙は眉をひそめた。
一年ほど前、小藤をかばって山から転落した兄。あれから意識がない状態で寝たきりになっている。
「光仙さまは、誰かの魂を代償に人を救うことができるとおっしゃいました。私の魂を兄ちゃんに捧げます」
そうだ。それこそが小藤が叶えたいと思っていた一番の願いなのだ。人柱になり光仙と出会ったのも、兄を救うためだったとさえ思える。
「お願いします、兄ちゃんを助けてください」
小藤は光仙にすがった。しかし無情にも光仙は首を横に振る。
「おまえは一度、村のために命をかけた身。これからは自分のために生きなさい。わたしは小藤に生をまっとうしてもらいたい。また投げ出すために助けたのではない」
「ですが、光仙さま」
「こちらに長居しすぎたな。家族と会えばまた考えも変わるだろう。人は流動的な思考を持つ生き物だ」
「いいえ、変わりません。お願いします光仙さま」
「また会おう、小藤。それができるだけ遠い先であることを願う」
光仙は小藤を優しく抱きしめた。光仙の胸に頬が触れて香りを感じた時、小藤は意識を失った。
「光仙さま」
小藤は思わず奴袴ごしの光仙の膝に手をのせた。
「私はもう光仙さまに会えないのですか?」
「わたしはいつでもここにいる」
「でも、光仙さまを見ることも、話すこともできないのですよね」
「そうなるな」
光仙は膝の上にある小藤の手に大きな手を重ねた。
「見えずとも今までどおりだ。わたしはいつでも小藤を見守っている」
「嫌です」
小藤の瞳から大粒の涙があふれた。光仙の手を両手で握る。
「光仙さまに会えなくなるなんて嫌です。阿光や吽光に会えなくなるのも嫌です。私をこのままここにいさせてください」
光仙は困惑した表情を浮かべた。
「お願いします、光仙さま。私はもっと役に立つようになってみせますから」
「小藤、よく考えなさい。それでは本当に生身を捨てることになる」
「かまいません」
小藤は即答して強いまなざしで光仙を見返した。
光仙は空いているもう一方の手を小藤の肩に置いた。
「日課にしている散策で、まったく足を向けない場所があることは、神使の二人に聞いている。おまえ一人だけが抜けている家族を見るのがつらいのだろう。やっと家族のもとに帰れるのだぞ」
小藤はどきりとした。
家族のことは大好きだ。両親も妹も弟も愛おしい。
しかしこの二か月、自分は死んだものと思って来たのだ。今更生きているのだと言われても実感がわかない。
それに家族も小藤のいない生活に慣れたことだろう。戻れば歓迎してくれるとは思うが、妹も弟も、小藤がいたころよりもずっと逞しくなったはずだ。もう小藤が世話を焼く必要もない。
心残りなど、なにもないのだ。
「……心残り」
いや、あった。
自分は死んだものと思い、諦めていたことが一つある。
「光仙さま、私は生きているのですね」
光仙は微細な仕草で肯定した。
「ならば、私を身代わりにしてください」
「……兄か」
光仙は眉をひそめた。
一年ほど前、小藤をかばって山から転落した兄。あれから意識がない状態で寝たきりになっている。
「光仙さまは、誰かの魂を代償に人を救うことができるとおっしゃいました。私の魂を兄ちゃんに捧げます」
そうだ。それこそが小藤が叶えたいと思っていた一番の願いなのだ。人柱になり光仙と出会ったのも、兄を救うためだったとさえ思える。
「お願いします、兄ちゃんを助けてください」
小藤は光仙にすがった。しかし無情にも光仙は首を横に振る。
「おまえは一度、村のために命をかけた身。これからは自分のために生きなさい。わたしは小藤に生をまっとうしてもらいたい。また投げ出すために助けたのではない」
「ですが、光仙さま」
「こちらに長居しすぎたな。家族と会えばまた考えも変わるだろう。人は流動的な思考を持つ生き物だ」
「いいえ、変わりません。お願いします光仙さま」
「また会おう、小藤。それができるだけ遠い先であることを願う」
光仙は小藤を優しく抱きしめた。光仙の胸に頬が触れて香りを感じた時、小藤は意識を失った。
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