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三章 七郎兵衛とシロ(人情もの)
三章 15
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「光仙さま、危ないっ」
小藤は叫んだ。
巨体が迫ると周囲に強烈な突風が吹きつける。光仙の長い髪や奴袴が舞い上がった。
術が完成した光仙は表情も変えず、伸ばした腕で檜扇を巨大な獣の鼻先に当てた。
シロの動きがぴたりと止まった。
「さあ小藤、あまり時間はない」
「わかりました」
少し離れた草陰にいた小藤はシロに駆け寄った。シロは無理矢理光仙に動きを止められているようで、その身体は細かく痙攣し、術に対抗して動こうと抵抗しているように見える。
「シロ、思い出して」
光仙に突き出しているシロの顔に近づき、小藤はその腐りかけの頬に両手で触れた。
「あなたの主は傍にいるよ。七郎兵衛さんがまたあなたと話したがってる」
空洞になっているシロの眼窩がこちらを向いた気がした。
「一人で淋しかったよね。つらかったよね。でも、もう待たなくていいんだよ」
小藤はシロを抱きしめた。
「七郎兵衛さんの家をずっと守っていたんだよね。偉かったよ。もう大丈夫だから、元の姿に戻って。一緒にあなたの大好きな七郎兵衛さんのもとに行きましょう」
魔物のようだった巨大な獣が輝き始めた。
細かい粒子となって散っていく。
獣は消え去った。
そして小藤の腕の中に、幼児ほどの大きさの白柴が残った。首には唐草模様の手ぬぐいが巻かれている。
「お帰り、シロ」
小藤は微笑みかけた。
「わん」
シロは礼を言うように一吠えして、小藤の腕から抜け出した。そして一目散に駆け出して七郎兵衛に飛びついた。
「シロ」
七郎兵衛はその身体をしっかり受け止める。
「すまなかったな。待たせちまったな、シロ」
シロはくうんと鼻を鳴らして、七郎兵衛から溢れる涙を舐めとっている。
「もう離れねえからな」
「わん!」
シロはちぎれんばかりに尻尾を振っている。
しばらくして、落ち着いた七郎兵衛は集まっていた小藤たちに向き直った。足元には寄り添うようにシロがいて、ゆっくり尻尾を振っている。
「この度は世話になりました。お礼と言ってはなんですが、あっしの家の仏間の畳をはがしてみてください。千両箱を隠しています」
「千……」
驚きすぎて小藤は言葉を失った。
千両箱といえば、文字通り小判が千両も入る木箱だ。一両で米が四石ほど買える。一石とは米千合だ。一合だって貴重だというのにと、小藤はめまいがする思いだった。もちろん小藤は小判を見たことがない。
七郎兵衛はそこまでの金持ちだったのか。まさか千両箱はあっても中身は空だというおちではないかと思わず勘繰る。
「ちゃんと中身は入ってますよ」
目をまわしている小藤を見ながら、七郎兵衛はまたいつもの調子に戻って薄く笑った。
「このまま置いていても、業突く張りの兄が床下まで嗅ぎつけて持っていくでしょう。あの人は金があってもすぐ豪遊するなり賭けごとをするなりで擦っちまう。あの人には何度も金を無心されて、もう心の底から辟易しているんです。あっしが汗水たらした結晶だ、無駄に使ってほしくはありません」
七郎兵衛は尖り気味の顎を撫でながら、改めて小藤を見た。
「あんたは橋が流れないようにと、人柱になったようだね」
「は、はい」
その話を持ち出されると思っていなかったので小藤はどきりとする。
小藤は叫んだ。
巨体が迫ると周囲に強烈な突風が吹きつける。光仙の長い髪や奴袴が舞い上がった。
術が完成した光仙は表情も変えず、伸ばした腕で檜扇を巨大な獣の鼻先に当てた。
シロの動きがぴたりと止まった。
「さあ小藤、あまり時間はない」
「わかりました」
少し離れた草陰にいた小藤はシロに駆け寄った。シロは無理矢理光仙に動きを止められているようで、その身体は細かく痙攣し、術に対抗して動こうと抵抗しているように見える。
「シロ、思い出して」
光仙に突き出しているシロの顔に近づき、小藤はその腐りかけの頬に両手で触れた。
「あなたの主は傍にいるよ。七郎兵衛さんがまたあなたと話したがってる」
空洞になっているシロの眼窩がこちらを向いた気がした。
「一人で淋しかったよね。つらかったよね。でも、もう待たなくていいんだよ」
小藤はシロを抱きしめた。
「七郎兵衛さんの家をずっと守っていたんだよね。偉かったよ。もう大丈夫だから、元の姿に戻って。一緒にあなたの大好きな七郎兵衛さんのもとに行きましょう」
魔物のようだった巨大な獣が輝き始めた。
細かい粒子となって散っていく。
獣は消え去った。
そして小藤の腕の中に、幼児ほどの大きさの白柴が残った。首には唐草模様の手ぬぐいが巻かれている。
「お帰り、シロ」
小藤は微笑みかけた。
「わん」
シロは礼を言うように一吠えして、小藤の腕から抜け出した。そして一目散に駆け出して七郎兵衛に飛びついた。
「シロ」
七郎兵衛はその身体をしっかり受け止める。
「すまなかったな。待たせちまったな、シロ」
シロはくうんと鼻を鳴らして、七郎兵衛から溢れる涙を舐めとっている。
「もう離れねえからな」
「わん!」
シロはちぎれんばかりに尻尾を振っている。
しばらくして、落ち着いた七郎兵衛は集まっていた小藤たちに向き直った。足元には寄り添うようにシロがいて、ゆっくり尻尾を振っている。
「この度は世話になりました。お礼と言ってはなんですが、あっしの家の仏間の畳をはがしてみてください。千両箱を隠しています」
「千……」
驚きすぎて小藤は言葉を失った。
千両箱といえば、文字通り小判が千両も入る木箱だ。一両で米が四石ほど買える。一石とは米千合だ。一合だって貴重だというのにと、小藤はめまいがする思いだった。もちろん小藤は小判を見たことがない。
七郎兵衛はそこまでの金持ちだったのか。まさか千両箱はあっても中身は空だというおちではないかと思わず勘繰る。
「ちゃんと中身は入ってますよ」
目をまわしている小藤を見ながら、七郎兵衛はまたいつもの調子に戻って薄く笑った。
「このまま置いていても、業突く張りの兄が床下まで嗅ぎつけて持っていくでしょう。あの人は金があってもすぐ豪遊するなり賭けごとをするなりで擦っちまう。あの人には何度も金を無心されて、もう心の底から辟易しているんです。あっしが汗水たらした結晶だ、無駄に使ってほしくはありません」
七郎兵衛は尖り気味の顎を撫でながら、改めて小藤を見た。
「あんたは橋が流れないようにと、人柱になったようだね」
「は、はい」
その話を持ち出されると思っていなかったので小藤はどきりとする。
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