【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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三章 七郎兵衛とシロ(人情もの)

三章 14

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「赤飯を炊きましょうか。吽光に頼みますか?」
「いや、この季節なら霊に捧げるのにぴったりな赤飯があるだろう」
「この季節?」
 光仙の言葉に小藤は小首をかしげる。
 春といえば田んぼの繁忙期。
 刷り込まれたその発想のあとに、小藤は今朝の散歩の光景を思い出した。
 満開の桜。そこに集まる村人。
「ああ、お花見ですね!」
 光仙は頷いた。
 吽光が「花見は豊作祈願の神事」と言っていた。山の神がいる桜の開花時に、桜の木の下で料理や酒で神をもてなし、豊作を祈願する。
 神に捧げるために作られた赤飯なら、霊にとってもより好ましいものになるに違いない。それに今のシロは巨大化しているので、一合二合では足りないかもしれない。そういう物理的な量の意味でも、今ならば手早く集めることができる。
「ではいくつか、桜の下から回収してまいります」
 小藤は早速神社に戻って阿光と吽光に声をかけ、手分けをして、桜の下に捧げられている赤飯や花見の宴会中の赤飯を集めて回った。
 赤飯を回収すると言っても、その場にある赤飯が消えるわけではない。
 以前、小藤が実家の戸を開けた時に二重に見えたように、置いてある赤飯を小藤が持ち上げると、もともと置いてある赤飯の色が薄くなってそのまま残った。
「うわあ、たくさん集まったねえ」
「あの長雨の件で、神様をないがしろにすると恐ろしいってことが村人たちもよくわかったんだろ」
「そうですね、例年より多いようです」
 神社に集合した三人は大量の赤飯を前に感嘆の声をあげた。
 それから三人で大八車に赤飯を積み、それを押して七郎兵衛の家に向かった。
「よく考えたら、これって山の神様のための供物なんだよね。もらっちゃってよかったのかな」
 小藤は急に気になった。
「事情もあるし、赤飯だけなら大丈夫だろう。花見の供物は明確に山の神様だけのものってわけじゃねえしな」
「また明日には新しい赤飯が捧げられるでしょうしね。それに神様と山の神様は仲がいいですから、神様がうまく話してくださるでしょう」
 三人が話しているうちに目的地に到着した。
「これはまた圧巻ですね」
 大八車に山盛りに積まれている赤飯を見て、七郎兵衛も驚きの声をあげる。
「ありがとうございます。赤飯をシロに運ぶのはあっしにやらせてください」
 シロは凶暴化している。七郎兵衛は飼い主として危険な役を買って出たのだろう。
「ずいぶん重いんだぜ。一人じゃ無理だ。オレも手伝ってやるよ」
「ボクもやります」
 七郎兵衛に声をかける神使たちの肩に光仙は手をのせる。
「あまり近づきすぎないように。シロが興味を持てばそれでいい」
 神使たちは頷いた。
 こうして、神使二人と七郎兵衛は赤飯がのった大八車を押した。
 高い位置からシロがその姿を見ている。
 初めは大八車の荷がなにかわかっていない様子だったが、匂いで好物だと思い出したのか、思い出さずとも美味そうだと思ったのか、シロは関心を示した。
 いささか表情もゆるくなったようで、近づいてくる赤飯に身を乗り出し、鼻先を近づけて匂いをかいでいる。
 この間に光仙と小藤は、七郎兵衛たちとは反対側からシロに近づいていた。
 光仙は口の中で小さく詠唱をし、シロが赤飯に気を取られている間に術をかける。
 しかし詠唱が終わる直前、背後の気配に気づいたらしいシロが振り向いて牙をむいてきた。
「光仙さま、危ないっ」
 小藤は叫んだ。
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