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終章 2人が歩むプレリュード
2人が歩むプレリュード 1
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第三次予選通過者発表が終わり、拓斗と雄一郎はゆっくりと駅に向かって歩いていた。夜の九時近くになっており、周囲に店も少ないことから星の瞬きがよく見える。
「先生に怒られちゃうかな」
拓斗が嬉しそうにつぶやく。
拓斗の言う先生とはもちろん、指導教授ではなく医師のことだ。
雄一郎に五分五分だと言われた結果は、みごと本選進出だった。最後に拓斗の名を呼ばれたときには、小さく右手で拳を握ってガッツポーズを作っていた。ファイナリストに選ばれることは初めてではないが、今回ほど嬉しかったことはない。
「さあさあ、散々待たせてくれたよね。ちゃんと雄一郎の頼みを叶えてあげたんだから、ぼくに隠していたことを洗いざらい白状してもらおうか」
拓斗が指を突きつけると、雄一郎は「はいはい」と肩をすくめた。
「そこの公園に寄るか」
雄一郎は公園に入っていく。砂場、滑り台、ブランコ、ベンチのあるシンプルな公園だった。座るために雄一郎がベンチよりもブランコを選んだのは、外灯が近く明るかったからだろう。
「うわ、低いな。座りにくい」
「子供用だからね」
拓斗も雄一郎も長身なので、文字どおり長い足を持て余してしまう。
「部屋で楽譜を見ていた時、拓斗は俺がヴァイオリンを続けていると勘違いしていたけど、それは間違いだ。ヴァイオリンでプロを目指すのは諦めている」
「そうなの?」
拓斗はがっかりする。
「だけど去年、ヴァイオリンに飽きたと言ったのはウソだ。今でも好きだし、趣味では弾いてる」
どういうことなのか。拓斗は黙ったまま雄一郎を見つめ続けた。
「先生にさ、才能がないからヴァイオリンはやめたほうがいいって言われたんだよ」
「そんなっ」
拓斗はブランコをひねって雄一郎に近づいた。
「雄一郎はすごくヴァイオリンが上手いじゃないか。コンクールに入賞したこともある」
「随分前だけどな」
雄一郎は苦笑いをする。
「自分でもわかってた。なまじ耳がいいからさ、このままじゃ無理だって。理想の音はあるんだが、自分じゃ出せないんだよ。もう何年も前から悩んでた。足踏みしてた。どんなに練習をしても、思い描く音には一ミリも近づかなかったよ。それを一番近くで見ていたのは先生だ。俺が苦しんでいたことも知ってる。見かねたんだろうな」
「そんな……、ぼくは全然気づかなかったのに」
「そんなの当たり前だろ。隠してたんだから」
「どうして?」
「イヤに決まってるだろうが。楽器は違ってもライバルみたいなものなんだから。しかもおまえはポンポン結果を出してるってのに」
拓斗は小さく首を横に振った。雄一郎をライバルだと思ったことは一度もない。
「それに拓斗はいつも俺の演奏をほめてくれていたからな。俺はそれに支えられていたし、心の拠り所にしていた面もある。評価してくれる人がいるうちは頑張れる、俺だって演奏家になれるって。ただのごまかしなんだけどな。俺の音は、理想の音にはほど遠かった」
雄一郎は軽くブランコを揺らした。錆びついた吊り鎖が軋んだ音を立てる。
「多分さ、俺の耳がこんなに良くなければ、先生はなにも言わなかったと思うんだよ。そうしたらこんなに苦しむこともなかったし、予定通り音大に行ってさ、おまえとも今までどおりつるんでたんだろうな」
「先生に怒られちゃうかな」
拓斗が嬉しそうにつぶやく。
拓斗の言う先生とはもちろん、指導教授ではなく医師のことだ。
雄一郎に五分五分だと言われた結果は、みごと本選進出だった。最後に拓斗の名を呼ばれたときには、小さく右手で拳を握ってガッツポーズを作っていた。ファイナリストに選ばれることは初めてではないが、今回ほど嬉しかったことはない。
「さあさあ、散々待たせてくれたよね。ちゃんと雄一郎の頼みを叶えてあげたんだから、ぼくに隠していたことを洗いざらい白状してもらおうか」
拓斗が指を突きつけると、雄一郎は「はいはい」と肩をすくめた。
「そこの公園に寄るか」
雄一郎は公園に入っていく。砂場、滑り台、ブランコ、ベンチのあるシンプルな公園だった。座るために雄一郎がベンチよりもブランコを選んだのは、外灯が近く明るかったからだろう。
「うわ、低いな。座りにくい」
「子供用だからね」
拓斗も雄一郎も長身なので、文字どおり長い足を持て余してしまう。
「部屋で楽譜を見ていた時、拓斗は俺がヴァイオリンを続けていると勘違いしていたけど、それは間違いだ。ヴァイオリンでプロを目指すのは諦めている」
「そうなの?」
拓斗はがっかりする。
「だけど去年、ヴァイオリンに飽きたと言ったのはウソだ。今でも好きだし、趣味では弾いてる」
どういうことなのか。拓斗は黙ったまま雄一郎を見つめ続けた。
「先生にさ、才能がないからヴァイオリンはやめたほうがいいって言われたんだよ」
「そんなっ」
拓斗はブランコをひねって雄一郎に近づいた。
「雄一郎はすごくヴァイオリンが上手いじゃないか。コンクールに入賞したこともある」
「随分前だけどな」
雄一郎は苦笑いをする。
「自分でもわかってた。なまじ耳がいいからさ、このままじゃ無理だって。理想の音はあるんだが、自分じゃ出せないんだよ。もう何年も前から悩んでた。足踏みしてた。どんなに練習をしても、思い描く音には一ミリも近づかなかったよ。それを一番近くで見ていたのは先生だ。俺が苦しんでいたことも知ってる。見かねたんだろうな」
「そんな……、ぼくは全然気づかなかったのに」
「そんなの当たり前だろ。隠してたんだから」
「どうして?」
「イヤに決まってるだろうが。楽器は違ってもライバルみたいなものなんだから。しかもおまえはポンポン結果を出してるってのに」
拓斗は小さく首を横に振った。雄一郎をライバルだと思ったことは一度もない。
「それに拓斗はいつも俺の演奏をほめてくれていたからな。俺はそれに支えられていたし、心の拠り所にしていた面もある。評価してくれる人がいるうちは頑張れる、俺だって演奏家になれるって。ただのごまかしなんだけどな。俺の音は、理想の音にはほど遠かった」
雄一郎は軽くブランコを揺らした。錆びついた吊り鎖が軋んだ音を立てる。
「多分さ、俺の耳がこんなに良くなければ、先生はなにも言わなかったと思うんだよ。そうしたらこんなに苦しむこともなかったし、予定通り音大に行ってさ、おまえとも今までどおりつるんでたんだろうな」
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