隠され姫のキスは魔道士たちを惑わせる

じゅん

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五章 マナの樹

マナの樹 1

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 予想通り、父王の話は隠し事や嘘ばかりだった。
 フランシスに攫われかけた日の昼下がり。広い謁見の間には、玉座には父王が、その両側にずらりと重臣たちが控えていた。
 謁見の間は三階吹き抜けになっており、窓から明るい陽射しが差し込んでいる。壁は金箔と大理石、そして絢爛たる天上画は絵画化したマナの樹の歴史が描かれていた。玉座の後ろには、アーウィン王国のリーフの紋章が描かれた大きなタペストリーが飾られている。
アレクサンドラは一段が下がった中央で、跪いて話を聞いた。
 父王の話では、アレクサンドラを攫ったのは母王の侍女の独断ということになっていた。赤子を誘拐された母は、そのショックで心を病んだ設定だ。
一子相伝の話は母から聞いたものと同じだった。そしてアレクサンドラがシミュレートしたように、まずはアレクサンドラ一人で特別室に数年入り、マナの樹がある程度回復してから、一旦特別室を出て、婚姻の儀を行い、ザックとの間に女児をもうける。そして特別室に戻り、数年子育てをすれば役割は終わりだ。
簡単かつ重要な役割で、この能力を継承し続けることが大切なのだと父王は話した。
「お父さん」
 黙って話を聞いていていたアレクサンドラは、父王に呼びかけた。この場では、「陛下」と呼んだ方がいいのかもしれないとチラリと思ったが、自分の父親として、意見が聞きたかった。
「お父さんはこの制度を、どう考えているんですか? マナの樹を存続させるために、王室の第一王女を犠牲にする制度です」
 父王の表情が変わった。謁見の間もざわめく。
「犠牲というのは大袈裟だ。二十年ほど、別室で暮らすだけではないか。その後は贅沢な生活が待っている。それだけの貢献をするのだからな」
 アレクサンドラは眉間にしわを寄せて、唇をかみしめた。
「王女一人の貢献で国が救われるのだ。何が問題なのか」
 アレクサンドラは俯き、手で額を押さえた。父王はこの制度の肯定派なのだ。周囲の重臣たちを見ても同意見のようだった。
(これじゃ、国が変わらないわけだわ)
 なぜ誰一人疑問に思わないのか。せめて父だけは、国や王女を憂いてほしかったのに。
 アレクサンドラは立ち上がった。
 ここいる者たちは、大いにマナの恩恵に携わっているのだろう。利権が絡んでいるのだ。死ぬまでマナにしがみついているに違いない。
 アレクサンドラは身を捧げることに嫌気がさした。しかし、自分は彼らのためにするのではない、苦しんでいる国民のためだと気持ちを切り替える。
「私は、特別室に入ろうと思っています。でも、条件があります」
アレクサンドラは一晩考えた内容を伝えた。
一子相伝の力は、自分で終わらせる。子供は作らない。その代わり、一生特別室でマナの養分となる。その間に、マナに頼らない国づくりに切り替えること。幽閉されている母を解放すること。アレクサンドラと暮らした老婆を罪に問わないこと。捨てられた街の人たちを城下町に受け入れること。それが条件だ。
そう伝えると、謁見の間は大きくどよめいた。アレクサンドラが知るはずがないと高をくくっていた情報も含まれており、今後の国の政策にも言及する内容だったから、重臣たちが動揺するのも当然だ。
 その場でアレクサンドラはしばらく待たされたが、議論には時間がかかるようだ。アレクサンドラは自室で結果を待つことになった。本日中に方針が決まるかは不明だが、マナの樹がいつ枯れ果てるか分からない今、そう長くはかからないだろう。
「ひとつだけ、言っておきます」
 アレクサンドラは謁見の間の去り際に振り返った。ざわめいていた声がピタリととまる。
「私が特別室に入った後で、さっきの条件が反故になっていたと分かれば、」
 言葉を切り、アレクサンドラは重臣たち一人一人と目を合わせるように見回した。
「私は自害します」
 アレクサンドラは歩き出した。背後で重々しい扉が、音を立てて閉った。
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