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一章 狙われる唇
狙われる唇 6
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三人は足場の悪い坂道を下っていく。標高が高いため草木が少ない。手入れされた歩道はなく、乾いた土と岩が混在し、歩きにくかった。
「アレクサンドラ様、お疲れでしたら、ぼくが抱えてお運びしますよ」
「ありがとう。でも大丈夫。私はここで育ったのよ」
転落の危険もある険しい道のりだが、アレクサンドラは安定感のある慣れた足取りだ。日常的に鍛えている魔道士二人も難なく下っていく。
空はよく晴れていて、周囲の山々や、ゆっくりと流れる雲が見渡せた。暑くも寒くもない快適な気候で、汗ばむ肌に風が心地よい。
「麓の町に馬を用意しています。そこから馬を走らせて宿でニ泊すると、三日目に隣国のナイトハルト帝国に到着する予定です。そこで王国からの迎えと合流できます。それまでは三人旅ですね」
フランシスがこれからの予定を説明した。
ある程度傾斜が落ち着いてくると、森を貫く細い一本道になる。日陰になることもあり、体感温度が下がった。森から涼しい風も吹いてくる。
「ここまでくれば、麓の町まで、あと半分っ」
アレクサンドラは両手をあげて伸びをした。
「この森は、迷いの森、って言われてるのよ。森に入って戻ってこない人がたくさんいるんですって。だから私も一度も入ったことがないの。狩場に良さそうなんだけど」
「そう呼ばれる場所には、大抵何かが隠されているんです」
「何かって?」
アレクサンドラは隣にいるフランシスを見上げた。青みがかった長い銀髪が、木漏れ日を受けてきらきらと輝いている。
「お宝かもしれないし、山賊のアジトかもしれません」
「お宝ならいいね」
そんな雑談をしながら歩いていると、魔道士二人が足をとめた。
「どうかした?」
「わたしの後ろに」
オスカーはアレクサンドラを下がらせた。一本道の前方から、黒いローブの男たちが歩いてくる。フードを被り、目元以外マスクで覆っているので人相が分らない。ローブの左胸の辺りに、魔道士たちの帽章に似たリーフの紋様がある。
「あの人達、フランシスさん達の仲間?」
「違いますよ。むしろ敵対関係です」
「聖樹教団。なぜこんなに早く嗅ぎ付けたんだ」
歯ぎしりせんばかりのオスカーに、聖樹教団とは何かとアレクサンドラは尋ねる。
「詳しく説明している暇はないが、やつらも魔道士集団だ」
つまり、魔法を操れる。
「狙いは、アレクサンドラ様でしょうね」
「えっ、私? どうして?」
二人は答えない。
(あの教団員も魔道士なら、私の魔力増幅能力を欲しているってことかな)
どうぞと能力を渡して穏便にすませたいところだが、体内にあるものなので、そうもいかない。
まだ距離はあるが、黒いローブの男たちは道幅いっぱいに広がって、どんどん近づいてきている。その数は見える範囲で三十人を超えていた。
「ここで戦うか、森の中に逃げ込むか」
「森で方々から攻撃されては、アレクサンドラ様を守り切れる自信がありません。集団でいる今のうちに叩きたいですね」
「だが、正面から正攻法で戦うには、戦力差がありすぎる」
そう言ったオスカーは、振り返ってアレクサンドラを見た。二人の目が合う。
「いや、そうでもないか」
「あっ」
アレクサンドラは、ログハウスで聞いたオスカーの言葉を思い出した。
――あなたの体内を流れる全てのものに、魔力を増幅させる力があります。
――例えるなら、魔道士一人で一国を制圧することも可能になる力です。
オスカーがアレクサンドラに一歩近付いた。アレクサンドラは同じ分だけ後退る。
「王女殿下、緊急事態です」
「はい、そうですね」
「口づけを、させてください」
「は、い、いえいえ、だめです! なんでキスなんですかっ」
アレクサンドラは更に後退った。
「アレクサンドラ様、お疲れでしたら、ぼくが抱えてお運びしますよ」
「ありがとう。でも大丈夫。私はここで育ったのよ」
転落の危険もある険しい道のりだが、アレクサンドラは安定感のある慣れた足取りだ。日常的に鍛えている魔道士二人も難なく下っていく。
空はよく晴れていて、周囲の山々や、ゆっくりと流れる雲が見渡せた。暑くも寒くもない快適な気候で、汗ばむ肌に風が心地よい。
「麓の町に馬を用意しています。そこから馬を走らせて宿でニ泊すると、三日目に隣国のナイトハルト帝国に到着する予定です。そこで王国からの迎えと合流できます。それまでは三人旅ですね」
フランシスがこれからの予定を説明した。
ある程度傾斜が落ち着いてくると、森を貫く細い一本道になる。日陰になることもあり、体感温度が下がった。森から涼しい風も吹いてくる。
「ここまでくれば、麓の町まで、あと半分っ」
アレクサンドラは両手をあげて伸びをした。
「この森は、迷いの森、って言われてるのよ。森に入って戻ってこない人がたくさんいるんですって。だから私も一度も入ったことがないの。狩場に良さそうなんだけど」
「そう呼ばれる場所には、大抵何かが隠されているんです」
「何かって?」
アレクサンドラは隣にいるフランシスを見上げた。青みがかった長い銀髪が、木漏れ日を受けてきらきらと輝いている。
「お宝かもしれないし、山賊のアジトかもしれません」
「お宝ならいいね」
そんな雑談をしながら歩いていると、魔道士二人が足をとめた。
「どうかした?」
「わたしの後ろに」
オスカーはアレクサンドラを下がらせた。一本道の前方から、黒いローブの男たちが歩いてくる。フードを被り、目元以外マスクで覆っているので人相が分らない。ローブの左胸の辺りに、魔道士たちの帽章に似たリーフの紋様がある。
「あの人達、フランシスさん達の仲間?」
「違いますよ。むしろ敵対関係です」
「聖樹教団。なぜこんなに早く嗅ぎ付けたんだ」
歯ぎしりせんばかりのオスカーに、聖樹教団とは何かとアレクサンドラは尋ねる。
「詳しく説明している暇はないが、やつらも魔道士集団だ」
つまり、魔法を操れる。
「狙いは、アレクサンドラ様でしょうね」
「えっ、私? どうして?」
二人は答えない。
(あの教団員も魔道士なら、私の魔力増幅能力を欲しているってことかな)
どうぞと能力を渡して穏便にすませたいところだが、体内にあるものなので、そうもいかない。
まだ距離はあるが、黒いローブの男たちは道幅いっぱいに広がって、どんどん近づいてきている。その数は見える範囲で三十人を超えていた。
「ここで戦うか、森の中に逃げ込むか」
「森で方々から攻撃されては、アレクサンドラ様を守り切れる自信がありません。集団でいる今のうちに叩きたいですね」
「だが、正面から正攻法で戦うには、戦力差がありすぎる」
そう言ったオスカーは、振り返ってアレクサンドラを見た。二人の目が合う。
「いや、そうでもないか」
「あっ」
アレクサンドラは、ログハウスで聞いたオスカーの言葉を思い出した。
――あなたの体内を流れる全てのものに、魔力を増幅させる力があります。
――例えるなら、魔道士一人で一国を制圧することも可能になる力です。
オスカーがアレクサンドラに一歩近付いた。アレクサンドラは同じ分だけ後退る。
「王女殿下、緊急事態です」
「はい、そうですね」
「口づけを、させてください」
「は、い、いえいえ、だめです! なんでキスなんですかっ」
アレクサンドラは更に後退った。
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