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中原から遠く離れて

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 兄さん、と呼ばれて目を覚ました。
 暗闇の中、澄んだ高い声のする方へ手を伸ばし、指先に触れた細い髪を撫でる。

 兄さん

 そう呼びながら、仰向けに横たわる永芳の上に乗る体はとても軽くて、くすぐったいくらいだ。
 小さな体を目一杯伸ばして、柔らかい舌が唇の間に入り込む。乳臭いような甘ったるい味に驚いた永芳は顔を背けようとするが、硬直したように動けない。

 永芳が何も言えないのをいいことに、小さな舌は口の中を舐め、首筋を吸い、はだけた胸をしゃぶった。
 駄目だ、やめなさい、と口を開こうとするのに、声が出ない。
 骨ばった細い指が尻のあわいを撫で、ゆっくりと中に入ってくる。思わず腰を浮かせて震えると、いつの間にか硬くなっていた陰茎を吸われた。
 小さな口で先端を頬張りながら尻の中を弄られ、永芳は弓なりに仰け反った。駄目だと思うのに、か細い指を飲み込もうと腰が揺れる。

 兄さん

 食い締めていた指が抜かれて、ひくひくと穴が収縮する。切なさに腰を揺らしていると、健気に勃ち上がった幼い陰茎を当てがわれる。止める間もなく挿入されて、永芳は隙間を埋められた悦びと同時に、罪深さに震えた。
 
 雪児、

 やめなさい、と続けるつもりが言葉が継げず、ただ余雪を求めているみたいに名前を呼んだ。
 まだ精通を迎えていない陰茎は、達してもぴくぴくと震えるだけで萎えることなく、永芳の中を甘く擦り続ける。
 余雪は、永芳の立てた膝にしがみつきながら、一途に腰を振った。
 弟子であり、実の子のように世話を焼いてきた余雪に凌辱されて、悲しいのに体は反応してしまう。

「雪児、駄目だ……お願いだから──……」

 ハッと目が覚めて、永芳は喘ぐように息を吐いた。暗闇の中で、自らの激しく動悸する胸の音が響く。
 おそるおそる股間に手を伸ばすと、そこは熱く勃ち上がっていた。
 ぎゅっと目を瞑り、呼吸を整える。早く眠りに落ちてさっきの夢は忘れなければと思うのに、体の奥が甘く疼いて無意識に腰が揺れる。
 我慢できずに陰茎をさすると、先走りが雫となって零れ落ちた。こんなことをしてはいけないと思うほど、後ろめたい快感が込み上げてくる。

 永芳は陰茎を扱きながら、背中側からまわしたもう一方の手で、夢と同じように尻のあわいを撫でた。窄まりを弄ると、物欲しそうに陰茎が揺れる。
 おずおずと指先を挿入すれば、本当に幼い陰茎が入ってくるみたいで、罪悪感で涙が溢れた。
 でもこれは、ただの夢だ。
 絶対に現実には起こらない、たった一人で見る夢なのだから許して欲しいと、誰に請うでもなく願いながら、永芳は声を殺して吐精した。






 痛いほど冷え切った朝の空気を吸い込むと、肺の中まで凍りつきそうになる。
 ゲル(遊牧民の移動式住居)から出ると、すでに家畜の世話を始めている者たちから、笑顔で挨拶をされた。永芳もまた、蒙古の言葉で挨拶を返す。
 これから食事の支度をし、家族で朝食を摂るのだろう。
 永芳は賑やかな団欒をすり抜けて、馬の元へ行った。
 
 朝日が煌めく中、凍てついた風が馬の尾と鬣を靡かせて吹き抜けていく。中原(漢民族の中心地)から遠く離れて六年が経つが、この気候には未だに慣れない。
 遮る物のない平原を走る永芳の胸に浮かぶのは、最期の日の前夜、宿屋で覆い被さってきた余雪のことだった。
 子供だと思っていた余雪が初めて見せた大人の表情に、今でも動揺する。弟であり子でもある余雪と情交に及ぶなど、あってはならないことだ。
 でももし、あの時結ばれていたら……せめて最期に、余雪の思うようにしてやれていたら……
 身を切るような冷たい風に当たっても、永芳の鬱々とした気持ちは晴れなかった。

 見渡す限り続く草枯れの風景の中にいると、たった一人、大海原に放り出されたような気持ちになる。
 この異国には、永芳を知る者は一人もいない。自ら望んでここへ来たはずなのに、何もない草原にいると、どうしようもない淋しさと不安が込み上げてくる。
 
 視界の端に、鹿が草を喰む姿が見えた。
 一人ぼっちでこの世界に取り残されたわけじゃないことに、永芳はほっと息を吐いた。
 気持ちを切り替えて、馬を走らせたまま鐙の上で立ち上がる。弓を構えると、狙いを定めて弦を引き絞った。
 その時、遥か向こうから一騎の人馬がこちらにやって来るのに気づいた。
 先日、部族間の諍いや、家畜の略奪が増えているという話を聞いたばかりだった。警戒した永芳は弓を構えたまま、目を凝らして馬上の人物を見つめる。

 本当は、見た瞬間にわかっていた。
 そこにいるという空気を、はっきりと感じる。でも、確かめるのが怖い。鼓動が高まり、胸が苦しい。
 まさかそんな、と何度も心の中で否定する。信じて期待した後に失望すれば、今度こそもう生きていたくないと思うかもしれない。
 早くその姿をちゃんと見たいのに、近づくのが怖くて手綱を引いた。
 迫る蹄の音に、胸の鼓動が重なる。
 永芳は馬から降りると、その人の元へ歩き出した。馬で向かった方が早いのに、冷静に考えられない。
 はやる気持ちに、永芳は足を引きずって走り出した。

 青年は馬を走らせながら体を横に傾けると、すれ違う勢いのまま片腕で永芳の腰を抱いて、馬上に引き上げた。

「雪児……!」

 永芳は目の前の顔を両手でべたべたと撫でて抱き寄せた。

「兄さん、動かないで! 落ちるから待っ──!」

 永芳と余雪は縺れ合ったまま、馬から落ちた。背中を強かに打って呻くが、幸い二人とも体は丈夫なので、怪我もない。

「雪児……! ああっ! 雪児……!!」

 ずっと待ち焦がれていた再会だったが、予想外に永芳が取り乱す様を見て、余雪は冷静さを取り戻していた。

「はい、余雪です。兄さんはお変わりないですか」

 永芳は、余雪の顔をじっと見つめて何度も頷いた。

「ああ……わたしは大丈夫だ……お前が元気なら、わたしは……」

 永芳は言葉に詰まると余雪を抱きしめ、涙で濡れた顔を肩口に埋めた。
 いつも理性的だった永芳の、初めて見る姿だった。

「永芳兄さん」

 余雪が名前を呼ぶと、永芳は恥じらうように目を伏せて顔を上げた。
 抜けるように白かった肌は日に焼けて、赤い頬にそばかすが浮いている。
 思い出の中の永芳より幼く見えたが、褒め言葉ではないと思って余雪は何も言わず、ただ微笑んでみせた。
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