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マリオネット
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異臭が、した。微かにだが風にのって、サラの鼻まで届いた。生ゴミと、何か他の悪臭が混ざったような、そんな臭いだった。
ごみ捨て場に捨てられた生ゴミであるなら、ここまで臭っては来ないだろう。では、一体なんだというのか。
サラは気になって、とりあえず臭いを辿ってみることにした。住宅街ではあるが、家同士の間隔は広い。サラが記憶をなくした場所から、どれほど遠くに来たのだろう。
──臭いが強くなってきた。
サラは少しだけ眉を潜めたが、そのまま歩みを進める。そこで、ピタリと足を止めた。目の前に、信じられない光景が広がっていた。
「……家、なのかしら……」
サラは鼻をつまみながら独り言を漏らした。そこにあったのは、まさにゴミの山だった。黒いゴミ袋が見上げるほど積まれていた。時折、袋に入っていないゴミも剥き出しのままその山に積まれている。家かどうか分からないのは、ゴミの山で外壁が見えないからだ。しかし、左右は家だということからして、やはり間違いは無さそうだった。
袋が破れている箇所が多々ある。生ゴミの臭い──というか、この悪臭の原因はここだ。
「……人は、住んでいるのかしら。……そもそも、住めるのかしら」
そっと、そのゴミ屋敷へと向かってみる。すると、サラの目の前を二人組の少年が走り抜けていった。びくりと肩を震わせ、その二人組を眺める。
「ガラクタじじいはめいわくじじいっ!」
「ガラクタじじいはへんたいじじいっ!」
「「ゴミをあつめるへんしつしゃー!」」
けたけたと、二人組の少年はその家に向かって石を投げた。唯一ゴミが少なかった──おそらく玄関である場所に石は吸い込まれ、パリンと乾いた音を立てた。ガラスが割れたのだ。元々割れてヒビが入っていた扉のガラスは、粉々になって散らばった。
「こら! あんたたち!」
不意に、後ろから聞こえた女性の声に、少年たちは肩を震わせた。
「ここには近寄るなって言ったでしょうが! 変な病気でも移ったらどうすんの!」
「でも、母ちゃん!」
「母ちゃんだって、臭くて迷惑だって言ってたじゃんか!」
サラは気づかれないように物陰に隠れ、どうやら親子だったらしいその三人の会話に耳を傾けた。
「あぁ迷惑さ! だからご近所さんで集まって何度も役所に相談してんだから! あんたたちは何もすんじゃないよ! こっちが不利になったらどうすんだい!」
「「いってぇ!」」
鈍い音が二回響く。母親のげんこつの音だ。そして母親は、二人の少年を引きずるようにして歩きだした。
「ねー母ちゃん、ガラクタじじいの家の裏手にね、気味悪い人形があるんだよ!」
「のっぺらぼうなんだよ!」
「人形ぅ? 何だい、それ」
「なんかね、木でできててね、紐がついてて、変な人形!」
「あんなの拾ってくるなんて、やっぱりガラクタじじいはおかしいよね!」
「そうさねぇ」
聞いて聞いて、と言わんばかりの子供たちの声に、母親は面倒そうに返事をした。その声がだんだん遠くなるのを確認した後、そっと動き出した。
──家の裏手に人形……!
思わぬ収穫だった。人形に関する情報が、途絶えていたところだったのだ。そうと分かれば、早速人形と話をしてみなければ。サラは早歩きで家の裏手に回ってみる。予想はしていたが、裏もすごいゴミの量である。
埃の被ったラジカセ。皮の剥げた鞄。タンスの引き出し。割れた鏡。どれもこれも使えないものばかりだ。山のように積まれたゴミは、今にも崩れそうだ。どこかに、少年たちが言っていた人形があるはずだ。
サラより小さな少年たちだった。見つけるのはそう難しくはないだろう。そう考えていたら案の定、人形はすぐに見つかった。少年たちに散々いたぶられた後なのだろうか。それは乱暴に仰向けの状態で、ゴミの山に積まれていた。ゴミの山にあるからなのか、その人形は汚れきっていた。
ふと、前に会った人形を思い出す。サラが救えなかった、人形の少女。
──もしかして、この人形も……?
人形へと歩き出そうとする足が、一瞬止まる。
すると。
「生きてるよ」
「っ!?」
息が止まるかと思った。確かに、その人形から声がした。
「いや……人形に生きてるっていう表現は可笑しいかもしれないけど」
「あ……なたは」
「僕は、トウワタ。もっとも、これは二つ目の名前なんだけどね」
「二つ目?」
「ええと、その前に、僕の身体を起こしてもらってもいいかな? このままじゃなんだし」
「あっ……ごめんなさい」
サラは慌てて人形──トウワタに駆け寄った。サラより少し小さいくらいのその身体を、ゴミの山の上に座らせた。その時、トウワタの身体に繋がった糸と、その先についた二本の棒が、カラカラと音をたてる。
「あなた……マリオネット?」
「あぁ、うん、元はね。でも、ほら、僕今こんなだし」
「こんな?」
「君は矢継ぎ早に質問をするね。僕は君の名前も知らないのに」
「ご、ごめんなさい。私はサラ。あなたのお話を聞かせてほしいの」
ペコリと頭を下げると、トウワタは「構わないよー」と笑った。掴めない性格だ。
サラは、トウワタの目の前に座り込んだ。なるほど、さっきの少年たちが言った通りの外見である。人型に作られ、ただニスを塗られただけの木製の身体。そのニスさえも剥げてしまっている。
表情のない顔。マリオネットだ。顔よりも動きで芸を楽しませるためであろう。
間接が自由に動くようになっている。その間接ひとつひとつに糸が繋がっているが、唯一──。
「左手首、糸が切れてるでしょ。それが原因で捨てられちゃったんだよね。だから今はただの人形」
「捨てられた? でも、あなた、名前……」
「うん、だから、『二つ目』。トウワタって名前は、ヘリじいさんがくれた。一つ目は、忘れちゃった」
「ヘリじいさんって、この家の人?」
「そうだよ。ヘリコニア・カリバエア。僕は彼をヘリじいさんと呼ぶけど、みんなは彼を『ガラクタじいさん』と呼ぶね」
サラは、けたけたと笑う少年たちの声を思い出した。彼らもここの家主を『ガラクタじじい』と呼んでいた。どうして彼はゴミを集めるのだろう。異臭も酷いし、使えそうもないものばかりなのに。
「……あの、カリバエアさんは、どんな人なの?」
「見た通り、こんな家に住むカワリモノさ」
「何で、ゴミを集めるの?」
「さぁ? 寂しいんじゃないかな? 知らないけど」
「寂しい?」
「家族もいないみたいだし。老人が一人で住むには広い家だしねぇ」
「だから寂しさをゴミで埋めてるの?」
「さぁ、どうだろ? 彼の本意は僕には分からないね」
ふぅ、とトウワタはため息をついた。確かに、拾われてここにつまれたままの彼には、持ち主のことなど分かりようがないかもしれない。悪いことを聞いたかもしれない、と思ったが、彼はさほど気にしていないようだった。
「あなた、拾われたって言ったけど」
「うん、そうそう。まぁ、良かったかな。消えずにすんだし。マリオネットとして働かずにすむし」
「働くのが嫌だったの?」
「そりゃそうさ。ショーに出て芸をさせられるのも嫌だったし。だってねぇ、サラ。僕らマリオネットは、誰かの指示でしか動けない。抵抗することも出来ない。でもね、それが……、いつの間にか、それが普通になっていたんだよ。そんなの、おかしいじゃないか」
ドキリとした。いつかの会話を思い出す。
あれは、そうだ。着せ替え人形のイオナとの会話だ。
『でも──あたしには選ぶ権利も、決める権利もないの。あの子が着せたい服を着せられるだけ。あたしは、いつもいつも我慢しなきゃいけないの』
そして思い出したのは、女性に服を指定されていた自分の記憶。否、服ですら自分で決めることができずに、指示をされていた自分の記憶──。
それと同じだ。それが当たり前になっていて、抵抗することも叶わずに。
ズキンズキンと、頭が痛み出す。
「あーあ、自由になりたいよ」
ポツリ、とトウワタが漏らした。独り言かもしれなかったが、サラは、痛みをこらえながらそれに応える。
「……? だって、あなたは、カリバエアさんに拾われて、マリオネットの役目は……」
「そりゃあ、ヘリじいさんには感謝しているよ。お陰で消えずにすんだしね。でもさ、これって結局、僕を縛る相手が変わっただけで、あとは何も変わってないんだよね」
あぁ──来る。痛みが、記憶が、襲ってくる。
「左手首の糸が切れて、僕は捨てられた。でも、一本の糸が切れたところで、僕を縛り付けて離さないこの糸は、決して切れてはくれないんだよ」
あまりの痛さに、頭を抱えてうずくまることしかできなかった。
* * *
ごみ捨て場に捨てられた生ゴミであるなら、ここまで臭っては来ないだろう。では、一体なんだというのか。
サラは気になって、とりあえず臭いを辿ってみることにした。住宅街ではあるが、家同士の間隔は広い。サラが記憶をなくした場所から、どれほど遠くに来たのだろう。
──臭いが強くなってきた。
サラは少しだけ眉を潜めたが、そのまま歩みを進める。そこで、ピタリと足を止めた。目の前に、信じられない光景が広がっていた。
「……家、なのかしら……」
サラは鼻をつまみながら独り言を漏らした。そこにあったのは、まさにゴミの山だった。黒いゴミ袋が見上げるほど積まれていた。時折、袋に入っていないゴミも剥き出しのままその山に積まれている。家かどうか分からないのは、ゴミの山で外壁が見えないからだ。しかし、左右は家だということからして、やはり間違いは無さそうだった。
袋が破れている箇所が多々ある。生ゴミの臭い──というか、この悪臭の原因はここだ。
「……人は、住んでいるのかしら。……そもそも、住めるのかしら」
そっと、そのゴミ屋敷へと向かってみる。すると、サラの目の前を二人組の少年が走り抜けていった。びくりと肩を震わせ、その二人組を眺める。
「ガラクタじじいはめいわくじじいっ!」
「ガラクタじじいはへんたいじじいっ!」
「「ゴミをあつめるへんしつしゃー!」」
けたけたと、二人組の少年はその家に向かって石を投げた。唯一ゴミが少なかった──おそらく玄関である場所に石は吸い込まれ、パリンと乾いた音を立てた。ガラスが割れたのだ。元々割れてヒビが入っていた扉のガラスは、粉々になって散らばった。
「こら! あんたたち!」
不意に、後ろから聞こえた女性の声に、少年たちは肩を震わせた。
「ここには近寄るなって言ったでしょうが! 変な病気でも移ったらどうすんの!」
「でも、母ちゃん!」
「母ちゃんだって、臭くて迷惑だって言ってたじゃんか!」
サラは気づかれないように物陰に隠れ、どうやら親子だったらしいその三人の会話に耳を傾けた。
「あぁ迷惑さ! だからご近所さんで集まって何度も役所に相談してんだから! あんたたちは何もすんじゃないよ! こっちが不利になったらどうすんだい!」
「「いってぇ!」」
鈍い音が二回響く。母親のげんこつの音だ。そして母親は、二人の少年を引きずるようにして歩きだした。
「ねー母ちゃん、ガラクタじじいの家の裏手にね、気味悪い人形があるんだよ!」
「のっぺらぼうなんだよ!」
「人形ぅ? 何だい、それ」
「なんかね、木でできててね、紐がついてて、変な人形!」
「あんなの拾ってくるなんて、やっぱりガラクタじじいはおかしいよね!」
「そうさねぇ」
聞いて聞いて、と言わんばかりの子供たちの声に、母親は面倒そうに返事をした。その声がだんだん遠くなるのを確認した後、そっと動き出した。
──家の裏手に人形……!
思わぬ収穫だった。人形に関する情報が、途絶えていたところだったのだ。そうと分かれば、早速人形と話をしてみなければ。サラは早歩きで家の裏手に回ってみる。予想はしていたが、裏もすごいゴミの量である。
埃の被ったラジカセ。皮の剥げた鞄。タンスの引き出し。割れた鏡。どれもこれも使えないものばかりだ。山のように積まれたゴミは、今にも崩れそうだ。どこかに、少年たちが言っていた人形があるはずだ。
サラより小さな少年たちだった。見つけるのはそう難しくはないだろう。そう考えていたら案の定、人形はすぐに見つかった。少年たちに散々いたぶられた後なのだろうか。それは乱暴に仰向けの状態で、ゴミの山に積まれていた。ゴミの山にあるからなのか、その人形は汚れきっていた。
ふと、前に会った人形を思い出す。サラが救えなかった、人形の少女。
──もしかして、この人形も……?
人形へと歩き出そうとする足が、一瞬止まる。
すると。
「生きてるよ」
「っ!?」
息が止まるかと思った。確かに、その人形から声がした。
「いや……人形に生きてるっていう表現は可笑しいかもしれないけど」
「あ……なたは」
「僕は、トウワタ。もっとも、これは二つ目の名前なんだけどね」
「二つ目?」
「ええと、その前に、僕の身体を起こしてもらってもいいかな? このままじゃなんだし」
「あっ……ごめんなさい」
サラは慌てて人形──トウワタに駆け寄った。サラより少し小さいくらいのその身体を、ゴミの山の上に座らせた。その時、トウワタの身体に繋がった糸と、その先についた二本の棒が、カラカラと音をたてる。
「あなた……マリオネット?」
「あぁ、うん、元はね。でも、ほら、僕今こんなだし」
「こんな?」
「君は矢継ぎ早に質問をするね。僕は君の名前も知らないのに」
「ご、ごめんなさい。私はサラ。あなたのお話を聞かせてほしいの」
ペコリと頭を下げると、トウワタは「構わないよー」と笑った。掴めない性格だ。
サラは、トウワタの目の前に座り込んだ。なるほど、さっきの少年たちが言った通りの外見である。人型に作られ、ただニスを塗られただけの木製の身体。そのニスさえも剥げてしまっている。
表情のない顔。マリオネットだ。顔よりも動きで芸を楽しませるためであろう。
間接が自由に動くようになっている。その間接ひとつひとつに糸が繋がっているが、唯一──。
「左手首、糸が切れてるでしょ。それが原因で捨てられちゃったんだよね。だから今はただの人形」
「捨てられた? でも、あなた、名前……」
「うん、だから、『二つ目』。トウワタって名前は、ヘリじいさんがくれた。一つ目は、忘れちゃった」
「ヘリじいさんって、この家の人?」
「そうだよ。ヘリコニア・カリバエア。僕は彼をヘリじいさんと呼ぶけど、みんなは彼を『ガラクタじいさん』と呼ぶね」
サラは、けたけたと笑う少年たちの声を思い出した。彼らもここの家主を『ガラクタじじい』と呼んでいた。どうして彼はゴミを集めるのだろう。異臭も酷いし、使えそうもないものばかりなのに。
「……あの、カリバエアさんは、どんな人なの?」
「見た通り、こんな家に住むカワリモノさ」
「何で、ゴミを集めるの?」
「さぁ? 寂しいんじゃないかな? 知らないけど」
「寂しい?」
「家族もいないみたいだし。老人が一人で住むには広い家だしねぇ」
「だから寂しさをゴミで埋めてるの?」
「さぁ、どうだろ? 彼の本意は僕には分からないね」
ふぅ、とトウワタはため息をついた。確かに、拾われてここにつまれたままの彼には、持ち主のことなど分かりようがないかもしれない。悪いことを聞いたかもしれない、と思ったが、彼はさほど気にしていないようだった。
「あなた、拾われたって言ったけど」
「うん、そうそう。まぁ、良かったかな。消えずにすんだし。マリオネットとして働かずにすむし」
「働くのが嫌だったの?」
「そりゃそうさ。ショーに出て芸をさせられるのも嫌だったし。だってねぇ、サラ。僕らマリオネットは、誰かの指示でしか動けない。抵抗することも出来ない。でもね、それが……、いつの間にか、それが普通になっていたんだよ。そんなの、おかしいじゃないか」
ドキリとした。いつかの会話を思い出す。
あれは、そうだ。着せ替え人形のイオナとの会話だ。
『でも──あたしには選ぶ権利も、決める権利もないの。あの子が着せたい服を着せられるだけ。あたしは、いつもいつも我慢しなきゃいけないの』
そして思い出したのは、女性に服を指定されていた自分の記憶。否、服ですら自分で決めることができずに、指示をされていた自分の記憶──。
それと同じだ。それが当たり前になっていて、抵抗することも叶わずに。
ズキンズキンと、頭が痛み出す。
「あーあ、自由になりたいよ」
ポツリ、とトウワタが漏らした。独り言かもしれなかったが、サラは、痛みをこらえながらそれに応える。
「……? だって、あなたは、カリバエアさんに拾われて、マリオネットの役目は……」
「そりゃあ、ヘリじいさんには感謝しているよ。お陰で消えずにすんだしね。でもさ、これって結局、僕を縛る相手が変わっただけで、あとは何も変わってないんだよね」
あぁ──来る。痛みが、記憶が、襲ってくる。
「左手首の糸が切れて、僕は捨てられた。でも、一本の糸が切れたところで、僕を縛り付けて離さないこの糸は、決して切れてはくれないんだよ」
あまりの痛さに、頭を抱えてうずくまることしかできなかった。
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